ハイスクールD×D 聖なる槍と霊滅の刃
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第三部 古都にけぶる月の姫
京都入り
降り立ったその地は、少しだけ懐かしい気がした。
無数の人のざわめきが耳に入ってくる。人ごみの中は好きではないけれど、我慢できないほどではない。
ずっと座っていたので体が変に固まってしまっている。普通に歩いて移動した方が良かったかもしれない。まあ、原因はそれだけじゃなくて……
「……服装のせいかもしれないけど」
今日の私の服は、どこで手に入れて来たのか知らないけれど、誰もが一度は目にすることがあるだろう、セーラー服だった。黒のセーラー服に赤いタイをして、普段履き慣れないスカート、黒タイツまで履かされているので余計に疲れているのかもしれない。
けどおかげで、無事に目立たずにここまでこれた。学生が一人旅で制服って、なかなかないと思うけどあまり気にもされなかった。
必要最小限の着替えと装備だけを詰めたリュックを肩から下げる。唯一の武装である神器もどきの愛用の刀は、持ち運び用の袋に入れて背負っている。
オーフィスと最後に会話をした日から一週間ほど。負傷もほとんどが癒えた私を待っていたのは、初めてとなる英雄派での大きな活動についてだった。
京都での実験―――古都・京都の気脈と、京都に住む最高クラスの妖怪・九尾の狐の力を使って赤龍神帝ことグレートレッドを呼び出すという大規模な実験。
グレートレッドとは、次元の狭間に住む「真龍」とも称されるドラゴンの事。「夢幻」を司るといわれ、夢幻の幻想から生じたといわれる、オーフィスに次ぐ最強の一角。基本的に無害らしいけど、それを呼び寄せて曹操は何をするつもりなのか。本人もとらえてから決めると言っていたあたり、実はこの実験の成功率はそんなに高くないのではないかと思えてしまう。
閑話休題。
「どこに行けばいいんだっけ?」
ゲオルク経由で伝えられた曹操からの指令は「先に京都へ行き、できれば露払いをしておく」ことだったけれど、拠点にする場所については指定がなかった気がする。
ん~……とりあえず適当な宿にでも部屋を取っておくかな?どうせ転々とすることにはなるだろうし、曹操たちが合流してきたら多分そこが拠点となるだろうし。幸い、軍資金だけは大量にあるし。
適当に選択した駅近辺の宿に荷物を置き、財布だけをポケットに突っこんで外に出る。
太陽の位置からして正午を少しまわったあたりだろうか。日差しはきつすぎることもなく、ちょうどいいくらいの心地よい温かさだ。その陽気と、古都独特の雰囲気に誘われるように外を歩く。
お昼はもう済ませているから、少しくらいは散策しても許されるはずだ。曹操への連絡はもうしたから、次の指令が来るまでは基本的にいつも通り、自由裁量で許されるはず。
のんびり散策をするのもいいけれど、まだまだ座りっぱなしで固まっている体は少々重い。まあ、ゆっくりと言っても実際の速さは50mを8秒くらいで走りきれるくらいではあるんだけど。身に染みついた無意識の鍛錬の成果かな?
誰も見ていないのをいいことに走り出す。ちょっと走りにくいのは服装のせいだけど。
まあ、今の私は普通の人の目には黒い風くらいにしか認識できないだろう。それくらいのスピードは出せる。これでも人間相手の暗殺だってしてきた暗殺者の端くれだ。
それに―――どうやら、尾行られているみたいだし?
一気に町の中を駆け抜けて、人気のない小路に身をひそめる。
さて、さっきので振り切れたのか、あるいはまだ追ってきているのか……
自分の気配を極限まで殺して観察に徹する。鬼が出るか蛇が出るか、あるいは何も出ないか―――。
しばらく息をひそめていると、修験者らしき人影が見える。が、残念ながら気配までは隠しきれていない、あれは間違いなく人外の気配だ。大方、京都の妖怪の誰かが変化しているんだろう。ここで処理するのは簡単だけど、監視が妖怪全体での組織ぐるみのものなのか、あれの独断なのか……それによって「処理」するかどうかが決まってくる。組織ぐるみだとすれば、処理自体が藪蛇になるかもしれないし。
人影はこちらに気がついているのかいないのか、小路を覗き込む。ひやっとしたけれど、すぐにその顔は引っ込んだ。
どうやら撒けたらしい。一応、少し時間を潰してからここを出ようかな。
そう思ったところで、突如後ろから手を掴まれる…しまった、まさか罠……!
