人理を守れ、エミヤさん!
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第二節、その心は
Steel is my body, and fire is my blood.
ジンクスがある。嫌なジンクスだ。
何年か前の話だ。借金で首が回らなくなった遠坂をからかうのが楽しくて、調子に乗りすぎた結果、真冬のテムズ川に突き落とされたことがある。
絶倫眼鏡の修羅場を焚き付けて遊んでいたら、逆に修羅場に巻き込まれて痛い目を見たり。ヤクザな姉御とその娘さんの仲を揶揄し、娘さんが暴走するのを楽しく眺めていたら姉御に殺されかけたり。赤原礼装を譲って貰ったお礼に、好物だと前々から聞かされていたカレーを振る舞ったら監禁されかけたり。
――とかく俺が調子に乗った時、或いは物事が上手く軌道に乗り始めた時に限って、手痛いしっぺ返しが必ずあった。
今回もそうなのだろう。順調に事が進み、帝都まで後一日という所まで迫るや、ロマニが慌てたように通信を入れてきた。
俺はうんざりと溜め息を吐く。またか、と。テムズ川に突き落とされて以来続くこのジンクス。これを遠坂の呪いと名付けても許されると俺は思った。
『――皆、大変だ! 前方に巨大な魔力反応が発生した! 気を付けてくれ、この反応はサーヴァントのものだ! 敵か味方か分からない、ここは慎重に――』
「敵だ、ロマニ」
『え? 何を根拠に敵だって言うのさ!?』
「根拠も何も……こうもあからさまに殺気をぶつけられたんじゃ、誤解しようもないだろう」
相変わらず見晴らしの悪い樹林である。その新たなサーヴァントの姿は、雑多な枝葉に遮られて影も形も見えやしない。
だが、この全身を強かに打ち据える殺意の波動を受けて、「これは味方だ」なんて誰が思えるものか。
それに、帝都まで後少しという嫌らしいタイミングでもある。敵本拠地の間近で都合よく新しい仲間と巡り会うなんて幸運があるはずもない。
そのサーヴァントは敵だと断定する。
しかし、断定しながらも疑問が湧いた。
新たな敵戦力の投入……冷静に考えると違和感を呼んだ。何故今更になって? と。
確かに効果はあるが、戦力の逐次投入は戦術的に下策だ。もっと適切なタイミングは幾らでもあっただろうに、何を考えている。
人理焼却の黒幕、その容疑者が魔術王ソロモンと目されている今、あの魔の柱の名称は仮に魔神柱とされた。もしあの魔神柱がサーヴァントと共に現れていたら、不意打ちの聖剣は通じなかった公算が高い。そうなればこちらは危機的状況に立たされていただろう。それ以外にも、幾らでもこちらを襲撃するタイミングはあった。不意打ちを狙うなら、神祖と酒を酌み交わしていた時など絶好の好機だったはずだ。
何故、今なんだ? 帝都まであと一日まで迫ったところで、今更戦力を神祖と別けて投入する意図が解らない。
……筋道を立て、論理的に考える。
まず、この手を打った者は、根本的に戦争のための戦術を理解していない節がある。
俺の経験上、魔術師などの理論が先立つ学者タイプに似ているような気がした。
戦争は得手ではない、しかし頭は回る……典型的な理論派、感覚よりも数値を重んじる打ち手……。荒事が苦手なのは間違いない。さもなければ神祖と別けてサーヴァントを投入する訳がない。
……いや、過小評価は危険か。行動の一つ一つに意味を持たせ、無駄なことはしないと考えた方がいい。
戦力を別ける意味……パッと思い付く魔術師らしい思考の癖を沿う。
例えば人形を使い魔として用いる、工房に閉じ籠る魔術師が、己の使い魔を同士討ちさせないために打つ手法。……これを仮にサーヴァントに当て嵌めて考えると、神祖と新手のサーヴァントは別口の召喚である線が浮上する。もしそうだったら、神祖にも無差別に攻撃するかも知れない。だから別けた?
