人理を守れ、エミヤさん!
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約束された修羅場の士郎くん! 3
■約束された 勝利の剣(下)
――指示あるまで待機。別命を待て。
大聖杯のある空間にまで至った時、マスターはそう言ってアサシンに潜伏を命じた。
弓兵の時のように背中を刺せとでも言うのかと思いきや、どうやら違うらしい。
有効な手段であれば何度でも同じことをしてもいいが、相手は伝説の騎士王。極めてランクの高い直感スキルを持ち、奇襲などの手段が有効になることはまずないのだという。
であれば正面戦力としては脆弱と言わざるを得ないアサシンは騎士王に仕掛けるべきではない。手数として数えるよりも、手札として伏せていた方が応用が利くため最初は自分とマシュだけで当たり様子を見る。
……己のマスターの説明は明瞭であり、また誤った戦力の運用をしないとしたスタンスは正しいと判断した。ゆえにこそアサシンはマスターの指示に従ったのだ。
己に下された指示は待機の他に二つ。一つがマスターかデミ・サーヴァントの少女、どちらかが危機に陥った場合これを助けること。つまり身代わりになれと言われたのだ。
暗殺者が戦力として期待できないなら、戦力となる者のために盾とする――それは冷徹なようでいて実に合理的な判断である。
アサシンはその命令を受諾した。そして、もう一つの指示が――
(あれは……キャスターのサーヴァントか)
周囲の観察に余念のなかったアサシンだからこそ、誰よりも先にマスターらの戦闘領域に向かう存在に気づけた。
それは、マスターから説明された冬木の状況から推察するに、恐らくは聖杯に汚染されていない生き残りのサーヴァントであると考えられた。
一瞬、足止めするかと考えたが、それはやめる。あのキャスターは冬木の聖杯を争うサーヴァント。であれば敵対すべきはマスターではなく、セイバーである騎士王だ。物の道理に沿い、合理的に考えたなら、まずマスターの協力者となるだろう。よほど性質の破綻したサーヴァントでもない限り、その思惑を裏切ることはあるまい。
騎士王や聖杯に対する既知感、押し寄せる感覚を全て雑念として処理しつつ、アサシンはジ、とマスターからの指示を待ち続けた。
ややあって、キャスターを味方としたマスターと、盾の少女が騎士王との戦闘に移った。どうやら問題なくキャスターを戦力に組み込めたようだ。やはり抜かりのないマスターだな、と思う。
セイバーとの因縁も、問題なく感情と切り離して処理できている。感情的に振る舞っているようで、その実、極めて冷静な光をその鋭い眼光に宿していた。
そして一見ふざけているようで、騎士王からのヘイトを上手くキャスターに押し付けて見せた。単独戦闘能力はもとより、計算高さもまた充分なものだと品定めをする。真にマスターとしての力量を持つか、これで判断できた。
彼は、恐らくマスターとしての適正が極めて高い。合理的でありながら時として非合理的に物事を考え、結果として最善を掴む。実戦経験は豊富で、硬軟併せ持った思考能力を持つが故に物腰に余裕があり、対人関係に支障を来たすこともない。話してみたところ思想は善に傾き、余程歪んだ者でもない限り問題なく戦力として活用できる知性もある。加えて、かなりの戦上手でもあるな――アサシンはもう一つの指示を思い返し、胸中にて独語した。
『不慮の事態を想定し、大聖杯の真下に伏せて周囲への警戒を怠るな』
……特異点という異常地帯では、常に想定外の事態が起こり得る。名将の資質とは、そういったものへの備えを怠らないこと。
何があるか分からない――分からないということは戦場では最大級の危険であるのだ。そういったものに備えるのは当然である。
『予想外だったから防げなかった』というのは言い訳にもならない。未知のトラブルに対するカウンター措置を用意するのは武装集団としての鉄則であった。
そういう観点から見ても、衛宮士郎はマスターとして申し分ない。彼なら上手くやるだろうとアサシンが信用できるほどに。
