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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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精神の奥底
  74 The Day 〜中編〜

 
前書き
まただいぶ間が空いてしまいました、スイマセンm(_ _)m
今回は彩斗側の話ですが、彩斗の精神世界の話ではなく、ハートレスやアイリスを中心に話が進みます。
 

 
これ程までに自分の無力さを痛感したことは、これまで一度しかない。
きっと何処かに正解はあるはずなのに、今の自分ではどれだけ足掻いても見つけられない。
いくら財を成そうと、恵まれた容姿や頭脳を持って生まれようと、到達できないもの。
自分の限界を突きつけられ、無力な自分をひたすら責めた。

「くっ……嫌よ、あの子まで失うなんて……!」

ハートレスは歯ぎしりをしながら拳を握った。
自室に篭り、同じ場所を行ったり来たりしながら自問自答していた。
このままでは彩斗はその寿命が尽きるまで眠り続ける。
かつての経験から、外からの力で目覚めさせることはまず不可能だと分かっていた。
彩斗の精神力を信じるしか無い。
だが、そもそもこの症状は精神が酷く消耗しているからこそ起こるものだ。
前提となる精神が消耗している以上、決して期待はできない。

「……トラッシュ…こんな時くらい何か喋りなさいよ」

ビジライザーを着けて振り返ると、そこにはトラッシュがこちらを見つめていた。
相変わらず何も喋らない。
彩斗が昏睡状態になったことに関して、トラッシュに直接的な非があるわけでは無い。
だが憎まずにはいられなかった。
切れ長の鋭い目で睨みつける。

『……!?』
「何よ?」

次の瞬間、トラッシュは何かに気づいたかのように出ていった。
まさか自分の怒りに怯えて逃げ出したとは思えないが、恐れいていることが現実になったのではと不安になる。
すぐにデスクに座り、Macbook Proで部屋で寝ている彩斗のバイタルをチェックした。
異常は無い。
彩斗のトランスカードとトールショットも変わらずデスクの上にあった。
恐らく彩斗の命が尽きたら、トラッシュは次の適合者を探すようにプラグラムされている可能性が高い。
その場合、恐らく変身の起動キーとなるトランスカードもトールショットも消滅するだろう。
それがまだここにあるということは、トラッシュはまだ彩斗を自身のオペレーター、そしてスターダストの適合者として認識していることの証明だった。

「……」

だが当の彩斗があの状態ではそれも意味を成さない。
オメガ・コンステレーション グローブマスターで時間を確認する。
既に彩斗をここに運び込んでから1時間が経過していていた。
今のハートレスにとってはスターダストを失うことも、彩斗を失うことも避けなければならなかった。
しかし現実的には難しい。
彩斗が目を覚ます可能性が限りなく低いのであれば、せめてスターダストの力だけは手中に収めて置かなければならない。

「せめてスターダストだけでも……」

焦る気持ちを抑え、ハートレスは彩斗のトランサーに手を伸ばした。
だが指先が触れた瞬間、Macbookからアラート音が鳴り響いた。

「何!?」

庭のセキュリティシステムが何かを検知した。
だが監視カメラ映像を確認する限り何も映ってはいない。
桜鼠色のカーテンを開け、ベランダに飛び出す。

「これは……」

肉眼では何も確認できなかった。
雨が降っているが、特別視界が悪いというわけではない。
自室のベランダからいつも見ている光景そのものだった。
だがビジライザーを着けるとその世界は一変した。

「トラッシュ!?」

赤い光と青い光、二つの光が激しくぶつかり合っている。
これは電波体同士の抗争だとすぐに分かった。
青い光はトラッシュに間違いない。
侵入者が近づいていることに気づき、番犬のごとく飛び出していったのだ。
だが赤い方の正体が分からなかった。
ハートレスの頭には、Valkyrieがここを嗅ぎつけてやってきたという最悪のシナリオが思い浮かぶ。
電波ウイルスの群れや数人の電波人間程度であれば、防衛システムで追い払うことも可能だろうが、Valkyrieが相手となれば話は別だ。
まして彩斗の意識が戻らない以上は勝ち目は無いと言っていい。
手段があるとすれば、一度地下のガレージに逃げ込み、隙を見てここを放棄して逃げ出すことだ。
反射的に行動を起こそうとする。
しかしその瞬間、ハートレスのポケットの中でiPhoneに着信が入った。

