人理を守れ、エミヤさん!
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士郎くんの足跡(前)
問題です。自分の過去を聞かれるのではなく、視られるとなると、視られる側の心境は如何なるものになるでしょうか。
答え。穴があったら入りたくなる、です。
俺はてっきり、俺の口から簡単に過去の出来事を話す程度だと軽く考えていた。
しかしどうだ、ロマニによる記憶抽出と、ダ・ヴィンチによる謎の装置によって俺の記憶の映像化が成され、霊子演算装置・トリスメギストスによる事象分析、解析によって、俺の記憶なのに俯瞰視点で俺の姿を見る事が出来るようになっていた。
まるでアトラクション物の映画。最悪である。なんてこったと頭を抱えた。
「うわぁ……」
「万能である私をしてドン引きだよ士郎くん」
「……」
無論お子様方には見せられないグロとかがあるから、映像の編集の為に一足先に俺の過去を早送りに視たロマニとダ・ヴィンチが引いていた。
さもありなん、と俺は頷く。俺がスプラッタな目に遭うのは珍しくないのだ。今思うとアラヤの俺を生かそうとする意思がなければ何回死んでいただろう。死徒さながらの生き汚さだった。
「女性遍歴がヤヴァイ」
「シモの方も百戦錬磨とか、とてもじゃないけど子供達には見せられないよ? キミは騎士王様を愛してるんじゃなかったのかな?」
「そこか。そこなのか。レオナルドはともかく、ソロモンだったロマニに言われたくないぞ」
違うのだ。俺にだって性欲あるんだぞ。慕ってくれる女性に誘惑されて我慢出来るか? 寧ろよく我慢してた方だろう。
俺の返しにロマニは怯んだ。自分には確かにいう資格がない、と思ったのだろう。実際はそんな事ないのに。だが突っ込んでこない事は有り難いので訂正しない。しかし流石に万能、ダ・ヴィンチは怯む事なく呆れた様子で反駁した。
「そりゃあさ、一人や二人ならまだ分かるよ? でも何さ、古い友人に始まって戦場で出会った執行者、世界各地の女性、慕ってくれた妙齢の女性を現地妻にしてるって……愛多き男って言ってもこれはない。幻滅だよ士郎くん」
「待て。現地妻ってなんだ。合意の上だし合法に決まってるだろ。――あとその記憶映像は編集で消してください」
思わず声が小さくなる。
「当たり前だ、こんなの見せられるもんか。でも騎士王様達には告げ口しちゃう」
「やめろ。やめてください」
最悪だ。軽薄な軟派男と思われたらどうしてくれる。誤解だ誤解なんだ。断じて無理矢理とか有り得ないし、というか向こうから迫ってくるし場の空気に呑まれたのだ。
それにアルトリアとはあの丘で別れた。死別して、二度と会えないと思っていたのだ。だから浮気じゃないし? 新たな出会いに素直で在り続けただけです。
ダ・ヴィンチは不意に、ニヤリと笑った。
「士郎くんの弱味ゲットぉ~。さ、暇があれば私に例のチーズを進呈したまえ。それを口止め料にしてあげよう」
「分かりました」
この件に関しては全面降伏である。多少の労は惜しまない。
しかし思うのだ。プライバシーを破壊されるのだから、大目に見てくれてもいいのではないか、と。いやまあ、大目に見たから好物であるチーズで勘弁してくれるのだろうが。
二時間後。所変わってシミュレーター・ルームである。
此処に士郎の記憶映像を再現し、四方八方の空間に記憶の中の世界を具現化するらしい。
作業早すぎませんかと士郎は思ったが、カルデアの設備と魔術王、万能の人が揃えば人間一人の人生を丸裸にするのに、本来は十分と掛からないらしい。寧ろ二時間も掛かった事の方が驚嘆に値するとか。
「先輩の過去……を、覗き見、ですか……な、なんだかイケナイ事をしている感じがします……」
