人理を守れ、エミヤさん!
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第三節、不破不敗
I have created over a thousand blades.
Unaware of beginning.
Nor aware of the end.
砂利をこれみよがしに踏み締め、投影宝具『赤原猟犬』を放たんとしていた士郎の前に出たのは、『天穹の弓』を構えた純潔の女狩人だった。
先制射撃を放つ腹積もりだったのに、出鼻を挫かれる形となった士郎は、む、と物問いたげに狩人――アタランテとそのマスターであるネロを横目に見た。
ネロが苦笑し言った。ここは一つ、アタランテに任せよと。やはり一番手は麗しの狩人にこそ相応しい。
遠距離から一方的に射撃を加え、打倒する。それが出来ずとも、敵サーヴァントの手札を切らせられたら白兵戦でも有利になる。弾幕を張るのは間違った選択ではなく、士郎もそのネロの案に乗ることにした。
マシュ、狩りの基本だ。敵の動きをよく見ておけ。――芯のある返事を横に、アタランテは限界まで弦を引き、『天穹の弓』の力によってAランクを超える物理攻撃力を宿した矢で以て、宝具の真名解放を実行。
『北斗の七矢』。天上に向けて放たれた矢は、地に落ちぬ北天の星座『大熊座の七つ星』に転ずる。アタランテの矢は流れる七星と化し、アタランテ渾身の一矢による超高速七連射を解き放った。
音速で飛来する石柱をも貫通する矢が、ほぼ一瞬の内に標的を襲う。
頭上より飛来する七連矢。その精度はアタランテの技量に拠り、必中のそれと言ってもいい。
カリュドンの猪の皮膚をも破り血を流させ、北欧の竜殺しの鎧をも貫通してのけた矢が、ほぼ同時に頭上から連続して襲い掛かってくるのだ。並大抵の英霊なら七撃の矢で七度殺してのけるだろう。
浅黒い肌に、白いベールの女。一瞬、女の体を這う白い紋章が脈動する。
三原色の剣がしなった。
冷静に狂う女戦士は、その宝具の完全な回避は不可能であると判断。さりとて先手を取ろうとした折に、後から動き始めた狩人に先手を取られるというあべこべな展開に巻き込まれてしまった事から、己の力量にのみ拠った応手では封じ込まれると予感した。
女戦士は大火力による力業での強行突破を敢行。その唇が微かに真名を囁いたのを、鷹の目を持つ士郎は読唇術により読み取った。
『――軍神の剣』
それは『神の懲罰』たる三色の光の剣。マルスの贈り物と喜んだ、五世紀に大陸を席巻した大王の宝。
剣であるにも関わらず、剣製に特化した士郎の解析を阻む某かの力の正体を、真名を知ることで士郎は察した。あれは剣というより、異能のそれなのだ。剣が宝具なのではない、あの『戦闘王アッティラ・ザ・フン』が握ったものが宝具となるのだ。
故に士郎に投影はできない。したとしても、なんの変哲もない長剣を剣製するだけに終わる。
三色の光の帯が、しなる鞭の如く振るわれ、七本の矢を薙ぎ払う。
己の対人宝具が更なる破壊の対軍宝具によって粉砕されたのだ。英雄なら、己の矜持とも言える宝具を破られたら怒りに震えるだろう。だが彼女は狩人。肌で感じる霊基の差から、何を見ても驚くような拙さを見せはしない。
宝具の解放直後の硬直を狙い、淡々と引き絞っていた矢を放つ。流星の如く虚空を駆けた矢は、女戦士の右肩を見事に射抜いた。
流石だな、とネロは満足げに頷く。だがアタランテの顔は晴れなかった。戦闘王は右肩に突き立った矢を――本来なら貫通させるつもりで放った矢を、こともなげに剣の柄頭でへし折り、まるで痛痒を覚えた様子もなくこちらを見据えた。
その傷口が、見る見る内に塞がっていく。有り余る魔力供給の恩恵かその治癒能力は常軌を逸していた。アタランテは言う。殺すなら一撃だな、と。心臓か、頭か。どちらかを吹き飛ばさねば止まるまい。