「非通知……」
『ハートレスか!?』
「その声…暁シドウ……!」

電話を掛けてきたのは、かつてディーラーに反旗を翻した男、暁シドウだった。
庭で激しく二匹の電波体が争っているせいで通信に干渉し、声にノイズが入って音質は下がっているが、ハートレスにはすぐに分かった。
だとすれば、トラッシュと争っている電波体の正体もおおよそ見当がつく。
アシッドだ。

『トラッシュを止めろ!攻撃を止めさせろ!』
「……チッ!」

ハートレスは電話を切ると、自室を飛び出して階段を駆け下りる。

「ハートレス!?どうかしたの!?」
「部屋に戻って鍵を掛けなさい」

異変に気づいたアイリスが彩斗の部屋から吹き抜けを見下ろす形で声を掛ける。
ハートレスはアイリスに部屋に閉じこもるように指示を出すと、玄関を開けた。

「トラッシュ、止めなさい」

外に出てハートレスはそう口にした。
すると途端にトラッシュは攻撃を止め、おとなしくハートレスの元へ戻った。
案の定、返事すら返さないが、やはりこちらの言葉は聞こえているし、意味も理解している。
しかも彩斗以外の命令は全く受け付けないロボットというわけでもないことがはっきりした。
ハートレスは軽くため息をつく。
それを確認すると、アシッドもシドウの元へと戻った。
シドウは門をくぐり、庭へと入って玄関の方へと歩いてくる。

『シドウ、やはり凄まじい戦闘力です』
「あぁ、やはりヨイリーの婆さんが世に出さなかったのも分かる」
「一体、何の用?」

ハートレスはシグザウエル・P226をシドウに向ける。
シドウはすぐに両手を挙げた。
だがシドウにはハートレスに撃つ気が無いことも分かっていた。

「トラッシュといい、お前といい、えらく酷い歓迎だな」
「歓迎なんかしてないもの。でもクインティアがいたら今頃、あの世で歓迎されていたでしょう」
「……」
「……」

ハートレスの笑えないジョークにその場の空気が凍りついた。
シドウは気まずい顔でトラッシュと一瞬だけアイコンタクトを取る。
だが互いに黙り込んでいる余裕は無かった。

「だが、まずは少し安心した」
「何がよ?」
「まずお前がいてくれたってこと。あとトラッシュがいるっていうことは、アイツもここにいるってことだろ?」
「あの子に用があるの?」
「預かってきたものがある」
「何を?」
「スターダストの修正パッチだ」

シドウは両手を上げたまま、右手に握られているパッチを見せた。

「何故あなたがそんなものを?」
「ヨイリーの婆さんから預かった。詳しいことは分からんが、こいつを使えば、バグが修正されて、身体に掛かる負荷も減り、本来の性能が発揮できるようになるらしい」
「そんなものをわざわざ届けて、あなたに何のメリットが?」
「取引がしたい」

シドウはいきなり本題に入った。
自分はディーラーにとっては裏切り者だが、この世界の住人は基本的に個人的な感情より利害関係で動く。
現状では想像もつかないが、両方の利害が一致すれば、対立しているディーラーとValkyrieでさえ手を組むことだって十分にあり得るくらいに狭く単純な世の中だ。
集団としての利害を優先し、個人的感情を極力排除する点においては、中途半端に個を際立たせる政府や軍隊よりも合理的かつ効率的なのかもしれない。
基本的に敵か味方のどちらかに区分できる。
非常に単純明快なのだ。
こちらが今のディーラーに利益になるものを提供すれば、こちらの利益になる要求ができる。
まして自分が抜けたことで弱体化したディーラーの戦力を十分に穴埋めできるスターダストがより安定して運用できるようになるパッチというカードを持っている分、交渉においては優位に立てると踏んでいた。

