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人理を守れ、エミヤさん!

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士郎くんの足跡(中)

士郎くんの足跡(中)





『問おう――貴方が私のマスターか』

 この時を以て、衛宮士郎の運命は確定した。
 最早無知な一般人へと戻る事は能わない。彼は戦う事を決意したのではなかった。死にたくないが為に、誰かを死なせたくがない為に、戦わざるをえなかった。
 運命は加速する。槍兵を撃退した少女騎士は、新たにやって来た二騎のサーヴァントの気配に、警戒の念も露に迎撃する意思を固めた。事情がてんで呑み込めない士郎はなんとか現実を理解しようとするも、サーヴァントが己の知る使い魔とは結び付かず、聖杯戦争の事など理解の外だった。
 正門の前にやって来た赤い外套の騎士を少女騎士は一太刀で斬り伏せる。赤の少女が咄嗟に己のサーヴァントを令呪で霊体化させなければ、ここで脱落していただろう。

『待て!』

 士郎は制止する。訳が分からないまま勝手に進む現実の状況、意味不明なまま後戻りできない事態に巻き込まれた事を察していたからこそ事情を理解したかった。
 制止された事で不服そうにするセイバー、アルトリア。暗闇から姿を表し、休戦を申し出る遠坂凛。

「リンさん……?」
「……」

『其処にいるのは分かっている、姿を表したらどうだ』

 そして、もう一騎のサーヴァントへ、厳しい目を向けるセイバー。暫しの間を開けて、観念したのか目をバイザーで隠した妖艶な美女が物陰から進み出てくる。その後ろには、苦々しく顔を歪める慎二がいた。

『慎二!?』
『……うそ、間桐君じゃない』
『は……衛宮、オマエ……魔術師だったんだな』

 酷く傷ついたような、それを隠すような、引き攣った半笑いの表情だ。何かを懸命に堪えるその表情に、士郎は。

『や、違うぞ』
『は?』
『え?』
『え?』

 慎二と凛、セイバーはその返しに思わず間の抜けた声を漏らす。

『俺は正義の味方だ』
『……』
『……』
『……なんだそりゃ』

 ふ、と慎二は笑った。肩から力が抜ける。ただの馬鹿だと、自分の知る衛宮士郎なのだと、慎二は理解したのだ。こほんと凛が咳払いをする。士郎へ事情を説明する為に、一旦衛宮邸に入る事を提案した。
 そこで聖杯戦争に関する説明が行われた。そして士郎は驚き、憤りながらも、あっさりと決断を下す。

『そっか……なら、止めないとな』
『止めるって、何を?』
『決まってるだろ。こんな街中で戦争だなんて間違ってる。無関係な人間を巻き込みかねないってんなら、速攻で終わらせるしかないだろ。聖杯なんか興味もないしな』

 興味もない。

 万能の願望器に対して、士郎は心の底からどうでもいいと言っていた。嘘がないのは、出会って間もないセイバーにも分かった。

『なあ慎二、遠坂。手を貸せよ。聖杯ならお前らが勝手にしていい。ああ、セイバーも聖杯要るんだっけか。なら戦いが終わった後にお前らで話し合って、聖杯を誰の物にするか決めればいい。その後に聖杯を壊せば万事解決だ』
『……あの、衛宮君? これ、バトルロワイヤルだって言わなかったかしら?』

 慎二は呆気に取られ、口を半開きにしている。凛がこめかみを揉みながら言うと、士郎は露骨に嘆息した。

『なんだ。遠坂、聖杯なんかが欲しいのか?』
『要らないわよ。遠坂として勝ちに来ただけだしね、私』
『は……!?』
『ならいいだろ? どこかの誰かが勝手に決めたルールなんか無視だ無視。要は勝てばいいんだ。それにこういうのって、ルール違反はばれなきゃ犯罪じゃない』
『正義の味方の発言じゃないわよ、それ……』

 凛はもう呆れるやら笑えるやら、微妙な顔をしていた。しかし、本来なら突っぱねる提案を、凛は受け入れかけている。それは士郎の不思議な雰囲気に絆されてのものだった。
 彼は全く嘘を吐いていない。それに予感があるのだ。コイツは敵に回したら厄介だ、という。天才的な魔術師である凛が、素人に毛が生えた程度の未熟な魔術使いに対して、本能的な警戒心を抱かせたのである。

