人理を守れ、エミヤさん!
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特異点冬木「Fate/zero」
アバンタイトルだよ士郎くん!
いつもの装備を整える。射籠手型の礼装や、改造戦闘服、赤原礼装、ダ・ヴィンチ謹製通信機。
干将と莫耶を鞘に納めて腰の後ろに吊るし、カルデア製閃光手榴弾を二つ懐に納める。サーヴァントには効果はないが、対マスターを想定して銃器の類いを装備することも考えたが、今回の戦略を考慮するに不要と判断。
今回、あらかじめ用意していた投影宝具の出番はない。俺がメインで出張る予定もないし、バイクで移動することもないので持っていくこともない。
何せ戦場は地理を知り抜いている冬木だ。冬木で何回聖杯戦争やらねばならんのかと呆れてしまう。何せ冬木の聖杯戦争はこれで三度目。人理修復の旅が無事終われば、今度は冬木で第六次が控えている。最低でも四度目が約束されている俺は、冬木の聖杯戦争のエキスパートにされていた。
……やっぱり冬木は呪われているのではないだろうか。そう思うも、否定する材料がない。
「……よし、準備は万端か」
体調は万全。魔術回路の回転率良好。固有結界も特に問題なく稼働している。
マイルームを出ると、そこにはネロがいた。
カルデアの制服に身を包んだローマ皇帝は、現代衣裳をなんの問題もなく着こなしている。が、その――胸部装甲の主張が青少年の股間を直撃する感じだった。
顔がアルトリアに似ているせいか、俺はなんとなく居たたまれない気分になりつつネロに声を掛ける。
「どうしたネロ。そんな所で突っ立って」
「うむ、シェロか。なんだか久しく感じるな」
俺を見るなりそう言ってきて、そう言えば第二特異点からそんなに時が経ってないのに久しぶりな気がした。
帰ってきて以来、ネロは現代の常識や最低限の知識の詰め込みのため、教師役の職員と缶詰状態だった上に、それが終わればすぐさまアタランテとカルデアゲートで仮想戦闘に没頭。
新たな特異点へ共にレイシフトするサーヴァントとの連携の構築に余念のなかったネロは、体感した時間密度から久しぶりに感じるのかもしれない。俺も、時間密度では負けてないので一日二日間に挟んだだけで久しく感じてしまうのだろう。
「俺も久しぶりな気がする。似合ってるぞ、それ」
「当然であろう。何せ余はネロ・クラウディウスであるぞ!」
「あーはいはい、そうですね」
ネロのカルデアの制服姿は目に毒であるが、眼福でもある。特にあれだ、胸の上下を横切るベルトが双子山を強調していて、その、凄い。
胸を張るネロはそれを分かっているのだろうか。……分かっているだろうな、コイツは。どや顔が愛嬌に繋がる辺り、美形は何しても得だなと思う。
「む。なんだそのあやすような反応は」
「これでも男で、年上だからな。年下の女の子にはそれっぽい態度を取る主義だ」
「……そういえばシェロは余よりも年上であったか。だが! 年長者だからといって威張り散らすでないぞ? 余を泣かしたら酷いからな?」
「誰が。女の子を女の子として扱うだけだ。俺にとっちゃネロはもう、ただの後輩だからな」
「う、うむ。であるか」
「それで、ネロがこうして来たのは打ち合わせのためか?」
何やら頬を赤らめたネロ。緊張しているのだろう。何せこれから、初のマスターとしてのレイシフトである。緊張していても無理はない。
その緊張をほぐしてやるのが、先輩としての役割だ。ぶっちゃけ、ネロが緊張しているとは思えんが。
「そ、そうだ。これより先の戦い、我らは二手に別れて挑む。シェロは冬木なる地を知悉しているが故に冬木へ、余はどちらであっても未知故にもう一方へ。……シェロ、余の挑む特異点が如何なるものか、聞いているか?」
「無論だ」
ネロの率いるサーヴァントはアタランテ、エミヤ、アルトリアだ。基本運用はアルトリアが盾、エミヤが後衛からの射撃、アタランテの遊撃。エミヤとアタランテが主な攻撃を引き受けて、大火力が必要になればアルトリアが聖剣を抜刀する。
そしてネロチームが挑む特異点は、直接人類史に関わりがあるものではない。いつの時代のどんな国なのか判然としていないのだ。
カルデア命名『特異点アンノウン』――それがネロの挑むもの。
