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人理を守れ、エミヤさん!

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兄妹なのか友情なのか




 暫しの精神統一。原因として思い当たる代物は唯一無二。こめかみを揉む。独力での状況改善は困難と判断するのは難しくなかった。
 ではどうする。元々深く関わるつもりはなかったとはいえ、不和の種に成りうる原因は取り除いておきたいのが人情。迂遠な自画自賛に聞こえるかもしれないが、子供にあんな態度を取られた経験がほぼない身としては、迂闊に動いて根を深くしかねない軽挙は控えた方が賢明だろう。
 即ちすべき事は自明である。俺は一つ頷くと第二特異点以来、中々接する間のなかった友人の許に颯爽と赴いた。

「――ネロえもーん! 子供達に嫌われたよぉ、どうしよう……!」
「うむ。……シェロよ、あくまで友情に基づき忠告するが、そなたの容姿でその口調は色々と厳しいものがあるぞ」

 特にアーチャーが聞けば激怒は避けられまいと元・薔薇の皇帝。人理焼却中につき、色々とガバガバ故にあっさりと現代にその存在が定着したネロである。
 彼女はカルデアのマスターが着用する魔術協会の制服――魔術礼装である衣服を着用していた。本来なら艶や華やかさ等とは無縁の衣服だが、流石に人類史に名を刻んだ暴君、もとい皇帝。ネロが着ている、それだけで周囲を照らす絢爛な煌めきを放っているように見える。
 ネロは自室にて、現代に適応するための座学に勤しんでいるようだった。既に現代の英語と日本語をマスターしたとの事。驚異的と評すべき学習速度だが、ネロなら驚きに値しないと感じてしまうのも流石と云うべきか。それとも神祖ロムルスに与えられたスキル、皇帝特権が有能極まるのか――恐らく両者の組み合わせが噛み合ったのだろう。ネロの偏頭痛も快癒の一途を辿っているというし、人理焼却案件さえなかったら順風満帆だ。

 ネロは椅子をくるりと回してこちらを向くと、んーっ、と両手を合わせて腕を上に伸ばし、背筋を逸らして凝っていた体をほぐした。その際、豊か極まる胸部装甲が無闇矢鱈と強調されるが、不思議な事に特に惹かれない。
 ネロに魅力がないというのではなく、単純に俺やネロが、互いをそういう対象として見ていないからだろう。あくまで友愛的な感情しか抱いていなかった。男女の友情は成立しないと言うが、それが当てはまらない『例外』だと思っている。
 なに、例外なんてものが数多く蔓延る業界だ。珍しくもないだろう、そんなもの。

「で、なんだシェロ。確かこういうのを……藪から棒に、というのだったか?」
「ああ。それで合ってるぞ。……ところで、今の俺のキャラ、可笑しかったか?」
「可笑しいというより気色悪い。余の珠の肌に鳥肌が立ったぞ」

 ほれ、と袖を捲って腕を見せてくる。うーむ、確かに鳥肌が立ってる……。そんなに酷いのか。

「考えてもみよ、アーチャーが今の台詞を言ってきたら、そなたはどうする?」
「グーで殴る」

 右ストレートでぶっとばす。

「それと同じよ。アーチャーもそなたと同様のリアクションを取るであろうな。で、シェロよ。余は喉が渇いたぞ」
「そんな事もあろうかと、赤ワインを持ってきておいた」

 ふふん、と得意になって鼻を鳴らす。『こんな事もあろうかと』という訳ではないが、昨夜結局飲み損なっていたのである。赤ワインを持参した俺に死角はない。ネロは呆れたようだ。朝っぱらからそれかという小言を聞き流す。
 俺から酒を取ったら何も残らないのだ。グラスとテーブルを投影してセッティングする。ネロと自分の分をグラスに注いでいると、華美なる美女は眉根を寄せながら苦笑した。

「このようなものに投影魔術を使うとは……」
「堅物のアーチャーならしないだろうな。けど俺は使えるものは使う主義だ。自分の能力だろうがな」

 アーチャーは羽目を外して『フィィイッシュ!』とか言うぐらいになると不明だが、流石にそんなふざけた感じになる事はないだろう。ニヒルを気取る皮肉屋だし。

「合理的なのは結構だが、余には現代の酒は度が強すぎる……これは大丈夫なのか?」
「問題ない。度は強くないよ」

 第二特異点で、俺が振る舞った酒を盛大に噎せたネロである。若干の苦手意識があるのかもしれない。酒好きとして看過できない問題だ。故に最初は弱いものから慣らしていくのが無難である。
 そんな訳で乾杯――しようとすると、プシュ、と空気音がして扉が開いた。来客かと思うと、訪れたのはネロのサーヴァントであるアタランテであった。