『慎二は?』
『あ、いや……僕は……あ……ふ、ふん! オマエなんかに教える義理はないな!』
『そうか? どうせそのワカメヘアーをどうにかしたいってだけだろ』
『なんでだよ!? なんでそうなる!? あと誰がワカメヘアーだ!』
『で、セイバーは聖杯がほしい。俺は要らない。戦いを他人に被害が出ない内に終わらせたいだけだ。遠坂が勝てばいい、聖杯はセイバーが掴めばいい、慎二はワックスを買えばいい。これで万事解決だ。七騎で争う戦争だってんなら、三騎が組めば最強の陣営の出来上がりじゃないか?』
『勝手に決めるな、馬鹿衛宮!』
『勝手に決めるな? すまん、ワックスの種類はちゃんと慎二が決めていい――』
『そっちじゃねぇよ! ああもう……!』

 頭を掻き毟り、しかし不意に慎二は深々と嘆息した。そしてもう、笑うしかないといった風に、心底可笑しそうに笑った。
 妖艶な美女――ライダーは、ぽかんとして士郎を見ている。そして憑き物が落ちたような表情の慎二を、呆気に取られて士郎と見比べた。

『そういえば、その、ライダーだっけ? それと遠坂の――』
『アーチャーよ』
『そのアーチャーな。お前達は何か、聖杯に託す願いはないのか? ないならこれで決めちまうけど』
『勝手ですね……』

 ライダーが口を開く。その呟きに、士郎は悪戯好きの少年のように口許を緩める。

『勝手に始まって、勝手に他人を巻き込むような儀式なら、俺が勝手しちゃいけないってルールはないだろ。あっても「勝手に決めるな」で押し通せばいい。咎められたら面倒だから、表立っては違反しないけどな』
『……これだ。もういいよ、ライダー。オマエ、願いなんかアレしかないんだし、僕の願いも万能の聖杯なら片手間で足りるはずだ。遠坂は勝ちたいなら勝てばいい、衛宮は何も要らない。ムカつくからぶん殴る――それでいいだろ。僕は衛宮と組むぜ。コイツなんだかんだで頭もキレるからな、敵にしたくない』
『間桐君、本気?』
『ああ本気だよ遠坂。オマエも乗れ、さもなきゃ僕のライダーと、衛宮のセイバーで袋にするぜ。今のアーチャー、セイバーにやられて碌に戦えもしないんじゃないか?』
『うっわ……最悪……』
『言われてるぞ、慎二。人の弱味につけこむとか最低だな』
『オマエだろそれ!?』
『貴方達二人の事よ!』

 凛の叫びに、少年達は顔を見合わせた。お前だろ、いやオマエだ。最悪のレッテルを擦り付け合い、そして笑い合った。
 そうして三つの陣営が同盟を結んだのだ。セイバーは呟く。これは――可笑しな巡り合わせですね、と。自身のマスターへ微笑んだ。
 教会に届け出に行かないのかと言う凛に、士郎は端的に切って捨てた。誰が行くか面倒くさい、と。聖杯戦争を辞めさせるんじゃなくて、監督する立場とかふざけんじゃない、というのが士郎の見方だった。戦争を幇助するような連中を士郎は蛇蝎の如く嫌った。聖杯戦争についての説明は凛からだけで充分だった。

 三人で組む。ならまず誰から倒すか、という話になると、まずは敵の居場所を掴まねばならないという事になる。
 翌日。士郎は霊体化できないセイバーを連れ、学校に平然と伴った。曰く編入する予定の留学生が、この学校へ下見に来たのだと。
 帰路。士郎は凛と慎二を呼んでそれぞれの意見を言い合う事にした。ランサー、キャスター、アサシン、バーサーカー。この四騎を倒すなら、優先順位として慎二はランサーを、凛がキャスターを、士郎はアサシンを第一優先順位とするべきだと話し合った。
 晩飯の買い物をしながらの話だ。微妙そうな顔の凛に、士郎は飯は大事だの一点張り。それに高校生三人が表だってこんな話をしていても、ゲームか何かの話にしか聞こえないから問題ないと断言した。確かにその通りなのだが、釈然としない凛である。慎二は軽く流していた。

