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人理を守れ、エミヤさん!

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青天の霹靂だね士郎くん!






「――ようこそ、麗しいレディ達」

 慇懃に出迎える、曲者。
 態とらしい微笑みは貼り付けられた偽りのもので。また笑みを取り繕っているのを隠そうともしていない。
 黒塗りの戦闘服、射籠手の礼装。その上の、赤い聖骸布。通常の魔術師には考えられぬほど鍛え上げられた筋骨。精悍な面構えに、色素の抜けた髪。

 セイバーのサーヴァントは、白い女を背後に守る。その肩越しに、姫君は不遜なる男へ応じた。

「随分と礼儀がなっていないのね。誘いを掛けていながら長々と歩かせるなんて」

 堂々と、毅然とした面持ち。
 その人ならざる赤い双眸に、白髪の男は苦笑して両手を広げた。

「これは失礼した。しかしながら弁明させて欲しい。まさか人里真っ只中で事を起こす訳にはいかないだろう? それとも、貴女は無関係の者を巻き込むことを良しとするのか?」
「まさか。でも安心したわ。あんな挑発的なお誘いをかけてくるから、良識と常識に欠ける輩なのかと思ったもの」

 冬の女。微塵の気の緩みもなく、男を睨む。
 男はサーヴァントの後ろに隠れるでもなく、自信に満ちた面持ちで佇む。その様で只者ではないと女は思い。それを裏打ちするようにセイバーが言った。
 敵マスターは一廉の武人です。油断なさらないでください、と。セイバーに守られる女は頷いた。元々彼女に油断はない。

「さて。我らは互いに異なる立場、異なる陣営に属する者だ。長々と語らうような間柄ではない。最低限、名だけを交換して訣別しよう」
「そうね。ではお招きに与った私から名乗らせて貰うわ。私はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。此度の聖杯を掴む者よ」
「その名、確かに覚えた。返礼といこう。俺は――エミヤ」

 男は名乗り、セイバーとアイリスフィールの反応を窺った。
 特に反応がない。おや、とエミヤは首を捻った。あたかも、期待した反応がなかったような顔。逆にアイリスフィールらの方が怪訝に思った。

「――失礼。俺はエミヤシロウという。貴女達の関係者に衛宮切嗣がいるだろう? それの縁者だ」
「え……? エミヤキリツグ……? 何を言ってるのかしら」

 素で言っているのだろう。アイリスフィールは訝しげに反駁した。
 セイバーが後を引き継いで言う。

「貴方は勘違いをしているようだ。そのエミヤ某と、私達はなんら関わり合いがない」
「なんだと?」

 衛宮士郎は、アイリスフィールは兎も角として、アルトリアの事はよく知っている。
 嘘を好んで口にすることのない清廉な人柄。必要なら嘘を言うが、その時の微妙な空気の違いを士郎は感じ取れる。

 翻るにアイリスフィールは、あのイリヤスフィールの母だろう。第四次の小聖杯だ。アイリスフィールは切嗣の妻ではないのか?

 ここにきて別の可能性が浮上する。なぜここが特異点化したのか。なんらかの差異があるのは当然で、であれば――衛宮切嗣がアインツベルンに属していない。正確にはセイバーのサーヴァントのマスターではない可能性がある。

「(えっ。切嗣のいない第四次聖杯戦争とか、炭酸の抜けたサイダーのようなものだぞ)」

 真剣にそう思う。いや油断、慢心が過ぎるだろうか。いやいやと士郎は思う。
 じゃあ、難題は言峰と英雄王だけ? 本当にか? 仮にアイリスフィールのスペックを最高傑作のイリヤスフィールと同等と仮定しても、戦闘用ホムンクルスでないのなら倒すのは容易い。極論アルトリアをクー・フーリンに抑えて貰えば、十分も掛けずにアイリスフィールを無力化出来る。

 他のマスターは遠坂に間桐。
 数合わせと、言峰。

 ……。

 …………。

「……」

 あれ? 本格的に英雄王にだけ意識を向けてもいい気がしてきた。士郎は慢心が過ぎるかなと自問し改めて考える。
 間桐。その魔術特性は研究し尽くした。
 遠坂。凛以上ということはない宝石魔術。
 エルメロイは抜いて。
 アインツベルンの特性も良く良く理解済み。
 数合わせ……いないとは言い切れないにしても時計塔の――若き日のロード=エルメロイ二世がいるのだったか。彼は指導者としては有能故に警戒はすべき。現時点での能力は未知数。
 士郎。言うに及ばず。
 言峰。現時点でのサーヴァントは不明。

