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人理を守れ、エミヤさん!

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生きているのか死んでいるのか







 翌朝である。

 今日も今日とて大忙しな日取りだ。ぐっすりと五時間は寝ただろう。ベッドを整え、顔を洗い、歯を磨き、一通りの身支度を整える。魔術回路や肉体の状態を解析するのは一種のルーチンだ。
 お医者様要らずの俺、飽きもせずに大変健康である。『全て遠き理想郷』が正常に稼働しているお蔭だろう。と言っても、俺自身の能力と素質が足りない故か、当たり前だが聖剣の鞘はその全能を発揮できない。不死身になるほどの不死性は無く、精々があらゆる呪詛への耐性、異様に死に難い再生力、肉体の老化が停滞などの恩恵を得られている程度だ。まあ元々の俺の生き汚さと抑止力のバックアップも合わさって、肉体の四割以上が消し飛ばされない限りは死ぬ事はないと言えた。

 そして魔力量だ。

 俺の魔力量は大したものではない。それこそ固有結界だって、カルデアからの支援がなければ単独で使用するなど不可能だ。俺自身のみの力で固有結界を扱うには、後十年は研鑽しないといけないだろう。
 しかし抑止力の存在がある。人理が焼却された事により、人理焼却者を直接どうにかできる力を持たない上に、影響力などほぼ皆無だ。だから予め俺に埋め込んだ端末が持つ分の魔力しか上乗せ出来ない。
 俺の限界魔力量を超えれば、アラヤの端末から魔力が供給されてくるようだが、それは貯金を切り崩しているようなもので、余り宛にしていると抑止力からのバックアップは途絶えるだろう。
 留意すべきは俺の魔力量を超えた魔術行使は控える事。致命傷を負わない事だ。どちらを侵しても貯金を切り崩すようになる。
 抑止力から供給される最大魔力量は宝具の投影だけに限れば、限界を超えた状態で聖剣を三回ほど真に迫って投影できる。それはさしづめ『エクスカリバー・イマージュ』といったところか? 固有結界は一回の使用時間を三十分とすると五回使用可能――それ以上は貯金が無くなるように感じた。

 専門知識がない素人なら微妙に感じるかもしれないが、これは馬鹿げた魔力数値である。流石に膨大だと言えるだろう。アラヤは糞だが、その生へとしがみつく執念だけは認めよう。この魔力の貯金を今後の計算に組み込めるのは大きい。
 よく俺の器がパンクしないで保たせられるものだと感心するが、これは恐らく俺に埋め込まれた抑止力の端末――英霊エミヤを経由する事で、負荷を激減させているのだろう。言い方を凝らせば、ある種のセーフティだろうか? 嫌な言い方をすると首輪とも言える。

「……」

 唐突に、望郷の念に襲われた。

 なんの脈絡もない。不意な感情だ。傍に誰かがいる時は、何も考えないように意識していたが。こうして朝起きて、誰もいないと封じ込めていた感情が鎌首をもたげる。

 俺は何をしてるんだろうな――

 本当の第五次聖杯戦争。懸命に戦った。いや、戦ったと言うより、抗ったのか。訳の分からない魔術儀式という、人様の住んでる街中でドンパチやらかそうとする連中を追い出したくて。
 結果は、振り返るまでもない。自分のものではない強迫観念に突き動かされ、己の意思であると信じていた足跡は、このカルデアに辿り着く為の洗脳だった。
 長く、辛く、苦しい旅路だった。何故命を懸けてこんな事をしている? 馬鹿らしい、阿呆らしい。そんな理不尽に対する憤怒が競り上がって来る。――いや、そんな事はどうでもいいのだ。俺は後悔していない。他人の理想がー、とか。カルデアに来る事は仕組まれていたー、とか。そんな些末事は気にするものじゃない。

