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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「だから、責任はわたしがとります」

「なんなのよ、あいつら!」

 フォールン・エルフとの戦闘中、突如として乱入してきたプレイヤーたちの魔法攻撃によってHPをなくしたリズたちは、蘇生のあてもなくリズベット武具店へと死に戻りしてきていた。リメインライトでいる時にショウキたちが逃げおおせたらしいことは分かったが、あのプレイヤーたちはなんだとイラついたリズの叫びが店内に響く。

「……おい、これ見てくレ!」

「こいつは……」

 とはいえそんなリズの疑問に答えられる者は存在しなかったが、代わりに普段の落ち着きようはどこへやら、アルゴがウィンドウを可視化させてキリトとリズへと見せれば。そこに表示されていたのは、プレミアを討伐する運営からのクエストであり、プレミアの現在位置が表示されていた。

「なによこれ……」

「……多分、運営がプレミアの持つ力に気づいたんだ」

 不幸中の幸いか、まだプレミアが無事だということは分かったが、そんな幸いを吹き飛ばすほどの代物だ。こうもなれば、この世界中のプレイヤーたち全てがプレミアを狙って動きだすということで、先のプレイヤーがなんだったのかも得心がいく。ただ問題はどうしてこんなことになっているかだが、キリトが理解したように呟いた。

「ゲーム世界を壊すような力を持ったNPCを、運営が放っとくわけがない」

「それなら運営が削除すればいいんじゃないカ?」

「いや、プレミアはALOのNPCじゃない。今なおブラックボックスのカーディナルのNPCだ。運営には手出しできずに、クエストって形を取ったのかもしれない」

 プレミアの巫女としての力を使ったALO崩壊を、キリトたちがフォールン・エルフから防ごうとしたように。運営もまたプレミアからこのゲームを守るために、プレミア討伐クエストを発布したというキリトの予想は、恐らく正しかった。他のプレイヤー集団が相手ならばいくらでも相手しようがあるが、運営そのものが相手となると――という重苦しい空気のなか、キリトが言いにくそうに口を開く。

「……プレミアは、リスポンするのか?」

「そんなのわかるわけないでしょ!?」

「だ、だよな……悪い」

「……こっちこそ、ごめん。でもここにいても仕方ないわ、あたしはプレミアを助けにいく!」

 そもそもプレミアが殺されれば他のNPCのように復活するのか、それともプレミアによく似た誰かとなるのか、一度きりの命なのか。それすら試せるわけもなく分からないままで、リズはイライラと髪を掻いて店を飛び出していこうとする。

「待てヨ、リズ」

「待つ余裕があるわけ?」

「ああ。キー坊に何か考えがあるみたいだからナ」

 ただしリズが店から飛び出そうとする前に、自身は何やらメニューを高速でタッピングしているアルゴが、落ち着きを取り戻しながら彼女を諌めて。横目でニヤリと笑うアルゴに苦笑しながらも、運営と戦った経験は一度ではないキリトが語りだした。

「ああ、考えがある。だけどそれには、リズの協力が必要だ」


「なんでだ……」

 アインクラッド第3層、《マロメの村》近くの洞穴にて。プレミア討伐クエストの知らせを見たショウキは、訳もわからずそう呟いた。いや、プレミアの巫女としての力を運営も把握したのだろうということは推測できたが、それでもそんな慟哭を吐かざるを得なかった。

「なんでプレミアに、こんな仕打ちをするんだ……」

「ショウキ」

 せっかくプレミアが、この世界を好きになってくれたというのに。その世界を管理する者たちからの仕打ちは、黙って死ねなどというものであって。そんな現実をどうプレミアに伝えればいいのか、拳を握るショウキにか細い声がかけられる。

「わたしは、生きていてはいけないのでしょうか」

「そんなわけないだろ!」

 世界から死ねと言われた彼女からの残酷な質問に、ショウキは反射的に声を荒げてしまい、ばつが悪くなってそっぽを向く。そんなわけがないなどと、無責任に言っている自分たち人間が、プレミアに死ねと言っているというのに。

