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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  歩く一行

44人で森の中を歩く。
前方からはモンスターの雄叫びと、剣戟の衝撃音が時折聞こえてくる。
たまに出てくるモンスターは前方の腕自慢達が瞬殺しているので、最後尾を歩いているアスカは暇だ。

ボス攻略会議が行われた次の日の今日。遂にボス攻略のためにレイドパーティーが迷宮区へと向かっていた。今は街を出て、フィールドの森を進んでいる。

一番後ろから44人の行列がお喋りしながら、時に笑い声が響く光景を見て、アスカの記憶の一部を刺激した。
なんだろうか、としばらく考えて思い出す。
現実世界で今年の1月に行ったオーストラリアのクイーンズランドへの修学旅行での生徒達の雰囲気と似ているのだ。
状況は、全員のテンションが高いことを除けば何一つとして共通点なんてないのに、不思議なものだ。

そこでアスカは空を見上げる。
このアインクラッドの気候は現実世界の四季と準拠している。
冬なら寒いし、夏なら暑い。湿度が高い日もあれば、風が強い日もある。
たまに雨や雪まで降ってくるらしいが、100メートル上に次層の底部があるのにどこから降るんだろうか、と疑問に思うが、現に雲まで存在するので、気にしないことにしている。
アスカの見上げた空は雲一つ無い快晴だった。
まぶしく照りつける陽が目を射る。
思わず遠足日和ならぬ、ボス戦日和なんて言葉が頭に浮かぶが、アホらしくて破棄する。
どうやら穏やかな気候が思考を緩慢にしているらしい。
そのせいか、何の気なしに隣にいる少女、キリトへと話しかける。

「良い天気だな」
「ん・・・、そうだね。まあ、いまから迷宮区に入るからあんまり関係ないけどね」
「それもそうだな」

アスカにだけ顔が見えるようにしながら、キリトは話している。
その姿は昨日と変らず全身黒で統一されているが、さすがにもう慣れたので違和感を覚えない。
口調は気にしていないようだが、最後尾の謎の2人コンビに話しかけてくる者や、話を盗み聞きしようとする酔狂な者などいないので、ばれる心配はない。
アスカはそのままキリトへと質問をする。

「・・・あんたは他の・・・・え、MMOゲームだっけ?そういうゲームとか、やってたのか?」
「うん。ていうか、他のネットゲームやったことが無くて、ソードアートオンライン来ているのは殆どいないはずだよ」

暗に君は珍しい、と言われている気がする。
アスカがネットゲーム初心者であることくらいは誰にでも分かってしまうことらしい。
昨日は説明中に散々キリトに呆れ顔をされた。
まあ、アスカも別段隠すことでもないと思っているので、気にせずに続ける。

「ふーん・・・。じゃあ、他のゲームでもこんな感じなのか?こう・・・遠足みたいな・・・?」
「うーん・・・・・・遠足なら、楽しいかもね。でも、フルダイブ型じゃないゲームだと、移動するのにマウスとかキーボードとかコントロールを操作する必要があるから、チャット窓に発言を打ち込む暇なんかないよ」
「確かに・・・そうだな」

無言でフィールドを駆け抜ける戦士達の姿を想像してアスカはぽつりと言葉を洩らす。

「本物はどうなんだろ・・・・?」
「ん? 本物って?」

疑問符を浮かべているキリトにアスカは脳内のイメージをそのまま説明する。

「例えばだけど、本物のファンタジー世界があったとしたら、そこに住む剣士や魔法使い達は恐ろしいボスを倒すための道のりではどんな話をするのか・・・黙って歩くのか。そういう意味」
「・・・・・・・」

子供っぽい疑問だとは自分でも思っていたので、アスカはすぐに撤回しようとしたが、キリトがかなり真剣な表情で考えているので、見守る。
するとキリトが、

「死か栄光への道行き、かな」

と発した言葉がアスカの耳に届く。

「それを日常として生きている人たちなら、ご飯食べに行ったりするときと同じだと思うな。喋りたいことや必要事項があれば会話するだろうし、無ければ黙る。・・・・そんな風にいつかこの世界のボス攻略もなっていくと思うよ。ボス攻略を日常に出来たらの話だけど」
「日常・・・か・・・。この世界は究極の非日常なのにな」
「まあ、それは否定しないけどさ」

そう言ってキリトは笑ってから、静かに言う。

「でも、いつか日常となる日が来るってわたしは思うよ。今日でもう4週間。仮に今日、ボスを倒せたとしても、終わりはまだまだ先。1層を10日・・・・いや1週間で突破し続けても2年はかかるんだからね」
「2年・・・・」

もはや絶望や恐怖がアスカを襲うことはなかった。
代わりに今は諦めに似た感情が心に芽生えてしまっている。
2年後も自分が生きて戦っている姿を想像できない。
今日のボス戦で自分が死んでしまう姿は容易に想像できるというのに。

「強いな・・・。俺は2年間もこの狂った世界に居続けることは、今日のボス戦で死ぬことより辛いことに思える・・・・」
「・・・・わたしも絶対に生き残れるって確信があるわけじゃないけど・・・・・生きたいって思う気持ちをちゃんと見つけたから」