『ランサーだろ普通。三騎士のクラスは強敵だ。セイバーとアーチャーが揃ってんなら、まずコイツを叩けば僕達とまともにやりあえる奴はいなくなるんじゃないか?』
『違うわね。確かにランサーは強敵よ。でも三人掛かりなら、強さじゃなくて厄介さで測るべきに決まってる。最優先はキャスターよ。陣地に引き込もって、力を蓄えたら何を仕出かすか分かったもんじゃないわ』
『お前ら馬鹿か。アサシンだ。気配が感じられないとか怖くて夜も眠れない。セイバーに添い寝してもらうとか俺は子供か』
『衛宮、オマエ……』
『衛宮君、マスターの立場を笠に着てそんな事してるなんて……』
『違うからな? セイバーがやって来るんだ。凄い剣幕で断れない。ぶっちゃけ初対面の女の子と同衾とか、したくねぇよ。で、真面目な話。
 あれだ。俺達の同盟は俺達の存在ありきなんだよ。もし誰かが欠けてみろ、セイバーはともかくアーチャーやライダーに、同盟を続ける意味がなくなる。代わりのマスター探さなくちゃなんないし、そのマスターが同盟に加わる保証はない。それにセイバー達は貴重な戦力なんだから、死ぬまで戦えとか言えるか? 数のアドバンテージを捨てるとかナンセンスだ。不利になるなら撤退一択で、仕切り直せばいい。だから最優先は、気配もなく俺達をサクッと殺せるアサシンだ。数はこっちが上なんだぞ? 同盟の要を不意打ちで崩せるアサシンを脱落させたら、後は順当に数で潰して行けばいい』
『……え、何? 衛宮君、貴方何者?』
『衛宮は頭がキレるって言っただろ。ただ馬鹿なだけで』
『うるさい。数で袋にされた経験があったら、嫌でも数の優位性が骨身に染みるだけだ』

「先輩……この頃から、変わってなかったんですね……」
『えげつない! えげつないですよ、この士郎さん!』

 マシュがまた遠い目をしていた。ルビーのツッコミに、イリヤは絶句している。しかし美遊の顔は、呆れというよりも、憧れているみたいに輝いていた。実に合理的で深く共感と納得が出来た。
 正しい物の見方だと、切嗣は分析する。ただエミヤは無言で白目を剥いていた。この現場に自分がいれば、果たしてどんな気持ちで士郎の発言を聞いていたのかと想像すれば、硝子の心から涙が出そうである。

『決まりね。衛宮君の意見を採用しましょう。アサシンを倒す、でもそのアサシンがどこにいるのか分からないと話にならないわ』
『それなら考えがある』

 士郎が言うと、しらぁ、と凛は目を向けた。

 嫌な悪寒、と呟いたのは誰か。

『この話を聞かれてたら意味がないけどな』
『流石にそれはないんじゃないかしら。昨夜に同盟を組んだばかりだし、此処にはセイバーとライダーがいるのよ? アーチャーは私の家で傷を癒してるけど、三人のマスターと二騎のサーヴァントが一緒にいたら、普通は警戒するはず。仮に私達を見つけていたとしても、自分のマスターに報告して遠巻きにしてるのが精々じゃないかしら』
『だな。考えってなんだ、衛宮。言ってみろよ』
『セイバーを俺の家に置いていく。アーチャーはそのまま遠坂の家で待機。ライダーは周囲を索敵して、俺達三人は固まって夜中、街をぶらつく』
『シロウ!? 何を馬鹿な! そんなもの狙ってくださいと言っているようなものです!』
『いや、狙ってくださいって言ってるんだよ。実際』
『そんな、危険です!』

 セイバーの訴えに、士郎は笑った。凛は厳しい目をし、慎二も嫌そうである。だが、意見が変わる。士郎の作戦を聞けばセイバーも考え込んだ。

『危険じゃないぞ、全然って訳じゃないが』
『何故そう言い切れるんですか』
『まず夜中と言っても街中だ。良識のあるマスターなら、サーヴァントはけしかけない。ならこの時点でランサーは来ないな。刃物持ってズバッてやるには場所が悪い。俺を口封じに殺しに来るぐらいだ、人目につく真似はしないわな』
『……キャスターは?』
『キャスターってのは魔術師だろ? そしてそのマスターだって俺みたいな奴じゃないなら正統な魔術師と見ていい。人目につく真似はしないんじゃないか。どうだ遠坂』
『……そうね』
『バーサーカーは怖いが、流石にそんな奴が近づいて来たらすぐ分かる。周囲を走り回って索敵するライダーが報せてくれれば、俺達は逃げる。逃げ切れないなら令呪でセイバーを呼ぶ』
『……そういう事ね。オマエ、やっぱえげつないな』
『慎二も、遠坂も分かってくれたみたいだな。俺達を街中で始末しに来れるのはアサシンだけって事になる。ライダーも気配のないアサシンには気づけない。そのライダーは遠くを円形に走り回ってるから、咄嗟の時には間に合わないとアサシンも判断するだろ』

