ハイスクールD×D 聖なる槍と霊滅の刃
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第三部 古都にけぶる月の姫
死神
「さあ、幕を開けましょう」
主演はあの少女、観客は自分だ。
さあ、見せてもらおう。空気の全てを朱に染めるような惨劇を―――。
◆◇◆◇
「……意外だけど、発見」
曹操の要請で赴いた金閣寺方面。言われたとおりの確認をして、さて帰還しようかと足を進めていた時、見覚えのある顔が私の視界に入ってくる。
「赤龍帝……そういえば高校生だったっけ」
修学旅行で来たのだろうか。曹操に知らせたら絶対に興味を持ちそうではあるけど、それは後でいいよね。
別にこっちとしてはやり合う気も、理由もないので少し顔を伏せながら歩く。こうしていれば、私の髪が表情を隠してくれるだろう。今の私はあの時と違って黒のセーラー服だ。多分ばれることはないだろう。気に入ったというか、周囲に溶け込むならこれのほうがマシだろうと判断しただけの衣装だけど、思わぬところで役に立ちそう。
こういう時は何でもない顔をしてすれ違うのが一番。そう考えて、普通の観光客のように適度に辺りに目を配りながら進む。視線は感じるけど、警戒とかそういうものじゃなくて
「おお、元浜。あの子なんか可愛いと思わないか」
「うむ、セーラー服を着ていてもなおわかるあの大きさ…あれは希少だぞ!」
……何の話をしているのだろう?いや、分かるんだけど分かりたくないというか。
人の視線を集めるような器量はないはずなのに、なぜかこういう目で見られることもたまにある。どうしてなのか本気で知りたいと私が常々思うことの一つだ。
それはともかく、見とがめられることもなくすれ違って金閣寺を後にする。視線を感じなくなったところで携帯を取り出し、番号をコールする。
『どうした』
「こっちは異常なしだけど……赤龍帝がいたよ」
『ああ、こちらにも今朝連絡が入ったばかりだ……一度戻ってくれ。実験前の最後の確認だ』
「ん、分かった。必要なものは昨日確保したんだよね?」
『ああ。もう切るぞ』
通話を終えて一息つく。とりあえず拠点に戻ることにしよう。
公共交通機関を使うのが無難だけど、なるべく早く戻ったほうがいいよね…ということで、人目がないのを確認して跳躍する。猫のように屋根の上までのぼり、音を立てずに疾走を開始した。
翌日の昼ごろ。私は渡月橋近くの茶屋で一息ついていた。
昨夜集まって話し合った結果、赤龍帝たちは修学旅行で訪れていること、九尾を私たちが捕えたことにより三大勢力と妖怪側が協力して捜索にあたっていることが伝えられた。
そこで曹操がどうせ実験を行えば隠しきれないということで赤龍帝たちを巻き込むことを決断し、今日仕掛けると宣言したのだ。午前中、私は赤龍帝の後をこっそりつけながら行く場所の予定を拾い、曹操に連絡。ならば渡月橋に来る辺りで仕掛けようということで先回りしたのだ。構成員もその辺に隠れている。
赤龍帝たちが橋を渡りきったところでゲオルクの『絶霧』で京都を模した疑似フィールドに強制転移をさせる、という手はずになっている。上手くいくといいのだけれど。
周囲に視線を配っていると、予定通り赤龍帝たちが見えた。構成員に合図をして、その場から一度離れる。曹操曰く、この辺をまとめて転移させるらしいから少しくらいなら離れていても大丈夫だろう。よくよく見れば堕天使総督の姿も見えるし、ここにいたままだと感知されないとも限らない。そうすれば計画が意味のないものになってしまう。
気息を整え、しばし待つ。しばらくすると、足元に霧が立ち込める。さあ、いよいよ―――
『……あなたたちはこっちよ』
◆◇◆◇
「無事に赤龍帝たちは招待できたようだな」
「……曹操。文姫の気配が感じられない。あと、あれは文姫につけておいたメンバーじゃないかな?」
「……………何?まさか、ゲオルクの転移に誰か干渉したとでもいうのか?」
「可能性はありそうだけど……今は確かめに行けないね」
「…………そうだな……クソッ」
◆◇◆◇
「……?」
おかしい。転移されたはずなのに、曹操たちや赤龍帝たちの姿が見えない。
周りにいた構成員も二人だけになっている。五人はいたんだけど……どうして?
