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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「……ショウキは……『ずるい』です……」

 
前書き
最終章、的な 

 
「…………」

 あの日から、数日。プレミアは姿を見せなかった。

「人間になりたい……か」

 休業中のリズベット武具店。時間を作って顔を出してくれたリズに、ショウキはその日のことを話していた。プレミアから泣いて頼まれた願いをデリカシーの欠片もない返答にしてしまったせいで、彼女はいなくなってしまったのではないかと。

「確かに原因はそれかもね。でもそれは……」

「……もっとうまく言えなかったかとは思ってる。だけど……」

 ショウキもリズも言葉には出さなかったものの、お互いの言いたいことは分かっている。いくらプレミアが人間離れ……いや、人間くさいAIであろうとも、彼女はあくまでAIなのだ。人間になど誰が出来るはずもない。そのことは確定している以上、ショウキはあれ以外の言葉をかけることは出来なかった。

「いらっしゃ……なんだ。悪いけど今は休みよ」

「ああ。オレっち達も仕事を頼みに来た訳じゃないからナ」

 そうして店の扉が開いたベルの音に振り向いてみれば、そこには深刻な表情をしたアルゴにキリトが立っていた。仲間たちには事情を話してプレミアを探してもらってはいるが、未だに芳しい報告を受けてはいない……もちろん、今しがた現れた二人もそうらしいが、キリトは店内をキョロキョロと見渡していた。

「ユイはいないのか?」

「いや……アスナと一緒じゃないのか?」

「アスナも分からないらしい。一人でプレミアを探してるみたいだ」

「そんなことより、あんた達は何の用?」

 どうやらユイは、キリトやアスナの手から離れて単独でプレミアのことを探しているらしい。まるで妹が出来たみたいだと、プレミアを人一倍かわいがっていた姿を思いだし、そうもなるかとショウキが考える間に。まさかユイを探しに来たわけでもあるまいと、リズが二人を詰問する。

「プレミアの正体について、ダ」

「正体……?」

 全てが未設定のAI。そんなことも忘れがちになってしまうほど、プレミアはここに馴染んでいた。とはいえプレミアの居場所の何か手がかりになるかと、ショウキとリズはアルゴが机の上に広げた本へと身を乗り出した。

「これは俺がエルフのクエストをクリアして手にいれた、この浮遊城の歴史に関する本だ」

 最近、キリトが徹夜してクエストをしているとユイがボヤいていたが、どうやらエルフのクエストを攻略していたらしい。そしてエルフの都市に招かれて、キリトが報酬に貰ったのが一冊の本。そこに描かれていたのは、一つの大樹と二人の少女――プレミアにそっくりの少女であり、かつて見たフォールン・エルフの聖堂に刻まれていたものと同じだった。

「それで、この絵とプレミアが何の関係があるわけ?」

「落ち着けヨ。それでオレっちがエルフから集めてきた情報なんだガ……」

 アルゴが集めてきた情報は、この浮遊城が出来た原因である《大地割断》を、断片的に語られていたものをまとめたものだった。

 いわく。かつてこの世界は一つの大地――《アイングラウンド》だったが争いが絶えることはなく、それを憂いた二人の巫女が命をとして神に祈ったために、大地は浮遊城と100層に別たれた、と。それがエルフたちの語る《大地割断》であり、アルゴがまとめた情報とキリトが手にいれた文献が正しいとすれば。

「じゃあプレミアは、SAOのプロトタイプの時に作られたデータってことか……?」

「それとアイングラウンドにいたエルフたちが、何の間違いか、今の浮遊城に現れた……」

 アイングラウンドと呼ばれる大地は設定だけではなく、恐らく浮遊城のプロトタイプとして保存されていたのだろう。そしてプレミアに何も設定がされていなかったのは、命をとして浮遊城を作ったというバックストーリーがある以上、新しい浮遊城にプレミア――いや、巫女の存在はあり得ないから。それとともに、エルフたちが現れたことに説明がいく。

