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人理を守れ、エミヤさん!

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士郎くんの戦訓 4/5




 ――所詮は数ある轍の一つ。結果を論じるのも無粋だろう。

 魔術師にとって最悪の刺客『封印指定執行者』バゼット・フラガ・マクレミッツと衛宮士郎は、祖に匹敵する不死性を持つ元人間の死徒を、白野という護るべき者を抱えたままに屠った。

 恐るべきはその身体性能とその不死性。だが裏を返せばそれのみにしか脅威はなかった。真正の祖であれば話は別だろうが、元が実戦経験の浅い学者が本質である死徒だ。死徒へと変じたのが人の短すぎる寿命より脱却する為であれば実戦を経験しようとするはずもない。自らの目的を達する為の探究に耽っていた死徒は、歴戦の執行者と魔術使いの連携を前に敗れたのだ。
 残されたのは、封印指定されるほどの魔術師の秘法、その情報の全てが刻まれた魔術刻印付きの死徒の骸である。それを前にフリーランスの魔術使いを自称する士郎と、執行者であるバゼットは互いを牽制し合っていた。

『――経過はともあれ、仕留めたのは俺だ。異論は?』
『ありませんね。確かに貴方の銃弾がこれの命を射止めた。しかし私も仕事です、これを貴方に譲る事は出来ない』
『そうか。だが俺としても、無償でそちらに譲れば赤字だ。かといってアンタと事を構える気もない。それはアンタにも言えるだろう?』
『……ええ。私も些か消耗しています。手持ちのルーンも、体力も。まだ余力のある貴方と奪い合い、命のやり取りをするのは気が引けます』

 バゼットは士郎が援護に来たのはギリギリで、危機を救ってもらったと思っているが実際は違う。バゼットと死徒を潰し合わせ、頃合いを見計らって介入したのである。
 士郎は元々仕事で来ていたわけではない。が、ここではそのように思わせ振りな言動を選んだ。何故なら――

『俺としても時計塔に睨まれる真似は控えたいからな。交換条件を呑むなら、この商品をアンタに譲るよ』

 相手から譲歩を引き出し易くする為の欺瞞。中東にいた頃このような言い回しを覚えた。
 ロンドンにいた頃、ルヴィアから貴族に特有の勿体ぶった話術を習ったが、それを独自に磨いたものである。

『……条件とは?』
『俺が救出したこの街の生き残り――彼らを見逃す事だ。無論聖堂教会からも手出しがないように手配しろ』
『それは……』

 バゼットは即答しなかった。出来るか否かよりも、怪訝さが前面に出ている。しかしこれを譲る気は士郎にはない。威圧する殺気は、本物だ。

『呑めないなら、アンタを此処で始末して、俺が自分で時計塔と交渉する。この商品を手土産にすれば、まず呑ませられる』
『……分かりました。しかし、なぜフリーランスである貴方が彼らに肩入れを? このような事は珍しくないでしょう』

 バゼットの問いは、真理だった。一つの都市を死都に変えてでも、吸血種を滅ぼさんとする聖堂教会のやり口は古来、珍しいものでもなんでもない。ありふれた犠牲であり陳腐な悲劇だなんて――そんな事は知っていた。だが「知っていただけ」だと士郎は痛感し、苦々しげに吐き捨てる。

『俺は俺の信条に肩入れしているだけだ』
『……信条に、ですか』
『ああ。――あこぎな商売だ。余所様に迷惑を掛ける真似は、しちゃいけないし、させてもいけない』

 バゼットは、そう語る士郎の目を見ていた。
 ややあって彼女は頷く。士郎にはなんら利のない話だが、その為に商品価値の高い魔術刻印を諦めると言うなら嘘はあるまい。彼の言葉を信じる事にしたのだ。
 そうして商談は成立する。バゼットは死徒を回収し、その場を辞し。士郎は白野を背負って彼女の家族の待つ場へと向かう。
 士郎に涙ながらにありがとうと何度も頭を下げる岸波夫妻、彼らが礼をしたいと言うのを士郎は丁重に辞した。代わりに娘を大事にしてほしいと。言うまでもない事だったが。そして数少ない生き残りの彼らを隣街まで護衛して歩き、そこで暫し固まって待機して。翌日に魔術協会から出向してきた魔術師に暗示を掛けてもらい、彼らに昨夜の事件を不幸な大火災だったと思い込ませた。
 忘れて貰う。そうするのが一番だと士郎にも分かっている。だが釈然としない。無知でいる事が身を守る最善の手段だが、無知のままでは彼ら無辜の人々は食い物にされるだけだ。