 そう考えると、確かにそうだ。アサシンしか仕掛けて来れない、普通は。

『一番怖いのは後先考えない、馬鹿が相手だった時だ。バーサーカーなりランサーなりをけしかけてこられるのが一番困る。キャスターが周りも巻き込もうとしても困る。そうさせない為に、コイツらが近づいて来れないように、ライダーには索敵を完璧にしてもらわないといけない。アサシン以外が近づいてきたら、すぐに俺達が逃げるのは周りを巻き込まない為だ』
『肝心の所を話してないじゃない。上手くいってアサシンが仕掛けてきたとする、その時はどうする気なの?』
『攻撃態勢に入ったら気配が漏れるんだろ。気配遮断スキルって。遠坂、敵意を感知する魔術とか使えないのか?』
『微弱な結界を私達の周りに展開しておくって形なら使えるけど……まさか、』
『そうだ。令呪を使う。敵意を感知したら、俺がセイバーを喚ぶ。セイバーは俺が喚んだら戦闘開始の合図だと思えばいい。そしてアサシンを出来たら一撃で倒してくれ』
『人目があるってアンタが言ったんじゃない! そんな事出来る訳ないでしょ!?』
『サーヴァントは倒したら消えるんだろ? いきなりセイバーが出た、いきなり現れたアサシンが消えた――マジックですの一点張りだ。常識的に考えて有り得ないなら、噂にはなっても誰も信じないぞ』
『神秘の秘匿は絶対よ! そんなのできっこないわ!』
『なら路地裏でたむろってればいい。人目も最低限で、場所は狭い。ますますアサシンは仕掛けやすくなる』
『あ、あんたね……それ、酷い賭けよ? 令呪が間に合わなかったらどうするのよ』
『間に合うように、感知を頑張ってくれ、遠坂』
『……頭痛いわ』

 遠坂は頭を抱えた。しかし、敵の仕掛けてくるタイミングをこちらで誘い、厄介なアサシンを仕留められるかもしれないとなれば、一考の余地はある。そして、

『出来ないのか? なら仕方ないな』

 士郎のその挑発に、凛は吼えてしまった。

『出来るわよ! 私を舐めないで!』
『なら問題ないじゃないか』
『あっ……』
『遠坂……オマエ、迂闊過ぎるぞ……』

『凛さんが手玉に取られてますね……』

 カレイドルビーの妹機、サファイアが呟く。滅多に見れないレアな光景だ。
 しかし、美遊は言う。

「でも勝算は立ちます。ならやる価値はある」
「ミユの目がマジな感じ……お兄ちゃん……」

 イリヤは友人の様子に乾いた笑いが漏れ、士郎があくまで平行世界の兄だという事を改めて理解する。だってイリヤの義兄はここまでアレな感じではないからだ。

 しかし、長閑な帰路の作戦会議は、そこで中断された。進行方向に、この世界のイリヤが現れたのだ。立ち止まった一行が身構え、セイバーは凛から借りた中学時代のセーラー服から騎士甲冑に戻った。
 わたし……? イリヤの呟きは途切れる。背後に鉛色の巨人を従えていたからだ。それは、イリヤ達にとって最強の敵だったモノ――黒化英雄のヘラクレスよりも、数倍もの威圧感を放つ存在。その圧倒的な武威、佇まいだけで気圧される。この世界の英霊とは、こんな化け物みたいなのばかりなのか。

『――はじめまして、ね。お兄ちゃん』
『バーサーカー……やば、アイツ、桁外れよ』
『わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるかしら、リン』
『イリヤ……?』

 スカートの裾を摘まみ、優雅に礼を示す少女の名乗りに、士郎は鸚鵡返しに呟く。
 少年は覚えていた。忘れるわけがなかった。何故ならその名は、彼にとって決して忘れられるものではなかったから。お兄ちゃんと呼ばれるのではない、年下の幼い少女にしか見えない彼女は、士郎の目標にも含まれているのだから。