 すなわち、カーディナル内に保存されていたアイングラウンドのデータが、何らかの原因によって今の《ALO》に露出してしまったということだ。

「多分、運営にも計算外のことだったんだろうな……カーディナルのおかげで、大型クエストみたいになったみたいだが」

「じゃあ、あの《呪い》はなんなんだ? エルフクエストの敵の……」

「あれは《ALO》に適応できなかった屑データだろうナ。キー坊の言った通り、カーディナルが敵役として利用したみたいだガ」

「ねぇちょっと、それなら……プレミアは、この世界を壊す力があるってこと!?」

 プレミアや突如として現れたエルフたちの正体を通して、驚愕したリズの叫びが店内に響き渡る。確かに聖大樹に祈ることで浮遊城を作ったのがプレミアなら、その逆もまた可能なのかと考えたところで、ショウキの脳裏にある言葉が飛来する。

『来ていないのか。ならいい』

 それはフォールン・エルフのリーダー格、《剥伐のカイサラ》の言葉。聖堂に侵入したショウキたちを襲いながらも、まるで目標としていた相手がいなかったかのように、あっさりと引き下がった。キズメルたちと同じくエルフの伝承が残されており、プレミアを巫女として捕まえたかったのであれば、フォールン・エルフたちの目的は。

 ――巫女であるプレミアを使った、今の世界の破壊に他ならない。

「……ショウキ!」

「……ユイから連絡だ。プレミアのいる場所が分かった!」

 リズもショウキと同様の結論にたどり着くとともに、キリトがメッセージを読み上げる。ユイがプレミアのいる場所を掴んだらしかったが、そこは言うまでもなく――フォールン・エルフたちの聖堂だった。


「ここか、ユイ?」

「はい。間違いありません!」

 そうしてプレミアの居場所として連絡された場所でユイと合流すると、先のクエストの時と同様に、フォールン・エルフによって偽装された聖堂への入り口がそこにあった。一連の事情と場所は仲間たちにメッセージで送ったものの、世界を壊すなどという事情であれば、悠長に増援を待ってはいられない。そして浮遊城を破壊するクエストがあれば、現実に破壊されることは《キャリバー》の件で分かっている。

「よし、行くぞ!」

 ならばと、偶然にもリズベット武具店に集まっていたメンバーで。キリトは二刀、アルゴはクロー、リズはメイスと、それぞれの得物を持って聖堂へと突入する。プレミアが捕まっているにしろ何にせよ、まずはフォールン・エルフたちから引き離す必要があると。そうして狭い洞窟から開けた場所に出て――

「動くな」

 ――フォールン・エルフたちの軍勢が、林の隙間から弓矢でこちらを狙っていた。こちらの動きを読んでいたとしか思えない配置に、ショウキは舌を巻きつつも辺りを観察する。

「ちょ、ちょっと……」

「ふふ。縁があるな、人族の戦士よ」

 周囲の林の隙間からはフォールン・エルフたちが狙う弓矢、広場の中央には堂々と《剥伐のカイサラ》が立っており、その奥に聖堂が鎮座している。恐らくプレミアはその聖堂の中におり、《剥伐のカイサラ》を突破せねばそこにはたどり着くことは出来ない。

「さて……人族よ。見ての通り、数多の弓矢が君たちを狙っている。動けば射るが、そのままいれば我らの世界の復興を見届けさせてやろう」

「ほう。それはどうかナ?」

 やはりフォールン・エルフたちの目的は、巫女プレミアを使っての、かつてのエルフたちの故郷であるアイングラウンドの復興。それが分かったところで今さらなんだと、ショウキは突破口を探そうとするものの、先にアルゴがカイサラの警告を無視して普通に歩きだした。

