獣篇Ⅰ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
19 人が佇んでいると、必ず誰かが話しかける。
宴会がとりあえずお開きになったところで、
またいつものように(と言っても、今のところこの間の一回だけだが。)、縁側で寛いでいると、伊東が私に 話しかけてきた。
_「君が、この間新しく入った、とかいう新米隊士かね?」
のんびり煙管を咥えていた私は、ゆっくりと煙管を持ち直す。
_「ええ。一番隊副隊長を勤めております、久坂零杏と申します。以後、お見知り置きを。:)」
と、軽い会釈をかましておいた。
_「そうか、君か…久坂くん。
真選組の紅一点、と聞いて一体どんな女かと思っていたが、僕が思っていたよりもずっとキレイな人だ。」
_「そうですか、それはありがたきお言葉。
日頃の励みと致します。」
_「ところで、久坂くん。君は立ち合いの名人なんだって?ぜひ僕ともやりあってくれんかね。」
…なんか、デジャブ感がする。
_「…そうですね。また今度、是非手合わせ願います。」
気付けに、一服。
しばらく無言が続いたので、ここが潮時だ、と思い、
では、と言って立ち去った。
部屋の近くの廊下で、声がする。
_「土方くん。君に聞きたいことがあった。」
_「奇遇だなァ、オレもだ。」
_ きみ/オレ は 僕/オレ のこと、嫌いだろう?
_「近藤さんに気に入られ、新参者でありながらきみの
地位を脅かすまでスピード出世するぼくが、目障りで仕方ないんだろう?」
_「それはアンタだ。はっさと出世したいのに、上にいつまでもどっかり座ってる、オレが目障りで仕方あるめェよ。」
_「 ハッ)
邪推だ、土方くん。ぼくはそんなこと考えちゃいない。」
_「よかったなァ。お互い誤解が解けたらしい。」
_「目障りなんて、」
_「そんなかわいいもんじゃないさ。」
_ いずれ殺してやるよ。
おお怖!
残念ながら襖が空いていないので、
二人の顔は拝めなかったが、きっと二人とも、恐ろしい顔をしていたんだろう。
次の日---
身支度を済ませ、係りとなっていた見廻りをしに、
ペアの沖田を探しに行こうとすると、ふとまた会話が聞こえてきた。
副長と局長が話している。
_「トシ、伊東先生から聞いたぞ、
災難だったな。体の方は、大丈夫か?」
_「…」
_「トシ…オレたちは、武士なんぞと名乗っちゃいるが、ただの芋の集まりにすぎん。そんなオレたちが質において、武士よりもなお武士らしく己を奮い立たせられるのは、お前が産み出した厳しい掟、局中法度のおかげに他ならん。45ヶ条から成る日常の細かい所作から礼儀、戦での覚悟までを説き、厳しく律する法度。これを1つでも犯せば即切腹。そこにはお前の理想とする武士道が詰まっている。オレたちはみんな、それに賛同した。分かるか、トシ。お前はヤツらにとって理想の武士の写し見だ。みんなお前を手本としている。みんなお前を見ている。オレが言えた義理じゃねェが、士道に背くような真似をしてくれるなよ。」
_「大した野郎だ。あっという間に広まっちまったよ。オレの醜態。
ま、野郎にとっては、オレを蹴落としてのしあがる絶好の好機だからな。」
_「トシ!そんな言い方はやめろ。
伊東先生は、隊内の指揮を思って…」
_「「先生」と呼ぶのはやめろ、と言ったはずだ。
近藤さん、アンタ局長の座をヤツに譲るつもりか?
そうじゃなけりゃあ、アンタとアイツ、二人で真選組の頭やる、って腹なのかね?
隊士の連中がアイツの扱いに戸惑ってるのを知らぬわけじゃあるまい。共に入隊してきた同門の者の他数名が、すでにヤツに与しているほとだ。」
そうなの。私もその一員に入るように、的なことを言われるようになったんだよね。
「伊東先生が、真選組を乗っ取るつもりだ、とでも?」
_「さァな。だがヤツが異例の出世を遂げる以前から、アンタと同等、それ以上の振舞いをしているのは確かだよ。ヤツァ、今の自分に増長しているわけでも、満足しているわけでもねェ。近藤さん、頭が二つある蛇ァ、一方の頭が腐って落ちるか、反目して真っ二つに体を引き割いちまうか、どちらかだ。」
_「オレは、伊東先生は真選組に必要な男だと思っている。トシは、オレたちァ、己の地位を守るためにこんなことをやっちゃァ、いめぇェよ。江戸を守るため、士道を通すため、だ。
そのための知恵なら、誰にでも乞う。
教えを乞うた者を、先生と呼ぶのは当然の理だ。それを家来のように扱え、と言うのならオレは断る。オレは一度としてお前らを家来だと思ったことはねェ。士道の名の元、オレたちは五分の仲間だ。」
_「 チッ)
近藤さん、アンタ何にも分かっちゃァいねェ。きれいごとだけじゃ組織は動かん。ん?」
ん?
_「トシィィィッ?」
…え!?
ページ上へ戻る