「取引?」
「既に知ってるかもしれないが、今の俺はサテラポリスから追われてる身だ。無能な新課長のお陰でな」
「サテラポリスを怒らせたくらいなら、まだ可愛い方でなくて?この状況なら私たちに頼らずとも十分に逃げられるでしょう?」
「別に逃がしてくれっていうんじゃない。Valkyrieを倒すのに戦力が足らないんだ」
「あなた…1人でValkyrieを倒すつもりなの?」
「それが難しいからディーラーの力を借りたい。今のお前たちは俺が抜けて戦力が欲しいはずだ」
「笑わせないで。あなたごときの代わりくらいすぐに用意できる。自惚れないで」
「今のサテラポリスじゃ、Valkyrieには勝てない!せめて俺だけでもやるしかない」
「サテラポリスでも勝てないって分かってるのに、自分なら勝算があるとでも?」

しかしハートレスは強気の姿勢を崩さない。
スターダストの修正パッチともなれば、交渉はテンポよく進むと思っていたが、予想は大きく外れた。
だがシドウにもまだカードは残っている。

「今の俺はディーラーにいた時の俺とは違う。今の俺にはアシッド・エースの力がある」
『そちらのジョーカーにも匹敵し得る力だ。悪い話では無いと思うが?』
「……」

高圧的な態度を取ったアシッドをハートレスの胃がキリキリと痛みそうな程に鋭い視線が襲う。
その態度がハートレスの中の何かのスイッチに触れたのか、シドウが懸念していたことの数々を口にし始めた。

「短時間しか持続しない力でしょう?ロキの子にすらなれなかったあなたが戦力になれるなんて……随分と大きく出たわね」
「チッ……」

シドウは痛いところ突かれ、心境が顔に出ていないか不安になる。
だがハートレスは止まらない。

「それにあなたがサテラポリスに追われてるっていうのも本当かどうか?こちらに取り入るための偽の情報なのかもしれない」
「確かにそれは証明できない。だけどここには俺一人で来た。ビジライザーがあるなら、発信機の類は持ってないことが分かるはずだ。サテラポリスはここを掴んでない。それで少しは安心して欲しい」
「サテラポリスが知りもしないのに、何故この場所が分かったの?」
「情報提供者は明かせない」
「じゃあ、交渉はここまで」
「待て。分かった、正直に言う。シャムロックが調べたんだ。だが頼むから、彼女には手を出さないでくれ」

交渉は想像以上に難航した。
互いに一歩も引かない。
こちらが持ちかけている取引である以上、ハートレスの機嫌を損ねればそこで終了だ。
それでもこちらに分があるとシドウは確信していた。
だがその優位性は両者にとって想像以上に扱いが難しいことを思い知ることになる。

「大体、その修正パッチが本物であるという証拠は?」

この一言でシドウは持っていたカードを一度に全て失った。
先程からハートレスが取引に懐疑的だったのも、これが理由だ。
本物の修正パッチであるならば、喉から手が出る程欲しい。
しかし偽物である可能性もある。
偽物だと断定できるカードを持っていない以上、可能性は50対50。
しかももし偽物な上、ウイルスが仕込まれてでもいたら、ディーラーにとっては大きな痛手だ。
ハートレスと交渉を進めるためには、これが本物であると証明しなくてはならない。
しかし今のシドウにはそれを証明するカードが無い。

「それは……無い」
「じゃあ、あなたの要求は飲めない」
「くっそ……」
「……」

シドウは悔しそうな顔を浮かべて踵を返した。
今のシドウにとっては、Valkyrieに対抗しうる唯一の手段だったのだ。
それが失われたことはValkyrieに敗北に喫したことに等しい。
もしValkyrieの計画が終わっていないならば、そう遠くないうちにこの街やこの国の最後を拝む羽目になりかねないのだ。
シドウは他に有効な計画を立てようと頭をフルに回転させる。
しかし思いついたのは、ディーラーとValkyrieが本格的に対立して、ディーラーがValkyrieを潰してくれることを祈ることくらいだった。
立ち止まり、Valkyrieの情報を口にした。

「ディーラーが倉庫代わりにしていた図書館があったよな?」
「何故あなたがそれを?」
「どうやらValkyrieはついさっきまでそこを根城にしていたらしい」
「何ですって?」

ここにきて、ようやくハートレスがこちらに興味を示した。
圧倒的に優位な立場にあると思って臨んだ交渉は失敗し、圧倒的に不利な状況で捨て台詞代わりに残そうとしていた情報には食いつかれるという皮肉な状況ではあったが、シドウにとってはもう打つ手が無く、悔しいがディーラーが何とかしてくれることを期待することしかできなかった。

