【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~
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吹雪く水月3
喉の奥がひりつくような緊張感を浴びながら、正体不明の襲撃者との衝突が始まるのだが、その前にエデンには確認したい事があった。
「ええっと、あの二人なんて呼ぼうか……」
「えぇ……」
エイジが困った顔でこちらを見る。その目には今それを気にするの?と書いてある。まぁ、相手は犯罪者だ。自ら名前を名乗ることもあるまい。差し当たっては黒い方の人をサンバさん、魔女っぽい人をツンデレさんと呼称しよう。
「ようし、覚悟しろ!サンバとツンデレ!!」
「変なあだ名つけられた!?」
「別にブラジリアンな訳じゃないんだけどね……ま、名乗りを上げたいところだけどそういうのはうちのパートナーが許してくれな……」
「私にはルーデリアという名前があります!訳の分からない記号で呼称しないで頂戴!!」
「……おいお嬢、名乗る必要を感じないとかさっき言ってなかったか?」
ツンデレ改めルーデリアはハッと今気づいたような顔をし、羞恥からか耳まで赤く染めながらこちらを指差す。
「こ、小癪にも心理戦で名前を聞き出そうとしたのでそのいじらしい様に同情して教えてあげただけよ!!」
「いや自分から名乗ったやん」
「ま、お嬢が名乗りを上げた以上はこっちも名乗っとくか。ナンダって呼んでくれや」
「完全に名乗っとるやん」
締まらない人たちである。
「というかエイジの攻撃をどうやって防いだの?」
「ふん、今から蹂躙される貴方方に大サービスで名前を教えてあげたというのに、これ以上の譲歩は――」
「空気をチョチョイと押し出してね。能力の応用ってヤツ?」
「何をサラっと情報与えてるのよこのバーバリアンはッ!!」
「おっとこいつはウッカリ♪」
スパーン!とルーデリアの美脚がナンダのお尻を蹴った。断片的に情報が得られたが、二人の謎は更に深まった気がする。とりあえず仲がいいのは伝わってくる。
「ま、お嬢は張り切ってるけどこっちとしては暴れられればいい。最低限命令には従わなきゃならんのが億劫だけど、相手してくれ――よっとぉ!!」
瞬間、息が詰まるほどの圧が正面から迫る。エイジはそれに眉一つ動かさず鉄脈術を発動して壁を作るが、その壁に圧が衝突して氷の根本がパキパキと不吉な音を立てる。折られるか――そう思った瞬間、エデンは目を疑った。
展開した氷が、『圧の反対方向にへし折られた』。普通なら壊れれば防いでいるエイジとエデンの側に来るはずなのに、その真逆の方向、すなわちルーデリアとナンダの方へと飛んだのだ。予想外のことに唖然としていると、飛んで行った氷の塊がナンダの手のひらでぴたりと止まる。
「へぇ、でかいねぇ。質量は……200リットルくらいかな?単純計算で200キロ、これを瞬時に展開できるってことはまぁまぁ世界が歪んでるな。ようし、返すぞぉ!!」
心底楽しそうにナンダは拳を振りかぶり、氷を思いっきりぶん殴った。
瞬間、ゴガァンッ!!と鈍い音を立てて氷塊がこちらに飛来する。あちら側に引っ張られたときの三倍近い速度、当たれば普通の人間は確実に死ぬ。
思わず恐怖に目を瞑りそうになるが、エイジは冷静に前に出た。
「いらない」
瞬時に氷の塊の両端を支えるような氷のレールが目の前に現れ、氷塊がそのレールにぶつかると同時に滑り、頭上を越えていった。
「へぇ!そう凌ぐのか!!最初の壁と同じ方法でやるのかと思ってたよ!」
「それだとまた壁が壊されて貴方に投擲武器を二つ進呈することになる」
「考えてるのはいいことだ。相手と戦うことは、相手を理解しようとすることでもある!こっちも楽しい気分だぞう!」
「美音としては一撃ケーオーされて欲しいんだけど?」
エデンとエイジの頭上から特大の熱光線が発射されて一直線の路地を貫く。美音の鉄脈術、『浄道灼土』だ。エイジの氷をも瞬時に蒸発させる振鉄の一撃は、それだけで必殺になりうる熱を秘めている。いくら魔鉄の加護があるとはいえあの一撃を受けて無事で済む筈がない。
だと、いうのに。
「おーおー、すげえ熱量!あいつらもやるなー!」
「ノンキ言ってないでとっとと逸らしなさい!」
「あいよ、了解!」
ナンダが両腕を縦方向に車輪のように回し、熱光線に合わせてアッパーを繰り出す。
ただの拳、熱光線を殴れば拳が焼けるだけの筈の行動。ただしそれは、彼女が製鉄師でなかったならばの話でしかなく、そしてエデンの不安は現実のものとなる。
「そぅいやぁぁぁッ!!」
ブワッ!!と路地を突き抜ける突風。咄嗟に目を庇おうとした瞬間にエイジが風を逃がす三角型の氷を展開する。視界を遮らないために恐ろしく透明度の高い氷の壁――その先にいたナンダの拳が『熱光線を空に逸らした』のを、エデンははっきりとその目で見た。
同級生の他の誰もが、絶対の破壊力を持つ美音の炎を躱すしかなかった。ただ担任であるリック先生の出鱈目なパワーでしか逸らすことの出来ない、それほどの埒外の火力を、目の前の正体不明の女は苦も無く逸らし、ふぃー、と楽しそうに息を吐く。
「準備運動もこの辺にしとくか?この路地は互いに戦いにくいし、魔鉄仕込みの壁だから壊すのも面倒だ。いっくぞー……!」
肌を刺すような警告を本能が発する。周辺のABが呼応する。
何が起きるのかは分からない。でも、まずい。
