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問題児たちが異世界から来るそうですよ?  ~無形物を統べるもの~

作者:biwanosin
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一族の物語 ―交わした約束― 主催者は終わりを夢想する

「たっだいまー兄さーん」
「……なんかテンション高いな、お前」

何もない空間。そこに靄が広がると、中から一升瓶を握った湖札が現れる。せっかくの美少女が台無しである。
美女であればあるいは、酒瓶を片手に登場しても似合うのだろう。だが、まだ十代である。とことん似合わない。

「ほら、ちゃんと言い訳って必要じゃん?だからお酒吞んできたのです。介抱して―」
「お前が日本酒程度で酔うタマかよ……」
「酔ってないよ~?だから妹のおままごとに付き合ってほしいなー、って」

そう返しながら、一輝の隣へ座る。そんな妹へため息を返しつつ酒瓶を奪い取り、倉庫から取り出した猪口へ注ぐ。

「つまみになりそうなもん出すけど、なんか希望有るか?」
「んー、特にないかなぁ。そこまで食に大きな好みもないし」
「そっか、じゃあひとまずこれでも」

ギフトカードから干し肉をいくらか取り出すと、その場繋ぎ程度に皿に盛って差し出す。その後さて何を作ろうかと手持ちの食材を頭の中に書きだした。
少し前までであれば、野菜を用いた何か一択だっただろう。彼の保有する空間倉庫の一つ、時間停止がなされるそこには大量の野菜が保管されていたし、もう一ヶ所野菜畑になっている倉庫も存在する。しかしそれらは全て、アジ=ダカーハとの戦いの前に所有権を求道丸へと移し、そのままだ。故に大量にあるわけではない。
そしてトドメに、そこまで複雑な調理をするつもりはなかった。

結果として。日本酒だから日本のものなら合うだろう、とアサリの酒蒸し、サンマの塩焼き、明太子、の三点にご飯を準備する。まあ見て分かるだろうが、二つ作って飽きた。

「湖札はメシいるか?」
「んー……じゃあもらおうかな」
「はいよ」

いる、という返事をもらったのでよそうのは二人分。味噌汁くらいは準備するべきだったかなー、などと考えつつ運んでくると、頭だけもいだサンマにかぶりつく妹の姿。

「……オマエ、それでいいのかよ」
「身内しかいない食卓でそこまで取り繕う必要もないでしょ?それに、内蔵っていい感じに苦くて日本酒に合うんだよね」
「骨は?」
「面倒だからかみ砕く」

さすがの一輝も大丈夫かこの妹、と心配になる。先ほど自分でおままごと、と言っていたのでその一環だろう。そうに違いない。というか、そうであってくれ。

「それで、どうなった?」
「こっちが出した条件はちゃんと通ったよ。再開については向うの提案で一ヶ月半後」
「まぁ、疲労回復にゲーム考察を進める時間、って考えればそんなもんだろ」
「そうかな?ヤシロちゃんに聞きに行くだろうから、考察はもっと早く済むと思うけど?」
「済むか?」
「うん。だって飛鳥さん、結構いいところついてきてたし」

飛鳥の質問内容を口にすると、すこし一輝の表情が変わる。

「ふぅん、まあ確かに湖札のギフトがあるんだから疑問に思ってもおかしくはない、か」
「私のギフトってようはそういうことだもんねー。むしろおかげさまで、真実を聞いた時にするっと受け入れられたし」

さて、そうなれば時間の使い方が変わってくる。養生と考察に使う時間で終わりではなく、養生と考察と対策に使う時間。作戦を立て、それを実行するための準備をして、ということに時間が使えるわけだ。

「となると、ギミックを解放されるところまで考えておいた方がいい、か」
「解放するとしたらどっちのギミックになるのかなぁ。どっちになったとしても面白そうだけど」
「俺としては、どっちも面白くねぇんだよなぁ」
「えー、主催者がそれでいいの?」
「俺のゲームじゃないからなぁ、これ。できることなら、あいつらが面白くしてくれることを祈るのみだ」