「んんんぅ?」

 士郎。言峰。アインツベルン。遠坂。間桐。若き日のエルメロイ二世。

「……」

 ピックアップするに、どう考えても言峰と英雄王だけが抜きん出て危険なだけ。
 それにつけても切嗣がいないと仮定しただけで難易度が半減どころの騒ぎではない。
 いや、頭からいないと決めつけるのは良くないか。例えば遠坂なり間桐なりに雇われていたとか。アインツベルンが脱落した際のスペアとしているとか。令呪が手に入らなかったので、アインツベルンを襲ってアルトリアのマスター権を奪ったとか。考えられるパターンは無数にある。

 そう考えると、戦略も変わる。

 元々アインツベルンだけは聖杯の降臨する器ということもあり、最後まで生かすつもりではいた。しかしアインツベルンからアルトリアが切嗣に奪われるとすると、とんでもないことになる。
 切嗣の指揮に従うアルトリア。……最悪だ。その場合の信頼関係は最悪だろうが、割り切るところは割り切れるだろう。聖杯奪取という目的のため、冷徹に徹することもありうる。

 臨機応変に戦術は変えようと思っていたが事情が変わった。
 切嗣。いてもいなくても不気味だ。いや寧ろはっきり"いる"と分かっていた方がまだしもマシだったろう。士郎は嘆息して傍らのランサーに言う。

「すまんなランサー。遊べなくなった。序盤はだらりと流すことにしていたが、きちっと行くぞ」
「オレはどっちでもいいぜ。お前のやる気次第だ。で、やんのかマスター?」
「ああ。アルトリア(・・・・・)には此処で倒れて貰う」

「なっ!?」

 さらりと口にされた真名に、アイリスフィールとアルトリアが驚愕する。
 まだ戦ってすらいない、言葉を二、三回交わしただけだ。宝具も見せてないのに、いきなり真名が露見するなど有り得ない。
 どういうことなのか。問い質す間も置かず、士郎は躊躇うことなく令呪を切った。

「 ――令呪起動(セット)。システム作動。ランサー、全力でセイバーを打倒しろ」
「了解だ」

 応じるや否や、士郎の前にクー・フーリンが進み出る。アルトリアは警戒して身構えるも、肌に感じる武威と、命令が下るや激流の如くに発された魔力に冷や汗が流れた。
 アイリスフィールをマスターにしたアルトリアのステータスは高い。にも関わらず、槍兵を視界の中心に置くだけで背筋が粟立った。

 蒼い槍兵。真紅の槍と、瞳。

 飄々としていた顔に、凄まじき殺気が点る。まるで鎖から解き放たれた番犬。主人の命令に忠実な、まさに『サーヴァント』。

「そういうわけだ。今回は前みてぇに面倒な縛りは無い。加減無しで――殺してやるよ」

 アルトリアとアイリスフィールには意味の分からない宣言と共に。

 光の御子が、牙を剥いた。

















 ――初撃を躱せたのは注視していたからだ。

 超常の存在であるサーヴァントにとっては、一呼吸分でしかない彼我の間合い。
 それでも戦いの呼吸を知るなら充分に余裕のある距離だ。
 距離を詰めるには、魔術師でない以上は二本の脚を使うしかない。その際に、戦いとなれば腰を落とし、脚を曲げ、地面を蹴らねばならないだろう。
 接近する間のインターバル、得物の振るいはじめから移動地点の確保。工程を数え上げればキリがない。故にざっくり纏めて六の工程がある。

 セイバーは、それを目で見ていた。

 断言できる。気の緩みはなかった。油断もしていなかった。蒼い槍兵の挙動を見極めんとした。
 だが、その動きのほとんどが。常勝の騎士王をして見えなかった(・・・・・・)のだ。

「――ッッッ!?」

 地面を蹴るまでは見えていた。しかし地面を弾けさせてからは目視すら能わなかった。
 移動距離。己にとり都合の良い位置取り。セイバーが知覚できたのは、背後に回り込んできた槍兵が、槍を片腕で突き出さんとした気配。
 瞬時に地面に身を投げ出して回避した。視界で捉えようとは思えない。目で視て動いたのでは間に合わないと一瞬で判断した。
 跳ね起き様に聖剣を横薙ぎに振るう。風の鞘に包まれた不可視のそれ。掠りもせず、地表に張り付くかの如く伏せた槍兵に躱された。構わない、元々牽制のための一閃、体勢を整えるための呼気。
 ちり、とうなじに電気が走る感覚。
 回避に転じるのと同時だった。獣の如く地に伏せた状態から、蒼い槍兵は槍を立て体を捻転させた。軽々と繰り出されしは回し蹴り。首を刈る軌道。
 仰け反る。鼻先を掠めた。途方もない威力を風に感じ、直撃すれば一撃で死ぬと理解し戦慄――する間もない。蹴りを放つも、躱されるのは織り込み済み。そう言わんばかりの攻め手。立てた槍、軸にしての回し蹴り、その反動を利して体を持ち上げ、虚空で身を捻り槍を大上段より振り下ろした。