「む、シロウか」
「お邪魔してる。っと、それは……」

 アタランテはその手に小皿を持っていた。そこには切り分けられた林檎が載せられている。
 見ればもう一方の手には、あと一口でなくなろうかという林檎があった。赤々とした皮と、林檎の芯も丸ごと食しているらしい。しゃく、と小気味良く咀嚼している。唇が果汁で潤っていた。野性的なのに気品がある彼女のそれには色気すら感じるが、一先ず注意しておく。

「食べ歩きとは行儀が悪いぞ」
「目くじらをたてるな。朝から酒を酌み交わそうとしている汝に言えた口ではないだろう」
「それを言われると弱るな……」

 と言いつつ、グラスを一つ追加する。酒の席、来るもの拒まず去るもの逃がさず。アタランテは苦笑しつつも断りはせず席に着く。

「ネロに何か用でもあるのか? なんなら席を外すが」
「気にするな、用はない。ここは私の部屋でもある」
「? アタランテの部屋は隣だったはずじゃあ」
「マスターが同じ部屋にいてほしいとぐずるからな。それに同じベッドで寝ろなどとワガママを言う。まるで大きな子供だ」

 微笑むアタランテとネロの関係は良好のようである。今度は俺が呆れる番だった。

「流石はネロ、手が早い。同性すらお構いなしなのか?」
「何を言う! 余はどっちもイケる口なだけだ。愛さえあれば問題はなかろう?」
「問題はないがアタランテはいいのか?」
「愛はない。しかし子供のワガママだ、添い寝してあやしてやるのもサーヴァントの務めだろう」
「余を子供扱いするな! ほれ、こんなにも立派ではないか!」

 こんなにも、と自身の胸を示すネロに、俺とアタランテは苦笑した。
 振る舞いに邪気がなく、自信満々なところが幼さを感じさせるのだ。だからアタランテも邪険にしないし、寧ろ愛おしさを感じているのかもしれない。グラスを掲げて軽く乾杯すると、俺はふと思い出して本題に入った。

「そう、子供だ。なあネロ、あとアタランテ。なんか俺、イリヤ達に怖がられてるみたいなんだ。初対面の時はそうでもなかったのに。心当たりはあるか?」
「それはあれであろう、昨夜の上映会が原因であるな」
「うん、私もそう思う」

 二人の相槌に、やはりかと頭を抱えた。
 何がいけなかったのかと真剣に悩んでしまう辺り、一般の感性が錆び付いているのかも。そこら辺、大事なものなので思い出しておかなければならない。

「なんでだ。別に俺、悪事なんかしてないぞ。怖がられる理由はないはずだぞ。理由が分かるなら教えてくれ」

 それは本気で言っているのかと白い目を向けてくるアタランテである。ネロは嘆息した。

「……いや、言っては悪いが、幼子にそなたの経歴は壮絶に過ぎよう? 怖がられる程度でよかったと思うぞ」
「女関係が奔放なのも問題だな。私は気にしないが流石にあのような無垢な娘にとって、平行世界の自分が慕っていた兄を拘束・監禁紛いの事をした光景は刺激が――」
「――レオナルドぉぉおお!!」

 編集しろって言っただろうが! なんでそこを検閲しなかった!? 行為諸々を省いてもそれはアウトだろ!?

 芸術家として雑な仕事はしたくなかった、今は反省してる☆ なんて言ってるのが目に浮かぶ。
 許さん、絶対に許さん、奴にはダグザの大釜の使用厳禁令を発令し、今後チーズ絶食の刑に処さねばならない。俺の話術と築き上げた信頼とを全て行使して、カルデア職員の皆さんに根回ししてやる。あとマスターの立場も全力で利用しよう。百貌様に頼んで説得をしてもらえば、今のカルデアは断じてノーとは言わないはずだ。

 というかそんな感じだと、ハリウッド映画並みにマイルドにしてると思っていた予想が外れていそうだ。まさかとは思うが……え? グロ修正をしてダイジェストにした程度だったりするのか?
 言いたくないが、死徒殲滅はともかくとして。在野のはぐれ魔術師狩りは、一見すると罪もない人を魔女狩りの如くに断罪する異端審問官に見える。疑わしきは罰する姿勢に見えるのだ。
 綿密な調査を重ねて、表では善良でも裏では外道な輩を潰し、魔術師として再起不能にした後、魔術刻印を摘出し協会に売り捌いているだけなのだが。そこら辺をダイジェストではしょられるとただの無慈悲な殺戮者に見られかねない。
 実際に手に掛けたのは、魔術刻印を失い、魔術回路を失っても、あらゆる手を尽くして魔道を邁進する者のみだ。それ以外は生かしているし、日常生活ならなんの問題もないようにしている。
 もし俺の懸念が正しければ、怖がられても仕方がないとしか言えない……!

