ハイスクールD×D 聖なる槍と霊滅の刃
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第四部 冥界の英雄
英雄の再始動、寄り添う少女
「平和だね。……ゲオルク達はまだ動かないの?」
「ああ、全く動く気配がないな。コンラ、お前の方は?」
「構成員が動いている節はありますけど、まだ幹部たちは動いてないようです、リーダー」
「――リーダー、白龍皇が動きました。オーフィスを連れてどこかへ移動したようです」
曹操がその報告を聞いて目を閉じる。あれは、考え事をしているサインだ。
それほどに白龍皇ヴァーリが動いたという情報は大きい。なぜなら、彼が動くということそのものが何かしら事態が動いたということなのだから。それほどまでに、あの戦闘狂の白龍皇の存在は大きいのだ、私達にとっては。
「ゲオルク達は“龍喰者”サマエルを使用できるからな。ヴァーリが動いたということは兵藤一誠に接触するか、オーフィスの意向か…今回は後者の気がするな。そして兵藤一誠は間違いなく冥界で行われる中級悪魔昇格試験に現れるだろう」
「じゃあ、先回りして叩く?隊を二つに分けてヴァーリを足止めすれば、上手くいけばゲオルク達より先に赤龍帝たちを叩くことができると思うけど」
私の提案を聞いた曹操が考え込む仕草をする。その横では針のような険悪な視線をこちらに向けてくるコンラがいるが、いまさら気にしても仕方がない。
曹操に熱烈な忠誠を向ける彼の事だ、何もしていないのにいつも傍に居て、こういうときには意見を取り入れられることもある私の存在が面白くないのだろう。傍から見れば、何の功績も上げてないのは事実だし、どこかの英雄の血を引いているわけでもない、私の。
そんなことを思っていると、私の視界が見慣れた背中に占領される。
「……ブリギッド、気にしなくていいよ。いつものことだし」
「万が一があっては護衛失格ですから。それに―――文姫様に敵意を向けさせるわけにはいきません」
「別に、いいのに」
私の前に立ったブリギッドの相手をしながら、きっとコンラと火花散る睨み合いをしているであろう様が想像できて軽く頭痛を覚える。ブリギッドは逆に私至上主義というわけではないが、私が曹操の傍に居ることを好意的に見てくれているタイプだ。そして、私に好意を向けてくれる数少ない人物でもある。今は脱退したペルセウスも、一応好意的に接してくれた方だと思う。もう一人幹部には幻術使いのマルシリオという人物がいるが、こちらはどちらかというとスタンスはコンラ寄りだ。
そんな彼女はコンラと対立することが多く、時には口論をしている姿を週一で見ることができる。別に私のことでそんなにむきになる必要もないのに…。
「―――よし、方針を発表するぞ」
そんな中、考えが再びまとまったのか曹操が声を上げる。そうすればブリギッドもコンラも、ちょうど入ってきたマルシリオも曹操に注目する。
「俺と文姫は赤龍帝たちに接触、場合によってはそのまま交戦に入る。コンラ、ブリギッド、マルシリオ。お前たちは構成員を率いてヴァーリの足止めをしてくれ。現地でゲオルク達に会ったら協力を持ちかけてでもヴァーリを足止めしてくれると助かる。いいな」
『ハッ!』
「ブリギッド、今から転移の術式を組んだとして二時間くらいだな?…よし、では作戦は6時間後に開始だ、それまで準備をしておけよ」
余談だが、魔法の使い手でもあるブリギッドは私たちの移動を補助する転移術式を担当してもらっている。流石にゲオルクの『絶霧』には及ばないが十分に利便性はあると曹操は判断したのだ。
「撤退の合図は俺か文姫がブリギッドに伝える。その場合、いったんどこかの中継基地を経由して此処に戻ってくれ。以上だ」
一気にがやがやと賑やかになった部屋を後にする。そのまま自分の部屋に入って、ぼふりとベッドに体を投げ出す。
