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人理を守れ、エミヤさん!

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約束された修羅場の士郎くん! 2

■約束された修羅場の剣(中)



「……貴方か、キャスター」

 忌々しげに吐き捨てたセイバーの殺意が、半ば八つ当たりのように一点に集中し、聖剣の切っ先が微かに揺らいだ。
 それは動揺というより、新たな獲物に対する威嚇行動に似ている。黄金の瞳が殺気に彩られて凄絶に煌めき、主の鬼気に応えるように黒い聖剣が胎動する。
 セイバーは明らかにこちらを邪魔者と断じている。ドルイドのクー・フーリンは苦笑した。なにやら因縁を感じさせる両者の間に割って入るのは、実のところ気の引けることではあった。
 だがこれは変質したとはいえ聖杯戦争。その参加者であるクー・フーリンは、騎士王と同じく当事者である。にもかかわらず、異邦のマスターとそのサーヴァントに全てを任せきりにしたままというのは……流石に無責任というものだ。

 筋骨逞しい赤毛のマスター。宝具の投影という異能を振るう魔術使い。あの弓兵に酷似した――否、肌と髪の色以外、完全に一致する容貌と能力の男が、己がサーヴァントと共に慎重に立ち位置をズラす。
 それは、新たに現れたクー・フーリンを警戒してのもの。当たり前の姿勢。不用意に友好的な姿勢を示さないのは当然のことだ。赤毛のマスター、衛宮士郎は様子を窺うようにして、キャスターのサーヴァントに問いかける。

「……突然の参入だが、こちらに敵対する意思は?」
「それはねえから安心しな。そっちの事情は知らねえが、俺はこの戦争を終わらせるつもりでいるだけだ」
「……なるほど、流石アイルランドの光の御子。この異常事態にあって為すべきことを心得ていると見える」
「アーチャー似のマスター、世辞をくれんのは結構だが、いいのかい?」

 意味深に問い返すキャスターに、訝しげに士郎は反駁した。

「何がだ」
「見るからに因縁深そうな感じがするが、俺が割り込む事になんの遺恨もないのか、ってことだ」
「少し気になるが。あんたには以前、世話になったことがある。邪険には出来ない」
「あん? どっかで会ったか」

 キャスターは杖で肩を叩きつつ、眉根を寄せて士郎を見る。……しかし思い当たる節がないのか、なんとも気まずそうに目を逸らした。

「……わっりぃ。見覚えねぇわ。お前さんみたいな骨太、忘れるとも思えんが」
「無理もない。あの頃の面影など残ってないからな。俺としても思い出してほしいわけではない。気にするなランサー。俺が勝手に恩に着ているだけだ」

 お? とキャスターは眉を跳ねあげた。士郎は今、己を槍兵と呼んだ。つまり槍兵の自分と会ったことがあるということだが……それよりも。先程までの重苦しい表情がほぐれ、不敵な笑みを浮かべるこの男ときたらどうだ。
 まるで、否、真実歴戦を経た戦士なのだろう。己の成してきたことに誇りを持っていなければ出来ない顔だ。容姿と能力こそあのいけ好かない弓兵だが、中身はまるで違うらしい。
 ともするとあの弓兵の生前の人物なのかとも思っていたが、今キャスターの中で弓兵と目の前の男は完全に乖離した。自然キャスターの顔にも笑みが浮かぶ。

「……いいな、アンタ。一時の関係とはいえ、共闘相手としちゃ申し分無い。この一戦に限るだろうが、よろしく頼むぜ、色男」
「は。細君に師、女神に女王、おまけに妖精とまで関係を持った伝説のプレイボーイにそう言われると、なんとも面映ゆい気分だ。……こちらこそ宜しく頼む。主従ともに未熟者だ、ドルイドの導きに期待する」
「言うねえ。ああ、男のマスターとしちゃ理想的だ。気の強いイイ女ってのが女のマスターの条件だが、男のマスターってのは不敵で、戦に際しちゃ軽いぐらいがちょうどいい。肩を並べるに値する(つわもの)なら更に言うことなしだ」

 まさかのべた褒めに士郎は面食らったが、マシュは自分のマスターを誉められて悪い気はしないらしい。一気に機嫌を良くして、キャスターをいい人認定したようだ。

「キャスターさん、わたしも宜しくお願いします。歴戦のサーヴァントの立ち回り、参考にさせていただきますね」
「おう。こっちもよろしくな、盾の嬢ちゃん。見てたぜ、あの聖剣を防ぎきるとは大したもんだ。俺の方こそ当てにさせてもらう」

 にやりと笑うキャスターだが、実際その力が対魔力を持つセイバーに通じるものか疑問がある。が、彼はアイルランドの光の御子。勝算もなく出てくるとも思えない。何か切り札があるはずだ。

 ――騎士王は黙ってそのやり取りを見つめていた。

 それは騎士道精神から来る静観ではない。盾の娘はともかくとして、キャスターも士郎も、こちらが動く素振りを見せれば即座に対応できるように警戒を怠っていなかっただけのことだ。
 彼女は、自身に対魔力があるとはいえ、決してキャスターを侮ってはいなかった。純粋な魔術師の英霊ならば戦の勘も薄く、恐れるに足りないが、クー・フーリンとは歴戦の勇士。槍兵として最高位に位置し、個人の武勇で言えば間違いなくアーサー王を上回る大英雄だ。
 生涯を戦いだけに生きた生粋の戦士と、戦いだけに生きるわけにはいかなかった王とでは、どうしたって差が出るものである。今のクー・フーリンは魔術師だが、その戦闘勘が鈍っているわけではない。鈍っていれば己の聖剣の一撃を凌ぎ、他全てのサーヴァントに追われながらここまで生き延びられるわけがないのだ。