「やっぱり知らなかったか」
「……続けて」
「そこで色々とディーラーの情報や装備を掻っ払っていったようだ。だがそれを嗅ぎつけた何者かと争って拠点を移したようだ」
「何者か?」
「攻撃の痕跡からコーヴァスでもヴァルゴでも、ましてスターダストでもないことは見当がついた。いつ警察が来るか分からない状況だったから、詳しくは調べてられなかったが、痕跡を残しているあたり、相当な戦力は持っているがプロじゃないないことは間違いない」
「……」
「なぁ。もしかしたら、Valkyrieの計画はまだ終わっていないんじゃないか?」
「……」
「俺に言えるのはそれだけだ。じゃあな」

「待ちなさい」

ハートレスはシドウを引き止めた。
シドウは不意を突かれたが、瞬時に振り返る。

「そこを動かないで。少し待ってなさい」
「なんだって?」
「トラッシュ、二人が少しでも怪しい動きをしたら追い出しなさい」
『……』

ハートレスはシドウとアシッドに釘を差し、トラッシュを番犬にすると、一度屋敷の中に戻った。
すぐに戻ってきたものの、シドウとアシッドはトラッシュと三分程にらめっこし、何処から攻めてくるかと全身の神経を尖らせていた。

「だったらこうしましょう。とりあえずそのカードはこちらが預かるわ」
「何?」
「本物か偽物かを調べさせてもらう。それと引き換えにこれを渡す」

ハートレスはシドウに向かって本を投げた。

「おっと!何だよ、これ。『行動経済学・入門と実践』、これ読んで勉強しろっていうのか?」
「中身」
「ですよね。ん……これは?」

本は表紙だけで中には現金とギガクラスのバトルカード、グロック17と替えのマガジンが入っていた。
現金はちょうど500万ゼニーはある。
国外に逃亡することを考慮しても当分の逃亡生活には困らない額だ。
そしてギガクラスカードが25枚、一度の戦闘で使えるのはせいぜい1枚が限度だろうが、不利な状況に追い込まれた際にも非常に大きな武器となる。

「現金とカードはありがたいが……たったこれだけでValkyrieと戦えっていうのか?」

普通の敵が相手なら十分どころか、雲泥の差をつけて勝利できるレベルの装備だ。
だが今回の相手はValkyrieだ。
装備や兵器といった分野のプロフェッショナルであり、紛争地域ではValkyrieの兵器を手にしたものがほぼ勝利するとまで言われている。
大量のギガクラスカードを手にしたことで戦力は大幅に増したが、そんな組織が相手ではまだ分が悪い。
特に人数の面でかなりのハンデがある。

「まぁ、普通の電波人間ならともかく、あなたは戦える時間に制約があるようだし、せっかくのカードが宝の持ち腐れになるかもしれないわね」
「それ以上に頭数が俺一人じゃ話しにならないだろ。確かにこれだけのカードがあれば、今回の主犯である安食が相手でも短期決戦なら優位に立てるだろうが」
「街中に奴の部下がいるから、体が幾つあっても足りないわね」
「そうだ。だからディーラーの連中の力が必要なんだ。こっちも数で対抗しなければ主犯だけ倒しても結果は悲惨なことになりかねない」
「ご心配なく。あなたは安食との戦闘だけ注力してくれればいい」
「なに?」

シドウはハートレスの言葉に耳を疑った。

「あなたの言う通りなら、Valkyrieはこの街で何かを起こそうとしている。でもこの街が無くなったらディーラーだって痛手。だからディーラーはあなたとの取引に関係無くValkyrieに対抗するでしょう」
「じゃあ……」
「街中にいる安食の部下はこっちが食い止める。だからあなたは安食を確実に葬りなさい」
「……交渉成立か」
「そういうことね」

シドウは一呼吸してから、修正パッチをハートレスに渡す。
そしてハートレスはそれと引き換えにカードキーと時計を渡した。
カシオのF-91W、非常に低価格ながら耐久性や機能性に定評のあるモデルだ。
シドウは首を傾げながら、その二つを受け取った。

