ハイスクールD×D 聖なる槍と霊滅の刃
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二部 英雄派と月の姫君
お仕事
とある日の昼さがり。私はある屋敷に潜入していた。
見回りの目を掻い潜り、たどり着いたのは地下牢。ここまで天井を這って侵入してきたので、若干体の節々が痛む。
それでも、目の前の男の子が閉じ込められている地下室には入り込めた。
「―――私についてきてくれるなら、君をここから連れ出してあげる」
目の前の男の子は、曹操曰く「魔獣創造」と言う強力な神器……神滅具の一つを宿しているらしい。
術者の想像力によって好きな魔獣を作り上げる…らしい。使い手次第では本当に危ないものだと聞いたが…
「……ほんとに?」
現在の所有者は私よりも年少の男の子だった。事前に曹操に渡された資料によるとレオナルドと言う名前らしい。
こうやって地下に繋がれているという境遇は……なんだか、私のあのころを思い出す。
資料によると基本的に監禁状態らしい。処分も検討されているというから、あまり時間はない。
そんなことを考えているうちに、コツコツと足音がする。
「……二日後、迎えに来るから」
それだけを伝え、音を立てずに進入経路を逆走する。
一応、この経路がふさがれた時のための予備の経路も確認し、いくつか必要な仕掛けを仕掛けておく。
次の潜入は二日後。ただ、場合によってはレオナルドが処分される可能性も否定はできないためいつでも突入できるようにはしておく。いざとなったら正面突破かな。本当の最終手段のつもりにするつもりだけど。
屋敷から外に出て素早くねぐらへと退散する。とりあえず、昼間の活動はこれで終了だ。
曹操への連絡は……全部終わった後でいいかな。特に報告を義務付けられているわけでもないし。とりあえず、二日後に突入してみてから連絡しよう。あと今夜は侵入経路をもう一つくらい作っておこう。そのために仮眠を…
寝床に横になり目を閉じる。襲ってきた眠気に身を委ね、私は意識を手放した―――
―――ッ!!!
声なき哭き声が、聞こえた気がした。
一瞬で意識を引き戻し、傍に置いてあった刀を取る。外を見てみると、すでに空が赤々と染まり夕方の様だった。
「何、今の………まさ、か…」
自分自身の思考に急かされるように、刀を背負って全速で駆けだす。
急げ、急げと体が警告する。屋根伝いに跳躍を繰り返し、駆け戻る。夕暮れでよかった、そして何より、屋敷が町はずれに在ってよかった。今ならまだ、被害は最小限で済む。
そうして戻ってきた屋敷は―――――阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「ギュ」
「ギャッ!」
「ゴガッ!」
「うわあああああ―――!?」
耳障りな声をあげながら徘徊するモンスターが目につく人間を片っ端から襲っていた。
二足歩行で肉厚の体、むき出しの爪や牙をもつ異形の群れが、人間に襲い掛かる。
「…これが、『魔獣創造』なんだね」
怪物を好きに作り出す神器能力。そして現れたモンスターの群れ。
―――何が起こったかは、ほぼ明らかだった。
大方、レオナルドを処分しようとしていた輩を前に、暴走が起こったのだろう。
なまじ自分が接触したことで、『外に出られるかもしれない』と言う小さな小さな『希望』が生まれたことだろう。それが生まれた後に処分―――殺されるとわかったらどうなるだろうか。
「……光が強くなるほど、闇も深くなる。自明の理、だね」
希望が大きくなるほど、それを奪われる際の絶望は大きくなるだろう。いつだってその両者は紙一重であることを、私は嫌と言うほどよく知っている。
そんなことを考えながらじっとしている私に、モンスターたちも気が付いたようで、じりじりといくつもの気配が迫ってくるのが感じられる。
「―――助ける側なんて、柄じゃないけれど」
それでも、ただ黙って見逃すわけにもいかない。レオナルドを連れてこいと曹操から言われているのだ。混乱しているならいい機会でもある。
それに何より………
「……これ以上、同類の『悲劇』を…作り出すわけにはいかない、かな」
刀の柄を握り、鞘から引き抜く。刀身に蒼いオーラが絡みついていく。
輝きを放つ刀を手に、走り出す。
―――目指すは、屋敷の中の地下室だ。
モンスターの繰り出す爪、牙、遠距離攻撃をステップで躱し、すれ違いざまに斬撃を叩き込む。
時に倒れたモンスターを足場にして跳躍し、盾にし、返す刀を容赦なく急所に叩き込んで戦闘不能に追いやる。
床を、壁を、相手の体を使って縦横無尽の駆動をしながら急所に刀を突きたてる。
斬り倒したモンスターの数は軽く30を超えた。傷こそ受けてないものの、さすがに私の息も乱れる。
どっと崩れたのを利用し、地下室前の扉に手をかける。最低限の隙間だけ開けて身を滑り込ませる。
――――やはり、いた。
自身の周りに不気味な影を広げ、魔獣を生み出しているレオナルドが、そこにいた。
「―――迎えに来たよ」
私の声にも反応を示す様子はない。虚ろな瞳がこちらに向くだけだ。
予想は正しかったみたい。大方、地面に見える血痕はレオナルドを処分しようとした人たちの物だろう。肉体が見えないのは……うん、あんまり考えないようにしよう。
「―――皆、死んだ。やっぱり僕は……バケモノ…なんだ」