 士郎は己の認識が余りにも甘かった事に、身を切る思いだった。

 何も知らない人々だけが搾取される。そんなものは間違っている。
 死徒。外道の魔術師。――彼らの存在は、百害あって一利なし。存在するだけで火種となる。
 昔からそうだと知っていた。識っていただけだと思い知った。聖堂教会は教義がどうこう言っているくせに、強力な死徒に関しては野放しにしている。手に負えないから――割に合わないから。そんな弱腰、赦してはならない。
 ああ、そうだとも。士郎は己の成すべき事を定めた。誰もが見て見ぬふりをする巨悪を滅ぼす、それだけが正義の味方(エミヤ)ではない自分でも成せる正義だ。

『――死徒。諸悪の根源の一つ』

 その祖を、滅ぼすのだ。殆どの死徒の根は、彼らだ。根から絶つ、故に根刮ぎと云う。

 存在するだけで多くの命を食らう、人理を否定する存在を滅する。人の営みに寄生する吸血種を狩り尽くせば、岸波一家のような事例は激減するだろう。人の身を捨て、死徒となる魔術師も狩りの対象だ。他者を食い物にする事でしか成せぬものなど価値がない。

 戦地の復興、飢餓の根絶、それらもまた戦うべき強大な敵だが。それらより先に滅ぼすべきは、表社会の誰も認知していない怪物である。
 士郎は独自に戦いを始めた。見果てぬ戦い、命が幾つあっても足りない壮絶な戦争の始まりである。しかし、士郎は思い知る事になる。己がただ逸っただけの、愚か者であると。



『ぁ、ぁあぁ、あああああ――!?』



 殺した、殺した、殺した。
 隠れ潜む魔術師を探し出し、これを討ち。その研究成果を魔術協会に横流しする。士郎に利のある礼装だけを回収する。そんな事を幾度か繰り返し、隠れているモノを暴き出す作業に手慣れてきた頃。士郎は痛恨のミスを犯した。
 断じて。断じて言おう。士郎は最善を尽くし、最善の結果を得た。水際で被害を食い止めた。だが、それこそがミスだったのだ。
 或る魔術師を追っていた。隠れ潜んでいたモノを暴いた。だが、士郎が辿り着いた時には、既に死徒化の秘薬が外部に漏れ、死徒と化した無辜の少年が被害を拡散させてしまったのだ。
 士郎は元凶の魔術師を仕留めていた。そして秘薬が外部に漏れていた事にも気づいていた。迅速に対処に移ろうとして――しかし間に合わなかった。単純に、手が足りず。時間が足りなかったのである。

 己の愚かさを呪った。

 ――俺一人でも出来る、等と傲っていた。
 全ては士郎が単独で活動していたが故の失態。協力者を作り、複数で当たっていれば防げた事態だったはずだ。
 知っていた。弁えていた。人間一人で出来る事など限られている。なのに二年間の活動を、一人で上手くやれていた為に傲っていた。一人ででも戦い抜いてみせる、なんて。思い上がりも甚だしいと気づかなかった。
 平和な田舎町が、死都となった。士郎は無実の人々を、罪もない人々を、己の手で殺戮せねばならなくなった。――士郎に遅れてやって来た、魔術協会の魔術師の団体が、死都を滅するのに加担しなければならなかった。

 心が折れそうになった。

 死にたくないと、涙する死徒の少年を、己の手で殺した。

 心が砕けそうだった。

 この子だけはと懇願する、我が子を守ろうとする死徒の女性を親子共々射殺した。

 心が萎えそうだった。

 ――なんて事を。なんて馬鹿な事を、俺はしてしまったんだ……!

 後悔先に立たず。膝を折ろうとした。だが、士郎は立ち止まる事が出来なかった。
 もしここで止まれば、士郎の増長の為に防げなかった悲劇を、ただの轍としてしまう。萎えそうな己に活を入れ、士郎は二度と同じ失敗をしない為に協力者を得ようと考えた。
 真っ先に思い浮かんだのは、執行者。封印指定対象の魔術師と対する事の多い士郎なら、利害は一致する。味方につけるのに苦労はしないはず。そして連想されたのは、士郎と面識のあるバゼットだった。

 士郎は封印指定対象の魔術師の刻印を手土産に魔術協会と交渉した。自分がこれまで上げた過去の成果を例に挙げ、今後も活動を続け確実な利益を手にする為に、封印指定執行者と行動を共にさせてもらいたいと。その執行者はバゼットを希望した。
 彼女の家は、神代から伝わる数々の魔術、宝具や秘宝を保持する名家だが、頑として外部との繋がりを断っていた。バゼットが家督を継いでから魔術協会の門を叩いたが、権威はあっても権力のない彼女を持て余した魔術協会は、封印指定執行者として便利使いしていたのだ。
 謂わば厄介者である。魔術協会は士郎の齎す利益故に、彼の覚えがめでたかったのも手伝って交渉は成立した。