『? お兄ちゃん、わたしの事知ってるの?』
『……』
『……おい、衛宮。知り合いか?』
『……いや、はじめて会った。ただ、俺の養父、切嗣から聞いた事はある』
『っ……!』

 余裕に満ちていた少女の顔が、一気に強張る。そして剣呑に士郎を睨み付けた。

『大事な娘だって。もし会えたら、仲良くしてくれって、言っていた』
『っ……なん、ですって? 大事な、娘……? そんな事、よくも……! よくもそんな事が言えるわ! 許さない……やっちゃえ、バ――』
『切嗣は、何回もイリヤに会いに行った』
『――!?』
『けど、妻の家――イリヤの家か? それが会わせてくれないって、死ぬ間際まで、死が近づいてる体で、何度も会いに行っても会えなくて、悔しそうにしていた』
『え? 死……? 切嗣……死んじゃってる……の……?』
『ああ。何年も前の事、だけどな』
『……そう……なんだ。切嗣、死んじゃってたんだ……嘘吐き……何回も、会いに来てたって……そんなの、知らない……そんなの、嘘……だって、だっておじいさまは、切嗣は裏切ったって……わたしの事、捨てたって……』

 イリヤスフィールはその小さな肩を震わせた。俯いて、表情が髪に隠れる。その譫言に、士郎は言った。

『イリヤ、切嗣はイリヤを捨ててなんかいなかった。最後までイリヤに会いたがっていた。俺はイリヤと仲良くしたい。血は繋がってなくても、兄妹(姉弟)なんだから』
『……うるさい……』
『イリヤ』
『うるさい! 何も聞きたくない! やっちゃえバーサーカー!』

 巨人が吼える。両手を広げてイリヤスフィールに語りかけていた士郎を拒んで、イリヤスフィールは悲鳴をあげるように命じていた。
 雄叫びを上げて襲い掛かってくるバーサーカーを、セイバーが真っ向から迎撃に向かう。斧剣と不可視の剣が激突した。その余波だけで凄まじい爆風が巻き起こる。ライダーはマスターを狙おうとしたが、しかし士郎を見て、バーサーカーに向かった。

『イリヤ!』
『うるさい、うるさい、うるさい……! 嘘吐き、切嗣はわたしを捨てたんだ――! 皆殺しちゃえ、壊しちゃえ! 狂いなさい、バーサーカーぁあああ!!』

 バーサーカーの威が膨れ上がる。ライダーと協力しあい、辛うじて互角に立ち回っていたセイバーとライダーが一瞬で弾き飛ばされた。
 剣撃の風切りの衝撃だけで、セイバーの額から血が流れる。

『嘘でしょ!? こんな化け物、どうしろってのよ!?』

 凛の驚愕は、二騎のサーヴァントが全く歯が立たない最強のバーサーカーへ向けられていた。

『どうすんだよ、あの筋肉達磨! 想定外もいいとこだろ!? 衛宮、ライダー達が足止めしてる内にさっさと逃げないと……!』
『分かってる! けど後少しだけ、少しだけでいい、イリヤと話させてくれ!』
『話す事なんか、ない!』

 予期しなかった死闘が始まる。セイバーは決死の形相でバーサーカーの猛攻を凌いでいた。だが長くは保たないだろう。士郎は歯噛みした。戦いの素人だ。喧嘩の経験なら幾らあっても、あんな天災じみた輩への対処など想像もつかない。
 苦し紛れにセイバーへ云う。戦いながらだと、とても苦しい質問だった。

『セイバー! どこか、やり易い所はないか!』
『ッ! ぐ、なら――』

 ライダーは近づく事すら出来ない。接近戦は不可能。近づくだけで殺される。敏捷性を活かそうにも、それを超える迅さで叩き潰されるのが目に見えていた。辛うじて防戦が成り立っているのはセイバーだけだ。それも、直に捻り潰されて終わる。それほどの猛威。