 獣どころではない。

 魔人の挙動だ。

 体が勝手に動いた。掲げた剣で辛うじて頭をカチ割られるのを防ぐ。
 遠心力、単純な膂力、押し負けそうなのを魔力を放出して堪える。そのままセイバーの剣を支えに虚空で更に身を捻る槍兵。脊髄に氷柱を叩き込まれたかのような寒気。
 威力は低いが回避は成らず顔面に蹴撃を叩き込まれ、セイバーは思わずたたらを踏んで後退した。意識が一瞬白む。その曖昧な意識の中、漸く思う。速い、と。

 それでも剣を正面に構え、辛うじて戦闘体勢を堅持した。

 ランサーが言った。槍を旋回させて穂先で地面を削りながら。

命令(オーダー)全力(・・)だ。オレがどれほど出来るかマスターに直接見せる、初の戦いでもある。出し惜しみはしねぇ」

 言うや否や、風車の如く回転させ、槍の先で削った地面が仄かに光る。
 それは一種の文字。ルーン文字。込められた魔力は――

「ルーン……魔術……!?」

 空中に踊る無数のルーン文字が、ランサーの肉体に入り込む。それは耐久、筋力を増強させるもの。

「セイバー!」

 予期せぬ圧倒的な流れ。焦りながらも、アイリスフィールは叫んだ。
 その意を、セイバーは過たず受けとる。そして瞬時に構えを変えた。打ち合い、戦うのではなく。全身を魔力で覆い、徹底的に守りを固める防御体勢。――それに反応したのはランサーではない。

 士郎だ。

 ぴくりと眉を跳ねる。特異点化の原因を考えていた。なんらかの差異があるのは確定的。
 さて。何があると観察に徹し、ランサーの文字通りの目にも留まらぬ速さに感嘆しつつ、まだ速くなるのかと感心し。セイバーの防御体勢に違和感を捉えた。

 セイバーの気質はよく知っている。彼女は極端なまでに勝負強く、また極端に負けず嫌いである。
 そのセイバーが、ろくに反撃すら出来ないまま防御を固めるだと? あんな構えでは、本当に防御しか出来ないではないか。堪え忍び、ランサーの動きを掴もうという算段か?

 ギアを更に上げ、ランサーが馳せる。

 神速。離れた場所から『見』に徹している士郎の鷹の目をして、残像が見えるか見えないかといったほど。正面のセイバーは防御を固めて尚も反応が遅れた。
 受け損ない、槍の刃が二の腕を掠める。浅く血が吹き出た。眉間、喉、心臓、穿つ三連、全弾急所――悉く目で捉えられず、籠手で眉間を泥臭く守り、剣で喉を守り、魔力の大部分を回して固めた鎧の強度で耐える。
 胴を強かに打たれ苦悶するセイバー。一瞬も止まらず、また一瞬も隙を与えず、攻め続けるランサーの槍。セイバーは嵐に吹かれる木枯らしの如くに打ちのめされ、全身に浅い傷を作っていった。

「そぉらそんなもんかよセイバー!」
「くぅ……!!」

 まともに勝負すら成り立っていない。一方的だった。守りの間隙を巧みに突き、セイバーは瞬く間に傷を負っていく。そのまま行けば体力が尽きて無防備な心臓を晒すだろう。その時が最後だ。
 セイバーはなんとかランサーの槍を阻まんと不可視の剣を振るうも、まるで聖剣の刃渡りを熟知しているかの如くに見切られ、回避と同時に反撃が飛ぶ。不用意な動きは即座に捌かれ、代償にセイバーは手痛い傷を負った。
 呪槍を大きく薙ぎ払って強撃を叩き込み、腕を痺れさせるや背後に回り込んだランサーがセイバーの背中を切り裂いた。

「ぁぐッ……?!」

 なんとか身を捻ってランサーを正面に置いたセイバーに、ランサーは下段より突き上げた槍で聖剣を握る手を一撃した。
 危うく剣を取り落としそうになりながら、セイバーは必死に後退する。剣の握りが甘くなった、これでは下手に受けることすら出来ない!
 そしてそれは決定的な隙だった。
 ランサーの目がぎらりと光る。誰も知覚できぬ速度で踏み込みセイバーを蹴りつけ、敢えて更に間合いを開かせると同時に自身も後退。