「いえ」

「え?」

「ショウキにそう言ってもらえて、うれしいです」

「…………」

 何が嬉しかったのか、プレミアは一時別れてから初めての笑顔を見せてくれた。そんな少女を見ていれば、当人よりもよっぽど慌てふためいていることに気づいて、ショウキは深呼吸を一つ。周りには笑顔のプレミアと、外を伺ってくれているギルバートと、情報収集をしてくれているユイの姿。

「よし……ユイ、今はどうなってる?」

「はい。あまりにもいきなりの運営からのクエストのため、まだ大多数は混乱してるようです」

 何もしていないのは俺だけだ――とショウキは自身の両頬をパチンと張ると、とにかくどうなっているかを考えなくてはと、情報を集めてくれているというユイへ状況を聞けば。突如として発せられた運営からの通知に、夏休み期間中といえど対応できるプレイヤーは多くない。しかもプレミアの位置が常に表示されている以上、悠長に待つのはまったくの愚策であり、混乱の最中にプレミアを逃がせればいいが、そもそも世界に拒否された今やどこへ逃げればいいというのか。

「……圏内に逃げ込めると思うか?」

「恐らく、NPCガーディアンに襲われると思います」

「だろうな……ん?」

 プレイヤーに襲われるだけというならば、町中の圏内に逃げ込めればと思ったが、町には町を守るためのNPCガーディアンがいる。圏内や諸々の誓約を無視できる最強の存在であり、延々とあれを相手するわけにもいかず……とまで思ったところで、ショウキのウィンドウにメッセージが届く。

「どうしました?」

「いや、アルゴからメッセージだ」

 メッセージの送り主はアルゴ。恐らくは先のフォールン・エルフ戦でプレイヤーたちの乱入にあって、この事態を把握しただろうが、今はどうなっているのか。そんな状況把握のメッセージかと思えば、まったく予想外かつ端的に要件だけを書いたものだった。

『キー坊に考えアリ、はじまりの町へ行ケ』

「アルゴはなんと?」

「はじまりの町に行け、だそうだ」

 ……考えあり、というならば、もちろんプレミアのことだろう。一体どういうことなのか返信したくなる衝動に駆られるが、このアルゴらしからぬ短文を見れば向こうにも余裕はないだろう。キリトたちを信じて第1層のはじまりの町に向かうしかないが、ここは第3層、どうにかしてプレミアを転移門まで連れていく必要がある。

『……誰か来るぞ。一人だ』

「っ……プレミア、下がっててくれ」

 考えを打ち切るようにギルバートの声が響く。プレミアを下がらせつつも、一人だけというところに違和感を感じて、ギルバートに手を出さないように合図して。ショウキ自身はいつでも攻撃できるように準備すると、一人の女性サラマンダーが洞穴の中に入ってきていた。

「プレミアさん! プレミアさーん!」

「ガーネットです」

「ストップですショウキさん!」

 見知らぬプレイヤーだと攻撃を開始しようとした一瞬、ユイの声にショウキは動きと緊張状態を止める。話にしか聞いていなかったが、プレミアの友達とかいう初心者サラマンダーであるガーネットは、プレミアを見つけるなり慌てて降りてきた。

「っプレミアさん! どうしたんだよコレ!」

「はい、とても困っています。ところで前に話した、ショウキとギルバートです」

「あ、どうも……じゃなくて! たくさんのプレイヤーがそこまで迫ってるんだよ!」

 あちらもプレミアから話だけは聞いていたようで、深々と初対面二人にガーネットは礼をする……ものの、どうやらそれどころではないらしい。たくさんというのがどれだけか知らないが、ギルバートの力を借りられるとはいえショウキだけで相手できる訳もない。