「それと魔術師狩りが苛烈過ぎるぞ。あれでは幼子には距離を取られてしまっても仕方がない」

 頭を抱える。相手が野良の魔術師であれば、無差別に殺し回る無慈悲な男だと思われた可能性が極めて高い。レオナルドは天才だ、有史以来並ぶ者は指の数で足りるほどの。子供も視聴するという観点から、そうした方面への気遣いも出来る奴だ。内面も才能の高さ、好奇心と向上心と行動力の全てが比例した稀有な善人である。
 が、どうにも職人肌というか、芸術家肌というか。それらが疼くと羽目を外してしまう傾向がある。悪い面が出たのかもしれない。

 俺がイリヤ達に怖がられる理由が最初、分からなかったのは、レオナルドなら大丈夫だと思っていたからなのだが。思わぬところで駄目な側面が顔を出したらしい。

「……いや、いいか」

 俺は怖い奴だと思ってもらった方がいいのかもしれない。そうしたら妙な気を起こさず、大人しくしてくれるだろう。
 カレイドルビーだけは不安材料だが、何、命の掛かっている状況で――それも子供の――ふざけた真似は仕出かさないはずだ。少なくとも致命的な事だけは。愉快型の糞ステッキとは遠坂の言だが、流石に締めるべき箇所は弁えているはず。

「なんとかしようと思っていたが、俺は彼女達に嫌われているぐらいが丁度いい。よくよく考えてみたらレオナルドが考えなしな行動をする訳がないしな。あのイリヤ達は無関係な子供、巻き込まないように大人しくさせるため、俺を利用したんだろう」

 せめて一言ぐらい断りを入れてもらいたいものだが、まあ些細なことだ。
 俺が一人納得していると、ネロは不満げに腕を組む。

「我が友が幼子に嫌われているのは面白くない。余に任せよ、きっとすぐに『お兄ちゃんの事しゅき。はーと』と言わせてみせよう!」
「やめろ。やめろ」

 矢鱈と黄色い声でお兄ちゃん発言はやめて頂きたい。ネロにお兄ちゃんと呼んでもらいたくなるではないか。倒錯的な感じがして実にイイ。
 アタランテはなんとも言い難げに唸る。子供を慈しむゆえか、イリヤ達を危険から遠ざけたいと感じているらしく、ネロに意見した。

「そうはいうが、マスター。事実あの娘達を深く関わらせない方がいいのは確かだぞ。例え実戦の経験があろうと、聞く限りあの者らと我らの戦いでは、敵の強大さが余りに違いすぎる。それにあの平和な娘は、とても戦いの場に相応しいとは言えない。シロウの言うように現状が最も好ましいのではないか?」
「それとこれとは話が別であろう。何より余が嫌だ! 仲良きことは美しき哉と日本では云うのだろう、余は美しい故に、余の周りも美しくなければならん! 顔ではなく心と環境がだ!」
「あー……心意気は嬉しいが、俺もアタランテと同意見――」
「やだやだ余は嫌だーっ!」
「子供か!」
「皇帝である!」
「元な! 今はカルデアのマスターだ!」
「シェロの友でもある! 余にとって友が皆に好かれている方が気持ちがいい。余が皆に好かれるのは当然故な!」
「ダメだ……あ、そうだ」

 言うことを聞いてくれそうにないと見て、俺は唐突な話題転換に打って出た。問題の先送りにしかならないが、どうせなるようにしかならない。それに嫌われていようと好かれていようと、イリヤ達がお留守番なのにも変わりはない。

「ネロ、すまないがサーヴァントを二騎追加召喚してくれ」
「むっ! 話を逸らそうとするな!」
「子供達の件は好きにしてくれ……俺は関与しない。で、真面目な話、ネロ直轄のサーヴァントがアタランテだけというのもバランスが悪いだろ。毎度俺から貸し出す形なのも歪だ。全騎が戦いに出向く訳ではないにしろ、幅広い戦力の拡充は未だ急務だ。三騎召喚して補うはずが、アイリさん以外は宛にしちゃいけないしな……」
「むむむ、それは確かに……うむ! 任せよ! 余の力を以てすれば、きっと神祖も応えてくれるに違いない!」

 ロムルスさんですか……。まあ確かに彼が来てくれたら頼もしさマックスなんですが、欲を言えばアサシンかライダーがいい。バーサーカーは論外だが。
 こうしてはおられん! とネロはるんるんとアタランテを伴い颯爽と召喚ルームに向かう。俺も後に続いてネロの部屋を出ようとして――

 アタランテの尻尾と耳、髪の毛。そしてネロの散らかしたお部屋を見渡した。
 ……。
 …………掃除して行くか。





 
 

 
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