「……キャスター。ランサーやアサシン、ライダーはどうした。貴公の追撃に出していたはずだが」
「ああ、奴等なら燃やし尽くしたぜ」

 問うと、キャスターはあっさりと言い放った。
 それはつまり、単独で、マスターもなく、潤沢な魔力供給のあったアサシンらを始末したということ。
 流石に、英雄としての格が違う。槍がないからと侮るのはやはり危険だった。

「んなもんで、バーサーカー以外で、残ったのはお前さんだけだ。厄介なアーチャーもいねえ、心強い共闘相手がいる、俺としちゃここまでの好機を逃す理由がないわな」
「……消えかけの身で、私とシロウの間に割って入る愚を犯すとは、よほど命が要らないらしい。いいだろう、相手にとって不足はない。私に挑む蛮勇、後悔させてやる」

 ぴり、と空気に電撃が走る。キャスターとセイバーは互いに身構えていた。
 士郎はそんな両者を見比べ、己の状態を省みる。
 ……些か無理が過ぎたのか魔術回路が限界に近い。魔力は底が見え始め、体にガタが出ている。
 マシュだって気丈に振る舞っているが、戦いの経験がなかった精神は限界だろう。その上でキャスターは消えかけときた。
 対し、セイバーは時を置くごとに回復していく。折れていた左腕以外、既に元通りという有り様だ。時間はセイバーの味方、長期戦はこちらに不利。……であれば不利の要因を一つでも解消しなければならない。

 士郎はキャスターに素早く駆け寄り、その肩に手を置いた。

「キャスター。パスを繋ぐ、受け入れてくれ」
「あ? いいのかよ、魔力はそこの嬢ちゃんに供給するだけで精一杯じゃねえのか?
「いや、供給源は俺じゃない。カルデアという、俺のバックにある組織のシステムから流れてくる。俺の負担になることはないし、これも一時限りの仮契約だ。不服はないはずだが、どうだ?」
「いいぜ、お前さんなら文句はねえ。仮とはいえマスターとして認めてやる。繋げよ」
「ああ」

 肩に触れている手から、霊的な繋がりをキャスターに結ぶ。
 すると、キャスターは異なる次元から流れてくる魔力を確かに感じた。へえ、こりゃいい、と感嘆する。
 予想以上に潤沢な魔力――のような何かだ。不足はない。現世への楔となる依り代、マスターの器にも不満はなかった。マスター運も上向いてきたらしい、と好戦的に笑う余裕も出てきた。

 それに、士郎は誰かに見せつけるように笑い、言った。

「……俺のサーヴァント(・・・・・・・・)はこれで二人になったわけだが、まさか卑怯とは言わないよな、セイバー?」
「……」

 ぴくり、と騎士王の肩が揺れる。
 そしてやおらキャスターを睨み付けると、静かに言った。

「……シロウに盾のサーヴァント、そこにキャスターが加わるとなれば、流石の私も分が悪い。敗色濃厚なのは認めざるを得ないでしょう」
「へえ、負け腰じゃねえか聖剣使い。そんなんで俺らの相手が務まるのかい?」
「さあどうだろうな。しかしなんにしても言えるのは一つだ。……盾の娘は、特別によしとしてもいい。だが貴公は赦さないぞ、光の御子。刺し違えてでも貴公だけは討つ」
「は……?」

 突然の宣言に、クー・フーリンといえども呆気にとられた。そしてその横で、小さくガッツポーズを取る男が一人。キャスターは悟った。様々な無理難題を投げ掛けられ、また多くの悪女を知っている男である。この流れは実によく知っていた。

「テメッ!? 謀ったな?!」
「伊達に女難の相持ちではないということだキャスター。俺とマシュのため、当てにさせてもらう」
「ああそうかい! ちくしょう、マスター運に変動はありませんでしたってかぁ!?」
 ニヒルに笑い、黒弓に剣弾をつがえる士郎は、光の御子の発する陽気さに当てられたのか先程までの悲壮感はなくなっていた。
 親しき者でも、因縁の深い相手であろうと、語るべきことのある相手であろうと。今は、ただ勝つのみ。

 決戦の直前、士郎は少し軽くなった心で、かつての罪の証に語りかけた。

「セイバー」
「……なんですか」
「いつか、お前を喚ぶ時が来るかもしれない。積もる話もあるが……それは、その時までお預けだ」
「――」

 己の為したことは、決して許されることではない。だが無かったことにも出来ない。なら、いつかは向き合うべきで、そしてそれは今ではなかった。
 セイバーは暫し目を見開き、士郎を見ていたが、その硬質で冷たい美貌にうっすらと笑みを浮かべる。

「……ええ。その時を楽しみにしています。しかし、」
「ああ、お前の負けず嫌い、骨身に染みて思い知っているよ。だから気持ちよく負かしてやる。――来い、セイバー。お前の負けん気に、キャスターが付き合う」
「俺かよ!?」
「はい。行きます、シロウ。そして覚悟しろキャスター。どうにも今の私は気が荒ぶって仕方がない。後腐れのないように全てをぶつける!」
「あーもう! わぁったよかかって来いや畜生めぇ! なんかこういう役回りが多いと思うのは気のせいか!?」

 くす、とマシュは微笑む。
 突然起こった事件だけど、最後はどうやら後腐れなく終われそうだった。
 それに、マスターの士郎の心も晴れてきた。それはとても、いいことだと思う。

 ――決戦が始まる。しかし、そこに悲壮感はない。





 
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