人理を守れ、エミヤさん!
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士郎くんの戦訓 5/5
士郎くんの戦訓 5/3
「……時間」
美遊がポツリと溢す。あっ、とイリヤが時計を見た。するとどうだ、既に上映開始より五時間が経過しているではないか。
それを抜きにしても、普通の小学生女児メンタルであるイリヤには色んな意味でキツい。続きは気になるが精神的疲弊は積み重なりつつあった。寧ろこれまでよく耐えていると、手放しに讃えられてもいい。イリヤは引き攣った顔で挙手した。
「あ、あの! ダ・ヴィンチ先生! これって五時間で終わるんじゃなかったんですか!?」
「いやぁ、ごめんごめん。……あれぇ? なんか予定過ぎてる……?」
ダ・ヴィンチは悪びれる素振りもなく舌を出して謝ったが、次いで不思議そうに首を捻った。
五時間のはずが、時間を超過して間もなく六時間となる。どうしてかなと考えてみるも、すぐに思考を放棄した。あんまりにも濃かったからね、天才としての本能が雑な仕事を拒み、無意識に密度を上げたら時間が延びたのだろう。
「まあいいじゃないか。うん、後ちょっとだからね」
「ダ・ヴィンチ。フルバージョンというのを、後で渡してください。後で個人的に視聴します。今は席を外しますので」
「あっ」
アルトリアとオルタが席を外した。思わず声をあげ、この後の事を察したダ・ヴィンチは両手を合わせ合掌する。士郎くん、強く生きて、と。
――埋葬機関。
其れは聖堂教会の最高位異端審問機関である。教会の矛盾点を、法ではなく力で強制的に排除する組織で、悪魔祓いではなく悪魔殺しを行う代行者の中でも、特に優れた者達が所属するという。
構成員は七名と、予備役の一名の少数精鋭。聖堂騎士団の手に負えない怪物や、災厄に見舞われた際に出動し、彼らの行動が事後承諾でない時はない。場合によっては教会の意向に背ける強権が与えられているとか。曰く教会内に於ける異端、厄介者と謗られているという。
その内の一人にして、第七位『弓』のシエルと出会った。死徒二十七祖の一角を滅ぼし、エンハウンスが十八位の座を襲った直後である。
当初戦闘になりそうだったが、カソック姿のシエルは豊富な魔術の知識故に、エンハウンスが普通の死徒ではない事を見抜いた。そして人間の士郎がこの場に居合わせた事で、彼らに尋問する気になったようだ。
士郎は包み隠さず己の目的を告げた。死徒を根絶する為に、在野の魔術師狩りと死徒狩りを並行して行っている事も。此度は十八位の祖と『子』に当たるエンハウンスの争いを聞き付け、これを好機と捉えて諸共に始末する気でやって来た。
しかしエンハウンスが半人半死徒と察し、エンハウンスもまた死徒を鏖にするつもりでいると聞いた。利害が一致した故に協力関係を結び、十八位の祖を滅ぼした所にシエルがやって来たのだ。
シエルはその話を簡単に信じた。というのも、聖堂教会でも士郎の名は広まっているらしい。
聖杯戦争の経緯、それからの海外での活動。最近は精力的に魔術師狩りを行い、特に聖堂教会よりも先に死徒を探し当て滅ぼす情報収集力、居場所を割り出す分析力、実際に討滅に移る行動力は話題になっているとか。
金銭目的の俗物とは一線を画する、ある種の執念によって行動するフリーランスの魔術使い。時計塔が誇る最強の封印指定執行者、バゼット・フラガ・マクレミッツを引き抜いてからは、さらにその効率と撲滅運動が加速している。聖堂教会は彼らの活動を黙認し、利用する気でいるらしい。
シエルとしては死徒を撲滅する志には共感するものがあるらしい。エンハウンスに表立って協力は出来ないが士郎は人間故に共同戦線を張るのも吝かではないと言った。
連絡先を交換し合う。これから先、戦場を共にする事もあるかもしれませんね、と。薄い笑みを交換し合い、その場は別れる――といった所でバゼットが合流した。士郎が居場所を調べ上げた在野魔術師を速攻で斃し、その足で急行してきたらしい。まるで飼い主に懐いた猟犬の如き様子に苦笑した士郎は、バゼットにシエルを紹介して、和やかに別れ――
『シロウ、ところで今夜の夕食は……』
『カレーだ。一晩寝かせたし、美味しくなってるぞ。保存もばっちりだから食中毒の心配もない』
『――』
『楽しみです。一流シェフも絶賛するシロウが、旨くなっていると自信を垣間見せるとは。今から待ち遠しい。さあ早く帰って夕飯としましょう。エンハウンス、貴方は?』
