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和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する

作者:笠福京世
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
  第26話 相手は師匠?(asumi vs sion)

H13年11月後半 side-Asumi

 天元戦の決勝、相手は関西棋院を代表するトップ棋士、石橋九段。

 これに勝てばタイトル挑戦者として空位となった天元位を五番勝負で争うことになる。

 そんな大事な対局だっていうのに私はまったく集中できてない。

 ずっと頭に浮かぶのは、こないだ打った。東堂シオンとの対局。

「因循姑息、定石かぶれのプロ常識は私には通用しない」

 対局前に公言した白石の東堂シオンが序盤で選択したのは星の両ガカリを許す和-Ai-が得意とするであろう布陣。

 和-Ai-の碁は従来のプロの常識とは違う答えを示しているが、その意図は未知数で多くのプロが研究の途上。

 やっぱり彼女が桐嶋和なのだろうか?私の心は揺れる。

 白のカケと左下の組み合わせがポイントだが私の黒は切って抵抗する。
 私だって負けたくはない。和-Ai-先生に学んだ工夫の一手だ。

 従来ではノビが筋の良い手とされてきた場面で白石は躊躇なく自らの意思を通す。
 私の黒が左下の白の星に対して両ガカリの二子に、さらに一子黒を加えて封鎖する。
 この封鎖を許してはならないと子供の頃から私たちは教わって来た。普通なら隅を手入れするはず?

 そんな私の催促を気にすることなく白はケイマを打つ。
 トビとセットで独特のリズムを感じる。私の黒も左下隅を地にして言い分を通す。
 けど白の星を包囲した黒石4子に対して白石が詰めてくる。ここへ詰めるの!?
 対局のあとに何度も並べたけど私には思いつかない手順が続く。

「囲碁の対局から離れた後は詰碁にのめり込んだ。
 囲碁に恋して破れて恋して…だから詰碁は私の恋の履歴書ともいえる」

 碁の勉強について司会の質問に答える東堂シオン。彼女の読みは下手なトッププロより深い。
 だから私は東堂シオンとの乱戦を避けようと、戦線から離脱するような手を選ぶ。

 次に白に打たれた手は二間のトビ。これは言葉にできない手。

 まったく思いつかないし、つかみどころがない手。

 白の二間トビがボンヤリした手だったので私は手抜いて機敏に動いた。
 ここからが白の一人舞台だった。妙手のサガリに気付くことができなかった。
 黒も最善を尽くして白を切り取ったけど、白は取られた石を活用して外回りに石を持っていく。
 必死に抵抗するが、さらに厚みを増やされた。

 どちらが勝ちなのかという判断を東堂シオンが間違えることはない。

 全日本早碁オープン戦でトッププロを相手にみせて形勢判断力と読みの力。
 中央の地を正確に数えるのはプロでさえ難しい。
 東堂シオンも数えてはいないのかもしれない。けど彼女は勝負師の嗅覚でそれをかぎ分ける。
 最後まで打って勝てる手を選んでいるのだろう。駆け引きが巧い。

 番組では司会の質問が続く「勢いで訊いちゃいますけど、気になる男性はいますか?」

「囲碁の読みの力は鍛えているが、男性の心は全く読めないな」

 アイドルらしい相手に言質を取らせない私にはできない上手な受け答え。

 ツケを防ぐために打った手に鮮やかなワリコミが用意される。
 100手を過ぎた辺りから、白の手からもはや完全に勝ちが分かっているという感じを受けた。
 
 コミが無くて負けているので投了した。最後まで黒は左下で泣かされていた。

 私がボンヤリと判断してしまった右下の二間トビ、左下のサバキ、第三者がみるなら随所に感動的な手が見られる名局なのだろう。

 両ガカリに手抜いて星の1子を取らせて、後から見事に捨て石として活用して見せた。
 力押しの手もなく自然に中央に地をまとめ、美しい終局図となっている。

「……ありません。」

 何一つ集中できず呆気なく終局を迎える。
 桐嶋研を通じた知り合いでもある石橋九段が心配そうな眼差しで私を見る。


 私の手が天元のタイトルに届くことはなかった。


「風声鶴唳、安全な手というのは、ちょっとずつ甘い手というか、最善から少しずつ悪い」

 感想戦での東堂シオンの言葉を思い出す。
 彼女は私の怖気づいてしまった心を見抜いていたのだろう。
 ヨミの勝負だけじゃない。私とは違って彼女は揺らぐことなく打ち切った。


 対局場を後にすると記者が駆け寄ってきて次々に質問を投げかけてくる。

「勝てなかったのは、まだ弱いっていうことです」

「強くなれますか?」容赦なく記者の質問が続く――。

「なれるかどうかは分からないんですけど、強くなりたいです、今の自分よりも。
 過去は過去なんで………。これから自分はどうなるか、将来の方が大事です」

 女流の枠を越え、一般棋戦での優勝も期待される唯一の存在だと煽てられて――。

 私の力は、あくまで和-Ai-から貰った力なのに、自分の力だって……何処か勘違いしてた。

 私は和-Ai-の力があれば、桐嶋和さんに追いつけるって思ってた。

 いつかタイトルだって取れるって――。

 けど、それじゃあダメなんだ。わたしはわたしの碁を……打たなきゃ。

「アイドルとして憧れられる存在でいたいんだ。
 なにより私は自分自身に憧れたい。いつだって一番カッコイイ自分でいたいと思っている」

 憧れの棋士について質問されたときの東堂シオンの言葉を思い出す。


 私は泣いた。今までで一番泣いた。 

 負けたこと。彼に嘘をついてしまったこと。


 私は東堂シオンに和-Ai-のノートパソコンを見せることができなかった。

 ごめんない。

 それから私は対局中に和-Ai-先生の声を聞くことができなくなった――。 
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