(大聖杯の真下で待機か。位置も見晴らしもいい。ここからならマスターの戦闘も、作戦領域に侵入しようとして来る存在も見通せる。……唯一警戒すべきものが、最も近い位置にある聖杯の泥とはね。皮肉なものだ)
下手に聖杯への注意を切れば、時折り溢れてくる泥に呑み込まれてしまう。そんな阿呆のような末路を晒すわけにはいかない。
ことが人類史に関わる重大事である。この場にいる全ての者に失敗は許されず、特異点を修復し、定礎を復元するためならこの一命を賭す価値が充分あった。
(さて。お手並み拝見だ、カルデアのマスターさん)
この身を捨て駒とする用意はあった。用いるか用いぬかはマスターが決めることだ。そこまでは関知しない。
熱のこもらないアサシンの視線の先で、冬木最後の戦いが繰り広げられていた。
――流石に強いな。
不遜だが、俺も頭数に入れると三対一になるというのに、黒い騎士王は一歩も退くことを知らなかった。その奮迅はまさに獅子の如し。彼女の実力をよく知る俺ですら瞠目するに値した。
左腕は折れたままだというのに、押されているのはむしろこちらの方。このまま両腕をセイバーが取り戻したら、きっと戦局は絶望的なものとなる。
だが、妙な気分だった。俺は黒弓に次々と矢をつがえ、目標に射ち込みながら独語する。
視界が拓け、心が澄み、頭が冷たい。なのに胸は熱く、自身を俯瞰する視点にブレは微塵も現れない。
限界は近い。指は固く、魔力も集中力も底を突きそうだ。……なのに何故だろうか。全く以て、負ける気がしなかった。
マシュを前衛に押し出し、キャスターをその背面に配置して詠唱させる。自身はひたすらにセイバーへ矢を射掛けるのみ。それだけだ。大火力の攻撃は、キャスターに任せた。
対魔力を突破できるのか。そう訊ねると、自信ありげに任せろと言われた。ならば信じるのみ。大言壮語で終わらない、英雄の言葉を信じずしてなんとする。
マシュの動きも鋭さを増していく一方。身に宿した英霊の戦闘技術の継承がもうすぐ完了するのだろう。生き生きとし始めたのが傍目にもはっきりとわかる。
射撃に徹する傍らで、時折り鋭く警告を発する。セイバーの動きの癖、思考パターンを洞察し、彼女の狙いがマシュからキャスターに、キャスターからマシュに移り変わるタイミングを何度も指摘した。
セイバーの剣は基本に忠実な王道のもの。奇を衒うよりもその剛剣にこそ注意せねばならない。随所で、要所で、強力な剣弾を射出してセイバーの意識をこちらに向けさせて、キャスターやマシュの援護を完璧に果たす。
セイバーは俺の矢を無視できない。一度は俺の矢であわやというところまで行ったのだ。投影した剣弾は爆発させれば充分な攻撃力を発揮する。俺から目を逸らそうものなら、なけなしの魔力を振り絞って宝具を投影し、決定打を放つ腹積もりでいた。
それが分かっているからか、壁役のマシュの守りを叩きながら、キャスターに化け物じみた魔力を乗せた卑王鉄槌を撃ち詠唱を妨害しつつ、徐々に聖剣に魔力を込めていっている。
起死回生、聖剣の一撃に賭けるつもりなのか。臨界にまで達した聖剣が黒い極光の柱となって膨張している。鉄壁の防御を固めたマシュをいなしつつ、遂に左腕を癒しきった騎士王が逆襲に走った。
――約束された勝利の剣ッ……!
解き放たれる闇の剣。究極斬撃。キャスターを狙った人類最強の聖剣は、しかし展開された燐光の盾に防がれる。苦し紛れの聖剣は、この盾にだけは通じないと分かっているはずなのに……いや、これは!?
俺は目を剥いた。聖剣の振り終わり、切って返す振り上げの一撃は、まだ瀑布のような魔力をまとっている!
――何回耐えられる、盾の娘! 行くぞ、約束された勝利の剣!!
連発! 聖杯からの魔力供給は凄まじく、セイバーは聖剣の連射によって盾の守りを突破しようというのだ。なんたる力業、暴竜が如き息吹。
アァァァ――ッ! マシュが悲鳴に近い声で吠えた。度重なる疑似宝具展開に限界を迎えたのだろう。だが、猛攻は終わらない。
――まだまだ行くぞ、約束された勝利の剣!!
「体は剣で出来ている――」
熾天覆う七つの円環!
