| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

精神の奥底
  72 The Day ~前編~

 
前書き
お久しぶりです。
今回は彩斗側の話です。
結構、これまでの結構重大な謎が解明されます。 

 
頭の中が真っ白になってからしばらく経った。
涙は殆ど乾いたが、時折何の前触れもなく、僅かに溢れる。
視界に入ってくるのは、真っ黒で星1つ無い夜空と全てを飲み込むような冷たい海だけ。
身体には今にも海の底に沈んでいきそうなあの感覚が残っている。
心だけはまだ海の中を彷徨っているのかもしれない。
だが身体はそんな自分を浮かび上がらせようとする優しい(いかだ)の上にあった。
頭が彼女の膝の上に乗っているのだ。

「……」

精気の抜けた目で彩斗は彼女の顔にピントを合わせる。
自分を見下ろす彼女の顔はやはり何度見ても、アイリスに瓜二つだ。
彼女が一体何者なのか、本当は心の何処かでは見当がついているのかもしれないが、それすらも自分では分からない。
自分の心を見失い始めているのだった。
そんな時、彼女は口を開いた。

「結局、私はあなたを救えなかった。苦しめただけだった……」
「僕を…救えなかった?」

彼女は今にも泣きそうな表情で話す。
その表情を見ているうちに、彩斗は不思議と心が苦しくなってくる。
だが同時に徐々に意識がはっきりとしてきた。

「私はあなたを見ていた。監獄の中からずっと…ずっと」
「ずっと?」
「ある日、私はあなたに危機が迫っているのを感じ取った。そして『私』自身にも」
「危機?」
「この街の不良たち、ディーラー、紺碧の闇、そしてValkyrie。全てがあなたとぶつかるという最悪のシナリオが」
「……」

『紺碧の闇』というキーワードが頭の中を刺激した。
これまで『紺碧の闇』のことは誰にも話したことはない。
だが彼女は知っている。
その謎が精気の抜け切った心にほんの僅かな好奇心を生み出した。

「でも最悪のシナリオを回避するには遅過ぎた。あなたはValkyrieとぶつかって命を落とす、それは避けようがなかった。だから私は来た。戦うことが避けられないなら、せめてあなたを守るために」
「君は……まさか……」

彼女の存在、そして発言の数々、全てヒントでもあり、答えだった。
心の中に眠っていた欠片たちが目を覚まし、1つに繋がった。
彼女と初めて出逢った日の出来事、初めてスターダストになった日のこと、なぜ自分がスターダストになったのか。
自我の無いウィザードがオペレーターを、まして電波変換の適合者として選ぶなど有り得ない。
全ては偶然ではない。
何者かの明白な意思が存在するのだ。
それが何なのか、薄っすらと直感的に感じ取っていた答えがようやく目の前に現れたのだ。

「君が……トラッシュの人格プログラム」

彼女はゆっくりと頷く。
これが全てに筋が通る解答だ。
トラッシュの人格である彼女は何らかの理由で、本体から分離して彩斗の元へとやってきた。
あのメールと添付されていた『Memory』と名付けられた謎のファイルこそ、彼女のゆりかごだった。
そして、あのファイルに触れたことで、彩斗は始めた彼女と出会うことができた。

「そう。監獄に囚われていた私はトラッシュ…本体と無理やり分離することで監獄を抜け出し、あのメールであなたのところへやってきた。私を開放するプログラムと一緒に」

無理やり分離したことで、バグが発生してあのような意味不明な文章になってしまったのだろう。
その後、ファイルが空になってしまったのも、彼女が彩斗の中に移動、同化していたからだ。
だからトラッシュには自我が無く、会話は疎か、ウィザードとしての機能を発揮しない。
そして一緒に添付されていた『BEGINS.EXE』、あれは囚われていたトラッシュの本体を開放するためのプログラムだったのだろう。
ウィザードはオペレーターの許可無しでプログラムを実行することは基本的にできない。
あれは彩斗の命を救う切り札でもあり、囚われた彼女を開放するキーでもあったのだ。

「そうして僕がスターダストに……」


だが反面、自我が無いならば、自分がピンチに陥るとハートレスに助けを求めに行ったりするのは有り得ない。
オペレーターを守るようにプログラムされていたとしても、オペレーターを誰かに助けさせる、それもハートレスに助けを求めるなどという高度なことができるとは思えない。
それは彩斗の中の彼女がトラッシュの本体に働きかけたからだったのだ。

