徒然草

二百四十一．望月の円かなる事

　　　　　　　　　　　　　　　二百四十一．望月の円かなる事
　月が満月であるのは一瞬のことであります。それが欠けるのは実に早いです。それを気にしない人は一晩でこれ程までに変わる月の姿に気が付くことはないでしょう。病もまた満月と同じであります。今の病状が続くのではない、死の瞬間が近付いてくるのであります。ですがまだ病の進行が遅く死にそうにもない人はこうした日が何時までも続けばいいと思いながら暮らしているものであります。そうして元気なうちに多くのことを成し遂げてそうして落ち着いてから死に向かい合おうと考えていたりします。そうしているうちに病が悪くなって臨終の間際になって何も成し遂げていないことに気付きます。死ぬのだから何を言っても仕方ありません。今までの堕落を後悔して若し一命を取り留めることができたならば昼夜を惜しまずあれもこれも成し遂げようと反省するのですが結局は危篤になってしまい取り乱しながら死んでしまうのであります。世に生きる人はおおかたこんなものであります。人は何時までも死を心に思わなければならないのであります。
　やるべきことを成し遂げてから静かな気持ちで死に向かい合おうと思えば何時までも願望が尽きるものではありません。一度しかない使い捨ての人生だからこそ一体何を成し遂げるのか、願望は全て妄想であります。何かを成し遂げたいと思うなら妄想に取り憑かれていると思って全てを止めるべきであります。人生を捨てて死に向かい合えば煩わしさややるべきこともなくなりその心身に平穏が訪れます。


望月の円かなる事　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　 ２０１０・１・１０