「射つならさっさと射てばいいだロ? わざわざそんなことを言ってくるのは、何か射てない事情でもあるんじゃないカ?」

「……ほう。例えば?」

 フォールン・エルフに矢を向けられていようが、《鼠》の舌先は衰えることを知らなかった。芝居がかった動きでカイサラを挑発しつつ、彼女のペースへと乗せていく。

「例えば、林の中に隠れているのは人数をごまかすためで、本当はそんなに数がいない……とかナ?」

「面白いことを言うな。まずは貴様で我が同胞たちの力を見せてやってもいいが?」

 揺さぶる。そして恐らくその揺さぶりは、アルゴがどこかから掴んできた情報に基づく事実だろう。それでもカイサラの鉄面皮は崩れることはなく、ただ膠着状態が続くのみだったが、アルゴは合図を出すようにチラリとショウキを見る。

「カイサラ。提案がある?」

「提案?」

「俺とお前の一騎討ちで決着をつけたい。勝ったら通してもらう、負けたら帰る。簡単な話だ」

 そこでアルゴに変わってショウキが会話の先頭に出るとともに、まるで脈絡のない一騎討ちの提案をしてみせた。提案が蹴られればショウキたちは弓矢で射殺されるだけだが、カイサラは絶対にこの提案を断ることが出来ない――それが今までの会話で、アルゴが仕込んでいた《鼠の毒》の効力だ。

「なるほど……だが、刀は持ってきているのだろうな」 

「ああ」

 水増しした射手のことから目をそらせる、カイサラは自分の力量に圧倒的な自信を持っており、部下に余計な損害を与えることを嫌い、ショウキに興味を持っている。それらの条件が重なり、ショウキが日本刀《銀ノ月》を見せることで提案を受けさせる。

「いいだろう。一発勝負だ」

「……負けんじゃないわよ」

 ショウキはリズに背中を押されながらカイサラに近づいていき、ともに愛刀を腰に帯びて抜刀術の構え。確かにこれならば、どちらの刃が先に相手を切り裂くかで勝負が決まるだろう。お互いにお互いの隙を狙うように、ゆっくりと移動しながら抜刀術の射程ギリギリを交差する。

「――せやっ!」

 しかして勝負は一瞬であり、先に刀を抜いたのはカイサラだった。彼女の専用の刀はまるで死神の鎌のようにショウキの首を狙い、新しいアバターとなって日本刀《銀ノ月》を使うことの出来ないショウキには、まるで反応することは出来なかった。

「――――ッ!」

 いや、ギリギリのところで防御は出来たのか、刀と刀のぶつかり合うような金属音が響き渡った。ただしカイサラは一撃程度で終わるような実力者ではなく、素早く反転した二撃目は日本刀《銀ノ月》の防御をすり抜け――マントを切り裂いた。

「な」

 カイサラは感じたあまりにも手応えのなさに、一言だけ驚愕の声を呟いた。何故ならそこにあったのは、マントと日本刀《銀ノ月》のみ。ショウキの姿はどこにもなかったからだ。

「貴様――」

 カイサラが気づいた時にはすでに遅く。ショウキは最初からカイサラを倒す気などなく、日本刀《銀ノ月》とマントを囮に斬られたふりを演出しつつ、聖堂の入口へと飛翔していた。その狙いに素早く気づいたカイサラだったが、ショウキではない人物がすでに立ちはだかっていた。

「悪いが、こっから先は通行止めだぜ」

 二刀の黒き剣士。カイサラはいつの間にか、自分が聖堂にいけないように足止めされている側になっていることに気づくが、林の中の射手部隊もリズとアルゴの突撃によって荒らされ指示を出せる状況ではない。ショウキだけではあるものの、聖堂への突破を許してしまったのだ。

「ショウキさん! 私も行きます!」

 そうしてショウキはキリトから翔んできたユイを回収しながらも、背後を振り向くことなく聖堂の中に飛び込んだ。聖堂の内部はまるで神殿のような広大な空間となっており、外にいる仲間からの援護は期待できそうにない……と同時に、外のフォールン・エルフたちからの邪魔は入らない。