「慎二……」

 古傷ではない。未だに血を流していた。それに気づいていなかっただけで。心の出血が俺に空虚さを覚えさせていたのだ。
 高校を出た後、何をしてもしっくりと来なかったのはなんでか。そうだ、俺が馬鹿をしてもケツを持ってくれる対等なダチがいなかったからだろう。――死ぬはずはなかったアイツが、俺が自失して下手をやらかしたから、死んだ。

 桜はどう思っただろう。いや、今もどう思っているのか。きっと俺が死なせたようなものだと、知りもしないのかもしれない。

「……」

 ふらふらと歩いていた。その足がカルデアの外に向かっているのに気づいた俺は、失笑して立ち止まる。出たら死ぬ、分かりきっているのに。
 罪を罪とも思っていなかった。思い出しても、向き合うのが怖かったから無意識に思い出さないようにしていた。なんて惰弱――俺は死んで詫びるべきだろう、本当なら。

「――いや、待て」

 自己嫌悪の想念に支配される直前、ふと思い返す。俺はなんで……慎二が死んだと思い込んでいるんだ……?

 俺は慎二の死体を見たか? 慎二の葬儀に出たか? 慎二が死んでいたなら聖杯戦争直後の桜は落ち込んでいたはず。桜は何か気落ちした様子だったか?

「……」

 桜は、慌ただしそうではあった。
 あの頃の俺は誰の話も聞く耳を持たず、海外に飛び出した。だから桜が何を俺に言っていたかも覚えていない――当時の俺には人の言葉に耳を傾けられる余裕がなかったからだ。
 もし、もし慎二が殺されていなかったら……? 入院していたとか、そんなオチだったら……? そもそも誰が慎二を殺すんだ。あの時に健在のサーヴァントは、アルトリアが倒したライダー以外の全騎。慎二が行方知れずになったのは、あのビルから逃げ出した時だ。
 慎二を殺すとしたら、誰だ? 遠坂……は、ない。慎二を手に掛けたら、それを俺に言っているだろう。罪悪感をひた隠して。そもそも遠坂は甘い、殺しはせず記憶を奪う程度に収める。アイツはそういう奴だ。ランサーは? ……いや、そういえば誰がランサーのマスターだったのかを、俺は知らない。だいたい、再演された聖杯戦争は、俺がアーチャーの記憶通りにおこなったと思い込んでいただけで、全く異なる形だった。

 キャスターはメディアではなく、英雄王で。アサシンは腕の長いハサン・サッバーハだった。

 アーチャーの記録通りではなかった部分を、俺は自失したまま駆け抜けた……。そんな状態で勝ち抜ける甘い敵ばかりだったろうか。そんなはずはない。
 まずい、混乱してきた。整理しよう。セイバーはアルトリア、アーチャーはエミヤ、ランサーはクー・フーリン、ライダーはメデューサ、アサシンはハサン、キャスターは英雄王、バーサーカーはヘラクレスだった。

 序盤はエミヤの記録通りだった……はずだ。

 詳細に思い出せないのは……俺が混乱していたからだろう。アーチャーの記録通りに動けばいいと高を括っていたのに、序盤以降に想定外の事があって、錯乱していた俺は更に精神が不安定になり、支離滅裂な思考をしていたように思う。記憶障害にすら陥っていたかもしれない。
 では消去法だ。あの場に居合わせ、慎二を殺すとしたら――俺と遠坂は無し。ランサーは……アイツはサーヴァントを失ったマスターを、仕事でもない限り積極的に殺そうとはしない。都合よくランサーのマスターが殺せと言っていて、都合よくランサーが居合わせた可能性は低い。アサシンのマスターは……誰だ? 俺は見ていたはずだ。思い出せ、思い出せ、思い――