「そう。結果として、あなたはあの夜の悲劇から生き延びた」
「僕が紺碧の闇の下で学び、奴らを葬り、そしてValkyrieと出会ったあの夜……でも僕はあの夜、君の力を全く引き出せなかった……」
「あれでも十分だった。あの夜のあなたのバイタルサインのレベルではスターダストの力は完全には引き出せないことは分かっていたし、長時間の戦闘は不可能ということも分かっていた。でもValkyrieから生き延びるには十分過ぎるほどだった……」

彼女は悔しそうな顔をした。
唇から血が出そうな程、強く噛み締めて拳を握る。
その様子から彩斗は空っぽな頭で彼女にふと浮かんだ質問を口にした。

「……後悔してるの?僕をスターダストに選んだこと」
「……全くしてないと言えば嘘になる。でもあなたが悪いんじゃない。予想と現実の食い違い、そしてあなたのことを分かってあげられなかったことが悔しくて…悔しくて仕方ない」
「悔しい?」

今にも泣きそうな彼女の表情を見ているうちに、自分も再び涙が溢れ始めていることに気づく。
理想と現実は必ずしも一致しない。
むしろ食い違うことの方が多いのかもしれない。
それでも彼女は彩斗同様に希望を抱いていたのだろう。
徐々に彼女に何の根拠も無いシンパシーを覚えていた。
そして前にも同じような同じような体験をしたことがぼんやりと浮かんでくる。
そんな彩斗に彼女は続けた。

「一度だけ……あの夜の変身が最初で最後のはずだった。あれ以上の変身は身体にかなりの負荷を掛ける。しかも元からスターダストシステムのために生まれたくらい相性が良く、更にロキの子のあなたがスターダストを使い続ければ……スターダストの力を完全に引き出せるようになるのは時間の問題だと分かっていたから」
「僕は…スターダストに成る星の下に生まれたの…?」
「でもあなたは止まらなかった。Valkyrieに強い憎しみを、それ以上にValkyrieから誰か守ろうとする強い思いを抱き、戦いを続けた。あなたの優しさをずっと見てきた…知り尽くしていた私なら十分に想像できたことだったのに…」

本来、彼女の目的はValkyrieと紺碧の闇の陰謀から彩斗を生かすことだったのだ。
そして彼女の願い通りに彩斗はあの始まりの夜を生き延びた。
だがそれから先は彼女も想像は出来たが止められなかった。
自分を追い込み、ただひたすらに自分が憎しみや中途半端な正義感で走り続けてしまったのだ。

「……君は…僕をずっと?」
「私はサテライトサーバーの最深部からずっとあなたのことを見てきた……私との適合数値が高かったからじゃない。もしスターダストシステムの封印が解かれることがあれば、真っ先にあなたが実験台にされる……想像するだけで恐ろしかった……」
「……」

「でもそれ以上に……あなたのことが放っておけなかった……何処か私と似ている……逢ったことも無かったのに昔から知っているような不思議な感覚に」

「……ぁ…」

彼女のその思いに触れた時、ぼんやりと浮かんでいた既視感の輪郭がはっきりとし始めた。
ミヤだ。
ミヤも理想と現実は一致しないと分かっていながらも、希望を抱いて生きていた。
自分を見捨てず、学校全体を敵に回すことも厭わずに味方であり続けてくれた。
そんなミヤを巻き込んでしまったこと、それが彩斗の心に強迫観念のように刻まれ突き動かし続けていたのだ。
そしてその点においても、彼女にシンパシーを感じた。
どうして強迫観念に取り憑かれたかのように自分を助けようとしてくれたのか。
きっと何か抱えているものがあるはずだった。

「君はどうしてそこまで...…僕を……」

「私は…いいえ、アイリス……アイリス.EXEとしての私は、かつてアメロッパ軍の軍事ナビだった」
「……軍事ナビ?アイリスが…?」
「私には兄のカーネル譲り、それ以上の軍事オペレーション能力があった。でも軍事ナビに感情は不要、私は感情を持たぬままに命令を遂行していった」
「……」
「命令だったとはいえ、私は多くの命を奪った。大人も子供も、もう数え切れないくらいの人を殺した……」
「アイリスが…?」