「―――何をしているんだ、君は」
―――――――曹操?来るのが早くないかな?
「何って……曹操に言われたとおり、先に京都に来て露払いしてるんだけど?」
そういうと、曹操の眉間に皺が刻まれる。ずいっと不機嫌な顔が近づいてくる。
あの~曹操、顔、近い……息、かかりそう………
「俺はそんなことを言った覚えはないが」
「え?ゲオルク経由で伝えられたんだけど……え?」
訳が分からない。
曹操の命令だとゲオルクが言うからわざわざ先に来て、京都入りしたのだ。
だが、命令を出したはずの曹操本人はそんな命令など出していないという。
これはどういうことだろうか。思ったのは一瞬で、自分の英雄派内での待遇を鑑みればすぐに答えが出た。
要するに、邪魔な私を少しでも曹操の傍から引き離しておこうと構成員たちが企んだのだろう。それにゲオルクが乗った、ただそれだけの事。特に表立って何の功績も上げているわけでもない私が曹操の傍に置いてもらえているのは、曹操が私を気に入っているだけだというのが英雄派内でのもっぱらの評判だ。そういう人たちの中では曹操は一時の気の迷いで私を気に入っているだけなのだという説が流布されていることも知っている。違うと知っているのは英雄派内では少数派の、私が以前戦闘技術を教えてあげた構成員くらいで。幹部の中ではゲオルクとヘラクレスは私を煙たがっている側だ。
そんな構成員や幹部たちが、示し合わせて実行したっていうあたりが真相だろう。私を引きはがしておけば曹操もいずれ忘れていくだろうと考えたんだろう。結局、曹操は追いかけてきたみたいだけど。別に思惑がどうあれ、私は曹操が必要としてくれる間はずっと傍にいるつもりだけど。
「……これは、処分も検討するべきか」
「しなくていいよ。私は気にしないし」
口にした言葉は本心以外の何物でもない。基本的に私は嫌われ者だし、こういう扱いだって、毎日のように命の危険があった以前に比べればはるかにましなほうだ。
―――それに。追いかけてきてくれたことが分かった時、そんな思惑なんてどうでもよくなっちゃったから。だから、もういいんだ。
「それより、曹操のほうこそいいの?指揮取らなくて」
「ああ。指示は済ませてある。策のほうはゲオルクに、実戦指揮はジークに投げておいたから大丈夫だろう。これから大切な実験だというのに君が行方不明のほうが俺としては問題だ」
そうやって他人に押し付けて、私を優先しているからこそこういう風に仕組まれるんだと思うけど……きっと気が付いてないんだろうなぁ…。
でも、曹操がこうやって私を気にかけてくれる。それは少し涙が出てくるくらい嬉しくて。そうやって全てがどうでもよくなってしまう私も、きっと悪いんだろう。
「だったらどうするの?戻る?」
「……いや、ちょうどいい。霊脈の位置も確認しながら、少し歩いてみるとするか。君も京都は初めてだろう。土地感覚を掴んでおくのも悪くないとは思わないか?」
曹操の言っていることは確かにそうなんだけど……いい加減、読めてくる。
無理して私に「普通の楽しみ」を経験させようとしなくてもいいのに。だって私はとっくにそれを失ってしまった。今更、そんな身の程知らずの願いを求める気もないのだけれど。だけど、曹操の意思を無碍にするのもためらわれる。
「ん、分かった」
くるりと身をひるがえすと、ふわりとスカートの裾が浮き上がる。ああ、そういえば今日の私はいつもと服装が違うんだった。見えてないとは思うけど、一応気にするようにしろってジャンヌに言われたっけ。曹操のほうをうかがってみると、珍しい服装に驚いてはいるものの、そこまでといった感じだ。残念。そういえば曹操は珍しい私服姿だ。黒いズボンとシャツに、藍色に近いカーディガンを羽織っている。いつもなら英雄派のユニフォーム(?)である学生服の上に羽織った漢服なのに。理由を聞くと「目立つから」と着替えさせられたからとのこと。いっそ学生服だけのほうが紛れられたと思うんだけど。けどまあ、確かにその辺の大学生のようには見えるかもしれない。
そんなことを思いながら、とりあえずと差し出された腕をつかんで移動を開始した。
ガタガタと揺れるバスに詰め込まれた私たちは、座席が埋まっていたので立っていた。こういう交通機関使わないでもいいじゃないかと言ったら「一般人に見られたらどうするつもりだ」と返された。おっしゃる通りです。