そんな疑問も、すぐに吹き飛ぶ。これは―――――久方ぶりに感じる、最高純度の殺意。
「下がって」
ここまでの殺意を放つ相手だ。単独であれ、複数であれ、護りきれる自信はない。
そういう意味で言ったのだが、構成員たちは聞く気はなさそうで、武器を構えている。顔に浮かんでいる嫌悪感から、私の指示など聞きたくもないらしい。なら知らない。勝手にやればいい。
きゃらきゃらきゃら
空間全てから響くようにあちこちの方向から声が聞こえる。明らかに人とは異なる、人外の声。吹き上がる生温い風が頬を撫でる。同時に笑い声のような高い声が大きくなる。そっと抜刀した私の前に、影が奔る。
「!」
咄嗟に体を反らす。同時にヒュッと風切り音が耳に届き、ちぎれた布地が宙を舞う。
鋭い爪のような何かがかすめたようだ。瞳を細めて前方の空間を睨む。猿に似た巨大な体躯―――狒々だろうか。
気配を研ぎ澄ますと、空間のあちこちに気配を感じる。きゃらきゃらという笑い声が大きくなるごとに、気配が色濃く、重くなっていく。
「……百鬼夜行、そのもの?」
だとすると、物量戦ではあっちが完全に上だ。
思考と同時、体が反射的に動く。そこら中から腕が、足が、爪が、伸びてくる。どこにも安全な場所なんてな―――
「下がって!」
一閃、構成員を狙った腕を断ち切る。勝手にしろとは言ったけれど、目の前で死なれるのも寝覚めが悪すぎる。構成員を蹴り飛ばして避難させる。一人のほうが後先考えなくて済む分、やりやすいし……
だけど、それがいけなかった。明らかに意識をそっちにやってしまった分、周囲への警戒を怠ってしまっているわけで。背中に灼熱が弾ける。貫かれてはないけど、掠った…!?
咄嗟に飛び下がろうとした足が掴まれる。見れば、地面から無数に伸びあがった付喪神たちの腕の一本がしっかりと足を掴んでいた。当然、動きは止められ……
「あっ……くッ……!?」
無数の獣の影。いつの間にか姿を現したそれらが、私を地に引き摺り倒す。
犬の様な影、猫のような怪物、無数に湧き出る蛇蝎―――まるで畜生道に落とされたみたいだ。ここは百鬼夜行の潜む空間。敵対するということは、空間そのものを敵に回すこととほぼ同義だ。
痛みが熱さとなって弾ける。布地の引き裂かれる音と、僅かな血臭。少しずつなぶり殺しにしていく算段の様だ。身を守る衣服が引き裂かれ、冷たい息がかかる。
―――ああ、私、ここで終わりかな?結局、曹操に何も返せないまま……終わるのかな…
体が熱い。外側から加えられる痛みではなく、内側から焔であぶられているかのような熱さ。細胞が沸き立つような、煮えたぎる脈動。だと言うのに頭だけが、まるで氷のように冷え切っている。
――――――このまま死ぬのは、さすがに嫌だな。
――――――じゃあどうすればいいんだろう。
――――――簡単な話だ。殺せばいい
――――――ナニを?
――――――目の前の、全ての妖を。
――――――全て、滅してシマエ
――血と肉塊が、あたりに飛び散った。
むせ返るほどの血臭の中、私は起き上がる。
頭の中に声が弾ける。視界に霞がかかり、意識が遠のきそうになる。
目の前に蠢く“魔”を、根こそぎ切り捨て滅ぼしてしまえと意識が囁く。
「ああ、そうだね――――ずっと、やってきたことだもの」
刀を握る力を強くする。なんだ、こんなに単純だったんだ。
ただほんの少し、あのころに戻るだけ。生きるために、生に執着するために魔を殺す、そのためのモノとして、生きていたあの頃に。
「人間じゃないなら、手加減なんていらないよね―――」
なら、全力で。殺して、殺して、殺し尽くしてあげる。
闇色の瞳が深みを増し、すぅっと細められる。同時に研ぎ澄まされた殺気が全身から吹き荒れる。触れるだけで斬れそうなそれは、見ていることしかできない構成員の心に畏怖を刻みつけるほどの、絶対的な殺意。
右手に握った刀に力を送り込む。刀身を包むオーラの色は、常の蒼ではなく――――闇を切り取ったかのような黒が混ざる。
蒼黒に染まった刃を一振りする。さあ、始めよう。
此処より先は――――私は、殺戮を愉しむ修羅となろう。
白刃が蒼黒の残光を引く。