だが、俺はそんなに不安に思ってはいない。ネロは文武に長ける元神代の人間、アタランテはギリシャ一の狩人、エミヤやアルトリアは言うに及ばず、バックアップはアグラヴェインやダ・ヴィンチが務め、カルデアには切嗣とオルタが緊急事態に備え援軍としての控えで残っている。更にロマニがいる以上はカルデアへの通信妨害はほぼ無効化されると見ていい。
備えは万全、後は問題に対処するだけだ。
「ネロだけに限った話じゃないが、どちらが早く特異点を攻略しても、もう一つの特異点へ援軍として出向く予定だ。無理をすることも、急ぐ必要もない。堅実に、確実に、場合によっては状況を維持するだけでもいい。俺達は一人じゃないんだ、楽にやろう」
もしマスターが俺だけだったら第一特異点の如きタイムアタックに挑まねばならなかった。
そう、ネロがいなければ半ば詰んでいたのである。彼女の存在がどれほど有り難いものか、それは俺が一番わかっている。
ネロは頷いた。
「うむ。余の役割は全てが不明瞭な特異点の調査。シェロがやって来るまで待つもよし、容易い敵であれば早急に片付けシェロの援軍に向かうもよし。この認識を共有しておきたかったのだ」
「なら、行こう。皆が待っているだろうしな」
鷹楊に頷いたネロと連れ立って管制室に向かう。
すると、既にレイシフトの準備は完了しているのか、俺とネロを見るなりアグラヴェインが吐き捨てた。
「遅い。何をしていた」
「遅くはないだろう。時間通りだ。それよりアッ君」
「アッ君!?」
まさかの呼び名に驚愕する鉄のアグラヴェイン。そんな彼に、士郎は小声で告げた。
「ネロを頼む。俺達は兎も角、本来の時代から離れたばかりのネロの内面は、些か本調子とは言い難いだろう。サポートしてやってくれ」
「……言われずともそのつもりだ。マスター、そう言う貴様に支援は不要なのか」
「ああ。恐らくな。注意すべきサーヴァントが誰か、最初から分かっているならやりようはある。最低限の支援で充分だ」
「そうか。……それと、アッ君はやめろ。……頭が痛くなる」
本当に頭が痛そうなアグラヴェインだが、俺は思う。
誤解は解けた。解けたが、いきなり殴られた恨みは忘れてない。故にアッ君呼びはずっと続けるつもりだった。
ネロの肩を叩いて、俺は一つ頷くと自らのチームの下へ向かう。
クー・フーリン、マシュ、そして白衣姿のままのロマニ。正直、その戦力比からして、余程下手に立ち回らない限りは負ける気がしない。
なるべく早く、特異点を崩し、人理定礎を修復してネロを助けにいく。そういう気概で俺は挑む。
「……行ったか」
ネロはレイシフトした士郎らを見送り、ぽつりと呟く。
その呟きを聞き拾ったアタランテが言った。
「不安か、マスター。汝らしくもない、常の不敵な笑みはどうした」
「笑み、笑みか……こう、であろう?」
浮かべた強い笑みには空虚がある。
士郎の前では気丈であったのは、彼女の意地だ。友人に、対等な友へ弱く見られたくないという。
ふ、と笑みを消し、ネロは自嘲した。
「……笑ってくれてもよいぞ、麗しのアタランテ。余は、他に選択肢がなかったとはいえ、自らの国を、世界を捨てたのだ。それをカルデアで過ごす内に改めて実感してな、少し……寂しいのだ」
「そうか。だが、私は国というものに執着心はない。私からは何も言えはしないだろう」
「……」
「しかしサーヴァントとしてなら言える。マスター、今は前を向け。これより先は死地と心得ねば、汝は命を落とすだろう」
「……うむ。忠言、確かに受け取ったぞ」
アグラヴェインはそれを見て、先程の士郎の言葉が的を射ていたことを理解する。
人の内面を汲み取るのが上手い。そして、人を使うのも。かつてのブリテンで圧倒的に不足していた人的潤滑油。このマスターがブリテンにいたら、結末は違っていただろう、とらしくもない慨嘆を懐き掛け。
鉄のアグラヴェインは、鉄の自制心によりその益体のない思考を捨て去った。
そして、ネロもまた特異点へと赴く。
全てが不明瞭な、『特異点アンノウン』へ。
彼女はまだ、熾烈なる戦いを予感していない。
スカイ島。
聖杯の力により、現世より切り離されなかった『影の国』。『影の国の女王』との死闘を。
――全工程 完了
――グランドオーダー 実証を 開始 します
レイシフトした直後の感覚は、中々に味わい深い。
例えるならジェットコースターとくるくる回る遊園地のカップを足して二で割らなかった感じの物に乗せられ、上下左右均等にシェイクされたような心地になれるのだ。なので素晴らしく素敵な気分である。