と言いつつ、空になった猪口を満たす。湖札がどうせ全部飲み干すつもりでいることは分かっていたので、それに付き合って酌をする。

「うーん……面白くしたいなら、もっと簡単な方法があるんじゃないの?」
「……それを言うか、妹よ」
「言いますよー、そりゃ。妹だもん」

言われて、一輝の頭の中に何度も浮かんだ考えが再びよぎる。一輝自身が、最大限に楽しむ方法。
そも、彼という存在は。正しい人間ではなく、イカれた人間であり。どのようにイカれているかといえば、同等の存在との殺し合いが最も楽しいと感じる人間である。

自分より弱いモノとの戦いに楽しさは存在しない。それは蹂躙であって、戦いとは呼べないものだ。
共に戦う存在のいる戦いに楽しさは存在しない。戦場に立つ仲間のことを考えなければならないなど、億劫でしかない。
使命の存在する戦いに楽しさは存在しない。あらゆるしがらみを捨て、一切意義の無いただの殺し合いでなければ、楽しめるわけもない。
格上との戦いに楽しさは存在しない。自らを上回る存在とのそれは戦いではなく挑戦であり、殺し合いたりえないのだから。
そういう意味では、そう。箱庭に来てから彼が楽しめた殺し合いは、隣に座る少女とのそれくらいのものだろう。

であれば、彼が全力で楽しむには?そんなこと、考えるまでもないほどに簡単なことだ。魔王として大暴れして、人類の試練として保有する主催者権限を行使してしまえばいい。誰もが魔王であると認識して、神群ですら無視できないほどに被害を及ぼしてしまえば……確実に、討伐隊が派遣される。
彼の魔王、アジ=ダカーハを殺し、その霊格を獲得した魔王。そんな存在を討伐するとなれば、どれほどの英雄英傑が派遣されることか。一瞬よぎったその考えに舌なめずりしつつ。

「まあ楽しいだろうけど、さすがになぁ」
「我慢するんだ?」
「これでも俺、箱庭とかノーネームのこと気に入ってるからなぁ。もといた世界でもずっと我慢出来てきたことだし、一番楽しいことではあるけど一番我慢できないことじゃない」
「ものすごく歪にまっすぐだなぁ」
「そんなもんだろ、人間なんて」

そう言って、自分で焼いたサンマを食べる。酔いを言い訳に全て食べ尽くした湖札に対し、器用に骨と内臓を取り除き食べる一輝。幼いころに日本を出た妹と一応は作法も学んできた兄との差である。

「あ、兄さん。私アサリ食べたい」
「唐突になんだ……ってか、そこにあるだろ」
「たーべーさーせーてー」

ほらほら~、と。もうは無しの流れもあったもんじゃなく、全てぶった切って口を開ける湖札。さてどうしたものかと考えて……

「ったく……ほい」
「わーい」

大人しく、殻を外してその口へ放り込む。ん~いい味、と言いながら咀嚼し日本酒をグビリ。ちょっと飲みたくなってきたけど、それは置いといて。

「あ、そうだ兄さん。私一個やってみたかったことがあるんですけど」
「急にどうした……何?」
「ポッ○ーゲームやりたい」
「お前マジで一切酔ってないだろ。この状況を利用できるところまで利用してやろうって魂胆だろ」
「あったりまえじゃん、何言ってるの?」

この妹、とっくにバレているとしてももう少し隠そうとしろと言うに。

「ほらほら~、可愛い妹のお願いだよ?」
「そもそもこの世界のどこに○ッキーがあるんだよ」
「?兄さん知らないの?結構あるよ?」
「ふざけてんだろ箱庭、何考えてんだ」

本当に何故あるのだろうか。というかどういう経路で仕入れているのだろうか。まさか箱庭内部に工場があるなんてことは……
そんなことを考えつつ、湖札のつきだしてきたそれを咥える一輝。さて、構図だけを見ればやることに同意した図なのだが……まあ、そんなわけもなく。

「……ねぇ、さすがに開始1秒未満でおられるとは思わなかったんだけど」
「ルール上、勝ち負けにこだわらないなら問題ないだろ」
「あーもー、兄さんはそう言うところあるからなー」

つまんないなー、と駄々をこねだす妹。さてどうしてやろうかと考えて。

「そんなにして欲しいなら、キスでもしてやろうか?」
「ほへっ!?」

不意打ち気味に放たれた言葉が、その口をふさぐ。目を見開き、顔を真っ赤にして爆弾を落としてきた兄の顔を見る。冗談で言われたのだろうか?そう思うも、それにしては表情がいつも通りである。そうなると、つまり。