そう言って笑うキリト。
その姿がとても強くアスカには思えた。この世界のプレイヤーとしてのレベル、技術などよりも遙かに大事で価値のある強さ。
羨ましい、と思ってしまう。自分にはそれが見いだせていないのだから。

そこで、アスカとキリトに、視線が飛んでくる。
二人して前を向いて視線の主を捜す。視線の主は前方にいるE隊のリーダー、キバオウ。
その瞳には明らかに友好的ではない感情が込められている。殺気立っていると言う方が適切だ。
アスカは気分が悪くなるのを止められない。思わずにらみ返す。
さきほどもずいぶんな言いぐさの台詞を言ってきたばかりなのだ。
別に親交を深めたいなどとは思っていないが、初対面の相手にこうも好き勝手にされると腹も立つ。
隣のキリトも同じような心境だと思って視線を移すと、キリトは何故か浮かない表情をしていた。
キリトは苦笑いしながら言う。

「わたしたちがちゃんと後方の警備してるか、気になったのかな」
「そんな訳ないだろ。さっきから1匹たりともこっちに来てないんだから」

アスカとキリトにディアベルから任された役は後方の敵への警戒、そして撃退である。
昨日と同じく、体よくお邪魔虫を除け者にされた感は否めないが、一番後ろにいるほうが気は楽なので、特に文句も言わなかった。が,前述したとおり暇なのだ。
フィールドの雑魚に苦戦するような低レベルのプレイヤーは1人もいないので、出てきた瞬間に前方のアタッカー隊が蹴散らして、後方に控えるアスカやキリトの出番はない。
それに不意打ちを食らう心配もない。

「〈索敵スキル〉・・だっけか?それにも反応が無いんだろう?」
「まあ、今のところはね」

キリトが前だけ向いて答えているが、今のキリトには全方位のモンスターの位置が把握されている。
〈索敵スキル〉。文字通り、モンスターを索敵するスキル。
このスキルを所得していないプレイヤーもある一定範囲のモンスターの位置は表示されるが、持っているとその範囲が大きく広がるだけでなく、隠蔽(ハイディング)状態のモンスターも看破できるようになるので、不意打ちを防ぐことが出来る。
現在、レベル10を超えて、それなりに熟練度が上がってきており、迷宮区なら話は別だが、フィールドで見逃す敵はいないらしい。

「便利だな」
「ソロプレイヤー必須スキルだから、取っておいた方が良いよ」
「そんなのあるのか・・・?」
「一応、だけどね。他にも〈隠蔽スキル〉は取っておくべきかな」

昨日の説明で新たな知識をかなり増やしたと思っていたアスカは少々げんなりする。
思っていた以上に覚える必要のあることが多いのだ。
ようやく、本屋に置いてあったゲーム攻略本があんなにぶ厚い理由が理解できた気がする。
ちなみにアスカは現状、〈細剣スキル〉しか所得していない。
レベルが10になったところで、所得可能スキル数が3になるので、後2つ選ぶことができるが、特に何も取ろうとは思っていなかったのだ。〈細剣スキル〉だけしか所得していなくても戦えるからだ。

「まあ、一応参考にしておく」
「この2つのスキルの熟練度上げるの、滅茶苦茶地味な作業しないといけないから、取るなら覚悟した方が良いよ」

そう言ってキリトは笑っていた。アスカは釣られて笑いそうになるのを我慢して、無表情を通した。




結局キリトと会話をするだけでフィールドを抜けてしまい、一度も剣を抜くことがなかったが、迷宮区に入ると前方のプレイヤーだけでなく、隣のキリトまで態度が一変する。表情も少し硬い。
アスカも気持ちを切り替えて集中。腰の鞘から細剣を引き抜く。
昨日まで使い捨てしていた剣よりも明らかに存在感があり、煌めくような刀身を持つのに、それでいて羽のように軽い剣だ。
固有名〈ウインドフルーレ〉。昨日、キリトから譲って貰った品だ。強化も4回してある。
モンスタードロップでしか手に入らないレアな武器で、市場では1万コルの価格が付いている。
タダで譲ろうとしてきたので、最初は断ろうとしたが、キリトは自分の生存率を上げるにはパーティーメンバーの強化も必要だとか、あくまで自分のため主張をしてきたので、渋々受け取った。さすがに強化に必要なコルはアスカが支払ったが。
仕方なく受け取ったが、〈ウインドフルーレ〉を手に持つと不思議と体の奥底から力が湧いてくる。
扱いやすく、狙ったところに〈リニアー〉が突き刺さる様はまるでこの剣が自らの意志でアスカのことを助けてくれているようである。
昨日まで壊れては捨ててしまっていた剣の代わりにも、アスカはこの剣はずっと大事にしていこうと思っている。