「ダウンタウンのホテルのルームキー、ディーラーが武器庫に使っている。今渡した装備よりも使えるものがあるはずよ」
「コイツは?時計なら持ってる」

シドウはルームキーを胸ポケットに入れながら、左腕のアクアレーサー・キャリバー16を見せた。

「発信機が仕込んである。このボタンを3秒間押し続けると、あなたの居場所が私に伝わる」
「救難信号か?」
「いいえ、あなたなんか助けないわよ。それはあなたが安食に負けた時に作動させる為のもの」
「じゃあ……」
「もし安食に負けるようなことがあれば、あなたもろとも小型ミサイルで半径50メートルを吹き飛ばすわ」
「……本気(マジ)で言ってんのか?」
「えぇ、もちろん」

シドウもアシッドも一度顔を合わせて、今の発言の破壊力を確認し合った。
良くも悪くも嘘のつけない二人の表情は一言で言えば、『微妙』そのものだった。
単純に引き攣っているようにも、恐怖に震えているようにも見える。

「……だがな、これホントにここを押した時だけ発信機が作動するのか?盗聴器なんか仕込んでないだろうな?」
「そこのアシッドにでも聞くといいわ」
『……』

アシッドは一度だけコクリと首を立てに振った。

「そうか。じゃあ……街は任せたぞ」
「あなたに言われるまでもないわ」

シドウは右腕に時計を着け、その場を立ち去った。
ハートレスを100%信用したわけではない。
だが今の会話に限って言えば、ほぼ嘘はついていなかっただろう。
昔からハートレスはディーラーの中でもかなり特異な存在であることは分かっていた。
ディーラーの企みとは別に何か目的があって動いている。
しかしディーラーとしての任務は確実にこなし、キングに悟らせないどころか、むしろ信用を勝ち取っている。

『シドウ、彼女を本当に信用しても?』
「いや、止めておけ」
『では……』
「だけど彼女は何か企んでる。そういう時は信用しても大きく裏切られることはまず無い。特にシンクロナイザー、アイツが絡む時はそうだった」
『彼女とシンクロナイザー……スターダストとの間には何らかの特殊な繋がりが?』
「だろうな。全くの勘だが、恐らく彼女の企みには、アイツが必要不可欠ってことだろう」

シドウは門をくぐって外に出ると、一度振り返ってその巨大な屋敷を見た。

「何を企んでる、ハートレス」

シドウが心に一抹の不安を浮かべていた時、ハートレスは屋敷に戻り、彩斗の部屋に向かっていた。
修正パッチを使ったところで彩斗が目覚めるはずはない。
しかし心の何処かでシドウとは対照的に一縷の望みを抱いていた。
破壊され、床に倒れ込んで無残な姿を晒すドアを踏まぬように部屋に入る。

「『9月19日、今日は土砂降り。あれからもう2年。今でも夢であの時のことを何度も思い出す。私が一番醜くなった日、私のせいで大切な友達を失った日を。でもあの日のことも思い出す。それは……』」
「何をしているの?」

ハートレスが部屋に入ると、アイリスは何かを読んでいた。
まるで眠り続ける彩斗に対して読み聞かせをしているようだった。
おまけに今にも泣きそうな表情で機械のように何かを読み続けるアイリスの姿に、ハートレスも一瞬固まってしまった。
その表情は部屋の片隅で膝を抱えて下を向くメリーと頭を抱えて苦痛の表情を浮かべる七海、この二人の悲しみとは別の悲しみを抱えていた。

「ハートレス、さっき誰かが訪ねてきたんじゃ……」
「もう帰った。幸い、この子の穴が埋まった……とまで言えないけど、幾分か状況は進歩したわ」
「そう……」
「えぇ……ところで、それは?」
「ミヤさんの日記帳みたい。サイトくんが持ってた」
「日記帳……にしては、随分と深刻なことがことが書いてるようだけど?」
「それは……多分……」
「トラッシュ、戻りなさい」
『……』