『まさか、貴方と行動を共にする事になるとは思いもしませんでした』
『謝らないぞ。俺は俺の道を行く為に、アンタの力が必要だった』
『構いません。これも仕事です』

 相棒(バディ)となった二人だが、意外にも相性は良かった。
 互いに合理主義で、戦闘に於いてはバゼットが前衛を、士郎が後衛を務める。役割と能力が噛み合い、阿吽の呼吸となるのに場数は必要なかったのだ。そして私生活に於いても、相性がよかったと言える。
 彼女は生命活動が送れるのならば、どんな状況でも構わないとほとんどホームレス状態だった。食事を楽しむという意識も欠け、味や栄養は二の次で、食べ終わるまでの時間のみを気にしていたのだ。行きつけの外食店はチェーン展開された牛丼屋であるという有り様で、その理由は商品が出てくるまでの時間も、食べ終わるまでの時間も短いからというもの。服装も機能性があればよい。装飾は無用。娯楽にも疎い。おまけに己が女である意識も薄い。

 相棒の惨状に士郎は激怒した。

 ダメダメな相棒の身の回りを管理するのも相棒たる者の務めとばかりに、規則正しい食生活を提供し始める。同じ屋根の下に暮らし、朝から晩までの料理を作りバゼットに振る舞った。
 最初こそ、それこそハンバーガーでもいいなんて宣っていたダメな女だったバゼットは――しかし、故にこそ士郎に胃袋を掴まれた。

『そん、な――』

 バゼットは落涙した。

『私は、貴方に出会うまでの人生を、全て台無しにしていた――!』

 貧相な食事を思い返し、バゼットは悲嘆に暮れた。こんなバカな事が、と。もうシロウのご飯しか食べたくありませんとまで――依存した。
 人生経験が偏っている事から、出会った男性に片っ端から惚れ込むほれっぽい面があったバゼットである。傍目に見ても明らかなほど士郎に入れ込んでいるのが明らかだった。

 中身はアレだが、外見は美女である。士郎もまんざらではなくて――

「……」

 冷淡な目でそれを見守る、アルトリアとオルタである。気持ち、マシュの目も冷たい。
 何故歩む、修羅の道を! エミヤはもう色んな意味で見ているのが辛かった。

『し、シロウっ』
『ん?』
『どうしてですか!? どうして……!?』

 そんな中、士郎はバゼットと別行動をする事になった。祖の一人の根城を探り当て、そこに殴り込むのに最大の好機を掴んだと士郎は確信していたのだ。
 というのも、その祖の子に当たる死徒が、反逆したのだという。祖と子の代替わりをかけた死闘は、介入して根絶やしにする絶好の機会。相手は死徒二十七祖、可能な限りいい条件で事を構えるべきだったのだが――士郎は此処に、単独で攻め込むとバゼットに告げたのだ。
 何故か。それはこの件の他にも、同時に隠れ潜む魔術師の居場所を探り当ててしまった故だ。これまでの経験から一刻の猶予もないと看破した士郎は、バゼットにそちらへの対処を頼んだ。
 見過ごせなかったのである。しかし祖を襲撃する好機もまた千載一遇、二兎を追う者は一兎をも得ずと云うが、今回ばかりはそうするしかない。士郎は年上の女性なのに、子供みたいに別行動へ難色を示すバゼットの頭を撫で、微笑んだ。
 俺が心配なら、速攻で片付けて、応援に来てくれと。バゼットは赤い顔で頷き、すぐに彼の許を発った。

 士郎も行動を開始する。バゼットを信頼していない訳ではないが、投影魔術に関して知る人間は少ない方がいい。祖の特異さを考えれば、宝具を投影する事もあるだろう戦いである。可能な限り最大のパフォーマンスを発揮するなら、一人の方がいい。
 士郎はそうして二十七祖の一角――十八位に列される怪物退治に向かった。

 そこで出会ったのだ。新たな同志となる、半人半死徒の男、エンハウンスと。

 艶のある銀の髪、赤いコートを羽織ったその男と十八位の死徒の祖。その戦いに介入した当初は両者の潰し合いを静観し、好機が到来すれば纏めて始末するつもりだった。祖とされるほどの怪物の性能、能力を計り、今後の活動の指標とする狙いもあった。