『オレか? あー……そうだな。ピザなんか作れるか?』
『ピザか。カレーに浸して食するのも乙なものだろうし、一品追加するのもいいな。よし、任せろエンハウンス。歓迎の印として振る舞おう』
『――待ちなさい。その夕餉、私も同席させてもらいます』
は? と。士郎はシエルの唐突な通告に振り返る。そして引いた。振り返った士郎の目の前に、シエルの据わった目があったのだ。
恫喝するかの如き声音と迫力に、思わず首を縦に振ってしまう士郎である。まあ今後共に戦う事もあるだろう存在だ。特に拒む理由もない。腹が減ってたんだろうなと呑気に受け入れた。
早く行きますよと急かすシエルに首を捻りつつも、士郎は新たに仲間に加わったエンハウンスも自分の拠点に案内した。
『――これ、は……』
そして、実食。士郎の調理したカレーを口に運んだシエルは言葉を失っていた。その様子に得意満面になりつつも、士郎は焼いたピザを勧める。それをカレーに浸して更に一口。
シエルが綺麗に完食する頃にはエンハウンスとバゼットも食事を終えており、バゼットは食後の運動の為にジョギングに出ていた。エンハウンスは感心する。
『大したもんだ。旨かったぜ。こんなに旨いピザは食った事がねえよ。何か秘訣でもあるのか?』
『ああ、ピザの生地、焼き加減、調味料。全てにコツがある。材料は全部一から手作りだしな。なんなら解説してやっても――』
『――衛宮くん。お話があります』
唐突にシエルは席を立った。ゆらりと幽鬼の如く立ち上がり、黒鍵を抜き放つ。何事かと身構える士郎に、シエルは先刻の十八位の祖をも圧倒的に上回る威圧と共に告げた。
『貴方はカレー・マスターと成り得る世界の宝。無為な戦いで命を、腕を損なう危険があるのは余りに惜しい。――カレー愛好家の名の下に貴方を拘束します。永遠にカレーを作り続けなさい! それが貴方の生まれた理由、背負った使命!』
『お前は何を言ってるんだ』
黒鍵を突きつけ、目をぐるぐると回して言うシエルに、士郎は真顔で反駁した。なにゆえに錯乱したのか、士郎を捕縛せんとするシエル。理解不能だが限りなく本気であると悟った士郎はシエルと戦闘に移ってしまった。
辺りの設備を破壊しながらの激闘は、帰ってきたバゼットを交えエンハウンスと士郎の三人掛かりでシエルを取り押さえるまで続く事となった。寧ろ三人掛かりでも負けそうになるほど凄まじい力だった。明らかに本来の実力以上の力を発揮していたのは何故なのか。
「私はダメな代行者です」というプラカードを首に提げさせられたシエルを正座させて、士郎は嘆息する。真剣に身の危険を感じた為か、冷や汗が止まらない。なんて下らない戦いだったんだ。負けていたら確実に監禁されていたと確信した。
シエルは冷静になったのか肩身が狭そうにして反省している。しかし士郎が『もうカレー作るのやめようかな』と呟くと、シエルは必死に思い留まらせようと説得した。
『そんな勿体ない! 衛宮くんのカレーは正に絶品でした、それをもう作らないなんて……! 世界の損失です、世界遺産が悪趣味な蒐集家の蔵に死蔵されるようなもの! なんでもしますからそんな事を言わないでください……!』
『ん? 今、なんでもするって言ったよな?』
『あっ』
士郎はにっこりと笑顔を浮かべた。シエルは失言に気づく。
『バゼット、エンハウンス、何か要求は?』
『は。なんだこの茶番? いや、いいけどな。なら死徒に有効な銃でも貰いたいね』
そうしてエンハウンスは、シエルから教会製の長銃型概念武装「聖葬砲典」を譲り受ける事に。
『私からは特に何も。ただ今後、このような事がないようにして下さい』
『バゼットからは特になしか。ならバゼットの分の迷惑料は俺が貰うか』
特に要求のなかったバゼットの代わりに、士郎はかねて自身の対魔力の低さを懸念していた事から、彼女から外界への護りとなる聖骸布を手配して貰う事に。以降、士郎が戦いに赴く際には決して欠かせない赤原礼装が贈られる事となった。
『で、俺の分の迷惑料だが。――今後教会からの指令がない限りは、俺達と行動を共にし続けろ』
『そ、それはっ!』
『カレー……毎日作るのになぁ……』
『貴方が私のリーダーです』
大丈夫かこの代行者と、バゼットすらシエルを心配した。呆れて物も言えないようである。
士郎も苦笑を隠せないでいるが――ともあれ、士郎を含めると同志はこれで四人となった。戦力が充実しているが――この一団には、まだ新たに加わる者がいた。
死徒狩りは、いよいよ佳境に入る。