マシュ、そう言うのなら、そのワクワクした表情を隠してから言ってくれと、士郎の目は言っていた。そして深々と嘆息し、ひらひらと手を振ってシミュレーター・ルームを後にする。
シロウ、どこへ? そう問うアルトリアに、士郎は肩を竦めた。何が楽しくて自分の記憶を自分で見るんだ、五時間も、と。
「五時間っ?! そんなにあるの!?」
「あー、イリヤちゃんだっけ? 士郎くんの人生矢鱈と濃くてさ、これ以上短く出来なかったんだよ」
イリヤの叫びに、ダ・ヴィンチは苦笑して答えた。あ、トイレ休憩は二時間半後に入れるよと、半笑いで言った。
そして立ち去る士郎の背中にダ・ヴィンチは声を掛ける。「この二時間と少しのウチに、アグラヴェインが彼女達の世界に関する事を聞き出して資料に纏めてるらしいから、暇なら目を通しといてね」と。士郎は後ろ手に了解と告げ、そのまま姿が見えなくなる。扉がスライドして閉まった。
「さて。今から五時間、私達は士郎くんの記憶の中に入る。と言っても立体映像なんだけどね。だから何も干渉はされないし、出来ない。そこは弁えておくように。それと! 割と凄い事になってるから、気分悪くなったら何時でも言うこと! 勿論映像は大分マイルドにしてるけどね」
「えぇ……? そんなふうに言われるお兄ちゃんの今までって……」
「……」
現時点でドン引きするイリヤと、深刻な顔をする美遊。観客――と言うと不謹慎だが、この場にはイリヤ、美遊、アイリスフィールをはじめとして、桜、アルトリア、オルタ、クー・フーリンに百貌の一体、アグラヴェインにネロ、アタランテ、マシュ、ダ・ヴィンチがいる。
英霊エミヤも、隅の方で腕組みをして立っていた。特異点Fにて一度、垣間見たとはいえ――気になるのだろう。平行世界の自分が辿った道が。切嗣は本来、こんな所に来たくもなかったのだろうが、アイリスフィールに捕まって、腕を絡められて彼女の隣にいる。赤いフードで顔を隠してはいるが、アイリスフィールへの困惑と、面倒臭そうな雰囲気は隠せていない。
イリヤ達少女組は、用意された椅子に座った。流石に何時間も立ちっぱなしではいられないだろうという配慮だった。ロマニはいない、彼は多忙だから――ではなく。既に早送りとはいえ一部始終を視ている。仕事に移っていた。
「それじゃあ、はじめるよ」
ダ・ヴィンチが自身の杖を軽く振る。すると、辺りが一気に暗く、赤くなった。
現れた光景は、炎に呑まれた冬木。イリヤ達はいきなりの炎獄と、そこにある凄惨な光景に絶句する。え、いきなり? と。
しかし冬木を何度か見ているサーヴァント達やマシュはさして驚きはしなかった。
炎の中を、赤毛の少年が歩いている。士郎だ。ふらふらと歩き通し、助けを乞う声に耳を塞ぎ、あてもなく彷徨っている。一目で、この少年が士郎なのだと誰の目にも分かった。
この子だけでもと、瓦礫の下から子供の骸を出し、死んでいる事にも気づかぬまま助けを求める誰かの親がいる。死にたくないと喘ぐ声がある。自分が助かる事だけに精一杯で、それら全ての声を黙殺して――少年は只管に歩いていた。罪悪感に潰れそうになりながらも、しかし、少年の目は死んでいない。
生きてと、母に願われた。逃げろと、炎に呑まれた家から押し出してくれた父がいた。だから、少年は必死に生きようとしていた。お父さん、お母さん――譫言のように両親を呼びながら、流れそうな涙を堪えて、足を引きずりながら必死に歩いていた。
空に穿たれた黒い孔を見上げ、歩く。歩き続ける。やがて少年は限界を迎えた。全身を焼かれながら歩いていたのが、その小さな体が倒れ伏す。
誰も声もない。呪詛に焼かれた街と、炎に呑まれて消えた命。悲惨な地獄絵図の中、少年の命が尽きようとしている。
――それが、救われた。
『生きてる! 生きてる! よかった、生きている! ありがとう、ありがとう……!』