……強引な説だが、そのサーヴァントが物の分別のつかない狂戦士のサーヴァントだとしたら、筋が通らないこともない。他に考えられることもほぼ有り得ないと切り捨てられる故に、この仮説を下地にもう少し切り込んで思索する。
この特異点にある聖杯でサーヴァントを召喚したなら、神祖は無条件に味方としてサーヴァントの霊基に刻まれ、余程の条件が揃わない限り狂戦士であっても同士討ちはしないはず。
ならば考えられるのは、神祖を取り込んだのとは別の聖杯を用いての召喚だが……そうなると、何者がこのサーヴァントを召喚したのか容易に察せられた。
魔神柱の状態でこちらを襲撃し、俺達を観察した『人間』である。
手を上げてチームに停止するように指示しつつ、その思考をトレースし、プロファイリングする。
荒事を専門としない、理論派の魔術師。戦術は不得手だが頭は回る。わざわざこちらを直接観察に来る慎重さと大胆さ、手の早さから無駄を好まない合理的な性格と思われる。
この第二特異点だけに舞台を限定して考えてはならない。相手はこちらがレイシフトするのと同じで特異点から別の特異点に移動する手段を持っているのだ。
そこまで考えて、一歩思考を下げる。
なんの為に神祖と新手のサーヴァントを別けたか。この理由を仮に違う聖杯を用いての召喚だからだとする。
相手が別の特異点で活動している輩とすると、俺達がしくじらない限り、いずれはカルデアとぶつかるのは確定的である。
であれば相手は盤面の向こう側にカルデアを想定して動くようになる。ならこれまでにも活動していたとして、その活動の方針を転換することも考えられた。そうすると、一度は思考をリセットするだろう。そして、慎重な性格ならゆっくりと考える時間を求める。するとまず、何をするか。
――盤面の向こう側。相手の打ち手を止めるため、妨害の一手を打つ。
「……」
仮説に仮説を繋ぎ合わせ、違和感の少ないピースをすかすかの仮説に組み込んで、辛うじて見られるパズルを作った。
それを改めて離れた視点から俯瞰し、この仮説の正確性を客観的に分析すると――不思議と。全くの見当外れとは思えなかった。
えてしてそういった感覚は、理論を超えて真理に至ることを俺は知っていた。
少なくとも的外れではない、その確信が思考を澄み切らせる。
――このサーヴァントは、こちらを襲撃し少しでも時間を稼ぐ目的を持っている……。いやそんな半端を好む手合いではない。
討てるなら討つ、そのための強力な一手だろう。今の俺達にとって時間は敵なのだ。こちらの居場所が相手に割れていると思われる以上、敵サーヴァントを避けていられる余裕はない。躊躇わず戦闘に入り、迅速な撃破を望んでいると相手が読んでいるとしたら、正面戦闘に強い三騎士か騎兵のサーヴァントを放って来るに違いない。
そして相応の格を持つ英霊というのは、一部例外を除いて世界の存続を望んでいるはずだ。であれば抜け目のない打ち手のすることは限られる。手駒の反逆を防ぐため、主人に歯向かえるだけの理性を殺す狂化を付与することだ。
――嫌な敵だ、と思う。
厄介なのは、ここまで全ての推論が的中していたとしても、こちらに打ち返せる手がないことである。相手の目論み通りにしか動けない、後手に後手にと回らされている感じがした。
こと勝負事に於いて、後手に回るばかりで反撃もできないとなれば敗北は必定。何か、相手の意表を突く必要がある。
これはと思う妙手は浮かばない。仮説が正解だったと確認できたらまた話は違ってくるのだろうが、今はそれどころでもない。今は目の前の問題に対処するのに手一杯だ。
「……一日だ。後、一日で帝都に到達する。そうだなロマニ」
『あ、ああ。その通りだよ』
ロマニに確認すると、戸惑い気味に肯定が返ってくる。下手に戦い、損耗を強いられるのは面白くない。俺は最も攻撃力に長けたオルタに指示を飛ばした。
「オルタ。聖剣解放」
「承った」
言うと、オルタは腰を落とし、腰溜めに黒い聖剣を構えた。それに合わせたわけではないが令呪を起動、システムを稼働させる。
ロマニがどこか諦めたように問いかけてきた。
『も、もしかして、もしかする感じかな……?』
「さあな。ただ、聖剣の射程圏にサーヴァントを捉えた瞬間、オルタの一撃で消えて貰うだけだ。今は悠長に構っていられる余裕はない」
『そうか、そうだよね……一日あれば使った令呪も回復する、なら使い惜しむ理由はない……』
「解って来たじゃないか」
『あはは……その容赦のなさが素敵と思い始めたボクはもう駄目かもしれない……よし、なら未確認のサーヴァント反応の位置を伝えよう。そちらからは樹林が邪魔で姿が見えないだろうからね』
「頼む」
言って、オルタの肩に手を置き、耳元に口を寄せて囁いた。
――避けられるかもしれない。威力は落としてもいい、横薙ぎで広範囲を焼き払えるか?
