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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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吹雪く水月2

 
 BISは、僅か数名の魔鉄加工師によって考案された仕組みであったらしい。
 大学の学生たちがアイデア論文として考案したもので、最初はデリバリーにでも使う筈だったのだろう。しかし、魔鉄技術の後進国であった日本皇国軍がこのアイデアが偶然にも魔鉄器輸送に応用できることに目をつけた。

 戦闘地域があらかじめ決まっていて、敵の出現も予期できる戦闘であれば、こんなシステムを使わずとも輸送機なりなんなりで製鉄師と魔女ごと運んでしまえばいい。そして戦闘区域ギリギリで人を降ろせば余分な被害を抑えられる。

 しかし戦闘区域が市街など人の暮らしがある場所であったらどうだろう。
 日本は平地が少なく人口密度が高い。しかも、そもそもの分母が大きい超国家に比べて運用できる製鉄師(せんりょく)の絶対数が少ない。他国より圧倒的に市街戦のリスクが高いのに、都市防衛に回せる戦力に限界があるというのは防衛上の大きな問題だった。
 しかし、BISがあれば武器の携帯や輸送という大きな問題をある程度は度外視出来る。市街向けの能力と魔鉄器を持った人間を必要以上に厳選する必要がなく、単純に能力だけで選ぶことができる。また、軍属でないが戦力となる製鉄師への速やかな魔鉄器運送は都市の防衛力増加に繋がる。魔鉄器の一極管理などの問題点もなくはないが、少なくとも現在のBISは非常に優れた輸送システムだった。

 魔鉄によって形作られたロケットは多少の攻撃では破壊できず、更に極超音速故に空中で迎撃される危険性も極めて低い。しかも移動時に発生するソニックブーム等の副次的な被害や音を後付けのシステムで消したことで、肉眼での捕捉もレーダーでの捕捉も困難にしている。

 このシステムは海外には存在しない。その技術のすべてを日本皇国が独占しているし、そもそも守るべき国土が狭い日本だからこそ有効活用できるシステムでもある。

「……デリバリーねぇ。極超音速ってのはよく分からないんだけど、それでソバとか注文できたのかな?」

 永海がそんなことを呟く。
 そうだとしたらかなり平和的なシステムだが、現実は武器輸送システムなのが少し切ない話だ。
 最初にこのシステムを考案した元大学生たちの心中や如何に、とエデンは内心でごちる。

 課外授業終了後、現地解散後に少し町を見て回ろうという話になり、現在エデンはエイジ、古芥子姉妹、そして永海の5人で少し町をうろついていた。

 八千夜は「においが多すぎる」と少し疲れた様子で先に帰った。確かに訓練終了後は普通に人波があったので、嗅覚に優れた彼女には心休まらないものがあったのかもしれない。あざねもそれに付き添って帰り、そして天馬と朧もすぐに帰った。悟は単独行動でどこかへと消えていったので、いつの間にかエイジ以外全員女である。永海は心は男だが。
 その永海の平和的な疑問にエイジがマジレスで答える。

「今のBISで蕎麦を射出したら、中身はグチャグチャになる。BISは運搬速度こそ優れているけれど、中身が魔鉄器という前提があるから中で発生するG等は全く考慮されていない。飲食物を入れることを前提にするなら消音や消風機能を始めとしたいくつかの機能を消す必要がある」
「ええっ……あー、まぁ魔鉄器って基本100%魔鉄製だもんなぁ、物理的な要素じゃ壊れないよなぁ」

 そう、BISという滅茶苦茶なシステムを実現できたのは、中身が物理破壊不能の魔鉄器だからという部分が大きい。恐らく最初にシステムを考案した大学生は、その中身の問題をこれから解決していこうとしていたのだろう。

「しかもそれじゃ中身が無事でもデリバリー到達と同時に衝撃破で注文した人がスプラッシュしちゃいそ~……うえ、想像したら思いのほかグロいよ美杏……」
「いや、自分で勝手に想像しといてそんな事言われても。いくら双子でもそこまで気持ち共有できないよ美音……」