一度は顔を明るくしたネロも気を引き締める。士郎が言った。あれは戦闘王アッティラだ、と。真名の看破が異様に早いことに、しかし彼のチームは戸惑わない。彼の異能は、ここに辿り着くまでに話してあった。
士郎は冷徹な声音で言う。近づかれたら厄介だ、もう少し手の内を知りたい、アタランテと俺で弾幕を張るから近接組は観察に回れ。ネロ、戦闘は俺達が担当する、策を練るのは任せた。
うむ、任せよ。力強く頷くネロに頷きを返し、士郎はアタランテと並んで矢継ぎ早に剣弾と矢の雨をアッティラに射掛ける。
しなる剣を自在に操り、一本ずつと言わず、秒間三十本の矢と剣弾が射ち出されて来るのを破壊しつつ、着実に間合いを詰めてくるアッティラ。士郎とアタランテは交互に矢玉を放って互いの隙を無くしつつ、アッティラがどこにどのようなタイミングで攻撃を受けたら、どのような動きで反応し対処するのかの情報を暴き出していく。それは戦闘というより、獣狩りに似た工程だった。
併せて千本の矢と剣弾を凌がれ、間合いが残すところ百メートルとなった時、士郎は言った。剣技、体術の癖は大凡割り出せた。後は大技への対処のデータを取りたい。二射の間、最低二十メートルの接近に留められるか?
その問いに、アタランテは首肯した。汝の手並み、見届けよう。暫らくは任せるがいい。
皇帝特権により軍略スキルを獲得したネロが指示を発する。宝具『訴状の矢文』で足止めせよ!
――士郎は手を後ろに回し、矢筒に差していた螺旋剣を抜き取る。十秒をかけてたっぷりと魔力を充填、臨界に達した剣弾を黒弓につがえ形質を変化させて矢として放つ。
真名解放『偽・螺旋剣』
射手がアタランテ一人となっていた十秒の間に、しかし戦闘王アッティラは間合いを詰めるのに手こずっていた。尋常でない弾幕、狙いは粗いが規格は対軍のそれ。捌ききるには足を止め、確実に被弾を避ける必要があった。
アタランテの『訴状の矢文』が尽きるのに、九秒の時を要した。その内に士郎は剣弾を滑らかに装填。片膝をついて射出体勢を取り、いざ疾走し一気に距離を詰めようとしていたアッティラに照準して、空間を引き裂く螺旋の剣弾を射ち放った。
『――軍神の剣』
着弾の瞬間、壊れた幻想によって破壊力を高めた投影宝具が、その爆炎ごと三色の光の奔流に呑み込まれた。
顔を顰める士郎。自身の最大攻撃力を誇る一撃が、悪魔的なまでの魔力に底上げされている宝具で掻き消されたのだ。その攻撃力は、聖剣に匹敵すると改めて見せつけられる形だ。
恐るべきは、宝具を連発してなお衰えた様子のない戦闘王の猛威。底の抜けた器のような戦いに、アッティラ本人の体が軋んでいた。
――後先を考えない暴走だな。この戦いにアッティラが勝っても、彼女の霊基は崩壊するだろう。
士郎の読みは正鵠を射ていた。アッティラは己が滅びるのも厭わず戦いに没頭している。
二射と言ったがもうデータはこの一射で充分だった。士郎は前言を撤回すると告げ、ネロを見た。指揮を任せる、ここまで観察していて活路は見い出せたはずだ。ネロは頷き、火に包まれた剣を掲げて高らかに詠った。
余のアタランテよ、機動力を活かして矢を射掛け続けよ! アルトリアとオルタは余に続け! シェロは援護を頼む!
何!? と驚愕する士郎を置き、騎士王達を率いてネロは自ら戦闘王に向けて突撃した。
皇帝特権を持つネロである。下手を打ったわけではないはずだが、それでも士郎は傍らのマシュに指示した。ネロを守れ! 俺はここから援護に徹する!
それは自身から守りを離す暴挙。だが何より危険なのは直接アッティラと矛を交えるネロだ。士郎もネロも、どちらも欠いてはならないのだから、より危険な方に守り専門のタンクを回すのは当然の選択だった。
マシュは決然と大盾を構えて前線に赴く。そこに恐怖はあれど迷いはない。士郎は大声で叫んだ。ネロ、信じるぞ! カルデア第二のマスターは不敵に微笑んで応じた。余に任せよ、最高の戦果を得て魅せる!