「私は死んでないけど?」
勝手に殺されたことにされてはたまらない。何のためにここまで来たのかわからなくなる。
半ば反射的に口に出た言葉に、レオナルドがゆるゆると振り向く。
「殺してよっ…どうせ………いつかは、僕のせいで死ぬんだ……その前にどうせ、僕を殺すんでしょ……」
「別にあなたを殺そうなんて思ってないけど」
一歩ずつ慎重に近寄る。こういうときの対処法なんてわからない、知らない。
今までそんなことをすることなんてなかったから。
「そもそも……人は常に人に殺される可能性、人を殺す可能性を持って生活しているんだから。そう言う面では、あなたはほかの人とそこまで変わるわけでもないよ」
人は常に人を殺し、また人に殺される可能性と共に生活している。
私が口にしているのは暴論であり、同時に極論だ。
だが同時に、真実でもある。私はそれを、身をもって知っている。
「だから、もう一度言うよ。私は―――あなたを拒絶しない」
その言葉と同時に、最後の一歩を踏み出す。不器用に少年の頭を抱え込む。
「……今は、ゆっくり休むといいよ」
トン、と軽く首筋を押さえる。張りつめていた神経が途切れたようで、崩れ落ちる体をよいせと抱え上げる。同時に囲んでいたモンスターが崩れ落ちていく。
とりあえず屋敷の外に連れ出したところで、おもむろに携帯電話を取り出す。
「―――曹操。終わったから、回収用に誰か飛ばして」
『わかった、すぐに向かわせよう』
「今回は私も一緒に帰るから」
『ああ、分かった』
電話を切って一息つく。気配を探ってみたところ、モンスターも人もいなくなったようだ。
ならここで待たせてもらおう。そう考え、座り込む。
迎えが来るまで、少しでも休もう―――
その夜
「……それで、なぜ俺の部屋に来る」
「予想以上に迎えが速くて、結局休めなかったから」
「…理由になってないが」
私の目の前では今、呆れ顔の曹操が腰に手を当ててため息をついていた。なんだかその姿、妙に様になってる気がする…
そんな埒もないことを考えながら質問の答えを考える。
「…甘えたかったから?」
「何だそれは………」
呆れ返る曹操は、何か資料を手に取ると何やらソファーに座って作業を始めた。
その隣に失礼して、ぽすっともたれ掛らせてもらう。あ、仕事の書類みたい。こんな夜に、なんで自室でやってるんだろう…
一瞬固まった曹操が訝しげにこちらを見てくる。
「……どうした、いつもの君らしくない」
「ん……少し、眠いだけ」
実際、レオナルドに接触してから一睡もしていない。非常に眠い。
だって仕方がないじゃない、あんなの放っておいたら絶対に危なかったし……レオナルドを仲間に引き入れることも、できなかったかもしれない。夕方だったから町のほうにも被害が出てたかもしれない。
……まあ、それだけじゃないんだけど。
自分の部屋で寝てもいいんだけど、何となく―――寂しくなって、ここにきてしまった。
きっとそれは、昔の自分に似た彼と接触したから…かな。
そう考えながら曹操にもたれかかる。何度も触れてきた温かさが安心を与えてくれる。
曹操の傍………それが今の私にとって、一番落ち着ける場所みたい…
「………くー…」
「………この状況で、俺は一晩過ごさなきゃいけないのか」
ふっと一瞬浮遊感を感じた気はしたが、私の意識は緩やかに落ちて行った……
目が覚めると、天井が見えた。頭の下には柔らかい枕の感触…え、なんで?ソファーで意識を失ったはずなのに……
がばっと半身を起こすと、外はどうやらもう明るくなっているようだ。そしていつの間にかベッドに寝かされていたらしい。
そして視線を巡らせば、机で何やら書き物をしている曹操。……もしかして
「……あの…曹操…」
「ん、起きたか。どうした?」
「…もしかして、ずっと起きてた?」
「そうだな。君が気にすることはないが」
淡々と答える彼だが、私としてはそれどころではない。
私が邪魔したせいで寝れなかったのだろうか。
「駄目、曹操も寝ないと」
「俺はいい。仕事もあったし、君のほうが疲れていそうだったからな」
「曹操も休まないと、倒れる」
言ってやるとぐっと詰まる曹操。やっぱり、無理してるんだ。
詰まったのをいいことに曹操の手を掴む。こうなれば、実力行使のほうが早い。曹操は頑固だから。
あまり抵抗してこないのでそのままベッドに押し込む。
「……四織、なにを」
「曹操も寝る。私は部屋に戻るから、ゆっくり寝てね」
何か言いたげな曹操にくぎを刺して部屋を出る。
さて、とりあえず皆にどう説明しようかな……
パタンと扉が閉まる。
意外なほどの力強さと強引さで押しこめられたベッドには、まだ彼女の温もりが残っていた。
―――そんな普通なら気にもしない事実が、相手が四織だとなぜか心がざわつく。
俺にとって彼女は何なのか………たまにそう考えることもあるが、答えはすぐに出る。
最初の同士にして、研究対象。それだけのはずだ。
……だが、時々こうやって起こる心のざわつきはそれだけでは説明しきれない。
とりあえず眠くもないのでベッドから起き上がるが……このまま寝ずに外に出た場合、彼女は間違いなく不機嫌になるだろう。
「……まあ、根を詰めすぎるよりはましか」
ベッドからは起き上がり、ソファーに身を投げる。
書類も机の上に放置し、目を閉じる。
しばらく後、部屋の中には規則的な呼吸が響きだしたのだった。
ページ上へ戻る