ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
ボスの脅威
「A隊,スイッチ!HPの減りが多い人はポーションで回復! C隊,出るぞ!」
アスカたちの前方50メートル先でボスと戦っているパーティーのリーダー,ディアベルがよく通る声で的確な指示を出している。
指示されたパーティーが熟練された動きでスイッチを行い,ボスと相対する。
「うおりゃああぁぁっっ!!」
隣からもアスカたちG隊と同じく取り巻きの遊撃担当のE隊のリーダー,キバオウの野太い雄叫びが聞こえている。
ボス戦は順調に進んでいるように思えた。
思えた、というのもボス戦が初経験のアスカはそういう状況把握がまだよく分からない。
だが、幸いなことにアスカの主観的な判断は間違いではなかった。
〈鼠のアルゴ〉作の攻略本通りの攻撃を行ってくるボスに対して、打ち合わせ通りにアタッカー隊とディフェンダー隊、長物隊の連携ができていた。
ボスはその巨軀から予想し得るように凄まじい攻撃力と膨大なHPを有している。
HPバーは恐ろしいことに4本あるし,1本削るのも膨大なダメージを与える必要がある。
しかし、巨軀であることはプレイヤー側にデメリットだけを与える訳でもない。
十分なスペースを作って、多方向から攻撃を行うことが可能なのだ。
第1層ボス〈イルファング・ザ・コボルドロード〉に対しても3方向から攻撃することが可能であり、側面2方向からアタッカー隊が無防備な巨軀にソードスキルをたたき込み、正面でディフェンダー隊がアタッカー隊にタゲが移らないように適宜ハウリング――自分への憎悪値を上げるスキル――を使い、攻撃を防御する。長物隊は行動遅延形スキルを使い,フォローに徹している。
作戦通りだった。ボスを相手にしているパーティーメンバーのHPバーも8割程度で安定している。
予想よりも早くボスの1本目のHPバーが消滅した。
取り巻きの〈ルインコボルド・センチネル〉は最初に3匹ポップして、ボスのHPバーが消滅する度に3匹ポップする。計12匹の計算だ。
新たに壁から出現した取り巻きにE隊がタゲを取りに掛かる。
取り巻きの相手をしているE隊、G隊も本隊同様に順調だった。
と言うより、G隊2人は6人パーティーのE隊を上回る速度で取り巻きを屠っていた。
アスカは新しくポップした3匹のうち,右端の取り巻きへと走り出す。
タゲがこちらに移ったようで、斧槍を振り下ろしてくる。
その振り下ろしを横から飛び出したキリトが完璧な角度、タイミングで跳ね上げる。
大きく体制を崩す敵。
細い片手剣で重量武器である斧槍をはじき返したのに、少し靴底を後ろへと下がるだけに留まったキリトは余裕を持って後ろへとバックステップする。
「スイッチ!」
とキリトが言い終わる前からアスカも飛び出す。
硬直時間で隙だらけの敵の首元に渾身の〈リニアー〉をたたき込む。
吸い込まれるように剣先がのど元に突き刺さる。
店買いの〈アイアンレイピア〉より軽量、高威力のレアドロップの〈ウインドフルーレ〉に武器が変更されていることにより、更なる境地へと上がったアスカの細剣の〈リニアー〉は一撃で〈ルインコボルド・センチネル〉のHPバー4分の1を消し飛ばす。
凄まじい威力の突きを食らって,ギャッ!と短い叫び声を出す敵。
しかし、アスカは自分の技の完成度そっちのけでキリトの強さに驚いていた。
強いことは知っていた。これまで何度かキリトの戦闘を隣で見てきているのだから。
だが、改めてボスの取り巻きを2人がかりで相手にしているとなお一層強く感じる。
レベル的ステータスの高さでけでなく,くらえば大ダメージの重量武器に怯まずに正確に攻撃を繰り出す胆力に、プレイヤーとしての技術の高さ。
戦闘中の凛々しい表情はとても同年代の女の子のようには思えない。
あれだけの援護をしてもらえば、首元一点に狙いを付けて攻撃するなどアスカにとっては容易過ぎる作業だ。
G隊と同じく取り巻きの遊撃を担当しているE隊は6人パーティーだが、キリトとアスカのような洗練された連携は取れず、攻撃はしているが頑丈な鎧に威力を減衰されており、倒すのに時間が掛かっている。
作戦ではE隊が3匹のタゲを取り、G隊はそのフォローをするだけだったが、今はG隊も1、2匹を相手にしている。
自分たちより早く倒しているので、さすがのキバオウも文句を言ってこない。
ガキンっ!!