さすがにダンジョン内のモンスターはフィールドのモンスターほど容易には倒せないようで、後方から2匹、モンスターが接近してくる。

「左はわたしが。アスカは右をよろしく」
「分かった」

キリトと短いやり取りを済ませて、走りだす。
迷宮区の敵とはいえ、一度も強化をしていない店買いの細剣ですら無傷で倒せていたのだ。今のアスカが苦戦する道理はない。
攻略組でも最速の敏捷値を全開にして、昨日戦っていたのと同じモンスター、〈アックスリード〉の眼前に迫る。
相手は斧を振り下ろそうとしてくるが、遅すぎる。
アスカの〈リニアー〉が先制攻撃として相手の胸を深々と貫く。
一気に半分削られるHP。クリティカルヒットをくらって大きく仰け反る〈アックスリード〉に遠慮せず硬直が解け次第、すぐに2発目の〈リニアー〉を発動。
再度胸に剣先が突き刺さり、HPを根こそぎ奪い去る。
野太い咆吼を上げながら爆散した〈アックスリード〉を視界の端に捉えながら、キリトの方を見ると、そちらも危なげなく敵を瞬殺していた。
少しだけ視線が合うが、そのままハイタッチなどもせずに、アスカとキリトは本隊の後を追った。


全員のレベルが10を超える高レベルなこともあり(ちなみにキリトは13、アスカは12レベルである)、ボス部屋まではたいしたポーション類のアイテムの消費もないままにたどり着いた。
特にアスカとキリトは圧巻で、相手にしたモンスターが少ないとはいえ、かすりダメージ以外何もくらっていない。
近接戦闘が不得手な長物隊をカバーして多く戦ってポーションの減りが多いアタッカー隊へと、数が均等になるように長物隊やディフェンダー隊がポーション類を渡す。
全員が再度、装備の確認をしているが、その表情は硬い。これからボスと戦うのだから当然だ。いくら事前の打ち合わせでレベル的には死者ゼロでも攻略可能と言われても、怖いものは怖い。
アスカはすこし顔が強張っているキリトと最後の打ち合わせをする。

「昨日から何度も言ってるから、もう言う必要は無いと思うけど、わたしたちが相手する取り巻きの〈ルインコボルド・センチネル〉は全身をがちがちの金属装備で覆ってる。アスカの細剣じゃあ、普通に打ってもたいしたダメージが与えられない。だから・・・・」
「狙えるのは鎧と鎧の隙間の首一点、だろ?」
「うん。わたしが相手の得物を跳ね上げるから、すかさずスイッチで飛び込んで」
「ああ」

全員の準備が整ったのを確認したディアベルが、半円状にボス部屋の扉を取り囲む43人の顔をぐるりと見回す。
ダンジョン内で大きな声を出すとモンスターが集まってくるので、これまで巧みな演説を行っていたディアベルも、さすがに何も言わない。
闘志の秘められた瞳を正面に向けながら、ただ一度頷く。
そのまま振り返り、ディアベルは大きな2枚扉、ボス部屋の扉を開ける。
自動的に開いていく扉を見据えながら、全員が突撃体制に入る。
アスカも右手の〈ウインドフルーレ〉を握る力を強めて、腰を落とす。

全員が声を張り上げながらボス部屋へと突入した。


アスカも重宝していた、〈鼠のアルゴ〉なるプレイヤーが発行しているらしい攻略本にはボスや取り巻きの見た目、装備、使ってくるソードスキルのみならず、ボス部屋の情報まで示されていた。
横幅20メートル、奥行き100メートル。
だが、アスカはボス部屋に入って、想像していたよりも広く感じた。

一番後方のアスカとキリトが部屋にはいると、真っ暗だった部屋に色彩が広がっていく。
松明の火が灯っていくのと同時に,マーブル模様のような不思議な色合いの壁が四方を彩る。


そして遂にボス、〈イルファング・ザ・コボルト・ロード〉の姿が顕わになる。

大きい。
全長2メートルと少し、と書かれていたが、ずんぐりと太い体は自分の身の丈の倍はあるように感じる。
赤黒い体表を青灰色の毛皮装備で覆っており、ウサギのように生えている耳だけ出して頭部用金属鎧を着けている。
右手に斧、左手にバックラー。背中には曲刀カテゴリのタルワールが吊ってある。

玉座に座り込んでいたボスの目が、部屋が明るくなると同時にぎらりと赤く光る。
ドウッ!!
という効果音と共にその巨軀からは想像できない俊敏な動きで飛び上がり地面を揺るがしながら着地。
それと同時にボス部屋の左右の壁の高いところから3匹の取り巻き,〈ルインコボルド・センチネル〉がポップする。

「戦闘開始!!」
「おおおぉぉぉっっ!!!」

ディアベルの声に合わせて、指示されていた隊のプレイヤーたちがボスのタゲを取るために雄叫びを上げながら、突っ込んでいく。

キバオウ率いるE隊と、サポートのH隊がボスの相手をする本隊の邪魔をさせないため、取り巻きのタゲを取りに掛かる。2匹がそちらに引きつけられる。

「わたしたちは左端の取り巻きのタゲを取るよ!」
「了解!」

キリトの指示に従い、タゲを取り損ねられた左端の取り巻きへとアスカは走り出した。

遂にこの日,この時,第1層ボス攻略戦が開始された。

 
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