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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§2 幽界にて

パチ、パチ、と駒の音が響く。

「ほれ」

「……詰み、か。また負けたぁぁぁ」

黎斗の呻きが屋内に響く。

「昔から比べりゃだいぶ強くなったよ。ここ数十年でだいぶ追い込まれる事が増えてきたしな」

 対局相手は、かつて現世で暴れた雷雨を操る英雄神。

 黎斗がこの地に住み着いて数百年が経つ。
 七大天使の一人サリエルを撃破した後気絶した黎斗は目覚めてから大変だった。自身が約千年前に跳ばされた事を知り激しく狼狽、逆恨みの如く神殺しを行い続けて日本まで戻ってきたのだ。この辺傍迷惑だったよなぁ、などと反省するも所詮は黒歴史である。もっとも、復讐の無意味さに気づいたあとは気楽に生きてきた。もっとも元凶たるバラキエルが復活したなら八つ裂きにしてやる、とは公言しているのだが。

「……通算何敗?」

「さぁ?」

「須佐之男命様が8762勝、マスターが91勝です」

 風鈴のような涼しげな声で足元から戦績開示をしてくれたのは黎斗にエルと名付けられた狐。もう100年程生きると千歳となるこの狐は黎斗の使い魔だったりする。まぁ人語を介し魔術を察知できる以外は普通の狐と変わりは無いのだが。

「勝負は既に終わってしまわれましたか」

 穏やかな声とともに襖が開く。微笑みながら入ってきたのは媛と呼ばれし瑠璃の美女。

「その様子ですと今回も黎斗様の負け、といった所でしょうか。 ……粗茶ですがお持ちいたしましたのでお飲みになって元気を出して下さいませ」

 半ば苦笑いの彼女からお茶を受け取る。

「あ、ありがとうございます。やっぱりスサノオに負けました。……勝率1%くらいか」

 自分の発言で落ち込む黎斗。欧州からシルクロードを旅して流浪の末に日本に辿り着いた彼は、須佐之男命と激戦を繰り広げた。戦いの後に芽生える友情というのは、どうやらマンガの中だけでなく実際にあったらしい。すっかり意気投合した彼らは幽世に引きこもり、将棋を指す毎日だ。須佐之男は時たま現世に関与しているようだが、黎斗はしない。時たまフラっと外に出るが、ここ数十年はそんなことなど全くなく、屋敷から出ることすら稀である。ダメ人間ここに極まれり、とは彼の弁。

「そういや黎斗、お前嫁とらんのか?神殺しを宣言すりゃ引く手数多だろうに。こんなとこに引きこもって。女嫌いか?」

 話題を変えようと未だにへこんでいる黎斗に須佐之男が尋ねる。

「よめぇー?人生=彼女いない歴の僕に何を…… だいたい神殺しを宣言してモテたところでソレ僕じゃなく神殺しっつー肩書きがモテとるだけやん」

 この流れ、何十何百と繰り返したお決まりの会話だったりする。

「こんのひねくれ者が……」

 呆れる須佐之男。ここまでの会話が予定調和。

「てめぇそんなんじゃ後輩の神殺し共に越されんぞ。俺との模擬稽古以外ここ数百年してねぇだろ」

 普段だったらここで「うるさいなぁ」などといった文句が返ってくるのだが、今回はそうならなかった。

「んー、しょうがないなぁ。ちょっくら現世行ってくるわ。百年くらいしたら帰ってくるから」

「そうそ……へ?」

「あら?」

「……気のせいでしょうか。私の耳に間違いがなければ今マスターが現世に旅立つ、と聞こえたのですが?」

 三人揃って意外そうな顔をする。自分の耳を疑うような表情。ここ数年脛齧りをしていた男が自ら発した外出宣言に呆然としてもしょうがない。
だいたい最後に出たのは実に一世紀以上昔なのだ。

「なによ、言い出しっぺは須佐之男だろ」

「こんなに簡単に行くと言うとは……」

「日本人に神殺しが居るんでしょ?会ってみようかな、と。エル、行くよ」

 そう言って荷物をまとめる黎斗。彼は自身の持ち物手早くまとめる。

「ん、じゃね。また今度〜」

 須佐之男が気を取り戻したのはしばらく後の話。

「……明日は嵐だぞおい」






 家族がこの世界には存在しない。須佐之男に頼んで調べてもらった。彼の調査でないのならば、そうなのだろう。彼が現世へ来た目的の一つは携帯電話の購入である。千年の永きを経て彼の携帯電話は故障したが、内部のマイクロSDは無事だと信じたい。保存した情報の中には家族、友人の写真といくつかのメール。つまり元々平成の世になったら彼は現世へ帰還するつもりでいたのだ。

「ん、これでいいかな」

「周囲に人はいませんよ」

 エルを隠すためのリュックを背負った黎斗は手頃な石を拾い権能を発動。石はダイヤモンドに変貌した。これを売り、資金源にする。
 強欲の悪魔、マモンの権能。宝石、貴金属の類を作り出す。金銀だけでなくレアメタルまで生成してしまうその力は世界の経済をあっというまに破壊可能な最強ともいえる力。作り出されたものは貨幣と異なりどんな時代でも価値を持つ。彼に資金難の文字は存在しない。まぁ、あまり大っぴらにすると目立つため少しで十分だろう。

 みゃー。みゃー。三毛猫が鳴く。飼い猫だろうか?毛並みが綺麗だ。

「宝石店、知ってる?」

みゃー。

「あ、マジ?ありがと。あとでキャットフード奢るよ」

みゃー。みゃー。

「御主人様が出張じゃご飯大変でしょ?気にすんなって。これから金持ちになる(予定)だからさ」

「……マスター。もうちょっと声を小さくした方が。端から見ると可哀想な人ですよ」

 背中からボソッと呟くエルの声。

「……ん、そだね」

みゃー。

「あ、お願い」

 さっきより声を下げ猫と話す。猫が歩き始め、彼は後ろをついて行く。
 命を持つあらゆる存在と意思疎通が出来る、それが悪魔カイムより簒奪した権能。鳥、虫、木々等々……彼は話し相手に事欠かない。彼らは友好的な存在が多く、黎斗の手助けをしてくれる。もちろん、彼も頼まれればできる範囲でだが手伝いをすることにしている。しないこともそれなりにあるけれど。餌になってくれ、と言われて戦ったことなど百を超えたところで数えるのをやめた。

 宝石店の女主人にダイヤモンドを十二万で売り払った彼はキャットフードを大量購入し猫を大勢引き連れて公園に長期滞在したためちょっとした注目を浴びることになるのだが、いかに彼といえどもこの時点でそれは予想できなかったのだった。 
 

 
後書き
ダイヤの値段をちょっぴり訂正してみたり 
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