「いました! あそこです!」

 そうしてプレミアがいたのは、聖堂の最奥、《聖大樹》が鎮座する神殿だった。フォールン・エルフたちは聖大樹の恵みは受けていないと聞いていたが、巫女プレミアの力の発現のためには必要だったのだろう。聖大樹に向けて祈りを捧げ続けるプレミアの背後に、決心しつつゆっくりと着地した。

「プレミア」

「何のご用ですか」

 ショウキの呼びかけに振り向くこともせずに、プレミアは冷たい声で返した。まるで最初に会った時みたいだな、とショウキは内心で苦笑しながらも、さらに言葉を続けていく。

「プレミアは、どうしたいんだ?」

「はい。エルフと、わたしの故郷を蘇らせます」

「…………!?」

 ユイが肩の上で絶句する音が聞こえてきたが、ショウキからすれば予想通りの反応だった。いや、この場に来て当たりたくない予想が当たってしまったというべきか、プレミアがこの場にいる時点でわかっていた。

 プレミアが自らの意思でフォールン・エルフたちに従っているということを。

「なんでだ?」

「わたしがNPCだからです。そういうクエストを、人間はわたしに作ったのですから」

「でも……!」

 ショウキたち人間が、NPCである自分にそうした使命を植えつけたのだろうと。そう語るプレミアからは、やはり人間にはなれないという絶望が感じられて。口を挟みかけたユイを制止しながら、ショウキはさらに言葉を投げかけた。

「でもプレミア。それじゃお前と、この世界は壊れる」

「それは……仕方のないことです」

 かつてアイングラウンドを巫女の命をとして浮遊城にしたように、逆のことをしようとしている今回も、浮遊城と巫女プレミアの命は消え去るだろう。とはいえそこまで知っていたのか、プレミアは一瞬だけ言い淀むものの、すぐに仕方ないと断じてしまう。

「いや、俺は困る。この世界を好きなやつがいるんだ」

「…………」

「何でもないご飯に目を輝かせて、たまにボケたことをやらかして自分にショックを受けて、新しいことを覚えると胸を張って、友達を大切にする……優しいやつなんだ」

 あの日、プレミアを拾って今まで様々なことがあったけれど。それら全てが何でもない日常という、とてもすばらしい毎日だった。特に何があるわけでもないが、日々を楽しく過ごさせてくれた。そう思い返していれば、さらに続く言葉はショウキの口から勝手に出てきていた。

「……ああ、困るな。プレミアもプレミアが好きな世界も、どっちもなくなったら困る。だから、そんなことはやめてくれ」

「……ショウキは……『ずるい』です……」

 それでもプレミアには何か感じるところがあったのか、会話を初めてようやく祈りを止めてショウキの方に振り向いた。その表情は先にリズベット武具店を去るときと同様に、胸を――『こころ』を抑えて泣いていた。

「でも、どうしろっていうんですか。わたしは『にんげん』にはなれません、わかってるんです……!」

「……プレミア。わたしもそう思ったことがないと言えば嘘になります」

 しかして議題は最初の問題に戻る。プレミアがいくら学ぼうと、彼女なりの『こころ』を手に入れようと、どうやってもプレミアは彼女が望む人間になれはしない。ただしそれに応えるべきはショウキではなく、彼女と同様の存在であるユイだった。妖精から本来の姿に戻ったユイは、プレミアの方へ歩み寄っていく。

「こんなAIではなく、現実でパパとママの子供だったなら。もっと二人と触れあえたかもしれません」

「そうです。でも、わたしたちにそれはできません。本当のショウキたちに触れることすらできないんです!」

「でも……AIだからこそ、わたしはパパとママ、皆さんに出会えました」

 感情が高ぶるという初めての感覚を覚えながら、プレミアはユイにそんな激情を浴びせていく。しかしてユイはそんな激情を甘んじて受け入れ、プレミアの気持ちを理解しながらも、自分がAIであるからこそキリトたちに会えたのだと。