咄嗟に手を伸ばしマシュの盾に重ねるように薄紅の七枚盾を投影する。出力の弱まっていたマシュの盾ではもう防げないと確信したのだ。
全身から魔力を振り絞っての投影。七枚の花弁、その一枚一枚が古の城壁に匹敵するが、しかし。一瞬の拮抗の後にその全てを闇の津波に破壊され、マシュもまた弾かれるようにして吹き飛び気を失った。
「キャァスタァア!」
「任せぇろォ!」
力なく倒れ伏すマシュを気遣う余裕はない。鼻血を吹き、右肩から剣を突き出させながら吠えた。
応じるのは詠唱を完了させたケルト神話最強の大英雄。影の国の門番、女王スカサハに授けられた原初の十八ルーン、その全てを虚空に描き同時に起動した。真名を解放、渾身の言霊を込めて光の御子は唱える。
「大神刻印――!! 善を気取り悪を語るもの、二元の彼岸問わずに焼き尽くされなァ……ッ!」
光が奔る。大気が燃える。音が砕け世界が染まる。
ランクにしてA、対城宝具に位置する魔力爆撃。光の御子のルーン使いとしての奥義は黒い騎士王の対魔力を貫通した。
総身を灼かれ、莫大な熱量に包まれ騎士王の姿が消えていく。
その様を見ながら、しかし俺は無意識の内に唱えていた。
「投影、開始」
腹から、背から剣が突き出る。血反吐を溢しながら、死力を尽くした。
手には息をするような自然さで、黄金の宝剣が握られていた。それは、俺があの日、彼女のために投影した彼女の剣。選定の、剣。
息も吐けぬまま、黒弓につがえる。そして、何も見えない光の中へ、狙いも定めずに撃ち放った。
――まるで、導かれるような一射であった。
全身に闇の魔力をまとい、全力で耐えきった黒い騎士王は、満身創痍の瀕死の姿で大神刻印の只中から飛び出し脱出する。上位の英霊ですら燃え尽きるような光を、その対魔力と回復力、溢れんばかりの魔力放出によって耐え、辛うじて死を免れたのだ。
その胸の中心に、勝利すべき黄金の剣が突き立つ。
「……信じていた。お前なら、きっと、こちらの予想を上回る、って……」
こほ、と俺とセイバーは血を吐く。
セイバーは、力なく微笑んだ。
「――シロウ。本当に、強くなりましたね」
「ああ……まったく。負けず嫌いも大概にしろよ……」
「まだ終わりではないのです。聖杯探索は、これからが始まりなのですから」
「……そうか、まだ、終わりじゃないのか」
思い出したように笑い、俺はセイバーが投げて寄越した水晶体を受け取った。
「……これは?」
「見た目では分からないでしょうが、聖杯です。それは、私に勝った貴方のものだ。どうか受け取ってほしい」
「……わかった。これで終わりじゃないのなら、セイバーともこれが最後というわけでもないだろう。……また会おう。今度は肩を並べるために」
黒い騎士王は、ただ微笑んで、消えていった。
キャスターが嘆息する。その体は、セイバーに続いて消えかけている。
聖杯戦争が終わったのだ。ならば、後は消え去るのみ。
「やれやれ大事の気配だな。ま、いいさね。お前さんなら上手くやるだろう。もしオレを喚ぶようなことがあんなら、そん時ゃランサーで呼べよ」
「……ああ。是非、そうさせてもらう。ついでだ、心臓を突かれた時の恨み、晴らさせて貰うかな」
は? と疑問符を浮かべたキャスターの髪を数本引き抜き、投影した魔力殺しの聖骸布で包む。これで、キャスターが消えても髪の毛だけは保存できるだろう。
それをキャスターは微妙そうに見て、仕方無さそうに苦笑した。
「……ったく、こき使う気満々じゃねえか。貧乏くじばっかだねぇ、俺も。……じゃあな、小僧。次は仮契約じゃねえ。お前の槍として戦ってやる」
そう言ってひらりと手を振り、キャスターもまたあっさりと消えていった。
俺は思わず体から力を抜いて、その場に座り込みそうになる。
だが、今座れば立ち上がるのに相当の時間を要する気がして、なんとか立ったまま天を仰ぐ。
……マシュを起こそう。
特異点を作り出していた原因とおぼしき聖杯を手にいれたのだ。じきに、この特異点は修復され、定礎も復元されて何もかもがなかったことになる。
カルデアからの連絡もまだだが、そろそろ来るだろう。後は事態の推移をロマニに説明するだけだ。
と――その時。
マシュに歩みより、体を揺すって起こそうとする俺の背中に、ここにはいないはずの男の声が掛けられた。
「やあ、衛宮士郎」
「……レフ・ライノールか」
振り返ると。そこには人外の気配を放つ男の姿があって。
俺は、うんざりしたように溜め息を吐いた。
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