 高く――高く跳躍し。深紅の槍を逆手に構えた。

 魔力の猛りは波濤の予兆。宝具を解放せんとしている。トドメを放たんとしているのだ。



 その時。



 セイバーが、剣を構える手を下ろした。 

「――」

 諦めた、訳がない。闘志が萎えていない。
 起死回生の策がある。それはなんだ。聖剣の真名解放? なら何故剣を下げた。

突き穿つ(ゲイ)――」

 必殺の槍を投擲せんとする、ランサー。それを睨み付けるセイバー。
 瞬間、既知の感覚。
 電撃的な閃きに士郎が叫んだ。

「待て! ランサー!」

「――ぬッ、」

 戦闘の熱に熱中していたランサーは、しかし瞬間的に急停止しマスターの指示を忠実に守った。槍を投じず、そのまま着地し、槍に集めていた魔力を霧散させる。
 呆気に取られたのは、セイバーだ。唖然とする彼女から目を逸らさず、ランサーは激するでもなく士郎に訊ねた。

「なんで止めた?」
「ああ、なに。なんてことはない。セイバーが何やら狙ってるのが分かったんでな」

 言って、士郎は態とらしいまでにはっきりとセイバーに問いかけた。

「セイバー。お前、鞘を持っているな?」

「――」

 今度こそ、完全に驚愕したセイバー。
 その反応に士郎は頷く。しまった、と。慮外に過ぎる指摘に迂闊な反応を示したセイバーは歯を噛み締める。

「なるほどな。ランサーの宝具を誘発し、それを鞘で防いでその隙に一撃を叩き込む算段か」
「――貴方は」

 冷や汗を流し、セイバーは思わず問いを投げた。

「貴方は何者です。私の真名のみならず、どうして宝具まで……」
「さて。それを明かす義理は――あるが、今は無視させて貰う。それより回復しないのか? どうせ出来るんだろう」
「……」

 セイバーは無言で、それまでに負った全ての傷を治癒した。

 アイリスフィールの魔術ではない。担い手を不死にするという宝具『全て遠き理想郷(アヴァロン)』の効果だ。
 不死をも殺すゲイ・ボルクなら、心臓に刺されば即死させられるだろう。しかしそれ以外の傷は、治癒を阻害させる呪いをも無視するに違いない。

 士郎は嘆息した。

「……これまでだ。一旦退くぞランサー。鞘を持つセイバーを仕留めきるのは無理だ。仕切り直して戦略を変える」
「……了解だ。だがいいのかマスター。お前さんならオレがセイバーを抑えてる間にマスターを殺れんだろ」

「!!」

 アイリスフィールがびくりと緊張する。
 しかし、士郎は再度嘆息した。

 特異点化の理由がなんとなくだが分かった。
 アインツベルンが、この聖杯戦争を制する可能性が高いからだ。
 凛がマスターの時より高いだろうステータスに、宝具が連発できる魔力供給量。加えて鞘。これなら正攻法だけで英雄王にも勝ちを狙えるし、未来予知じみた直感と勝負強さを持つセイバーなら充分勝てる。

 が、その結果は『この世全ての悪』の誕生だ。本来の歴史とは致命的に離れすぎて、変異特異点と化すのも分からない話ではない。

「殺れる。が、殺るだけが戦争じゃない。今は機ではなかった、それだけだ。いくぞランサー。不満があれば聞くが」
「不満はねぇ。マスターの指示に従う。頭の出来はマスターのが上だしな」

「待て!」

 見切りをつけるやさっさと踵を返した二人にセイバーが制止をかけた。

「逃げるのか!」
「いや? 『態度を変える』のさ。また後日、改めて窺わせて貰う」

 ああ、と士郎は皮肉げにランサーを見る。そして気取った口調で言った。

「『追ってくるのなら構わんぞ。だがその時は、決死の覚悟を抱いてこい』」
「は――」

 ははは! と腹を抱えてランサーが笑い転げそうになった。
 なんて懐かしいというか、執念深いというべきか。その台詞にランサーは笑うしかない。

 それの何が可笑しいのか。セイバーらには分からないが。追う時は確かにその覚悟は必要になるだろう。
 剣を下ろし、去ろうとする二人を追わないことを示す。まだ初戦、決死の覚悟はまだ早い。

 ――その時だ。

 遠雷の響く音。

 野太い男の声が、空に響いた。








 
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