尤もそれは俺だけらしい。霊体であるクー・フーリンはけろりとしているし、マシュはもっとソフトな感じ方だという。ロマニに至っては何も感じないと来た。
しかしそんな酷い感覚も数回繰り返せばすっかり慣れたもので、俺は込み上げる吐瀉物を堪えつつ思う。
――燃えてない冬木とか珍しい……。
素直な感想がそれな辺り、俺はもう色んなものに毒され過ぎたのかもしれない。
「これが、本当の冬木の街なんですね」
白衣を着込み眼鏡を掛けた姿のマシュが感慨深げに呟く。その純粋な反応が眩しかった。
彼女は特異点Fの燃え盛る炎に呑まれた光景しか知らない。故に真新しさ、新鮮さを感じるのだろう。彼女の出自的に近代国家の町並みはこれまでと同じくデータでしか知らなかったのだろうし、無理もないと思う。
しかし俺にとっては違った。本来知る冬木よりもやや古い空気を感じる。そういえば最近、里帰りしてないが、桜はどうしただろう。
冬木の聖杯戦争の難易度的に、間桐を潰すついでに様子を見てみようか。蟲の翁のために用意しておいた礼装が効果あるか、投影品で試験を行える絶好の好機ではあるまいか。
――考慮の余地ありだな。
聖杯の解体に際して当然仕掛けてくるだろう誤算家、もとい御三家に対するカウンター的な措置も練ることが出来る。
ロード=エルメロイ二世と凛は事を荒立てたくないだろうが、聖杯を解体しようとして穏便に事が済むなど有り得ないと俺は断言していた。間桐の亡霊は必ず抵抗するし、そのために英霊の力を利用しようとするのは自明。第六次聖杯戦争が起こる可能性は極めて高く、そこに桜が巻き込まれるのは明らかで、それをどうにかしてやるのが……慎二を死なせた償いだ。
夜は更けている。
人の気配は少ないが、まあ、街から文明の薫りがするのはいいことだ。あの文明破壊王には見せられない町並みである。
「……」
ロマニが難しい表情をして黙り込んでいる。
どうしたのだろう。もしや、彼のスキルである啓示が発動したのか?
「ロマニ、何か気になることでも?」
「――いや、なにも。ただ強いて言うと、こんな街中で聖杯戦争をするなんてイカれてるな、と思ってね……」
「あ……」
マシュがロマニの言に声を上げる。何かを堪えるような顔に、ロマニはやはりロマニなのだと感じられた。
しかしまあ、俺にとっては今更である。努めて平静に応じた。
「冬木は燃えるものだからな、仕方ないな」
「なにその諦観!? 士郎くん諦めたらそこで仕合終了だってマギ☆マリも言ってたよ!?」
「あっ、そのマギ☆マリなんだが……」
人理焼却された中、繋がる先として残っていそうな所をピックアップし、魔術とマリを繋げた結果、それは魔術師マーリンのことではないかと思う俺である。
しかしドルオタなロマニにその推測は憤死案件なのではと思い当たり口を噤んだ。
魔術王は生前から千里眼でマーリンの人柄を知っているだろう。俺はアルトリアの話と夢で知っている。普通にろくでなしなので言わない方がいいと思われた。
せめてもの慈悲として俺は沈黙を選ぶ。それが優しさ、友情だ。
「? なんだい士郎くん。マギ☆マリがどうしたのさ」
「いや別に。現実って儘ならないなって思っただけだから。あと千里眼の使用を自重するのはほんと良いことだと思うぞ」
「……?」
「おい。コントしてねぇで仕事しろ」
レイシフト直後、周囲の索敵を行いに走って貰っていたクー・フーリンが戻ってきた。
俺は気安く応じる。
「戻ってきたか。で、どうだった?」
具体的には聞かない。何を伝えるべきか、情報の取捨選択が出来ないクー・フーリンではない。ケルト戦士屈指のインテリでもあるのだ、彼は。
いやまあ、風貌や佇まいは野性そのものであるから、そんな理知的な印象はないのだが。
クー・フーリンはあっさりと答える。
「マスターが知るべき点は二つだな」
「それは?」
「一つは教会と遠坂のお嬢ちゃんの館の偵察結果だ。オレが知ってるのより若い言峰の野郎はいた。お嬢ちゃんの親父らしい奴の姿もあった」
「確定だな。第四次聖杯戦争の時系列か」
「で。追加で情報だ」
ん? と首を捻る。
時間軸の特定は、カルデアからの調査で絞れてはいる。
しかし裏付けはない。故にそれを確認するため、目印として使える人間をクー・フーリンに探して貰っていたのだ。
