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Secret Garden ~小さな箱庭~

作者:猫丸
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『忘れ去られた人々編』

西の草原――その名の通り村の中心にある噴水広場から西へ半日かけて行った所にある切りだった丘の上にある小さな草原であり、村の周囲で唯一残っている牧草地である。サンサンと輝く太陽の光を直接浴びる事の出来る唯一の場所であり、火傷して痛い程に浴びる事が出来るでもある。
そのため自称日の光に弱い系である、ヤッカルは何かと理由を付けては放牧の仕事をさぼり、ルシアに押し付けては酒場に入り浸り酒を飲む毎日を送っている。

「こんにちは、ヨッカルおじさん」
「んあー?」

 木で作られたフェンスの前に立つ巨漢の男に声をかければ、振り返るのは怠け者と同じ顔。

「なんでー、お前さんがいるんだー?」
「ヤッカルおじさんに頼まれて」
「まーた、あの野郎仕事さぼりやがったなー」

 男が地団駄を踏むたびに着ているオーバーオールの紐が悲鳴をあげる。

「兄貴の野郎、後で覚えとれよー」

 この巨漢の男は東の畑に居た怠け者の弟にあたる。真ん中にあともう一人挟んだ、同じ顔の三人兄弟。仲は良好でこうな風に本人のいない所で影口を叩く仲だ。
仕事の手伝いをお願いしたら、さぼられたり、仕事していないのにも拘わらず酒場で大騒ぎと、本当に仲の良い兄弟である。

 プギー。

 男が地団駄を踏んでいる様を苦笑いで見守っていると、聞きなれた動物の声がした。

「今日もプウサギたちは元気ですね」
「そーだろ?」

 木のフェンスで囲われた牧草地の中にいるのは村にいる唯一の家畜たち。

 プギー。

 豚のようなピンク色の鼻、肥え太った巨体、くるりとした小さな尻尾、それらは一見すると豚のように見えるが、兎のようなぴんっと真っ直ぐ伸びた耳、赤いくりりとした目、前歯が発達した出っ歯、アンゴラウサギを思わせるようなふわもこな体毛、それらはまるで兎のようにも見える。
豚と兎のどちらでもあり、そのどちらでもない、両者の姿を併せ持つ新種の生物、その名は"プウサギ"

 彼らのふさふさな体毛を刈り取ることをメインとした家畜またはペットとして飼われていたプウサギだったが、昨今の食糧不足問題により最近では食糧としても重宝されるようになり、その絶対数を減らしつつあるらしい……。

「んあー、兄貴のことはいつもの事だからほっとこうぜー。
 今日はやってもらい事が沢山あるんだからなー」
「はーい。よろしくお願いします!」

 元気よく遠くにまで聞こえる声で返事をすると、軽々と木のフェンスを飛び越え、プウサギ小屋へと歩いてゆく男の背を追って走り出した。







                             †





 日没。日が沈み夜の闇が支配する時間。村に電気などハイテクなものは通っていない。いや違う、そんな物はそもそもこの村に存在しないと言った方がいいかもしれない。
人々から忘れ去られてしまった村には誰も近寄らない。旅人や商人など来るはずもない、村の人々も自分達が食べて暮らせれるくらいあれば十分だと考えているためあまり村の外へ出ようともしない。それ故にこの村は地図上からも消されてしまい、孤立してしまっているのだ。

「ただいま」

 家のドアを開けば

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

 最愛の妹が笑顔で出迎えてくれる。
本当はベットから起き上がる事さえ辛いはずなのに、重い身体を引きづって玄関前まで来て、大好きな兄が帰って来るその瞬間を今か今かと待っていてくれるのだ。
そう考えただけでも、ぐっと目の奥が熱くなるものがある。

「今日はヤッカルさんのお手伝いをしたんだよね?
 美味しい野菜いっぱいとれた?
 虫さんたくさんいた?
 おやさいとお兄ちゃんが取って来てくれたおにくがあればおいしいグラタンが作れるね……お兄ちゃん?」

 今自分はどんな顔をしているのだろう。今にも泣きそうな顔をしているのだろうか、それとも嬉しさのあまりにやけているのだろうか、ヨナの不思議そうに首を傾げる顔を見るとふとそんな事を考えてしまった。

「今日はね、ヤッカルおじさんのところじゃなくて、ヨッカルおじさんのところでお手伝いしたんだ。
 ほらみて、プウサギのお肉をこんなに沢山もらったよ」

 右手に持っていたプウサギの肉が沢山入れられたビニール袋を持ち上げて見せる、するとヨナは一瞬複雑そうな顔を、

「わあ……これだけあればしばらくはお肉に困らないね」

 したがすぐにいつものとろんとした優しい笑顔へと戻った。
何故ヨナがそんな表情をしたのかルシアは知っている。ヨナは命の大切さを良く理解しているという事を知っている―――自分達が生きるために、他者の命が犠牲になっていると言うとこを彼女はちゃんと知っている。自分の所為で兄が危険な目に合い大変な想いをしているという事をちゃんと知っている。

「じゃあ今日は腕に縒り掛けて作るね」
「いつもありがとう、ヨナ。僕も手伝はなくて大丈夫?」

 台所へ入って行くヨナの背にそう声をかけると、

「大丈夫! お兄ちゃんは疲れているんだから、そこに座って待ってて」

 と、怒られてしまった。男子厨房に入らずとはこの事か。正直に言うとヨナの料理の腕前はそれほどと、言うわけでもなく。どちらかと言うと……という味なわけではあるのだが、

 妹に料理を作ってもらえるというのは、お兄ちゃん冥利に尽きるという事であって、それは最上級な幸福な事であって、たとえヨナの料理がそれほどのものであったとしても、妹の手料理というだけでそんなの全然関係ないわけで……

 などと、色々自分に言い聞かせて、自己暗示をかけてからヨナの手料理を食べるのが日課となってしまった。

「出来たよ。お兄ちゃん!」

 ビクンッ。台所から聞こえてくるのは妹の嬉しそうな声。でも香って来る臭いは、どちらかと言うと御伽噺(おとぎばなし)に出て来る魔女が釜の中でかき混ぜているスープを彷彿させるものであり、

「いっぱい作ったから、いっぱいおかわりしていっぱい食べてね。
 お兄ちゃんは他の人におじさん達に比べたら細くて木の枝みたいだから……だからいっぱい食べて元気にならなきゃね」

 満面の笑みで"ソレ"を持って来るヨナ。お兄ちゃん想いな妹に育ってくれてお兄ちゃん冥利に尽きるよ……泣きたいところだが、目の前に出されたのはやはり魔女のスープを思わせる紫色の泡を噴く謎の食材が浮いている液体だった。

「あーんっ」

(差し出されたスプーンを僕は――)
 
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