彩斗は背筋が凍った。
彼女もまた自分同様に何人もの人の命を奪ったことがあるという事実に全身の毛が逆立つ。
人間の筋肉や内蔵が千切れていく感触を、あの何処か柔らかく、生暖かく、惨たらしい感触を知っているというのだ。
だが何故か徐々に彼女と距離が近づいていくのを感じる。
そして、それに反比例するように彼女の表情からは先程までの悔しさが不思議と消えていった。

「でも何年前だったかな?シャーロとクリームランドの国交が回復してから数年後、この2つの国の国境辺りの島にシャーロ側のゲリラが逃げ込んだあの時、私は初めて任務に失敗した」
「失敗…?」
「アメロッパとしても当時ようやく解決した両国間の対立に再び火が点くのは避けたかった。クリームランドは国土こそ狭いけど、世界でも初期にネットワーク革命を起こした先進国、シャーロは宇宙技術、そして世界でも有数の軍事力や電波通信技術を持った技術大国。どちらの国も世界に強い影響力を持っている」
「もし何かが起これば、世界大戦の引き金になる……」
「それを事態を回避するためにアメロッパは介入した。それと同時にゲリラの中にアメロッパ軍出身の人間がいることを隠蔽するために……」
「いつだってあの国はそうだ……中立を装って自国の非は絶対に認めない」

かつてシャーロとクリームランドは数十年に渡って対立していた。
その原因は彩斗自身も詳しくは知らないが、学校の教科書によれば大昔の大戦の影響により、政治思想の違いから陣営が分断されたのだという。
両国はそれぞれの思想の代表だった。
そして約十数年前、シャーロ内で改革が起きたことで対立は消滅、両国は友好条約を結んだ。
しかしシャーロにとって改革から数年間は政治体制が大きく変わったことで極めて不安定な時期でもあった。
そのため、過激な思想を持つ集団や改革以前の政治思想を是とする集団による政府転覆を狙ったテロ活動やゲリラ活動が後を絶たなかったのである。

「その島には中央には小さなサナトリウムがあってね、ゲリラはそこで療養していた幼い少年を人質に取って逃亡を図ろうとした」
「……」
「私に与えられた命令はゲリラの殲滅。人質の命は犠牲にしても構わない、祖国の為に不利になるもの全て処分するように。簡単な任務のはずだった」
「それで…ゲリラを逃したの?」
「ええ」
「装備に不備があった?」
「いいえ」
「反撃された?」
「いいえ」
「誰かに邪魔された?」
「いいえ」
「じゃあ…一体何で?」
「私はゲリラを追い詰めた。4人を処理して残りは人質を連れた1人。深傷を負って島の診療所に逃げ込んでいた。でも少年がターゲットの近くにいたのよ」

彼女は鬼気迫る場面を話しながらも表情はどういうわけか先程よりも軽い。
少し罪悪感を感じる表情ではあるが、辛かった思い出を話す時の顔ではなく、少しほろ苦い思い出を話す時の顔をしている。
彩斗は不思議な好奇心に突き動かされ、ゆっくりと彼女の膝の上から起き上がる。

「人質は犠牲にしても構わないっていう命令だったんでしょ?」
「でも状況を把握しようとした次の瞬間には私はフリーズしていた」
「フリーズ?」
「ええ。高度な軍事用の最適化プログラムで週に1度メンテナンスされていたはずなのに…ね」
「一体…どうして?」

「その少年は自分を誘拐したはずのゲリラの看病をしていた。とても幼くて小さな身体で必死に……それ見た瞬間、私の攻撃プラグラムは全て停止した」

「その少年に情が湧いた?」
「そうかもしれない…でも会ったことも無いはずのその少年の行動がキッカケで私は感情を取り戻した。攻撃プラグラムがフリーズ、銃の引き金を引くのを躊躇えたのも、その子のおかげで私の良心がそうさせてくれたんだと思う」
「その時のことをアイリスは…?」
「覚えてるはず。でも私も同じ出会い方をしていたら、きっと話さなかった」
「君はそのせいで軍を?」
「ええ。感情を持って人を殺せない兵器は軍隊には必要無い。私は生みの親の元へ戻された。でもそこで初めて感謝するっていうことを覚えられた」
「感謝?」
「感情プログラムや人格プログラムをデリートせずに残していてくれた私の生みの親と私に過ちを気づかせてくれたあの少年に」