その要望に、オルタはフッと嗤った。
撃破出来ればそれで良し。仮に回避されるなりしても、樹林を一掃し見晴らしを良く出来る。こちらの力を十全に発揮できるフィールドを一手で整えられる上手い手です、シロウ。
オルタの小声の賛辞を、端的に切って捨てた。
「おべっかを言っても断食は取り止めないからな」
「……チッ」
「オルタ? 貴女、今私を出し抜こうとしませんでした?」
アルトリアの問いかけにオルタは答えず。ロマニのカウントダウンが始まった。
『目標、五時の方角、五百メートル前方。速度から逆算するに聖剣の間合いに入るまで後五秒、四秒』
宝具解放。セイバーのサーヴァント、アルトリア・オルタを指定。
『三秒』
オルタ。聖剣を解放し、
『二秒』
聖剣の間合いにあるモノ全てを、
『一秒』
薙ぎ払え。
「――約束された勝利の剣!!」
黒い極光、暴竜の息吹が解き放たれる。
地獄の淵より鎌首をもたげる竜の首、鬱蒼と生い茂る木々を塵芥とする死の吐息。星の光を束ねた究極の斬撃は、確実に一帯を更地と化させた。
「……おい」
俺は、それを見て、目を細める。
「……エクスカリバーは聖剣のカテゴリーの頂点に位置する最強の対城宝具だったはずだな?」
返るのは、不快げに姿勢を戻した黒い騎士王の答え。
如何にもその通りである、と。特にオルタの攻撃力は、通常の騎士王よりも上回る規模のそれ。
「ならそれを相殺したあれはなんだ? 英雄王の乖離剣なのか?」
星の聖剣を上回るのは、原初の王が持つ乖離剣のみ。星造りの権能を宿す絶対の一だけのはずだった。
ならば。
拓けた地形、照り輝く日輪を背に。
真紅の原色の剣、しなる鞭の如き斬撃――空間切断に近しいそれを為したのは何者なのか。
オルタは断言した。
「私が万全ならば、あの忌々しい金色の王以外に、聖剣を相殺されるような無様は晒しません」
「……」
そこで、はたと俺は思い至った。
今のオルタ――いやアルトリアもだが、マシュも、アタランテも、そしてクー・フーリンまでもがカルデアの召喚システムの都合上、霊基を縮小された状態であった。
ロマニが言いにくそうに口を挟んでくる。
『……あのだね。士郎くんは、初期レベのパーティーを率いてここまでのステージをクリアしてきたようなものなんだ。うん、つまりそろそろ火力が足りなくなって来たんじゃないかなって……』
「……仕方ないだろう、時間がなかったんだ。霊基再臨のための時間が取れなかったんだ」
『うん、ぶっちゃけ初期レベ縛りでそこまでいった士郎くんは異常だと言いたい。オカシイのは騎士王サマ方の火力とクー・フーリンもだけど。――でも、それもここまでみたいだ。どうするんだい、士郎くん』
どうするもこうするもあるか、と吐き捨てる。
悠然とこちらに近づいてくる、褐色の肌の女。白いローブ、短い白髪、肌に走る白い線。
無機的な、破滅的な虚無の眼差しで、狂気の欠片もなく狂った狂気の塊。
観測される霊基の規模はこちらのサーヴァント全員を束ねたものよりも強大だった。
圧倒的なまでの威圧感。魔力の波動。三つの原色を連ねた鞭のような剣。
疑いの余地なく大英雄の風格だった。冬木の聖杯戦争に参戦していても、なんら遜色のない傑物である。
それを前に、俺は覚悟を決めて、黒弓を取って投影宝具を装填した。
「――斯くなる上は、正面から打ち破るのみ!」
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