上段から振り下ろされた必殺の一閃で、目の前に立ちふさがった狒々の頭から真っ二つにする。迸る血柱を避けながら斬撃の角度を変えて斜め上へと斬り上げる。断ち切られた腕がぼとりと地に堕ち、一瞬で灰と化す。その灰を踏みにじり、一歩踏み込む。
一瞬で二撃。強烈な刺突の二連打が目の前に群がる妖の壁を穿ち、灰に還す。一瞬の静寂、ふっと刀を引き、背中に背負うような恰好にする。背後から突き出されてきた爪が刀身に阻まれ、金属音を響かせ止まる。
すぐさま報復の一太刀。残光を引く蒼黒の刃が閃き、血飛沫が舞う。肉の一片たりとも、魂魄の一欠片すらも残すものか。
遠くから魔力で狙い撃とうとした妖が見える。考える暇もなく反射的に動いた手から刀が飛び、閃光となって妖の喉元に突き刺さり、抉る。
武器を投擲した私の前に殺到する妖異。武器をなくした私を囲んでずたずたにする気だろうけど―――靴に仕込んでいたナイフを取り出す。普段の得物とは違うし、万霊殺しの力が宿るわけでもないけれど、ジークがくれた聖別済みだというナイフだ、問題はないと思う。現にほら、切れ味も申し分ないし。
普段の私が出せるわけのない速さで、身を低くして踏み込む。突っ込みながら下から上へ、斬り上げ両断する。くるりと手の中でナイフを回転させ、背後に切っ先を突き出す。手ごたえあり。狼のような姿の妖の脳天に突き刺さり、苦悶の声とともに沈む。
右に左に閃く刃が片っ端から周囲の妖異を解体していく。ざっと開けた道を走りぬけ、妖の骸から刀を引き抜き、悠然とナイフを元の場所にしまう。
風切り音とともに再開される舞踏のように優雅な殺戮。私の周囲に光の線が引かれるたびに、血飛沫が彩りを添える。腕が、足が、頭が、次々と地に落ちて灰に変わる。
私だって無傷じゃない。爪が、牙が、放たれる妖力が、私を傷つけていく。最小限の動きで、ギリギリのところで躱しているため大体は服の布地が、悪い時には肌に新しい傷が増えていく。
だけど致命傷じゃない。だから止まらない。体が動く限り、目の前の脅威を葬り続ける。
意識が、体の動きが、限界を越えて研ぎ澄まされる。冷えていたはずの頭が血の匂いに飽和した様に焼け付き、痛みを生む。ズキズキと痛みながらも、殺戮を止めることができない。
普段の私を超えた、曹操たち英雄並の身体能力。それに呼応するように増していく頭痛。まるで、相反するものを無理やり一つに押しこめたかのような―――
「……あ、れ?」
気がつけば。いつの間にか百鬼夜行の気配は消え、残っていたのは大量の骸と、腰を抜かしたかのような構成員の姿。なんだかこっちを見て怯えて……なんで手で顔を隠して指の隙間から見ているの?
「―――い、文姫!」
「曹操?」
あ、わざわざ迎えに来てくれたのかな?でもごめん、ちょっと疲れ―――
駆け寄ってくる姿を見ながら、私の意識は闇に引きずり込まれた。
◆◇◆◇
こちらを見て微かに笑ったかと思うと、ふっと頽れた文姫。
その姿を見た瞬間、躊躇なく走り出していた。ゲオルク達の、置き去りにされていた構成員の声が聞こえてくる中、一心不乱に彼女のもとへと駆け寄る。崩れ落ちたその体を抱きとめる。何とか、間に合ったか……。
腕の中の彼女の首に手を這わす。確かな脈動が感じられて、ほっと全身の力を抜く。しなだれかかってくる彼女の感触を全身に感じる。……服の質感が感じられないな。
改めて彼女の姿を見直してみれば………かろうじてそれが衣服であったと判別できる程度の布しか残っていない
意外に豊かな胸も、滑らかな曲線を描く肩も、くびれた腰も、ほぼ剥き出しの状態だ。肩紐も片方は切れてしまっている。
そしてふと背後を顧みれば、固まった状態のジーク、ゲオルク、ジャンヌ、ヘラクレスの幹部陣と、へたり込んでいる構成員の一人。全員、しっかりと彼女のほうに視線を向けていたな……
「―――よし。見たやつ全員、すぐに記憶から消せ。できないならオーフィスに特攻してこい」
「「「「ちょっと待て!!」」」」
何か間違っただろうか。
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