「ありがとう、ガーネット。さっさと逃げ――」

「逃げません」

 しかして何より計算外だったのは、さっさと逃げようと促すショウキに対して、プレミアが決意を込めて却下したことだった。

「な、なに言ってんだよ! さっさと逃げないと、プレミアさんが死んじゃうじゃん!」

「いいえ、わたしは逃げません」

「……理由を、聞かせてもらっていいですか?」

 まさか断られるとは思っていなかったショウキが固まっている間に、ガーネットとユイが代わりに問いかけてくれたものの、プレミアの決意をもった目は変わらない。元々、誰に似たのか変なところで頑固な相手ではあったものの。

「そもそもこうなったのは、恐らくわたしが力を使ったからです。つまり、わたしが『わがまま』で拗ねて家出したからです」

「……だから?」

「だから、責任はわたしがとります」

 ショウキたちまで巻き込まれる必要はありません――と続けるプレミアに対して、俺たちは別に死んでもいいんだ、という言葉をショウキは口の中に押し留めた。しっかりと目をあわせて頼んでくるプレミアから目をそらさずに、少女が何をしようとしているのか問い詰めた。

「責任をとるって……死ぬ気か?」

「違います。絶対に死にません。わたしは、リズたちにも謝らなくてはいけません」

「なら……やってみてくれ」

「ショウキさん!?」

 てっきり止めてくれるだろうと思っていたのか、プレミアの申し出を受け入れたショウキへとユイから驚愕の声が届く。ショウキはプレミアやユイから目を背けながら、震える声でさらに言葉を続けていく。

「プレミアが責任をもってやるって言うなら、俺に止める権利なんてない……プレミアだって、一人の『人間』なんだ」

「……ありがとうございます、ショウキ」

「ただ……ユイとガーネットは連れていってくれ」

 どうせ今からでは、飛翔するプレイヤーたちから逃げおおせられるはずもない。ならばプレミア本人に賭けるしかないのだと、ショウキは自らに言い聞かせるように呟いた。ユイとガーネットには勝手に言ってしまったが、二人の友達は言わずとも着いていくつもりだったらしく、力強く頷いてくれる。

「はい。では……行ってきます、ショウキ」

 そうして二人の友達を連れ添いながら、プレミアは洞穴の外へと出ていって。今からでもプレミアを無理やり捕まえて、勝ち目のない逃避行に連れていきたい衝動に駆られるが、それを口を開かぬことで必死に留めつつ、ショウキは後ろ姿で少女たちを見送った。

『……来るぞ』

「なに?」

 そうして一瞬の静寂が訪れた洞穴の中で、重苦しいギルバートの言葉と活性化して光輝く《聖大樹》の姿があった。その光はショウキたちがここまで逃げてきたものと同じ、転移の光であり、今はこの《聖大樹》を転移に用いることが出来る陣営は一つしかない。

「久方ぶりだな。人族の戦士……ショウキ、だったか」

 すなわち、フォールン・エルフ。久方ぶり、という言葉に強く皮肉を込めた《剥伐のカイサラ》を先頭に、彼ら彼女らもまたこの場に転移してきていた。


「ガーネットは少し離れていてください」

「あ、ああ……」

 洞穴の外に出ていったプレミアたちは、遠目にプレイヤーたちの大群を見た。一つのパーティという訳ではなく、幾つかのパーティが競うように飛んできているのだろう。巻き込まれないようにガーネットを遠くに避難させながら、プレミアはリズの《拡声魔法》がかかったイヤリングを装備し、プレイヤーたちを出迎える準備をしつつ。

「ユイもガーネットと一緒にいてください」

「プレミア……本当に大丈夫なんですか?」

「わかりません。ですが、こんな時はこういってごまかすそうです。ナイスな展開じゃないか、と」

 胸ポケットから追い出したユイから心配そうな声がかけられるものの、正直に言ってしまうとプレミアにも分からなかった。それでもショウキに大丈夫だと言い張ってしまったので、大丈夫という他なく。空を飛ぶプレイヤーに対しても聞こえるように、しっかりとイヤリングを口元にあてながら。