それが言峰綺礼、衛宮切嗣、遠坂凛の父だ。まあ、切嗣に関しては見つからなくても仕方ないが、言峰と遠坂父は比較的容易に見つけられると踏んでいた。後は言峰と組んでいる英雄王の対策だが――
「いたぜ、英雄王の野郎が。遠坂のサーヴァントとしてな」
「――なに? ……いや、マスターを鞍替えしたわけか」
一瞬、言峰綺礼のサーヴァントが英雄王ではないことに驚くも、すぐに事情を察する。
凛の父は第四次で死んでいる。その凛の父のサーヴァントが黄金の王で、なおかつ生存していた言峰のサーヴァントだった時点で事情は明らかだ。
ただし、ここが平行世界線ではなかったら、という但し書きが付くが……今はその可能性を考慮する段階ではない。俺は凛の父がどうせうっかりしてたんだろと偏見で決めつけつつ、とりあえずの方針を練る。
「一応聞いておくが、気づかれなかっただろうな?」
「オレがそんなヘマするかっての。下手なアサシンより周囲に溶けこむのは巧いぜ? ルーンもあるしな」
「ほう、そうか。前から思ってたがルーン便利だな。汎用性的に凄く使いたい」
「マスターにゃ無理だ。才能が無ぇ」
「知ってる」
言い合いつつロマニに財布を放って投げた。大まかに算段を立て、戦略を思い付いたのだ。
ロマニに渡した財布には、俺の個人的な金が入っている。それを掴み取ったロマニに俺は告げた。
「ロマニ。ちょっと別行動しよう」
「うわぁ……またぞろ悪巧みしてる顔だね」
「ん? そういうの、分かるのか?」
「分かるよ。友達だし」
苦笑してロマニは了解してくれた。「今の僕は士郎くんのサーヴァントだし、ご命令とあらば否とは言えないね」、と。
なんとも気恥ずかしいことを平気な顔で言う男である。俺も釣られて苦笑しつつ、マシュに言った。
「マシュ。ロマニと一緒にいてくれ」
「私も別行動なんですか?」
「ああ。ロマニと親娘で行ってこい。たまにはいいだろ、こういうのも」
「っ!? せ、先輩! もうっ!」
背中を押してロマニにマシュを預ける。親娘と言われたのが恥ずかしいのか、照れているのか、マシュはむくれつつも素直にロマニについた。
ロマニは穏やかにマシュを受け入れつつ、問いかけてくる。
「で、これからどう動くつもりなのかな? 我がマスターは」
「ああ、うん。――ちょっと聖杯戦争に混ざろうと思ってな。ランサーのサーヴァント、そのマスターとして」
その言葉の意味を察したのか、ロマニは苦笑を深める。
「うっわぁ。やっぱえげつないね、士郎くんはさ」
正規のマスターに扮して聖杯戦争をやりながら、外部にデミ・サーヴァントを二人控え、更にカルデアからのバックアップもある男が、マスターとして参加するなんて外道も良いところである。
ロマニはすぐにその戦術の真価を察して、なぜ別行動なのかを理解し、暫しの遊興を楽しむことにした。
冬木の聖杯戦争の仕組みは知悉している。聖杯を完成させるのは不味い、というのは常識的な判断だ。
だが、だからこそ完成させる。その上で破壊する。完成直後の聖杯は、この世全ての悪を出産させるのに僅かなインターバルがあるだろう。何せ聖杯を握った者の願望を叶える体で出てこなければならないからだ。願望器という在り方の弊害ゆえに。
完成して間を空けなければ問題なく処理は可能だ。そしてそのためには邪魔なサーヴァントとマスターを全て片付けるのが手っ取り早い。難しく立ち回ることはないのだ、単純に一刀両断にするのが最良である。
「流石だなマスター。楽しくなってきた」
獰猛に笑うクー・フーリンと、説明を聞いて先輩らしいですと苦笑するマシュ。
ロマニとマシュは街中に消えていった。暫くはのんびり出来るだろうが、直に動いて貰う。一番の問題はやはり英雄王で、如何にして彼を退場させるかが鍵だ。
「おっと忘れてた。二つ目の報告があるぜ、マスター」
クー・フーリンがわざとらしく言う。
なんだ、と先を促すと、アイルランドの光の御子は悪戯っぽく嘯いた。
「単騎で動いてるサーヴァントを見つけたぜ。明らかに他の奴等を誘ってるソイツは、
ランサーだった」
それを聞き、俺は笑みを浮かべる。
「決まりだな。第四次のランサーと、第五次のランサーを入れ替えてしまおう」
ランサー入れ替わり事件勃発の瞬間である。
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