ハートレスはトラッシュをトランサーに戻すと、それを彩斗の腕に装着させた。
そしてシドウが持ってきた修正パッチを挿入し、プログラムを実行させる。

「何をするの?」
「ちょっとした賭け」

最新のモバイル端末向けSoCと高速フラッシュストレージを搭載したトランサーに掛かっても、その大容量さ故の遅々としたアップデートが始まった。

「で、多分何?」
「多分……これはミヤさんの懺悔の日記なのかもしれない」
「懺悔?」
「うん、この日記が書かれ始めたのは4年くらい前のとある日。彼女は……友達を裏切って…“死なせてしまった”」
「え?」

アイリスの言葉を聞いて、七海はゆっくりと顔を上げた。
思い当たる節があったのだ。

「どうやら彼女は昔、クラスメイトにイジメの標的にされて無理やりネットバトルをさせられていたみたい。唯一の友達だったそのネットナビもその度に傷ついた」
「子供は容赦ってものを知らないから……」
「でもある日、彼女は街中である商人からチップを買った。『友達を助けてあげられる魔法のチップ』だって言われて。でも違った」
「……」
「そのチップはダークチップだったの。その結果、ネットナビは暴走、イジメっ子たちのナビをデリートして姿を消した。優しかった人格を失い、獣のような荒々しい性格となって」
「なるほど。ある意味では友達を“死なせた”ってわけね。それでそんなに悲しい顔をしていたのね。人間とネットナビが決別した現実を目の当たりにして」

「その話……覚えてる」
「え?」
「私はその時もミヤが大怪我した時も何もしてあげられなかった……だから、せめて今度はミヤが助けようとした沢城くんの助けになろうと……でも……」

七海は再び頭を抱えて泣き始めた。
しかしアイリスは語るのを止めなかった。

「その後、彼女へのイジメはエスカレートした。今度はダークチップを使った卑怯者として。ネットバトルという“盾”を失った彼女は直接暴力を奮われるようになった」
「……」

あまりの生々しい話にハートレスも表情を崩さないようにしていたが、眉の辺りが歪んだ。
しかし次の一言でハートレスの鉄壁の表情は崩壊した。

「でもそれからしばらくして、彼女はサイトくんと出会った」
「え?」
「3年前、すぐそこの公園で虐められていた彼女の前にサイトくんが現れた」
「3年?彼女と彩斗が初めて出会ったのは、ついこの間のはずじゃ……」
「サイトくんは公園での事は覚えていたみたいだけど、それがミヤさんだとは気づいてなかった」

アイリスは昨日の公園での彩斗の告白を思い出す。
徐々に過去と今が繋がっていくのを感じつつ、アイリスは日記の続きを読む。

「『それはあの日の男の子のこと。颯爽と現れて、私を助けてくれたあの子。あの子のことを思い出すと、どうしてだろう、心が落ち着く。決して私のやったことが無かったことになりはしないけど、こんな私にも助けてくれる人がいると思うと、人生捨てたもんじゃないって思える』」

ハートレスは修正パッチがインストールされたのを確認すると、そのまま自室に戻ってソファに横になった。
結局、彩斗は目を覚まさなかった。
もう今の自分には手の施しようがない。
その上でアイリスの話を思い出しながら、彩斗のこれまでの人生を振り返る。
自分の欲望の為に彩斗の人生を利用してきた。
その為に普通の子供が経験し得ないような辛い目にも遭わせた、更に自分の目の届かないところで散々辛い目に遭っていた。
ハートレス自身、罪悪感を覚えていた。
このまま眠り続けた方が、彩斗にとっては幸せなのかもしれない。
そう思い始めていた。

「でも尚更ここで終わるはずがない。そうよね」

だがやはり希望は捨てきれなかった。
むしろ、ここまで一人で耐えて、乗り越えてきた彩斗がここで終わるはずがないと、ハートレスにしては珍しく根拠の無い希望が心の片隅に残っていた。
そしてそれに応えるように、一筋の雫が零れ落ちた。

「......え?」

その場にいた誰もが自分の目を疑った。
眠り続ける彩斗の目から僅かに、だが確実に涙が流れ落ちたのだ。






 
 

 
後書き
今回は前回のアイリスの過去に続いて、ミヤと彩斗のファーストコンタクトについて書きました。
正直、セリフだけの説明でいろいろと理解できない部分もあると思います。
しかし今後のストーリーにおいて、ヒロインの過去と主人公の過去の接点や類似点が重要な鍵になってくる予定です。

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