和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
第19話 天元を目指す碁 前編(倉田厚七段 vs 奈瀬明日美)
H13年秋頃 side-Asumi
天元戦本戦トーナメント準決勝。相手は倉田七段。天元戦の挑戦まで後二つ。
和-Ai-と出会ってから私の棋力は伸び続けているといっても未だ高段の棋士には及ばない。ただ天元戦だけは別。私は天元戦にだけ全てを注いでいるといっても過言ではない。
彼の心に私を残したい。その想いの全てを盤上にぶつける。ほら。和-Ai-先生の声が聞こえる。
私が黒番。倉田七段の白番だ。天元戦本戦の持時間は各3時間。予選とは違って記録係が座って棋譜を取っているし、残り5分前より秒読みもある。
(3手目をたすきに打つ。珍しいかたちだ。しかも向かい小目)
『ええ、布石に決まりはないからね。打ちたいように打てば良いの』
(倉田七段のカカリにコスミツケ。あまり見かけないけど定石にもある)
『そう、自然な手よ』
(白は上辺に開かず右辺から攻める。きっと黒のケイマが薄いという主張だろう)
『薄いと思う? だったら試してみるといいわ』
けど和-Ai-先生の不敵な声が聞こえてきて思わず笑みがこぼれる。
(先生なら薄いとか考えてないんだと思う。理屈はよくわからない。けど自然に手が伸びる)
(これは見るからに薄い。薄すぎだよって倉田七段も記録係も思ってる)
『そう? けどワタシには黒に良い図しか見えないのよね』
(黒の一見すると手筋っぽくみえる手。けど人によっては黒がバラバラになるだけのようにも感じるだろう)
『うふふふ。大切なのは今ではなく未来なの。途中の道程に迷わされないでね』
(なんだか、ややこしいことになっている。複雑な局面。トッププロでも読み切るのは不可能に近い)
『これが“ややこしい”っていうの? ワタシには全て必然にしか見えないけど』
すごいな。盤上の宇宙は私が想像していたより、ずっと自由だ。
わたしは和-Ai-先生の声だけを頼りに、ふんわりと宇宙遊泳を楽しむ。
(うわ、もう何がなんだかわかんないよ)
『何を言ってるのよ。ただ単に変化を全て読めば良いだけじゃない』
そんな無茶な!なんて思ってはいけない。思っちゃうけどね!
けど読みの力を手放してしまったら私の黒石は広い宇宙で孤立して死んでしまうだろう。
白石が置かれる。倉田七段の勝負所だろう。
どうやら右辺は2子抜かれて、上辺は小さく捨てようとしている。
(これどうしたらいいんですか?)
『まあまあ、そう焦っては駄目よ。小さく捨てるの?それも良いんじゃない』
(うわ、またガッチリ取れましたね)
『ほら。これで良いんじゃない』
(あれ? ここは小ゲイマにシマルんですね。隅に縮こまってるとか言ってませんでしたっけ?)
『5手目のシマリとこの手を比べても意味が無いわ。
盤面は常に変化してるのよ。部分にとらわれるのは人間の悪い癖ね』
本当に今日は先生の声がよく聞こえる。集中もできてるし調子が良い証拠。
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side-Atusi
自分にとって本当に怖い奴は下から来る。師匠に言われてたから覚悟はしてた。
名人戦の予選で戦った塔矢アキラは跳ね除けたけど、また本因坊リーグで戦うことになる。
新初段シリーズでの桑原のじーさんとの戦いを知って奈瀬明日美という女流棋士が上に昇ってくる奴だというのは分かっていた。
けど新入段の女流棋士と天元戦の準決勝を争うなんてのは予想してなかった。
今が伸び盛りってやつか。オレも経験があるか分かる。自分の碁が大きく進化する時期ってのは確かにある。現在進行形で進化の真っ最中だ。
けどオレが今年中に狙えるタイトルは天元のみ。この一戦は落とせない。
新入段だからって舐めてなんていない。
男だろうと女だろうと年寄だろうが若かろうが強いヤツが強い。それが勝負の世界だ。
下との死に物狂いの戦いに生き残ってオレがタイトルを掴む。
こういうツケを奈瀬女流はよく打つ。いや一柳棋聖や緒方二冠も好む。
正体不明のネット棋士、和-Ai-を好んで研究し自らに取り入れている棋士の手だ。
知らなければ最大に地が欲しいという級位者が欲張って打ちそうな手にも思える。
けど韓国の囲碁界を揺るがした事件を正しく評価できる棋士に和-Ai-を侮る奴はいない。
いるとしたら時代遅れのロートルか、未知の手を評価する力もない低段者だ。
下辺の途中を手抜いてくる。せっかく読んでいた流れが断ち切られる。
戦ってみて初めて分かる相性の悪さ。オレが読む一局の流れが途端に外される。
黒石と白石、点と点を結び、流れを読む、勝負所を探す。
けど、そんな点と点の流れに意味なんてないといわれるような碁だ。
碁は終局するまでの全てが通過点。流れなんて人間の錯覚か?