 何事も光があれば闇がある。ちなみにBISは中に生物が入っている場合、絶対に開いた蓋を開けたまま停止するセーフティもあるらしい。中にうっかり入ったまま射出されたらそれはただの処刑装置だから納得だ。

「にしても、何で先生は急にこんなの渡したんだろ」

 そう呟くエデンの視線の先に、エイジの手首に括られた伝票(タグ)が映る。身体に固定するための自在伸縮魔鉄チェーンが仕込まれたそれは、本当に戦う人間にこそ必要なものだ。授業後こっそりスマホで調べてみたが、学生にタグを持たせるなど殆どないことのようだ。ネット情報なので正確性は若干の不安があるが、一般的でないことくらいは察せる。
 私の疑問に、周囲はそれほど気にした風でもなく答えた。

「町中で使うってのはいかにも実践的だったじゃん。路地裏でも全く壁にぶつからず降りてくるのはマジで吃驚したけど、そんだけ有用だって知らせたかったんじゃね?」
「美杏としては、とりあえず貰えるものは貰っておけばいいかなと!」
「美音としてもそんな感じでいいかなと!」
「………」

 このクラスで一番思慮が浅そうな人たちに聞いてしまったことをエデンは内心でちょっぴり後悔したが、人のことを言える程思慮は深くないので何も言えなかった。最後の希望を込めてエイジを見やると、エデンの期待は裏切らない彼はすぐに答える。

「先生が生徒に順守させるルールの一つ……必ず生きて学校を卒業すること。その達成確率を少しでも上昇させるためのツールとして渡したと考えられる」
「つまり、魔鉄器を使わないといけないような大事件に巻き込まれた時のため?」
「先生は個人。生徒全員を監視することも全員を常に護衛することもできない。だからせめて目の届かない場所で危機に陥ったときに丸腰にならないように支給したんじゃないかと、僕は思う」
「はえー……心配性だとは思ったけど、思った以上にだね」

 子供が心配でしょうがない親みたいな事をするなぁ、と意外に思う。笑わないしぶっきらぼうで厳しいときは厳しくて、しかも鬼のように強いあのリック先生も、心配だけは人並みだというのがイメージに湧きづらい。ルーシャ先生がそれを強く望んだのなら判るが、どうもあの魔女先生はそういうタイプではない気がする。

「ま、よっぽどのことがないと使う事なんて――」
「射出承認」
「……え?」

 聞きなれた声でエイジがそう呟く。その理由も意味も一瞬分からずに思わず彼の方を見るエデン。周囲も驚いたのか、後ろにいる古芥子姉妹も、ちょうど曲がり角を曲がろうとした永海も足を止める。
 その止まった一歩が、運命を分けたのかもしれない。

 直後、曲がり角の先から凄まじい衝撃波と瓦礫がぶちまけられて道路を粉砕した。
 チッ、と背後から何かの掠る音が聞こえると共に、永海が悲鳴を上げて飛び上がる。

「どわぁぁぁぁぁッ!?今、今カカトの裏なんか掠った!!掠ったぞ!!」

 それは、先ほどまで平和だった町に全く以て不釣り合いな、明らかな戦闘行為の余波だった。何が起きたのは分からないが、土ぼこりが激しく先の視界がつかめない。
 「よっぽどのこと」による鮮やかかつ迅速な活動の発生を感じ取ったらしいエイジは、さっそく空から送られてきたBISから魔鉄器を素早く取り出し装着すると、こちらに手を伸ばした。反射的に握ると、すぐさま詠唱をされる。

「Mining, your blood mine, Warmong――『守護氷華(ハーデンベルギア)』」

 返句を待たない一方発動。同意も説明もなしにこれを行ったのは、もうエデンの返句を待つ余裕すらないという事か。冷気を纏ったエイジは他四名に普段なら絶対にしないであろう「指示」という行為を自ら口にした。

「四人とも下がって。美音は魔鉄器呼んで、永海は逃げて。数は三人……最悪の場合は三人とも製鉄師」
「………あっれー?この町って製鉄師のケンカとか起きたっけ美杏~?」
「………あっれー?むしろそういうの絶対起きない系の場所だったと思うんだけどな~?えっと、アレやる?」
「やってる暇も惜しいからもう魔鉄器呼んじゃった」