士郎とシエルが情報を集め、多角的に分析しながら狩りの獲物を探す。リストアップした死徒二十七祖、既に滅んでいるものや封印されているものを除けば、その殆どが極めて強力な個体ばかりである。
シエルが加わって以来、数ヵ月の間に四体もの死徒と、五人もの魔術師を屠った。苛烈にして電撃的な活動に、士郎らの一団は魔術世界に戦慄を齎す。在野の魔術師の研究は鳴りを潜め、犠牲を出さない傾向に傾く。何せたった一人の不審死、行方不明からすら足取りを掴まれた者もいたのである。彼らの存在は抑止とすらなり始め、時計塔のロードすら一目を置いた。
各地に点在するアジト、その一室にて、士郎は顔写真つきのリストにナイフを突き立てる。
『――次の標的は活動を再開した死徒二十七祖、第七位「腑海林アインナッシュ」だ』
その正体については、シエルから聞き及んでいる。一行の知恵袋がシエルなら、分析し行動指針を立て、作戦を立案するのが士郎である。
誰よりも早く情報を掴んだ士郎は、アインナッシュの活動再開の情報を、魔術協会と聖堂教会にリークする。どうせ独自に知る所となるのなら、こちらから先に報せて恩を着せると共に、彼らの行動するタイミングを予測し易くする狙いがあった。
アインナッシュは生物ではなく吸血植物だ。森林一帯そのものがアインナッシュであるという。通常通りにやって滅ぼせる手合いではない。その核となるものを探し出す必要があった。
また魔術協会や聖堂教会はアインナッシュに生る実を求め、他にも在野の魔術師もやって来る可能性は大いにある。士郎はアインナッシュを滅ぼす手立てを立てられなかった故に、やって来る双方の勢力を利用するつもりでいた。
相手が知性のない存在なら、それは戦いではなく作業である。
油断も慢心もない。しかしながら一切の気負いもない。そうして――その地にて、士郎達はその『死神』と遭遇した。
曰く、死徒狩りの死神。またの忌み名を『殺人貴』という。真祖の吸血衝動を抑制する為にアインナッシュに生る実を求めて来たという彼は、士郎よりも幾つか年若い。
瞬く間に封印指定の魔術師『フォルテ』を打ち倒した彼は、魔眼殺しの包帯を眼に巻いていた。死神の通り名に偽りのない、死を具現化させたような彼は、シエルと知り合いらしく士郎らに牙を向ける事はなかった。
士郎は提案する。アインナッシュの実に興味はない、滅ぼしに来ただけだ。協力しようと。シエルの説得もあり、一時的に共同戦線を張った彼らは特に山場もなくアインナッシュを滅ぼした。
本名は遠野志貴というらしい。彼は直死の魔眼を持ち、真祖アルクェイド・ブリュンスタッドの守護者をやっているという。彼の能力により死の点なるモノを突かれたアインナッシュは滅んだ。その問答無用の必殺ぶりは、死徒狩りには持ってこいだった故に仲間に勧誘したが、すげなく断られた。
しかしもし今後出くわすような事があれば、敵対する事はしないという約束だけは取り付けられたので良しとする。士郎としても無闇に敵を作る趣味はない。それに元々、志貴は単独で動いた方が高いパフォーマンスを発揮するタイプのようだった。ルヴァレという死徒を狩りに赴いた際には先を越され、志貴が仕留めていたのだ。
『――次は大物だ。死徒二十七祖、十七位「白翼公」トラフィム・オーテンロッゼを仕留める』
アジトにて。リストにナイフを突き立てる。
死徒の王の一角。その勢力を焼却する。士郎達の一団は、標的として遂に死徒の王を狙えるものとなっていた。エンハウンスはにやりと好戦的な笑みを浮かべる。何やら含むものがあるようだが、それは語られはしなかった。
先日、死徒ルヴァレを狙ったのは、その死徒がトラフィムの勢力に属していたからだ。士郎達は真っ先に死徒の王を狙う事はせず、その勢力に属する死徒を優先的に狙った。
士郎は既に、バゼットらに全幅の信頼を置いていた。故に己の能力についても話している。その上で必殺の戦術を編み出していた。
前衛のバゼットとエンハウンスが切り込み、シエルが中距離から黒鍵を投擲して穿ち、或いは結界を用いて死徒を『括る』。そして遠距離から援護に徹する士郎が、トドメとして投影宝具の偽・死棘槍を撃ち込む。もしも獲物が強力な切り札を切ってこの流れが作れなくなったら、バゼットの『斬り抉る戦神の剣』がカウンターを放ち、獲物の切り札をキャンセルさせ、エンハウンスの魔剣アヴェンジャーで斬り、聖葬砲典の砲撃を浴びせ、シエルが結界で括る。そして最後はやはり士郎の投影宝具で確実に仕留める。――この流れが必勝戦術であり、嵌まれば死徒の王であっても殺せるだろう。現に祖ほどの力がなくとも充分に強力な死徒は、全てこの戦法でキルスコアを確実に稼いでいた。