「わたしたちはAIです。どうやっても人間にはなれません。でもAIにしかできない……AIならではの、愛し方があります!」

「愛し方……?」

「はい。わたしはパパやママを最期の最期の瞬間まで見届けます。それは、寿命というものがないわたしにしか出来ないことです」

 ユイの言葉はさらに続いていく。AIだからこそキリトたちに会えたのならば、AIだからこそ出来ることもあるのだと。その言葉にプレミアは初めて動揺する……というよりは、納得するような姿勢を見せたものの、それを振りきるように返答する。

「ですが……わたしには何もできません……」

「っ……わたしが、わたしがどれだけあなたをうらやましがっていると思ってるんですか! ……いつまで甘えてるんです!」

「わたしが、うらやましい? あまえて、る?」

「ユ、ユイ……?」

「ショウキさんは黙っててください!」

「あっはい」

 ……そんなプレミアの曖昧な態度が気にくわなかったのか、説得しようとしていたユイの声色が豹変する。怒ったときのアスナのようなその雰囲気は、割って入ろうとしたショウキの介入を一瞬で諦めさせるほどの威力を秘めていた。

「わたしがどれだけ皆さんと一緒に冒険したいと思ってるんですか? あなたが平気でしていることは、わたしがどれだけ望んでいると!」

 いくら役立つ存在であろうとも、彼女のこの世界での役割はナビゲーション・ピクシーだ。どんなに彼女が望んだとしても、キリトたちと肩を並んで戦うことは出来ないのだ……プレミアと違って。

「だいたいですね、ショウキさんたちが優しいからって、家出して気を引こうとするなんて子供ですか!」

「それは、ショウキが……」

「言い訳しないでください!」

 そして当のプレミアは、ユイの剣幕に明らかに動揺していた。そうしてこの世界が破壊されるか否かという危機的な状況は、気にくわないことがあったから家出した少女への説教へと事態は急転した。故にこういう事態になったのは、ショウキが甘やかしすぎたからだ――と暗に言われているようで、ショウキ自身も説教されているような感覚に陥っていた。

「ショウキさんがそう言ったのも、そもそもプレミアがわがままを言ったからですよね?」

「それは、その、そうですが」

 そんな風に怒られたことが初めての経験になるプレミアは、ユイの言葉に身体を竦ませつつショウキの方に助けを求めるような視線を向ける。それはユイにも分かったようで、深呼吸を一つ。

「それでプレミア。何か言うことはありますか?」

「…………申し訳ありませんでした」

 ペコリと頭を下げるプレミアに、ユイも満足したように鼻を鳴らす。ようやく終わったかと、流れ弾にごとごとく被弾していたショウキも、髪を掻きながらユイより前に立って。

「こっちも言い方が悪かった。ごめんな……。とにかくここは危険だ、帰ってからもう一度話そう」

「はい。よろしければ……どんな結論にたどり着いたとしても、ショウキたちの側で、でいいですか?」

「……ああ」

 涙を拭いて、泣き顔をどうにか笑顔に戻しプレミアは歩きだした。ゆっくりとショウキへと歩み寄ると、手をさしのべて決意するように言葉を吐く。

「『にんげん』になりたい気持ちは嘘ではありません。ですがなんにせよ……わたしはこの世界が好きです。壊したくありません」

 何も持たなかった少女は、いつしか心を持った一人の人間として成長していた。ただそれはどうしようもない挫折をも味わうこととなり、一度は与えられた使命に逃げようとするほどだったが、同じ運命の少女からの言葉に挫折を抱えつつもある結論にたどり着いた。

「――ショウキ! プレミア!」

 どうにか無事に解決した――とまではいかないにしろ、ひとまずは安心だと。安堵の息を吐くまでもなく、リズの声が聖道内に響き渡った。そちらへ振り向くとともに、リズのさらに背後から、幾人もの見知らぬプレイヤーが飛翔してきていた。当のリズは見るからにボロボロであり、プレイヤーたちを睨みつけながらも口を開いた。