少年を救い出したのは、衛宮切嗣だった。お父さん……? イリヤが呟く。見た事もないほど必死な、自らの実の父を見た。そして美遊も、見た事がない養父の姿に呆然とする。
少年は、自身の手を掴む男を見上げ――安堵の溜め息を溢した。ありがとう……。その意思は、心は壊れていなかった。
暗転する。士郎が自身の養父となった切嗣と、穏やかな日々を送る。魔法使いなんだ、と言った切嗣に。あの地獄から救ってくれた切嗣に憧れた少年は、なんでも彼の真似をしたがった。
魔法を教えてくれよとせがむ士郎に、渋々応じる切嗣だが――士郎の異質さに気づく。そして、その才能が災いを齎す事を危惧し、わざと誤った鍛練方法を教えた。全く実を結ばない方法を。これならきっと諦めてくれるだろうと、切嗣は楽観したのだ。
場面が変わる。まだ高校生だった剣道少女、藤村大河と出会った。実の姉弟のように仲良くなった二人は、老け込んでいた切嗣を振り回してよく遊びに出掛けていた。
士郎は切嗣を父とは呼ばない。ジイサン、切嗣と呼ぶ。父親の名前も、母親の愛も、親しかった友達の事も覚えている。彼らの事をなかった事に出来なかった。それに――養父を、父と呼ぶのが照れ臭かった。
切嗣は頻繁にどこかへ旅立って。一人になると嘆く。イリヤ、と。士郎はそれを、偶然聞いた。
イリヤって誰だよと訊く。切嗣は慌ててなんでもないと言うも、士郎はしつこかった。何度も訊ねるにつれ、遂に切嗣は折れてこう答えた。
『士郎。イリヤというのはね、僕の娘なんだ』
『はあ?』
『君の、そうだね……姉だ。なんとか会いに行こうとしてるんだけど……中々会えなくてね』
「え、姉……?」
困惑するイリヤ。エミヤは瞠目している。磨耗し果てた記憶、正確な事は覚えていない。しかしこの士郎は、明らかに自分とは違う存在だと、この時点で悟っていた。
『なんでだよ』
『……妻がいた。その妻の家が、娘に会わせてくれないんだ』
『父娘を会わせないって、なんだよ。どうにかならないのか、それ』
『うん……どうにか、したいんだけどね。……でももう、諦めるよ。今の僕じゃあ、どう頑張っても辿り着けない』
『なんで諦めるんだよ!』
『士郎?』
少年は怒っていた。難しい事は解らなくても、理不尽な何かに怒っていた。不条理な事が、一方的な事が、少年には堪らなく我慢ならなかったのだ。
『……ごめん。そして、ありがとう。怒ってくれて』
『ジイサン!』
『いいんだ。ただ――士郎。君がもし、イリヤに会えたらでいい。その時は、君が助けてあげてほしいんだ。僕の娘を。君の、姉を』
『っ……! もういい!』
憧れている正義の味方の、弱り果てた笑顔に、士郎は憤りも露に走り去る。
時が経つ。場面が変わると、そこは武家屋敷の縁側だった。月が綺麗で――更に老け込んだ切嗣と、少し成長した士郎が並んで座っていた。
『――僕はね、昔、正義の味方に憧れていた』
『……それも諦めたのか』
『うん』
何年か前の、娘の事を話したのを士郎が覚えていると察して、切嗣は薄く笑う。儚い老人の笑みだ。実年齢からは考えられない。
呪いに侵されているのが誰の目にも明らかだ。終始穏やかに、正義の味方について、切嗣は語った。期間限定の存在を、大人になっても追い求め続け、その理想に潰された。切嗣の独白に、赤いフードの暗殺者は無言だった。
それに、少年が言った。
『なら、俺が代わりになってやるよ』
『――え?』
『ジイサンは歳だから無理でも、俺ならなんとかなるだろ。任せろって、ジイサンの夢は俺が叶えてやるから。姉ちゃんだって、俺が助ける。な? 安心できるだろ』
その、少年の言葉に。切嗣は目を限界まで見開き、そして微笑んだ。
『ああ――安心した』
その静かな夜、切嗣は眠るように息を引き取った。
『切嗣? ……寝たのか? ったくしょうがねぇなぁ』
月を見上げる少年は、養父の死に気づかず、一人囁いた。
『いい夢見ろよ。……父さん』