そんなわけでバスに乗って移動しているのだが、今回は失敗だったかもしれない。観光客や学生が大勢乗ってきて、曹操と二人で立つことになってしまった。おまけにバスのほうも結構ぎりぎりまで乗車させているらしく、密度が高い。おかげで曹操にくっつかざるを得ない。
「ご、ごめん…」
「気にするな」
バスが急に動き、曹操にもたれ掛かる形になってしまう。息がかかってしまうくらいの距離まで近づいてしまえば、意識するまでもなく心拍数は上がってしまう。私にだって、羞恥心くらいはあるのだから。それにこれで恋人と誤解されると、曹操に悪い気がする。
いろいろあったものの、無事に目的地に着いたバスから降りて深呼吸する。確かここは…清水寺だっけ?と言っても、まだ寺は見えないけど……
「こっちだ」
曹操に引っ張られるように歩く。道順も知らないのでその誘導におとなしく従うことにする。
両脇に様々なお店が並んでいる。いつだったか曹操と行ったお祭りを思い出すような気がする。人の多さは比べ物にならないけど…。目につく限りは、学生服が多い気がする。
お土産屋さんが結構あるけど、アクセサリーが多い…。展示してあったアクセサリーに少し興味をひかれたので腕を引っ張ると、察したようにこちらに主導権を渡してくれる。
シンプルなシルバーのアクセサリーだ。丁度、今曹操が身に着けているのと同じようなもの。私がちょっと気になったのはシルバーのリングだった。デザインが好みだったので。だけどこれだと、私失くしちゃいそうだ。リングを手にとってジーと眺めている私を曹操が眺めている。きっと、こういうものに興味を示す私が新鮮なのだろう。基本的におしゃれとかに気を使わない性質だから。
と、ひょいっと手が伸びてきて手にしていたリングを取られる。
「?」
そのまま引っ張られてカウンターまで。え、何?買う気なの?私欲しいとは言ってないんだけど?
そのまま会計を済ませた曹操が、何を思ったか自分のつけていたネックレスに指輪をつけ始める。あ、自分がほしかっただけ?
なんて思っていると、ふわりと曹操の手が動く。そして、胸元のあたりからチャリ、と金属音が。
慌ててそちらのほうに視線を向けると、曹操のものであるはずのネックレスが私の首にかかっている。先ほど購入したリングも揺れているそれを見て、私はひたすらに困惑しきりだった。え、あれ?これ、曹操のものじゃ…。
「曹操、これ……」
「これならつけていられるし、無くさないだろう……首輪代わりだ」
小さく笑ってリングをいじりながら何か最後にボソッとつぶやく。
聞こえてないと思ってるんだろうけど、しっかり聞こえているからね?
「私、ペットじゃないから首輪なんていらないよ」
「なに、君が俺のモノという証拠という意味での首輪だ。つけておけ」
「むぅ……」
反論してもさらりとかわされる。でもここで無理やり返せば、曹操の気分を害するかもしれない。それは私の本意じゃないから、ここは受け取っておいたほうがいいのだろうけど……そこまで見透かしてこんなことをしたのだとしたら、ずるいと思う。
そんなことを思いながら、曹操の解説に耳を傾けるのだった。
◆◇◆◇
裏京都と呼ばれる地の一角に、ふわりと気配が舞い降りる。
そこは常夜の国。裏京都の中でもひときわ異質な、とある人物が治める「領地」だ。
当該人物は今、庭に出て自らの作りだした夜空を見上げている。
「姫」
舞い降りた鴉天狗は膝をつき、首を垂れる。目の前にいる存在に最上級の礼を示すために。
その声に主は振り返る。その仕草に促されるように、鴉天狗は口を開く。
「―――姫の血族は、やはりこの地に」
「………そう」
物憂げな、気だるげな声とともにさらりと黒髪が揺れる。
「ならば、貴方に支度を任せるわ。いずれ害となるならば、間引かねばならないでしょうし。ああ、できなかったら私が出ていくだけだから、安心してくれっていいわよ?」
「はっ」
気配は消える。再び一人となった「姫」は、静かに天を仰ぐ。
その視線の先にあるのは、欠けることなき満月。
「―――さあ、舞台に上がってきなさい?英雄を騙る少年少女。そして―――私の、可愛い可愛い、末裔」
その笑みを、月だけが見届けていた。
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