『みなさ――』

 ただしプレミアが声を発するよりも早く、その腹部を氷の弾丸が貫いた。恐らくプレイヤーの一群が牽制で放った魔法だったのだろうが、プレミアは避けることも出来ずに直撃して倒れ伏した。そうして誰かに先回りされた、と感じたプレイヤーたちの飛翔速度がさらに上昇する。

『みな、さ』

 さらに起き上がったプレミアの顔面にメイスがねじりこまれ、片目がグチャリと潰される感覚にまたもたまらず倒れ込めば、そこに後方集団から魔法の絨毯爆撃が飛来する。メイス持ちのプレイヤーが離脱するとともに、倒れたプレミアの全身をカマイタチが切り刻み、火炎弾の爆風によってその矮躯はたやすく吹き飛ばされた。

 ただ吹き飛ばされたのはプレミアにとって幸いだった。予想以上に吹き飛んだおかげで、それからの魔法を避けることが出来たからだ。まだ生きていると、力を込めて立ち上がろうとして、プレミアはようやく自身の片足がないことに気づく。カマイタチに切り裂かれていたのだろう。

「あ……あ」

「プレミア!」

 片足で体重を支えられるはずもなく、プレミアは苦悶の表情を浮かべたまま、またもやその場に倒れてしまう――ところで、ユイに支えられて立ち上がることが出来た。火傷を負って震える手でどうにかポーションを飲み込むと、残った片目でプレミアはプレイヤーたちのことを見据えた。

『みなさま……ごきげんよう。わたしはプレミアと申します』

 どんな反撃をしてくるかと身構えたプレイヤーたちに訪れたのは、戦闘中とは思えないほどの呑気な声だった。どうして反撃してこないのか、というプレイヤーたちの疑問はすぐに解決された。

『本当の名前は別にあるかもしれませんが……わたしは大事な人にもらった、このプレミアという名前が大好きです。つまり、わたしの名前はプレミアです』

 討伐対象であるはずの少女は、先の短い戦いですでに反撃など出来ない状態になっていたからだ。片目を含む顔面の半分はメイスによって無惨に潰れ、全身の切り傷と切断された片足によって、もはや立つことすらままならない。両腕は火炎弾の防御のために使ったのか焼けただれており、HPが0になっていない――いや、そこで生きていることが不思議だった。

『最初のわたしはなにもありませんでしたが、ショウキやユイと会ってわたしになれました。わたしは、この世界が好きになれたんです』

 それほどまでに部位が欠損することは、むしろ少女がNPCであることの証明であったものの。残った片目から流れているとめどない涙が、彼女が痛みを感じて苦しんでいることもまた、理解させた。相手がNPCとはいえ、反撃どころか逃げようともしない少女の姿をしたモノを殺す趣味はないと、プレイヤーたちはお互いに視線を交わしあう。

『ですが今、わたしのわがままでそんな皆を困らせてしまっています。謝らなくてはいけませんので、わたしはここで死ねません』

 ただしそんなプレイヤーの心中などは分からないまま、プレミアはただただ語り出していた。自分で何を言っているかも分からないまま、とにかく集まった皆さんに自分のことを知ってもらおうと、ただただ喋っていた。

『つまり……つまり、わたしはこの世界で生きています。生きているんです。生きています、生きています!』

 もちろんプレミアにも痛みはある。苦しみもある。今すぐ泣きじゃくってショウキに助けを求めたいが、必死になって悲鳴をあげないように堪えていた。ここで悲鳴をあげてしまえば、恐らくショウキが出てきて戦ってしまうだろうから。

『死にたくありません。つまり、見逃していただきたいのです』

 ――ただ、見逃して欲しいという言葉はプレイヤーたちを正気に戻してしまう。

「逃がすか!」

 討伐対象が逃げる、と考えたプレイヤーの一人が長剣を抜くと、プレミアへと振りかぶった。ユイが引きずって逃げようとするものの、片足がないプレミアに避けられるはずもない。