「……先輩」
切嗣の死に気づかないまま、照れ臭そうに切嗣を父と、はじめて呼んだ少年に、マシュが目頭を押さえる。
そして、葬式が終わった。士郎は人目も憚らず号泣していた。大河もそれに釣られ、幼子のように泣きじゃくった。
月日が流れる。
中学生になった士郎は、正義感に突き動かされるまま、弱者の味方となって喧嘩に明け暮れていた。不良のレッテルを貼られ、周囲に煙たがられても、在り方を変えなかった。
『何やってんだか。オマエ、馬鹿だろ』
それが見ていられなかったのだろう。間桐慎二と名乗った少年が、孤立していた士郎の味方をした。
間桐、その名に桜が反応する。
気紛れだったのかもしれない。或いは彼なりの正義感だったのかもしれない。慎二がそれとなく周囲に働きかけた結果として、士郎は不良扱いされなくなった。
あくまで弱い者苛めをするグループに向かって行く士郎のフォローをして、慎二は周囲との軋轢が生まれないように立ち回ってくれたのだ。二人で夕日の中帰路についていた士郎は、ふと笑う。
喧嘩で殴られた頬が、痛々しく腫れている。しかし全くそう感じさせない、晴れやかな笑顔だった。
『すまん、慎二。いつも助かってるよ』
『謝んな馬鹿。オマエ頭は悪くないんだからもう少し要領よくやればいいだろ』
『それが出来たらいいんだけど、無理だな。無理だから弱ってたんだ。――はあ。やっぱ人間一人じゃ出来る事なんか限られてるんだなぁ』
『はあ?』
『いや、こっちの話さ。んじゃ、今後とも尻拭いよろしく』
『ふざけんな。もうこれ以上衛宮みたいな馬鹿の面倒見てらんないよ。それよりオマエ、体力有り余ってんなら部活でもしたら?』
『部活? ……あー、高校入ったらな。今更俺が入ったって、どこも困るだけだろ』
『ま、それもそうか。不良扱いはなくなっても、敬遠されてるもんな、オマエ』
士郎が高校進学後、弓道部に入ったのはこの時のやり取りがあったからだろう。
二人の少年はよくつるんでいた。親友、と言えるのかもしれない。慎二は断固として否定するだろうし、士郎は首を捻って悩むだろうが、それでも最も親しい友人同士だった。
気が合ったから、なのか。それとも一人にしていたら、士郎が面倒を起こすに決まっているからか。慎二は妹を士郎に紹介した。どんくさい奴だし、オマエ暇だろうし、僕が部活でいない時ぐらい面倒見といてくれよ。貸しを返すと思って。
『間桐桜です……』
目の死んだ、暗い少女だった。士郎は慎二の頼みだからと安請け合いし、そうして二人の付き合いははじまった。
幼い桜は、まじまじとそれを見る。不思議そうに、中学生の自分を。
慎二と士郎、そしてその間に桜がいた。次第に笑顔を見せるようになっていく桜の変化が、幼い桜にはよく分からない。
やがて桜は、士郎の屋敷に通い詰めるようになる。慎二も週に二回か三回は必ず顔を出して、夕食代を士郎に押し付け、大河を合わせて四人でご飯を食べた。
和やかに過ぎる青春時代。事態が急転し、士郎が変質するのは、高校二年生の冬の時期だった。
高校に進学してきた桜を弓道部に迎え、一年の頃から弓道部を続けていた士郎と慎二は桜を歓迎した。
しかし桜は先輩の女子から陰湿な苛めに遭い、士郎は男女平等拳を握り込む――のを慎二が押さえ、苛めの加害者の上を行く陰湿な手で加害者を部から追い出した。がらの悪い少年を四人連れてきた女の先輩が直接的な仕返しに来た時は士郎が出張ると、壮絶な殴り合いの我慢比べで、四人の少年を相手に粘り切り、相手を根負けさせた。
馬鹿じゃねぇの? 馬鹿なんですか? 間桐兄妹に呆れられるも、士郎は笑っていた。いいんだよと。正義の味方として悪には負けんと、高校二年生にもなって、恥ずかしげもなく言い放った。
馬鹿だなと慎二が嘲笑する。しかしその裏にある親しみを知る。
馬鹿です……桜が心配する。芽生えた好意が、士郎を見詰めた。