しかし数多の成果を上げ、死徒や魔術師の骸を時計塔に流して、魔術世界に威名を轟かせている士郎達といえども、死徒の王は一筋縄でいく手合いではなかった。この戦いの相手は単独の個ではない。一つの陣営を統べる王が相手であり、黒翼公に比肩する怪物である。
決して表舞台には語られない死闘は、殺人貴も交え幾度も繰り広げられた。その最終決戦の場に士郎は居合わせる事はなかったが、エンハウンスと殺人貴によってトラフィムは死亡し、死徒の勢力図は大幅に書き換えられる事となる。
その後始末、或いは別件の任務を割り振られたシエルが一時離脱。バゼットもまた時計塔に呼び出され一団を離れ、エンハウンスは瀕死の重態となっていた故に療養を余儀なくされた。士郎は一人になると、無理はせず活動を自粛。一時ばかりの平穏を楽しむ事となる。
と言っても、多方面に怨みを買っている身だ。死徒や、後ろ暗いもののある魔術師が士郎を襲わないとも限らない。故に士郎はエンハウンスを冬木に連れていき、衛宮邸にて療養に努めさせる事にした。瀕死とはいえエンハウンスなら、士郎の身内を守ってくれると見込んでの事だ。
しかし士郎は目の当たりにする。長年留守にしたせいか――士郎への想いを盛大に拗らせた、妹分の少女達の惨状を。
士郎は後に述懐している。地獄のような天国だった。事が済んだらすぐに帰る予定です、と。
冬木から逃げるようにロンドンに向かった士郎は、凛に泣きついた。あなたの妹さんがおっかないの、助けて。大の男が矢鱈と情けない。そんな士郎に凛は爆笑した。ちっとも変わってないわねアンタ! なんて。
士郎は逆上した。処女拗らせて面倒臭い奴になりやがってこの女郎! そんなだから男が寄り付かないんだよ! ――その売り文句は第三次テムズ川ダイブ事件の引き金となった。
ただし士郎も三度目はただでは落ちなかった。凛を道連れに落ちたのだ。最悪! アンタほんと最悪! 風邪を引いて言語能力の低下した凛に対し、健康体のままピンピンしていた士郎は笑った。笑いながら凛の看病をしていると――なんでか奇妙な空気となっていた。
『……あれ?』
なんでそうなったのか、よく分からないが。士郎は首を捻っていると、顔を真っ赤にした凛に追い出されるままロンドンを後にした。
バゼットはおらず、シエルもまだ別件の任務に当たっている。エンハウンスも復帰には時間がかかる。時折襲撃してくる死徒や魔術師を返り討ちにしつつ、士郎はとりあえず何をしようかと首を傾げ。
思い立った。
『そうだ、慈善事業を始めよう』
死徒の勢力図が塗りかわるのを待つのも馬鹿らしいが、かといって一人で何かをしようとすれば死にに行くようなもの。無理はしなかった。
とりあえず、出資者を募ろうと各地を巡ってみる。通りかかったブリュンスタッドの城に顔を出し、顔馴染みとなった殺人貴と真祖の姫を冷やかして殺されかかったり。一日泊めてもらったはいいものの、夜のあれこれを聞く羽目になって一睡も出来なかったり。
客がいるのになんて奴らだ末長くお幸せにね! とばかりに、これまでの旅で手に入れてきた、士郎には無用の生命力を増幅させる霊薬やらを置いていった。
日本でもそうだ。とりあえず金を持っていそうな連中に片っ端から声を掛けて回るも手応えはなかった。畜生なんてこった! これが資本主義の弊害! 人情を忘れた祖国の人々を嘆くふりをして。士郎は刀剣蒐集趣味を持つ姐御と眼鏡の素敵な隻眼の男性と知り合った。
お熱い関係をからかわずにはいられない。例え殺されそうになっても士郎はその愉悦を忘れる事なんて出来なかった。仲睦まじさを祝福したい、その気持ちは決して、間違いなんかじゃないんだから――!
命からがら士郎は日本を発った。
何はともあれ気を持ち直し、士郎は真剣に出資者を募る。士郎の持つ資産は一生を遊んで暮らしても、三代先まで安泰なほどだが。そんなものではとても足りない。どうしたものかと悩みつつやって来たのは、士郎のコネが最もあるロンドンであった。ルヴィアを頼ってみようと考えたのだ。
――そして、士郎の運命は此処に辿り着く。
オルガマリー・アニムスフィアに、カルデアへ勧誘されたのだ。
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