「やめろ!」

 間一髪のところでガーネットが杖で割って入り、どうにか長剣を防いでみせる。ただし新たな武器を持った闖入者にプレイヤーたちが色めきたったために、ガーネットはじたんだを踏みながら愛用の杖を放り投げ、長剣持ちのプレイヤーの胸ぐらを掴んだ。

「アンタ聞いてなかったのか! プレミアは、この子は生きてんだよ! この世界が好きな子供が、なんで死ななくちゃいけないってんだよ!」

「なに言ってんだよ……NPCに……」

「NPCだって生きてるって言ってんだろ! どうしてこの子が生きてちゃいけないのか、答えられる奴がいるのかよ!」

 ガーネットの剣幕に長剣持ちのプレイヤーは目を逸らすと、一部のプレイヤーたちがざわめきをもらす。するとプレイヤーたちにどこからか矢が放たれ、プレイヤーたちを囲むようにエルフの軍勢が出現する。ただし一部だけ逃げられる場所があり、そこには指揮官――キズメルが剣を持って立ちはだかっていた。

「巫女殿に戦う意思はない。退け、人族!」

 凛とした声が空間に響き渡る。すでにプレミアの元には数人のエルフが護衛についており、逃げる以外の行動をすればすぐさま射ち抜かれる状況に、プレイヤーたちは三々五々に撤退していった。

「プレミア!」

「アルゴ……」

 そうしてプレミアの護衛についたエルフの中に混じっていたのは、今回の件の事情を話してエルフの軍勢を動かしたアルゴ。見るに堪えないプレミアにヒールの魔法をかけながら、思わずその小さい姿を抱きしめていた。

「よく、よく頑張った……頑張ったナ……」

「……アルゴお姉さんの真似です。話せばなんとかなる、です」

 誰にでも使える初級ヒールではなく上級の回復魔法らしく、プレミアの傷がみるみるうちに治っていく。それでも回復量が足りないと、さらに呪文を詠唱しようとしたアルゴだったが。抱き抱えていた少女が今までやっていたことは、全て自分の真似だったと聞いて思わず吹き出してしまう。

「……まだまだ修行が必要みたいだナ」

「そのようです。ユイにガーネットにも迷惑をかけてしまいました、すいません」

「いや迷惑なんかじゃないけど……どういう状況なんですコレ!?」

「大丈夫ですよ、ガーネットさん。みなさん味方です。はい、杖です」

「ショウキはどうしタ?」

 そうして回復が終わってアルゴの抱っこから解き放たれたプレミアは、普段通りのままになってユイとガーネットに礼をするが、強いと評判のエルフたちに囲まれてガーネットはそれどころではなく。ひとまず他のプレイヤーたちはもういないらしく、ユイは投げ捨てられたガーネットの杖を拾ってきたり、アルゴはショウキを探したりと小休止を挟んで。

「ショウキなら、わたしを信じて待ってくれています。きっと今ごろ、《はじまりの町》に行く作戦を考えているでしょう」

「ほう。それは見ものだナ」

「……ご期待に添えるかは分からないが」

 約束もしていないことに胸を張ったプレミアに苦笑しながら、ちょうどショウキは洞穴から出てきたところだった。その作戦とやらがどんなものか、アルゴがいたずらめいた表情で聞こうとする前に、プレミアはショウキの元に駆け寄っていく。

「ショウキ。がんばりました」

「ああ、逃げるよりいい結果になった。ありがとな、プレミア」

「……がんばりました。わたしは、がんばったんです、ショウキ。がんばったんです」

「あ、ああ……そうだな?」

 大事なことは二回言うそうです――とプレミアは不満げに頑張ったことを主張してくるが、ショウキは何を求められているのか分からず、髪を掻いて辺りを見渡す他なく。普段ならばリズが背中を叩きながら教えてくれるところだが、あいにくと不在でいて。代理という訳ではないが、ゆっくりと背後に回ったアルゴがボソリと呟いた。