しかし、ある時を境にして、慎二は桜に辛く当たるようになる。士郎はその訳を聞き出そうとするも、慎二は士郎を避けた。
それから暫くして、ある時。バイト先で腕を火傷した士郎は、慎二に弓道部を退部するように迫られる。醜い火傷の痕を周りに見せるなと、慎二なりに心配しての悪態だと理解したのは、桜と士郎だけだった。
士郎は弓道部を去った。まあ、いいかと。未練はあっても、後腐れはなかった。
魔術の鍛練。筋力トレーニング。ジョギング。座学。やる事、やれる事は山ほどある。
将来は警官になるのがいいと、士郎はぼんやりと将来のビジョンを定めていた。
やがて冬の風が辛くなると、士郎は奇妙な少女を見掛ける。
「私……?」
イリヤが呟く。
それは紫のコートを纏った、雪の妖精のような少女だった。無垢なイリヤとは異なる、不思議な雰囲気の少女は、士郎の脇を通り抜ける。ふと背後を振り向くと、その少女の姿は消えていた。
首を捻る。気のせいか? と。再会まで、長い時は掛からない事を、イリヤと美遊は予感する。
ある日の朝、遠坂凛と出くわした。朝、早いんだな。なんとなしに、すれ違い様に士郎が言うと凛は目を瞬いていた。その日の放課後だ。慎二が廊下の向かいから、士郎に声を掛けてきた。
曰く、弓道場の掃除代わりにやってくれ、との事。暇だろ、僕は忙しいから頼むよ。そんな理屈にもならない横柄な態度に、士郎は笑った。
『やっと話し掛けてくれたな』
『はあ?』
『それ、お前の仕事だろ。大体俺はもう弓道部は辞めたんだし、代わってやる訳ないだろうが。でも手伝いぐらいはしてやる。来いよ』
『ちょ、はぁ!? 僕の話聞いてたか!? 忙しいって言っただろ!』
『はいはい』
慎二の腕を掴んで、士郎は無理矢理慎二を弓道場に連れて行った。
文句を言いながらも、慎二は仕方なく掃除を始める。外が暗くなる頃、士郎は雑巾掛けをしながら話しかけた。
『で、慎二』
『なんだ衛宮』
『お前、キモいなぁ』
『はあ!? 誰がキモいだって!?』
『慎二が。だってさ、本当は俺と話す切っ掛けが欲しかったんじゃないか? だからあんな態度で話し掛けてきた。男のそれ、キモいだろ』
『はっ。誰が衛宮なんかと話す切っ掛けなんか欲しがるもんか。自意識過剰なんじゃないの? オマエの方がキモいね』
『慎二のキモさには負ける。ワカメヘアーとかどうなの? 頭の軽い女引っ掛けて悦に浸るのも、遠坂に変に絡んで一蹴されるのも、つっけんどんに一成の奴に毒吐くのも、全部キモい。何より妹に当たる様は見てて吐き気がする』
『……あのさ、衛宮』
『なんだよ』
『オマエ、ウザい。そういうこと言ってると、後悔するぜ』
『は、誰が』
『衛宮に決まってるだろ? そんな事も言われなきゃ分かんないのかよ』
『慎二は現在進行形で後悔してる臭いけどな』
『……は?』
『お、やるか?』
慎二が掃除の手を止め、士郎を睨む。士郎も立ち上がって慎二を睨んだ。
――その時だ。ふと、校庭の方から、何か鋼の打ち鳴らされる音が聞こえた。
『ん、なんだ?』
『……、……!』
首を捻る士郎と、何かを察して顔を青ざめさせる慎二。士郎は掃除を止めて校庭の方に向かう。それを、慎二は血相を変えて止めた。
『待て衛宮! 行くな!』
『なんでだよ? まだ居残ってる奴が、なんかばか騒ぎしてるだけだろ。注意の一つでもしてやんないとな。この頃物騒だし』
『馬鹿か!? ちょっ、待て! 衛宮!』
慎二の制止も聞かず、軽い気持ちで鋼の音の聞こえる方へ足を向ける士郎に、慎二は立ち尽くした。暫くして、頭を掻き毟り、慎二はクソッ! と毒吐くと士郎を追う。引き留める為に。
しかし、慎二のその逡巡していた時間が、運命の分かれ道だった。
士郎は見た。校庭で激しく戦う赤い男と、青い男を。真紅の槍、中華風の双剣。掻き鳴らされる壮絶な戦いの現場。人間の動体視力では遠くにいても視認すら出来ない。