「……そう言えば兄さん、その辺りの感情模倣すらちゃんとできてなかったねー」
「まあ、最近ちょっとずつ構成してきてはいるんだけどな。作っといてない方が便利そうだから、そのまま突っ切るのも考えてる」
「はぁ……前の世界でも告白くらいされてただろうに、なんで今更なのかなぁ」
「そりゃ、あっちの世界でされたのがそこまで意志がこもってなかったんだろ。そういう意味では、音央にぶつけられたヤツは破壊力が高かった」
「チッ、敵ながらあっぱれですね、音央さん……」

そもそも元いた世界で一輝の本質を知っていた人間は、どれくらいいたのだろうか?それすら理解していない人間からの言葉が相手の心に届くはずもなく、当然の結果として彼は学ばずに今に至った。
しかし、六実音央はそうではない。もっと言えば、理解しないでいられる立場には存在していなかった。鬼道一輝の従者という立場は、自然とそれら全てを把握しなければならない立場になる。彼女はその上で、その感情を抱き、その思いを伝えた。その場の勢い、雰囲気に流された部分もあるのだろうが、はっきり伝えたのは確かであり。一輝が新たな感情を理解し始めるきっかけになったのもまた、事実なのだ。

まあ、まだ感情を構成出来ていないため鬼道一輝というソフトウェアには何もインストールされておらず。それゆえの発現なわけだが。

「で、どうする?するのか、しないのか」

と、若干それた話の軌道を戻す。サービスのつもりなのか無意識か、顎を掴んで自分の方を向けさせる徹底ぶりである。さて、そんな状態に置かれてしまった湖札はどうするのか。自分からそれを奪いに行くか、あるいはただ目を閉じ無言でそれを要求するか……

「……心が持たないので、またの機会に、で」

などと言った前向きな選択肢がとれるはずもなく。頬を朱に染め、目線を逸らし、兄の口を手で押し返す。結局のところ、自分から行くことは出来ても相手から来る時に対応できない性格なのだ。
故に、兄の手から逃れて体ごと逸らしつつ、誤魔化すように猪口を兄の方へつきだす。トクトクトク、という音と共に手元にかかる重みが増える。止まったところで自分の方に持ってきて一気にあおり、再びつきだす。それを数回繰り返せば、極短時間で一気にアルコールを摂取した形になるわけだ。いくら強いといえども、そんなことをすれば多少は酔いも回る。それに任せて再び一輝の方を向くと……

「……何、それ?」

そこには、目の前に文字を浮かべる一輝の姿があった。
何だそれは、と注視してそれが少し間違っていたと理解した。一輝の手は何かをつかんでいる様子であり、文章の上の方には「ギフトゲーム名」という文字が見える。それ以外の文字は「文字がある」ということしか認識できないが、それはつまり。

「……契約書類(ギアスロール)?」
「ま、そういうこった。内容、読めるか?」
「ぜんっぜん読めない。何それ?」

兄の手にあるそれを奪い取ろうと手を伸ばし、握る。しかしその手は何かの感触をとらえることもなく、空を切る。

「……何それ?」
「あー、お前でもそれってことはかなり徹底してるのか、はたまた資格者が“鬼道”じゃなくて“鬼道一輝”なのか……ま、気にしなくていいと思うぞ」

と、一輝にはつかめているそれを巻き、ギフトカードへ収納する。

「気にしなくてもいい、って……一応私も、鬼道なんだけどなー?」
「どっちが原因で俺に与えられた主催者権限(ホストマスター)か分からない上にまだ不安定なんだよ。だからひとまず、まだ放置」

と、誤魔化す意味も含めて酒を注ぐ。明らかにはぐらかされているが、どうあれ主催者権限を保有しているのは一輝だ。であれば、その内容をどうするかも主催者の自由。口を挟めない立場ゆえ、諦めて酒を受け取る。猪口へ口をつけ、

「それにこのゲーム、クリアされた時点で人類滅亡が確定するし、誰も挑戦しないだろ」
「ブホッ!?」

しっかりと、その酒を吹きだした。
 
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