 こんなときでもキメポーズをやるのかと思いきや、仲良くタグを握って思いのほかサバサバ対応する双子。そしてエイジの言葉に戸惑いながらも来た道を後ずさっていく永海。メンバーの中で唯一パートナーのいない魔女である彼女がここにいては危ないだけだろう。

 と、永海が走り出す頃に曲がり角から異様にのん気な声が聞こえる。

「ちぇー、頑張って懐まで潜り込んだ筈なのにどこでバレたんだろうなぁ」
「聖観学園を甘く見過ぎたわね。ここに来るまでに3人も正規製鉄師が襲撃仕掛けてくるなんて……ま、返り討ちに遭っては世話ありませんけど」
「こりゃ援護は過信しない方がよさそうだな。えーと?今回確認するのは二人だっけ?」
「いるだけ全員よ。ヘマしないこと」
「するかよ。学生だろうが製鉄師は製鉄師だからなぁ……」

 恐らくは二人、両方が女性の声。曲がり角からひょっこり顔を出すそれに――エイジが容赦なく冷気を放出する。
 瞬間、放たれた冷気が全て弾き飛ばされ、中から悠々と二人の人間が出てきた。

 片方は、ノースリーブのシャツにぶかぶかのズボン、そして民族的な刺青の入った長身の黒人女性。どう見ても日本人ではないローポニーの女性は、不敵な笑みを浮かべながらもう一人を見やる。

「ほらな?警告なしの先制攻撃……いい教育してるぜ。日本はいいところだ」
「もう、なんでこのわたくしのパートナーがこんな辺境の野蛮人なのかしら……」

 心底嘆かわしいと言わんばかりに頭を横に振るのは、これまたどう見ても日本人ではない金髪碧眼の少女。その姿はどこか町とは浮いたふわふわのドレス姿で、戦闘の現場にどこまでも似つかわしくない。十中八九、魔女で間違いないだろう。エイジは3人といったが、もう一人は今の所見当たらない。

 さて――もうエイジが先制攻撃と取れる行動をした時点で今後の展開が知れる気もするが、エデンとしては一応確認位しなければいけない。

「えーっと、お二方はいわゆる不法侵入者、兼現行犯の犯罪者ってことでよろしいんでしょうか」
「おっ、わかってんじゃ~ん!ええと、あれ誰だ?」
「もう黙ってなさいバーバリアン女」

 げしっと製鉄師と思しき側の足を蹴った少女は、堂々たる面持ちで一歩前に出る。

「生憎と貴方方に名乗る必要も感じえませんので、手っ取り早くいきましょう――『これから貴方方を襲いますので、全力で抵抗しなさい』。無論、勝ち目などありはしませんけどね」

 二人を包む異物感が、壮絶な威圧感へと変貌する。
 底無しの穴に落下したような感覚、覇気か殺気か判別のつかない力が仮想血液を通して空間を侵食し、エイジの『場』とぶつかり合って空間が軋みを上げる。今になって気付いたが、黒人の女の両手にはメリケンサックのような――恐らくは魔鉄器が嵌められている。彼女はそれを強く握って叫ぶ。

「Mining, your blood mine!!」
「Loading, my blood yours!!」

鍛鉄(トライン)――『グラフィタシィ』ッ!!」

 完全なる臨戦態勢。全力で抵抗しなければ、どうされてしまうのか――想像力という恐怖を、歯を食いしばって抑え込む。エイジは「ここで戦う」ことを瞬時に選んだ以上、ここで戦うことが逃げるより安全確保に適していると考えたのだ。ならば信じるのがエデンのやれることだ。
 背後で魔鉄器をわたわた装備している姉妹を尻目に、こちらも一歩前へ出る。

「あ、アンタたちこそ!!豚箱で臭いメシ食べる覚悟できてんでしょうねッ!!」
「――お下品ね、貴方」
「――素晴らしいね、お嬢ちゃん」

 一瞬の間をおいて帰ってきたのは、下民を見下す少女の瞳と、嬉しそうに破顔した製鉄師の女というコントラストに満ちた返しだった。
  
 

 
後書き
敵の鉄脈術については物語中で謎が解けるまで不明、というスタンスにしています。 
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