「――速い。全く見えない……!」
かつてランサーのクラスカードを使用した事のある美遊が愕然とする。青い槍兵の正体を、美遊とイリヤはすぐに察したが、その戦闘能力は自分達の知るどの黒化英雄よりも数段上だったのだ。
それは赤い弓兵も同じ。剣の冴え、立ち回り、次元が違う。曲がりなりにも魔法少女としての力を持つ二人ですらそうなのだから、ただの一般人だった士郎にとっては人智を越えた戦いだった。
槍兵が真紅の槍を構える。穂先を地面に向けた謎の構え。迸る魔力の咆哮に、士郎は思わず後ずさりした。
『――誰だッ!』
青い槍兵が気配を察知するには、それで充分であった。士郎は咄嗟に背中を向けて走り出す。
その際、槍の魔力にあてられ立ち竦んでいた慎二を見つけた士郎は駆け寄り、その腕を引いて走り出す。そしてすぐに直感した。逃げ切れない、二人だとダメだ、と。
『慎二、逃げろ……!』
『え、衛宮……!?』
小声で叫び、士郎は慎二を自身の進行方向の反対側に突き飛ばした。よろめいた慎二を尻目に、士郎は小石を拾って、自身の向かう方にある校舎の窓に投げつける。
窓ガラスが割れた。士郎はそちらに走る。全力疾走する士郎に余裕はない。慎二は悟る、二手に別れたのは、どちらかが助かる為――そして、士郎は自分が囮になったのだ。
『あの、馬鹿……!』
慎二は士郎の意図を汲んで、走り出す。だが、見捨てた訳じゃないと、言い訳をした。
『ライダーを連れて、すぐ行ってやるから……それまで死ぬんじゃないぞ、衛宮……!』
士郎は走る。走って、校舎のどこかにいた。
必死過ぎて、どこを走っていたのかすら覚えていない。そして、槍兵が追ってきていない事を確かめる為に背後を振り向き、誰の姿もない事に安堵の息を吐き出して――その背後から、声を掛けられる。よう、随分遠くまで逃げたな、と。
前方には誰もいなかったはず。慌てて振り向いた士郎の心臓に、真紅の槍が突き刺さった。
「ひっ」
イリヤの短い悲鳴。士郎の胸から槍が引き抜かれ、血が溢れる。血溜まりに倒れ伏した少年は、遠退く意識の中で、少女の声を聞いた。
そして、目覚める。死んだはずなのに、生きている不思議に首を捻り。意識を朦朧とさせたままで、落ちていた宝石を拾い上げると、よろめきながらなんとか帰路に着いた。
帰巣本能だ。それより、何より、落ち着ける場所を欲していた。暗い自宅の中士郎は自問する。あの男は、口封じの為に襲ってきたようだ。もし自分が生きている事を察したら――その時、屋敷に張られていた結界に反応があった。
本能的に危機を察して、士郎はポスターを強化すると、土蔵に向かおうとする。何か武器になるものを求めて。しかし、簡単には行けなかった。不意に頭上から現れた槍兵の攻撃を、咄嗟に回避した拍子に、槍兵は嘆息して士郎を強化したポスターごと外へ弾き飛ばしたのだ。
勝てるわけがない。そんな事は百も承知だったが、士郎は諦めなかった。決死の覚悟で土蔵へ向けて逃げ出すも、蹴り飛ばされる。大きく吹き飛んだ士郎は、歪んだ土蔵の門を潜り、なんとか中に入る。
槍を突きつけられる。じゃあな小僧、意外と楽しめたぜ――そう言って、簡単に殺そうとしてくる男へ、士郎は激怒した。ふざけるな、こんな奴に、こんな所で殺されて堪るか!
その激しい感情の発露に、応える者が在った。召喚の陣が光り、槍兵が驚愕する。
『七人目のサーヴァントだと……!?』
そして、月下。槍兵を土蔵の外へ弾き返した蒼銀の少女騎士が、尻餅をついていた士郎へ振り返る。そして月明かりを背にした少女が己の運命へ問う。
『問おう――貴方が私のマスターか』
そう、衛宮士郎の運命は、ここで加速した。
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