違う。勝負には流れがある。棋士が考える時間がある。
和-Ai-ってヤツの持ち時間の使い方は普通じゃなかった。あれは人間とは思えない。
けど奈瀬女流は違う。思考には流れがあり、打つ手には感情がある。
それなら勝負所の場数や経験値はオレが上だ。
答えを出す最後の決め手は勝負勘だ!
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side-Asumi
(白石の厳しい割り打ち。さすがにこれは困ったかもしれない)
『良い結果に繋がる手を選ぶだけよ。困ることなんて何一つないわ』
上辺取ってる間に左上隅を取られちゃった。先生、これは釣り合ってるんですか?
頭を働かせる盤上全体を読み切れ。読み切れ。読み切れ。
あ、まだ手があるんだ。なるほど。隅生きと中央脱出の見合いですね。
はあ、上手いもんですね。白は1子取るしか無いですね。
黒は先手で白地を制限してます。それで先手を取って先生ならどこに手を出しますか?
えっ?1子抜きですか!なぜ今?
下辺もう1手とか、左辺黒勢力の拡大とか、もっと大きいところがあるでしょう。
白石が天元の隣に置かれる。うわあ右辺の白模様が立体的になってきた。
盤上は平面、しかし広がる宇宙は立体の空間。
白と黒の天元(盤面の中央)をめぐる戦いが続く……。
中央の押し合いは途中で2目の頭も残っているけど、戦いの流れみたいなものを無視して先生の声に従って下辺というか右下に手をつける。
あっ、先生お得意のカタツキを相手に打たれちゃいましたよ。フフフ。
倉田七段は私の碁や和-Ai-の碁をしっかりと研究してる人だ。嬉しい。先生の碁が広がっている。
「わたし、負けませんから。」
静かに思いを口にする。決意を声に出す。相手が誰だろうと私は勝って天元を目指す。
いまのわたしには勝利を報告できる相手がいる。
私は自分のことを囲碁くらいしかできない女の子だと思ってた。
けど貴方に出会って私は恋ができるって知った。それが心地よい。
自分の気持ちに正直、自分の心を抑えずに、私のあるがままの手を打つ!
左辺に一つ押してからスベリ。普通の手だけど――。
へえ、ここで中央に戻るんだ。3目の頭、両方ハネられちゃいそうだけど?
あー、先生、中央の黒、なんかめちゃマズイですよ、これ。
ほら、中央の黒、なんかもがいてません?もがいて生きると大抵負けますよ!
『あら? 見えてる物が違うようね』
うわ、キッつ。白の倉田さん本気だ。黒は苦しいでしょう、これは――。
『ほら落ち着いて慌てることなど何もないのよ』
そうだ。落ち着こう。落ち着けわたし。なんか対局中にヘンなこと口走ってないかな?
あー。少し恥ずかしくなってきた。だめだめだめ。深呼吸してー。ここは勝負所。
気が付けば盤が狭い。あれ?先生の声が聞こえない。
まだ盤上は埋まってないのに打つ場所が―見つからない。
可能性が見つからない――――
……やっぱり、一か八かの大勝負で先生の声に従って打ったけど、倉田七段相手に無謀だったのかな?
大人しく堅実に地にからく打った方が戦えたのかな?
駄目かもしれない。そんなとき彼の声が聞こえた気がした。
私が初めて好きになった人の声。
彼が言ってた「あきらめたらそこで試合終了だよ」って――。
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