「――間桐臓硯、か?」

 朧気に、そんな気がする。俺の中にある端末の記録は、カルデアや冬木にいたアーチャー自身が持たない記憶も含んでいた。何せアラヤの端末であるエミヤの本体そのものと繋がっているようなものだからだ。だから俺はこのままだと死後に、掃除屋であるエミヤと統合される。
 冬木での聖杯戦争には様々なパターンがある。その内の一つの可能性に、間桐臓硯がアサシンのマスターになっていたものがある。再演時のアサシンのマスターが間桐の蟲翁だという保証はないが、俺は薄らと臓硯を見ていたような気がした。
 それが確かなら、アサシンが慎二を殺す理由がない。身内だからだ。蟲翁が身内に甘いかどうかは知らないが、殺す理由が無ければ殺さないだろう。一時の感情で身内を始末するような奴なら、今まで時計塔やら教会やらに足元を掬われる迂闊さを持っていた事になる。軽はずみには殺さないのが、魔術師という影の世界の住人ゆえに。

 三騎士、騎兵、暗殺者がないとなれば、後は二騎だが。英雄王は終始、再演時の聖杯戦争ではやる気がなかった。積極的に動かなかったどころか俺を勝者にしようとすらしていたように思える。
 でなければ、錯乱していた俺なんて、簡単に殺されていたはずだ。本気で戦った英雄王が、錯乱していた俺を護る事に苦慮していたアルトリアを打倒できないとも思えない。

 なら――答えは一つ。イリヤだ。イリヤが慎二を唯一、殺せる可能性が高い。何せ事ある毎に俺に絡んで来ていたのだから。あの時も、俺の近くまで来ていた可能性は最も高い。
 イリヤが慎二を殺したのか? だが――イリヤは薄らと、何かへと違和感を感じていたように思う。確実じゃないが、聖杯による記憶の改竄に、聖杯の器であるイリヤがなんの異変も察知しないままでいるとも思えない。現に何年か前の遠坂は言っていただろう、イリヤが記憶の改竄について思い当たっていた事を。数年越しとはいえ、そこに気づけたイリヤだ、もしかすると慎二を見逃したりするかもしれない。それこそ再起不能になる程度に収めるとか、聖杯戦争中にでしゃばってこないように記憶を奪ったりとか。

「……」

 希望的観測だ。あの頃のイリヤに慈悲は期待出来ない上に、聖杯戦争の常識とばかりに負けた奴は死ねと言いそうだ。それでもイリヤが見逃すとすれば、やはりそれは気紛れか、或いは誰かの思惑に乗っていると気づいた場合の――そう、意趣返しだ。イリヤは負けず嫌いだから……可能性は非常に低いながらも、なくはない……と、思う。
 第五次、第六次聖杯戦争は俺が高校二年生の冬の時期に起こった。それから一年もの間、慎二の姿を見ていない時点で、イリヤの気紛れがなく、俺が記憶障害ではなかったなら、慎二は死んでいる事になる。

 なんにせよ事実は今は分からない。冬木に帰れば、聞けばいい。イリヤに――慎二はどうした、とでも。桜にはとても訊けないが……これは逃げだろうか。

「……女々しい、情けない」

 なのに希望があると感じている俺は滑稽だ。度しがたい。だが――そんな希望を持っても、バチは当たらないはずだろう。

「ん?」

 なんであれ、事実確認は戦いが終わるまでは不可能だ。これ以上は不毛である。死んでいると決めつけて、これからの戦闘へのモチベーションを下げるより、生きているかもしれないと希望を抱いて戦う方が余程健全で前向きだ。
 今は、今だけはそう割り切っておく。俺は意識を切り替え、今日の仕事に入ろうと管制室に向かう――と。

 食堂から出て来たらしいイリヤと美遊を見掛けた。

「おはよう」

 出来るだけ柔らかな笑みでそう言うと、イリヤは顔を強張らせた。
 そして不自然にあたふたして、深々と頭を下げてくる。

「おっ、おはよう! それじゃわたし、行くね……!?」
「あ、イリヤ? ……おはようございます、士郎さん。失礼します」

 イリヤは――《《怯えた素振り》》でそそくさと離れていき。美遊も会釈をすると、複雑そうに俺を見てイリヤを追って行った。

「んんぅ?」

 もしかして、俺……怖がられてるのか?







 
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