「200」

「買った」

「毎度アリ……もっと褒めてやりナ」

「あー……プレミアのおかげで乗りきれた。帰ったら何か欲しいものあるか?」

「むふー……ではそうですね。ショウキのホットドッグが食べたいです」

 ショウキとアルゴしか知りえない小声による超高速商談が終わり、ショウキは恐る恐るプレミアの髪に手を伸ばし、軽い力でいい子いい子と頭を撫でる。どうにかそれでプレミアは満足してくれたらしく、誇らしげにそれを受け入れてくれた上に、リクエストもずいぶんと懐かしい手軽なもので。

「あれでいいのか?」

「はい。あれがいいです」

「巫女殿はこういった表情をするのだな。我々には見せてくれなかった表情だ」

 今の状況を忘れてしまいそうなほのぼのとした空間が広がりつつあったが、さらに洞穴から出てきた人物がそれを留めてくれた。フォールン・エルフが5人にそのリーダー、《剥伐のカイサラ》の姿を見るや否や、周囲の索敵をしていたキズメルが抜剣してそちらへ向かう。

「貴様……!」

「キズメル! ……カイサラも、待ってくれ」

「……ショウキ。そなたと言えども、この者たちとともにいる理由を説明できなくては、切り捨てざるをえない」

「理由なら簡単だ、エンジュ騎士団よ……巫女殿を助けに来た」

 ただしエルフたちが一触即発になりかけた瞬間、ショウキがその間に止めに入る。洞穴から出てきた以上、この場にフォールン・エルフを連れてきたのはショウキであり、キズメルやエルフの軍勢からの殺気が向けられていく。ただしそんな殺気に臆することはなく、カイサラはさらりと言ってのけた。

「信じられんな」

「キズメル。俺がカイサラたちに助けを求めたんだ。話をさせて欲しい……カイサラたちがいなくては、俺たちはプレミアを救えない」

 プレミアが洞穴から出ていったあと、ギルバートの《聖大樹》に転移してきたフォールン・エルフたちに、ショウキがしたことは交渉だった。内容は《聖大樹》の転移を使って、ひとまずプレミアを逃がすこと――プレミアが何をするにしろ、この層から逃げることが難しい以上、再び転移して味方と合流するほかない。元々は転移に必要な秘鍵を奪うつもりだったが、カイサラからの答えは予想外の快諾だった。

「……理由は?」

「理由は二つ。一つは我々には残された同胞がいないこと」

 疑う姿勢を崩さないキズメルに対して、カイサラは指折り理由を説明していく。カイサラたちフォールン・エルフはカイサラを含めて5人であり、それらが全ての人数だとカイサラは言う。先の戦いでアルゴが言ったことは正しかったらしく、その情報は正しいとアルゴからも注釈が飛ぶ。

「この人数では犬死にするだけだ。もう同胞が減るところを見たくはない……」

 秘鍵を使って水面下で動くならともかく、この討伐クエストによって人間と黒エルフが両者ともに動き出した以上、もはやフォールン・エルフに勝ちの目はないと。ならばショウキたちに協力して恩を売り、見返りを求めた方がいいとカイサラは考えたようだ。

「二つ目は……先程、人族の戦士に助けられた。黒衣の二刀の者に」

「キリト……」

 ショウキたちがギルバートに助けられて離脱した後、キリトたちはフォールン・エルフを庇って倒されてしまったらしく。そんな知り合いの特徴を言い渡されたキズメルも、小さくその人物の名前を呟いた後、アルゴもまた頷いて。

「人族の者たちに助けられたまま、その者たちを騙し討ちするか? フォールンなどと言われているが、騎士として堕ちた覚えはない」

「……非礼を詫びよう、カイサラ。騎士として、貴君のことは信用したい」

 カイサラの必死の説得に騎士として感じ入ることがあったのか、キズメルは剣をしまって一礼する。エンジュ騎士団もフォールンたちも、お互いに不信感を隠してはいない。とはいえ、あくまで騎士としての共闘という不文律を設けたことで、ひとまずはキズメルにカイサラの方針に従ってくれるようだ。