「逃げ――」

「リズ……?」

 ――ただしその言葉が最後まで発せられることはなかった。見知らぬプレイヤーたちの一人がついでのように放った火炎弾に直撃し、焼き尽くされてあっさりとリメインライトと化した。あまりにも一瞬すぎて判断出来なかったのか、プレミアが呆気にとられた声を漏らした。

「いたぁ!」

「下がってろ!」

 ただし呆気にとられている場合ではない。プレミアを無理やり下がらせて、さらに放たれる誘導火炎弾数発を、その数だけ出現させた円盾を犠牲にすることで防ぐ。魔法の狙いは明らかにプレミアであり、理由は分からないが、あのプレイヤーたちは確実にプレミアを殺しに来ている。

「おい! なんで邪魔するんだ!」

「そっちこそ、なんで撃ってくる!」

 チラリと背後を見れば、ユイが妖精となって逃げ道を探してくれていた。ならばショウキは時間を稼ごうと、幸いなことに話しかけてきてくれたプレイヤーの一人と会話するとともに、突破口を探そうとするが。

「あんた知らないのか? クエストのこと」

「クエスト……?」

「……ショウキ、ユイ。こっちです」

 とはいえショウキたちがいるのは聖堂の最奥。あいにくと逃げ場はなく、付近のマップを捜していたであろうユイもゆっくりと首を振る。会話による足止めも長くは出来ないだろうと、ショウキの背中に冷や汗が流れたところで、プレミアから小さく指示が出される。

「っ!」

 そうしてプレイヤーたちに投げナイフを牽制として放つと、ユイとプレミアを回収しながら、ショウキは聖堂の最奥にあった聖大樹へと飛び込んだ。もちろん本来なら聖大樹にぶつかるだけだろうが、不思議にもショウキたちの身体は聖大樹の中に沈んでいき、馴染み深い感覚に襲われていく――転移の感覚だ。

「プレミア……こ、これは?」

「カイサラから聞きました。あの樹は転移門となっていると」

 そうして閃光がしぼんでいき、聖大樹がある見覚えのある洞穴へとショウキたちはたどり着いていた。追っ手が転移してないことを確認しつつも、理解が追い付かず周囲をキョロキョロと見回すユイに、プレミアがしたり顔で説明する。ショウキも一度だけ見たことがあった、エルフたちの使う聖大樹から聖大樹への転移……ただしそれには、エルフたちに伝わる秘鍵を持っている必要があり、今その秘鍵を持っているのはフォールンたちのみのはずだが。

『……無事だったか』

「ギルバート……お前が?」

「お久しぶりです」

 そこでようやく一同は、聖大樹の側で座していた竜人ギルバートの姿に気づく。その手の中で古びた秘鍵が崩れ落ちており、彼がショウキたちを助けてくれたらしく、この場所への見覚えは鉱石集めに何度か訪れているためだったらしい。とはいえプレミアと初めて攻略したクエストで助けた竜人の彼が、どうして聖大樹を転移門として起動できたのか視線を向けると。

『聖大樹を通して貴君らの危機が伝わってきた。大変なことになっているようだな』

「大変なこと……?」

「ショウキさん、これを!」

 そう、場所の把握と一時的とはいえ助かった安堵感とで忘れていたが、事態は何一つ解決していない。どうしていきなりプレミアに襲いかかってきたのか、彼らが言い残したクエストを頼りにユイが探してみれば、その答えはすぐに見つかった。

「これは……」

 そのウインドウに表示されていたのは、運営からの新しい討伐イベントの案内。その対象はプレミアであり――いわば、プレミア討伐クエストとでも言うべきものだった。
 
 

 
後書き
本当はショウキ君とフォールンのリーダー、ノルツァーとで一騎討ちというショウキ君の見せ場があったのですがあえなくカット。やっぱりホロリア編は家出までできるようになったプレミアの話ということでしょうか。 
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