 だが士郎は興味を抱いた。銀髪の青年が、完全な死徒ではなく。何より祖より奪ったらしい魔剣を振るう半死徒の青年が、憎悪も露に死に物狂いの形相で牙を剥いていたのだ。
 不本意に死徒とされたのだろう。その過程で大切なものを失ったのかもしれない。しかしその背景を推し量る意義はなく、士郎は彼を利用できると踏んだ。あれだけの憎悪、ただ事ではない。もしかすると、その憎しみが死徒全体へ向くかもしれないとなれば、士郎との利害は一致すると言えた。

 士郎は銀髪の青年を援護する事にした。

 強化の魔術によって、異形の怪物銃となった対物ライフル・バレットM82で狙撃する。祖の頭部を吹き飛ばし、窮地にあった半死徒の後方に陣取る。

『……アンタ、何者だ?』
『衛宮士郎』
『ハ――気に入らないね。これはオレの戦いだ。だが、勝手にしろ。アンタにはアンタの戦いがあんだろう』
『そちらの名前は?』
『エンハウンスだ』
『了解、援護する』

 元々、ほぼ拮抗していたのだろう。エンハウンスに士郎がついた事で、十八位の祖は追い詰められていく。
 だが一手足りない。エンハウンスの魔剣は特に警戒され、士郎の射撃は必要経費とばかりに無視される事すらある。変身能力で躱される頻度も高くなっていた。
 流石の不死性、容易にはいかない。圧していても油断すれば一瞬でひっくり返されそうだ。これが祖か、と士郎は嗤う。――冬木の聖杯戦争で見たギリシャ最強、伝説のアーサー王、アイルランドの光の御子と比べれば、まだ可愛いものだ。
 彼らが相手だったならば、既にエンハウンスと士郎は斃されている。容易ならざる相手とはいえ戦いが成り立っている時点で――士郎は相手を仕留める算段を立てられていた。

 元々死徒の不死性が如何に厄介かを知悉している士郎である。その対策を何もしていない訳がなく。対死徒の切り札を用意しているのも当然だった。

『決めに行く。陽動を頼んだ』
『――いいぜ。オレだけでも殺れたが、アンタの力を見ておきたい』

 士郎はエンハウンスになら投影魔術を知られてもいいと判断していた。
 半死徒である時点で、魔術協会や聖堂教会に加われる道理はない。組織からの外れ者となるのは自明。ならば彼から漏れる恐れは低く、もしもその危険があると判断すれば、口封じをするまでの事である。

 士郎は宝具を投影する。飛びっきりの不死殺しを。

 完全な複製品ではない。機能の半分を削り、形状を改造した、士郎独自の手が入った改造宝具。剣ではない、故に魔力負担は大きいが、これまで宝具の投影を多用して来なかった故に、冬木での戦い以上の負荷もない。
 黒弓につがえるは真紅の矢弾。長大なそれが迸らせる禍々しい魔力の奔流に、十八位の祖は目を見開いた。宝具を投影しただと、と。にやりと嗤い、士郎は真名を解放した。

『――偽・死棘槍(ゲイ・ボルクⅡ)

 形状は短槍。矢とすれば些か長いが、射出に支障はない。必中の呪詛は削り落とした。故に射手が狙いを外せば(あた)りはしないが、士郎の矢は射つ前に中っている。イメージが磐石ならば必中だった。
 真作に近く再現したのは、その必殺の呪詛。例え聖剣の真作でも殺しきれぬ不死でも殺し尽くす絶殺のそれ。

「へぇ、悪くねぇ出来だな」

 士郎の投影した槍の真作の担い手が感心したふうに溢す。自身の宝具を投影されても特に気にした様子がないのは、クー・フーリンの感性では武器は武器でしかないからなのかもしれない。

 だがこれ以上なくその矢は効果的だった。

 真祖をも不死性で上回る『混沌』すら屠る魔槍は、真祖より劣る不死の祖の心臓を抉り、即死させる。
 斯くして祖の一角を滅ぼした士郎は、エンハウンスと今後を話し合った。エンハウンスは言う、死徒を殺し尽くすと。士郎も言う、なら俺と来ないかと。目的は同じである。自分ならエンハウンスだけでは殺し尽くせないモノも殺せると。
 エンハウンスは、士郎の仲間となった。そして――十八位の祖を討ちにやって来ていた埋葬機関の代行者とも、出会う事となった。

『これは……!』

 既に戦いの終わった現場に現れたのは、『弓』のシエルである。
 後に士郎へ外界への守り、赤原礼装を贈る事になる――士郎を中心とする対死徒の狩猟団に与する三人目の同志。その邂逅だった。





 
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