一番に斬りかかったネロは、果たしてアッティラの一撃で手が痺れて体勢を崩し、屠られそうになったがアルトリアがさせじと割り込む。振り下ろされた軍神の剣を聖剣が受け止め、アルトリアが苦悶に顔を歪ませて足が地面に陥没していった。
背後からオルタが迫る。見えているようにアッティラは対処し、アルトリアとオルタを弾き飛ばした。
あれは技量の差というより、霊基の差による出力の違い。紙のように空を舞わされながらも、青と黒の騎士王は魔力放出によって空中で体勢を制御し、魔力をジェット噴射して猛然とアッティラに挑んだ。
霊基の差、そんなものは怯む理由になりはしない。ネロとマシュと、即席とは思えぬ巧みな連携で、主にネロの守護に重きを置きながら立ち回る。
それでも形勢は不利だった。一撃が致命打となる剣撃の嵐、今のカルデアのサーヴァントはそれに抗うのに手一杯で、ともすると決定打となる一撃を貰いそうになる場面が幾つもあった。
その度に、彼女達の周囲を旋回するように駆け回るアタランテの矢と、巧みに戦局を回す士郎の剣弾が危機を救った。アタランテ、士郎、どちらかの援護が欠けていたら、たちまちの内に誰かが斬り伏せられ、ドミノ倒しのように全員が戦闘王の前に膝を屈していただろう。
それは戦っているアッティラにも良く分かったはずだ。ネロが何かを見計らうようにアルトリアとオルタ、マシュの立ち位置を調整するように立ち回り、それを悟られぬように猛攻を仕掛ける。
だが、アッティラは悉くを凌ぎ、腕に走る星の紋章に魔力を注いで、逆に強烈な竜の尾のような一閃でネロ達を吹き飛ばした。
その目が、士郎を睨む。
アタランテの足には追い付けない、ならばもう一人の戦闘の要である弓兵を狙い膠着状態を脱さんとするのは極めて自然な流れだった。
瞬間、吹き飛ばされていたネロが叫んだ。
アルトリア! オルタ! マシュ! シェロォオ!
常勝の王達と、戦巧者の士郎は、各々の立ち位置からネロの真意を一瞬で悟る。ネロの企図した作戦通りの展開がこれなのだ。
士郎は瞬時に命じた。令呪、起動!
オルタの黒い聖剣が、横合いから殴り付けるように解放される。
黒い極光、闇の斬撃。アッティラは振り返り様に宝具を発動。
『軍神の剣』
黒い極光と拮抗し、アッティラの足が止まったのと同時に、ネロは怪力のスキルを取得。マシュの手を掴み、士郎とアルトリアの間に投げ放った。
士郎はマシュに叫んだ。守りは任せた! 令呪起動!
それは、完璧に決まった聖剣のクロスファイヤー。アッティラを抑える黒い聖剣の反対側から、アルトリアが聖剣を解放。黄金の極光によりアッティラを撃つ。
戦闘王アッティラは、アルトリアの聖剣の先に士郎がいることから宝具の解放はないと見ていたのが誤りだった。こと円卓ゆかりの者の宝具に対しては無敵の防御力を発揮するマシュを知らなかったのだ。
仮想宝具を疑似展開。十字架の大盾の前面に張られた淡い光の結界は、アルトリアと士郎の間に展開され――
オルタに抑えられていたアッティラは、回避もままならずに星の息吹に呑み込まれた。
戦闘王の打倒。士郎は一息吐きながら、悩ましげに呟いた。
「――令呪全部使ってしまったんだが。ネロ、どうするんだ」
「う、うむ。しかしこれが最善だと余は思ったのだが……駄目だったか?」
「いや……一画は補充されるし……俺もこれが最善の結果だったと思う」
士郎が思うのは、一つ。
――やられた。
令呪を使い切らされた。消耗させられたのだ。まんまと一杯食わされた事実に、先の戦いがより厳しくなったことを悟らざるを得なかった。
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