「それでフォー……カイサラ殿の手とは?」

 そこからは簡単な話だった。カイサラたちが持っている秘鍵の力で《はじまりの町》に最も近い聖大樹へ転移し、この3層へ集まってきているプレイヤーたちを振り切り、そのままキリトたちと合流すればいい。ショウキは一同に簡単な説明をして、そのまま洞穴の中に先導していく。

「ギルバート。おかげで助かりました。ありがとうございます」

『この力で助けられたのも、貴君らがこの聖樹を助けたからだ。礼はいい』

「今さらなんだが……この人数で転移できるのか?」

「さあな。なにせ、やったことがない」

「エルフの叡知を信じるしかないな」

 そうして助けられたギルバートにプレミアが礼を言いつつ、ショウキはずいぶんと大所帯になった一団を見つめつつ。秘鍵を起動しながらも、こんな状況にニヤニヤとむしろ楽しげなカイサラと話していれば、一応はその監視役をしたキズメルも興味深そうに眺めていた。

「しかし失われたエルフの秘鍵……こんなところにあったとは」

「これもこの件が終わればそなたらに返却しよう。我々にはもう必要のないものだ」

「な……」

「なにか手土産がなければ、そなたらも他の騎士団に見せる顔がないだろう?」

 聖大樹のみとはいえ自由自在に転移が可能な秘鍵、それをあっさりと手放すという敵であるはずのカイサラに、キズメルは呆気に取られてしまったらしく。騎士としてそれは恥ずべきことだったのか、面白げに笑うカイサラと聞くショウキにコホンと咳払いしつつ。

「あまり言える立場ではないが……カイサラ殿と戦うことがないのを祈る」

「そうか? 私は誉れ高きエンジュ騎士団の者と戦えるなら望むところだが……誰かに決闘をすっぽかされてな」

「それは……決闘を放棄するなど、騎士の風上にもおけないな」

 秘鍵を起動するカイサラの横目がショウキに向いて、それと同時にショウキはカイサラと目をあわせないようにした。そのキズメルが言う決闘を放棄した騎士の風上にもおけない者とは、十中八九、先の戦いで決闘を申し込みつつそれを利用したショウキの話だが。やぶへびをつつく趣味はなく、聞こえなかったふりで対処する。

「そういえば聞いていなかったが、カイサラ殿が手を貸す報酬というのは?」

「ん……ああ。このショウキたちに《ヨツンヘイム》と呼ばれる場所へ連れていってもらう。遥か地下の極寒の地だが、話を聞く限り、我らが故郷の残り香のようだ」

「故郷か……」

 気のせいか、カイサラは少し不満げな表情をショウキに向けつつ。カイサラたちの協力に関しての見返りは、この件が終わった後に《ヨツンヘイム》へとフォールンたちを連れていくこと。浮遊城の眼下にある妖精たちの郷、そのさらに下にある大地であるヨツンヘイムこそ、《アイングラウンド》への手がかりが残っているのではないか、と。

「過酷な地だそうだが……故郷と同胞の手がかりは、もはやこの浮遊城にはないのでな……起動したぞ」

 不満げな表情から寂しげな表情へ。騎士としては見られたくない表情だろうと、ショウキもキズメルにあわせて目をそらすと。同時に聖大樹が転移門として起動できたのか、老成の域に入っていた大樹が白く輝いていく。

「……行こう」

 これからどうすればいいかは分からないけれど。とにかく今は、キリトを信じて転移門を潜る他なかった。久方ぶりに向かうことになった《はじまりの町》へ。
 
 

 
後書き
基本的にこの二次は最も強いのはモブ集団という不文律があるような気がしてきた 
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