『Mining, your blood mine,trine 寄せては返して波と風。運べや運べ、踊々の大地をなぜる空の旅路――!!』
まるで歌でも歌うように紡がれる言葉。しかしそれは、今まで見た誰よりも強かったリック先生と同じ芸当を肩慣らしのように行った敵の力の、更に片鱗。
「これ、まさか有詠唱ッ!?」
「全員動かないで!!」
エイジが叫ぶのと、相手の術が完成するのは、ほぼ同時だった。
『天踊り地謡う祝風ッ!!』
悲鳴を上げる暇すらなく全身に感じる浮遊感。大地から遠く離れてしまった私の体が感じ取れるのは、凍える冷気と温かみという矛盾を孕んだエイジの手が自分の手を掴んで離さない感覚だけだった。
あの敵に勝つ、或いは逃げおおせるという現実改変が全く湧かないまま、異国の風は町を舞い荒らしていく。
= =
「ぜー、はー、くそっ!!なんなんだよくそっ!!」
エイジ達の下から逃げ出した永海は、人通りの少ない町の真ん中で肩で息をしながら悪態を吐いていた。自分が逃げ出した直後に響いた轟音、離れていても聞こえる戦闘音。紛れもなく戦闘痕だ。挙句の果て、視界の隅に製鉄師らしい人が担架で運ばれている光景まで目に移れば、否応なしに自分がおめおめ敵から逃げてきたのだと思い知らされる。
「はっ、はっ……そうだ!センセーに助けをッ!!」
思い至ると同時にスマートフォンを立ち上げるが、立ち上がらない。こんな時に故障か!頭に血が上りそうになりながら町のビルに近づき、側面のボックスを開ける。この町特有の公衆電話だ。ボタン一つで学校内の施設に通話が出来る。受話器を取ってボタンを押すが、うんともすんとも言わなかった。
ここに至って永海は一つの可能性を思い浮かべる。
「通信が遮断されてんのか!?」
周囲を見渡すと町の人々も段々と異変を感じ取っているのか困惑しているが、しかし町内放送が一切流れないのでどう動けばいいか困っている様子だった。と、町のビルに大きな氷塊が激突し、ガラスが砕ける。
「お、おい……これやっぱり非常事態だろ!!」
「急いで避難所に!!非常ボタンは!?」
「駄目よ動かない!!スマホも通じないみたい!!」
「くそっ、何やってんだ学校側は!!」
恐らくエイジの展開した氷だろうが、こんな場所まで飛んでくるということはまだ戦闘は続いているのだろう。到底勝ち目など思いつかないほど強く思える同級生の製鉄師があちらには二人いるのに、侵入者の得体が知れないことで永海の不安は余計に募っていく。
「何か!!何か出来ることっ!!」
『――おい、ギャーギャー騒ぐな』
「あぁ……!?」
その声は、永海の鞄の中から響いていた。聞き覚えのある、自分の理想のビジネスパートナーであって友達でも恋人でもない特別な人。そして確実に自分より判断力が高く、そしてこの事態に無関係ではいられない存在。
慌てて鞄を漁ると、そこには魔鉄インカムがあった。
そう、訓練で必要になるとパートナーが――悟が渡してくれたものだ。
『何やら非常事態らしいな。お前状況はどの程度把握してる?』
いつも通りのふてぶてしさで、しかし聞いておきながらもきっとこちらより多くを把握しているであろう永居悟の声を聴いた永海は、努めて心を落ち着かせながらなるべく簡潔に状況を説明した。きっと今、自分が友達のために出来ることをこなすために。
「てな訳で、いま対絶賛お困り中だ」
『……成程な。だいたい把握した』
話を一通り聞いた悟は、確信をもって話を進める。
『エイジの言葉、状況、拾った情報を総合すれば答えはおのずと出る。敵の製鉄師は二人だ。一人がエイジ達を襲撃した奴で、もう一人はこの通信不能空間を作り出している製鉄師だろうな。製鉄師の三人目はないと見ていい』
「ホントか?」
『いるならお前と俺が襲われてる。更に付け加えれば、敵は通信不能空間は作り出せても、作り出すのが関の山だ』
「……どゆこと?情報とか電波を自在に操れないってことか?」
『携帯や固定電話は遮断できてるのにこの直通インカムは通信が問題なく通っている。見た所電化製品は建物内でも不具合を吐き出しているが、そうでもないものもある。つまり『特定の条件に当てはまるものを乱している』ということだ。自在に操れるんだったらもっとやりようがあるし、襲撃の寸での所で連中はセキュリティに引っかかっているのも解せん。あと、もう一つ……』
この短期間で次々に情報を見つけ出していくパートナーは、致命的な言葉を発した。
『ふんっ、『俺の鉄脈術が阻害されていない現状、あのビルの上で突っ立っている間抜けは俺より無能だ』ってことはハッキリしてる』
どうやら敵は、この桁外れの情報収集能力の持ち主の存在を確認できていなかったらしい。
イニシアチブが既に転がった事にも気付けない哀れな製鉄師が、たった今捕捉された。
一切顔は見えないのだが、その時の悟はたぶん、いや確実に、とっても邪悪な笑みを浮かべていただろう。
『俺のオーバーイメージに及ばない以上、これ以降情報に関してはこっちのアドバンテージがある。くくっ……よし、永海。お前この間抜けの術を阻害してこい!俺のオペレートで完璧な勝利に導いてやる!』
「おれかよッ!?……まぁでも、やられっぱなしも腹立つしなー。うしっ、いっちょやったりますかぁ!!」
気合を入れるように頬を両手で叩き、永海は再び走り出した。
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