……赤龍帝と、か。それは全然かまわないし、そうなったらなんとか勝つつもりで入るけれど。
戦場には、赤龍帝たちだけではないかもしれない。ジークやジャンヌだっているかもしれないのだ。
もし、そうなったとき――――――私は、彼ら彼女らに刃を向けることができるのだろうか?かつては味方であった人たちを、倒すことができるのか。
「―――愚問だね」
すらりと、刀を抜く。研ぎ澄まされた刃に私の顔が映る。
見慣れた闇色の瞳には、揺らぎなんて欠片もなく。冬の湖面のように、凍てついた瞳がある。
「文姫」
どれほどの時間、そうしていたのだろうか。魅入られたように刃を凝視していた私を呼ぶ声が聞こえる。
振り返ってみれば、いつの間に来たのか曹操がそこにいた。
「どうしたの?準備はいいの?」
「ああ、俺は特にやることはないからな。―――文姫、相手は赤龍帝だけじゃない、ゲオルク達との戦闘になる可能性があるのは、分かっているよな?」
曹操の問いに頷く。今、ちょうどそのことを考えていたところだし。
「君に限って心配はしていないが―――やれるのか?」
曹操の瞳がわずかに細められ、こちらを値踏みするような光を宿す。
これは……心配、されているのだろうか。少し困惑してしまう。
でも、そんな心配、曹操自身が言った通り、いらないのに。
だって私は、あなたの剣、あなたの道具。あなたの意志に、最後まで寄り添うことを願う者。そうあれかしと、私自身が望んだ姿。
あなたがやれというのなら……神にすら刃を向けましょう。
◆◇◆◇
「―――曹操に敵対するというのなら、斬れる」
そう言い切った彼女の闇色の瞳は、思わず吸い込まれそうなほどに深く。そして冬の湖面のように静謐だった。
自分のために全てを捧げてくれる彼女なら、そう答えると信じていた。決して、洗脳したわけでもないが、そうなるとわかっていた。―――彼女が、最も自分にとって役に立つ『道具』でいようと思っていることは知っていたから。
それを知りながら利用する自分は救いようがないなと微かに自嘲しながらも、それが英雄となる道のためならばという自分を止められない。
だがそれを言葉にすると、目の前の少女は少しだけ、悲しそうな表情をするのだ。まるで『違う、そうじゃないよ』と言いたげに。
トン、と肩を押してやると何の抵抗もなくベッドの上に少女が倒れる。飾り気のない白いシーツの上に、黒絹のような長い髪が広がって模様を描く。
手首を軽く押さえる様にして上から覗き込むと、彼女の闇色の瞳と目が合う。総ての色を際立たせ輝かせる無地の黒。夜空の色の瞳だ。押し倒されている格好になったというのに、一片の動揺もなく、むしろあどけなくすら見える色を出しながらこちらを見上げている。
「―――どうか、したの?」
キョトンとこちらを見上げるその瞳に、なんでもないと返しながら観察する。
彼女は体の不調を隠すのは相当に上手い。生きてきた環境が環境のため、責めるつもりはないがそれでも時折こうやって観察するのが習い性になってしまった。
彼女の瞳から視線を下へ滑らせる。白い肌が眩しい首元、緩やかだが服の上からでも確かな曲線を描く胸、ほっそりとした腕、無防備に投げ出された足に視線を走らせ、傷を隠している様子がないことを確かめる。
こちらの不躾な視線に動じることもなく、むしろ不思議そうな視線を返してくる少女に、ちらっとこのまま襲ってやろうかという考えが脳裏をかすめる。
だが残念ながら時間がない。先ほど、ゲオルク達が動き出したという情報が入ったばかりだ。もう動かなければ間に合わなくなってしまう。
「……四織、行くぞ。ゲオルク達が動き出した、作戦の開始を早める」
「ん、分かった」
上からどいてやると身軽に跳ね起きた少女が刀を手に取る。いつでもいいよ、と告げる視線に槍を出してトントンと肩を叩く。
―――では、行くとしようか。
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