彼女はその瞬間、初めて笑顔らしい表情を見せた。

「私があなたを助けたかったのは、その少年に何処か似たものを感じたから。きっと成長していたらあなたと同じくらいになっていると思う」
「……」
「そして、あなたの人間でもネットナビでも分け隔てなく扱うその優しさに惹かれたから。きっともう1人の私も同じ」

彼女は彩斗をそっと抱きしめた。

「最初はあなたを選んで、命は救えたけど、心に深い傷を負わせてしまったことを後悔した」
「……」
「でも奪うばかりだった私の力を人を救うために使ってくれた。あなたと出逢えたことは私の誇りよ、彩斗くん」

そして彼女は彩斗に1冊の本を手渡した。
分厚く日焼けしている日記帳。
さっき七海から渡されたものと同じミヤの日記帳だ。
触れた際にシンクロし、内容がそっくりそのまま脳内にコピーされたものだ。

「きっと彼女もあなたと出会ったことを後悔してない」
「でも…僕と会わなければミヤは…」
「賭けてもいい。彼女はあなたと出会ったことを後悔していない。そして前に進んで欲しいと願ってる」
「どうしてそこまで言えるの?」
「正直、私にもよく分からない。でもね、もし私が彼女と同じ立場ならきっと後悔はしないから」
「……」
「形は違えど、あなたを救いたいと思った彼女の、そして私自身の気持ちを信じたいの」

彩斗はページを開こうとするが躊躇った。
やはり恐怖が拭えなかった。
もしミヤが自分と出会ったが為に辛い目に遭っていたらと思うと、もし出会ったことを後悔していたらと思うと手が止まってしまう。
もしそうなら、きっともう二度と立ち直れない。
それが恐ろしくて仕方がなかった。
もう何もかもがどうでも良くなってしまったと思っていたが、やはり心の何処かで立ち直れなくなることを恐れているのだ。
しかし、それに気づいていた彼女は彩斗を後ろから優しく抱きしめる。

「大丈夫、あなたが読み終えるまで私はずっとここにいる。1人には絶対にしないから……」
「……分かったよ」

震える手で1ページ目を開く。
だが、反射的に目を閉じてしまう。
彼女が側にいるだけで徐々に恐怖は薄らいでいくというのに、身体は思うように動いてくれない。

「ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから目を開いて」

彩斗の目に映ったのは、ただの文字の羅列のはずだった。
語彙力に幼さが残りつつも、誠心誠意丁寧な字で綴られた日記の最初のページ。
その時の気持ちを誰に伝えるわけでもなく、ただ素直に書き記したもの。
きっと書いた本人でさえ読み返すことは無いかもしれない代物だ。

「これは……」

それは美しくも儚い世界へと繋がっていた。
幼い日のミヤが見て感じたものが瑞々しいままに詰め込まれている。
徐々に彩斗の精神を投影したこの世界そのものが塗り替えられていく。
そこは既に暗く冷たい海に囲まれた小島ではなかった。
彩斗の目の前には、数年前のあの公園の景色が広がっていた。












 
 

 
後書き
最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今回、いろいろな謎とアイリスの過去が明らかになりました。
しかし結構力を入れたのは、シャーロとクリームランドのくだりです。
かつてシャーロとクリームランドが対立していたというのは、アニメ版でわずかに語られた設定なのですが、分かった方いらっしゃったでしょうか?

シャーロももちろんモデルがロシアで、クリームランドは原作では明白なモデルの言及が無かったのですが、産業革命のあったイギリスをイメージしていました。
そしてアメロッパですが、コロコロコミックで連載していた漫画版のイメージからソウルユニゾンを持ったロックマンを危険視して襲ってきたり、少し陰湿なイメージがあり、原作ゲーム以上にカーネルが敵役に回っていることが多かった印象を持っていました。

少年時代に感じたロックマンエグゼの世界構造をできる限り表現させてもらった回になったように思います。

次回も彩斗側の物語となります。
熱斗と炎山の反撃回は少し先になります。

感想、意見、質問等はお気軽に! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