パターン化された動きで再度、キリトが斧槍をはじき飛ばす。攻略本に攻撃方法は載っていたが、知っていたとしても繰り返し何度も正確に弾き返すこと容易ではないはずだ。
キリトが下がると同時に敵へと突っ込んだアスカはその隙に首元の鎧の隙間に再度〈リニアー〉を撃つ。
4発目の〈リニアー〉をくらって〈ルインコボルド・センチネル〉のHPバーがほんの数ドットだけ残る。
以前のアスカなら一度距離を取り、またソードスキルを放ってオーバーキルしていただろう。
ちょんっと硬直が解けてすぐにソードスキルなしの突きこみを放つ。
それだけでHPを全損させることができ、〈ルインコボルド・センチネル〉は派手な効果音と共に無数のポリゴン片へと変わり、消える。
昨日はキリトに過剰で何が悪いと反論していたが、問題ありまくりであるとアスカは認めるしかない。
オーバーキルすれば時間も多く掛かるし、疲労も増える。キリトも昨日言っていたが、システムアシストを得られるが故に、超高速で動かされるソードスキルを発動するにはかなりの集中力が必要である。ソードスキルの乱発を押さえることによって,長期戦において無駄な消耗を減らし、余裕が生まれ、敵に冷静に対処できる。
E隊が半分も削らないうちに1匹片付けたアスカとキリトはE隊のサポートをしているH隊が引きつけている取り巻きへと走り出す。
槍などの長物武器を装備しているプレイヤー中心で構成されているH隊は行動遅延系スキルでのボスと取り巻きの攻撃の阻害が目的のパーティーなどで、近接戦闘を行うことは難しい。
ろくにダメージを与えられていない取り巻きに向けてキリトが突進系ソードスキルを発動。背後から首筋へと当てて、タゲがこちらへと移る。
キリトとスイッチしてアスカも〈リニアー〉をたたき込む。大きく減るHP。
アスカにとって初のボス攻略は何事もなく順調に進んでいた。
それどころかアスカは現状の戦闘に今まで感じたことのない高揚感を感じていた。
今までの1人での戦闘にはなかったものを感じていた。
自分はまだまだ速く、鋭く、そして強くなれる――――。
アスカはキリトの姿を見て疑いもなくそう思えた。
ボス部屋に入ってから四十分近く経過して,遂にボスの4段あるHPバーも3つ目が無くなろうとしている。
HPバーが最後の1段になるとボスは斧とバックラーを装備解除して,背中のタルワールで攻撃をする。両手持ちの武器で威力が高く、ソードスキルも使ってくるらしいが、縦斬り中心の攻撃しかしなくなるので、盾を持たない分ダメージを与えることは容易になる。ボスを取り囲んで正面のプレイヤー以外が攻撃していればいい・・・・らしい。
これは全て攻略本に書かれていたことだが、これまで何一つ外れたことがないのだ、今更番狂わせも起きないだろう,とアスカは思っている。
アスカはキリトと共に5匹目の〈ルインコボルド・センチネル〉の相手をしていた。
今までポップした9匹の内、半数以上を2人組で片付けていた。今相手にしている5匹目のHPも残り僅かだ。あと一撃入れたら終る。
キリトがすくい上げるように迫ってきた斧槍を横切りで迎え撃つ。
凄まじい衝撃音と共に敵の斧槍は大きく右へと弾かれる。
キリトが「スイッチ!」と言うよりも早く飛び出して、アスカは右に大きく傾いている敵の鎧の隙間に〈リニアー〉を発動。狙い違わずクリティカルヒットして全損。消滅する。
もう少ししたらボスのHPバーが最後の一本になるので取り巻きもリポップするが、それまではやることがない。E隊も4匹目をあと少しの所まで追い詰めている。
アスカの後ろではキリトとキバオウが何か話をしている。距離はそれほど離れていないが、戦闘音でかき消されて内容は聞こえない。
アスカはキバオウに対してあまり良い印象を持っていない。
会議中にベータテスターに対して糾弾を行っていたが、それがアスカには理解し難いものだったからだ。
2千人ものプレイヤーが死んだのはベータテスターのせい、と彼は言っていた。
が,そんなわけがない。死んてしまうのは自己責任だ。他の誰のせいでもないし,することもできない。
死ぬことが怖いなら〈始まりの街〉に引きこもっていればいい。フィールドに出たからには死のリスクを自ら背負うと言うことだ。
ベータテスターにその業を背負わせることは筋違いであるとアスカは思っている。
それに本当にこのゲームのクリアを望むのなら、ベータテスターの協力は必要不可欠であることぐらいネットゲーム初心者のアスカにも分かる。
ベータテストによる情報を駆使している彼らのレベルは高い。ボスに挑む際、レベルの高いプレイヤーが1人でも多くいることに越したことはない。こんな状況でテスターと非テスターに確執を生じさせても誰の得にもならない。
ボス戦の前の無遠慮なキバオウの発言に苛立ちを覚えていることも無論含まれてはいるが・・・。
最後に怒鳴った後、キバオウは自分のパーティーのところに戻っていく。
何を言われたのかは分からないが、キリトの表情は硬く、少し青ざめている。
「大丈夫か?」
アスカは近寄りながら、キリトの表情を見て小声で訊ねる。
男と偽ってソロプレイヤーをしているだけあって、このキリトという少女はポーカーフェイスが結構上手いし、女性にしてはたいした胆力の持ち主である。
そのキリトがここまで分かりやすく表情に内面の気持ちを出すことはめずらしい。
「・・・うん。大丈夫」
全然大丈夫そうではない。が、2人の間のプライベートな話である可能性がある以上,深く突っ込むことはできない。
「そうか・・・・」
「心配してくれてありがとう。・・・そろそろ次の取り巻きがポップするから集中しよう」
キリトが言い終わった直後、ボスが大気を振るわすような咆吼を上げる。
どうやら3本目のHPバーが消滅したようだ。
ボスがブン!と両手を上げて、斧とバックラーを投げ捨てる。派手な音を立てて斧とバックラーがボス部屋の床に転がる。
ボスは掲げた右腕を背中の得物の柄にやり――
じゃきん!!