 余りの迫力に、カルデアのイリヤは腰を抜かしていた。影響はないと知っていても、無意識にアルトリアやアタランテ、エミヤも臨戦態勢を取ってしまう。

 セイバーが飛び退く。バーサーカーを誘うように教会の墓地へ向かっていった。狂戦士の猛追をまともに受け、セイバーの端整な美貌が歪む。

『クソッ!』

 士郎は意を決して駆け出した。衛宮君!? 衛宮!? 凛達の呼び掛けを無視しイリヤに向かって士郎が走る。
 イリヤが髪を抜く。魔力が奔り、象るのは巨大な針金細工の剣。飛来するそれを、士郎は辛うじて躱すも完全に避ける事は出来なかった。掠めると左腕が千切れ掛け、鮮血が吹き出た。歯を食い縛り悲鳴を堪え、脚を縺れさせながらも、それでも士郎は走るのをやめなかった。
 バーサーカーがセイバーを追っていた足を止め戻ってくる。イリヤスフィールの命令だろう。一瞬にしてイリヤスフィールの眼前に降り立った巨雄が、斧剣を振り上げる。そこに魔力を放出して飛来し、必死に割り込んだのはセイバーだ。
 だが、咄嗟の事だった。強烈な死を予感していた故に、士郎はセイバーがサーヴァントである事を忘れた。士郎の本質が、最悪のタイミングで顔を出したのだ。

『なっ――!?』

 士郎が、セイバーを突き飛ばした。思わぬ事にセイバーはたたらを踏み、そして――斧剣が、士郎の体を引き裂いた。

『え……?』
『衛宮君!?』

 士郎が倒れる。即死だった。イリヤスフィールは呆然とした。凛と慎二が駆け寄ろうとし、バーサーカーがそちらを狙おうとするとライダーが二人を肩に抱えて飛び退いた。
 セイバーもまた呆然とし、どうして――と、呟く。

 出血の映像は途切れている。しかし士郎の体が真っ二つに泣き別れた光景に、イリヤは競り上がる吐瀉を堪えた。美遊もまた口許を覆う。

『……何これ。こんなの……、……つまんない。帰るわよ、バーサーカー』

 激発していた癇癪が鳴りを潜める。そうして、あたかも逃げ去るようにしてイリヤスフィールは狂戦士を連れ、その場を立ち去った。

 士郎が死んだ。皮一枚で体は繋がっているに過ぎない。だが――映像が暗転する。
 場所は衛宮邸に移っていた。体に手を当て、死んだはずだと喘ぐ士郎に、セイバーが言う。士郎はひとりでに再生されたのだと。凛が言うには、セイバーと契約する事で、なんらかの恩恵が得られているのではないかという事だった。
 バーサーカーの余りの強さに、今後の事を話し合う。明確な方策は無く、イリヤとは俺が話をつけると士郎は譲らなかった。

 士郎は翌日の学校を休んだ。実際に死にかけた事で気分が悪く、顔色が悪かったからか、ひどく心配する大河や桜を宥めて学校へ送り出した。
 しかし夕方になると、凛や慎二に電話をして、彼らに気を遣われながらも街に繰り出す。そうして作戦通りにアサシンを釣る事に成功した。片腕が奇形のアサシンは、攻撃の間際に凛の魔術に感知され、令呪で呼び出されたセイバーによって倒されたのだ。

 上手くは行った。だが仮にアーチャーが復帰したとしても、あのバーサーカーに太刀打ち出来るとも思えない。宝具で距離を詰められる前に倒すか、イリヤを叩かねばならないが――士郎はイリヤを倒す事を、断固として拒絶した。
 イリヤを救ってやってほしい――切嗣の言葉は遺言となっていた。呪いではない、しかし士郎はそれを破るつもりは毛頭なかった。例え殺され掛けたのだとしても。

 残るは、キャスターとランサー、バーサーカーだが。ランサーの所在は杳として知る事が出来なかった。あてもなく、変装したセイバーと霊体化したライダーを連れ、慎二や凛と街を彷徨い歩くばかりだった。
 その次の日の夜だった。不意に強大な魔力の発動を感じた。凛はおろか、士郎や慎二すら感じ取れるほどの爆発的なそれは、黄金の光と爆音を発している。時間にして一分だったろう、士郎達が現場に急行する。

 そこで出会ったのだ。あまねく魔術を支配する王と。

 消え去ったサーヴァントは、魔術王に敗れたのか。――黄金の鎧の欠片が散らばっていたのが、消滅する。

『――二騎のサーヴァント。新手だ、どうする? マリスビリー』
『君の消耗を考えれば、此度は撤退した方がいいね。ここは退こう』

 男が言う。転移魔術を詠唱もなしに使用した魔術師達は幻のように消えていた。

『今のは――アーチャー……!?』

 セイバーの驚愕だけが、その場に溢れ落ちた。


 
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