と音を立てながらその得物を引き抜く。
先ほどまでの骨から削って作り出されたような無骨な斧と違い、何度も製鉄し鍛え上げたような、鈍色に輝く剣だ。
ディアベルの指示で数人のプレイヤーがボスを取り囲む。事前の打ち合わせ通り。
アスカも視界の端でその光景を捉えながら、ポップするであろう取り巻きの相手をするため視線を逸らそうとする。
しかし、隣のキリトは訝しむような視線をボス・・・いや,ボスの剣へと注いでいる。
訝しむような表情は徐々に緊迫したようなものへと変わっていく。
途端、女であることを隠すことも忘れたように高い声でキリトが叫んだ。
「あ・・・!!だ、だめ!今すぐ後ろに全力で飛んで!!」
直後、
どうっ!!
ボスの巨軀が高く垂直に跳ね上がる。
空中でぎりぎりと体を捻ってい様は,力を溜めているような感じだ。
取り囲んでいたプレイヤーたちは攻略本に載っていない行動に対応できない。
限界まで捻られた体が数秒の滞空の後、落下してきて、着地と同時に溜められた力を解放するように剣がボスの周りを凄まじい速度で一回転する。
どががっっ!!
周りを取り囲んでいたプレイヤーが血色のライトエフェクトと共に全員吹き飛ばされる。
斬り飛ばされたプレイヤー全員のHPがイエローゾーンに割って入っている。凄まじい威力だ。
さらに、大威力の攻撃を受けるとたまに起こる、行動阻害系の状態以上バッドステータス,〈スタン〉が攻撃を受けたプレイヤー全員に掛けられている。
予想外の出来事に取り巻きを相手しているアスカとキリトやE隊のみならず、ボスの相手をしているプレイヤーたちも動けない。的確な指示を出して場をまとめていたディアベルも範囲攻撃をくらい、〈スタン〉してしまっている。
プレイヤーたちが沈黙する中、ボスが高威力の範囲攻撃をしたことによる長めの硬直時間から解放される。獰猛な目で倒れているプレイヤーたちを睥睨する。その目が捉えたのは――正面に倒れているディアベル。
「追撃が・・・・」
キリトが叫ぼうとすると同時に、弾かれたようにエギル率いるディフェンダー隊がボス目掛けて走り出す。
だが、その行動は遅すぎた。
ブン!
ボスの剣が振るわれて、ディアベルの体がすくい上げられる。
たいしたダメージは与えられていないようだが、反撃も回避もできない空中へと跳ね上げられてしまう。
硬直時間の短い技のようで、ボスもディアベルを追いかけるように飛び上がる。
迫り来るボスに対してディアベルはソードスキルを叩き込もうとするが、不安定な空中での構えをシステムが構えとして認識しなかったようで、ライトエフェクトの伴わない剣先が空中をむなしく切り裂くだけだ。
防御態勢にも入れていないディアベルの体に容赦なくボスのソードスキルが発動する。
凄まじい早さの切り払いが2発。左と右の2方向からディアベルの体を切り裂く。
だが、恐ろしいことにソードスキルは3連撃のようで、2度の切り払いが終ったあともボスの剣には赤黒いライトエフェクトが輝いている。
腰で後ろに引かれていた剣先が、視認することが困難なほどの速度でディアベルの体のど真ん中に突き込まれる。
ズドガガアァァッ!!!
驚異の3連撃をくらったディアベルの体は、後ろに控えていたプレイヤーを飛び越えて、ボス部屋の一番後方で取り巻きの相手をしていたアスカの近くまで20メートル近く吹き飛ばされる。
「ディアベル!」
叫びながら、キリトがディアベルの元へと向かう。
アスカは動けなかった。予想外の展開に思考が追いついていない。少し離れたところにいるキバオウたちも似たような状況だ。目を見開いて,呆然としている。
しかし、残酷な現実はアスカたちを待ってはくれない。
ディアベルの体が淡く光を発した。
それは,アスカがこの世界にやってきて何度か見た光景の前兆。
パシャン!!
という耳障りな効果音と共に、レイドパーティーのリーダーにして片手剣使いの男、ディアベルの体は無数のポリゴン片へと砕けた。
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