和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
第12話 奈瀬の想い
H13年7月後半 side-Asumi
せっかくの旅行の予定が台無しになった。気分はずっと沈みっぱなし。あーーあ。
大阪に出来たばかりの洋画の世界を余すところなく体験できるテーマパークに行く約束だったのに……私ってホントバカ。
和-Ai-と緒方先生や塔矢先生との対局のこと、どうして私に相談してくれなかったのかと彼に聞いた。
そうしたら「それで帰れると思ったから……まあ結局は帰れなかったけどね」と自虐的な笑みと素っ気ない返事。
彼が私に黙って静かに元の世界に帰ろうとしたことを知ってしまった。分かってたけど考えないようにしてたこと。
だから私は我慢できず胸の内にしまっていた想いを伝えた。
帰って欲しくない。私は貴方に傍にいて欲しいって……。
私は未だ桐嶋さんの強さに届いてないけど、きっと天元位だって取るから!って――。
その時に帰って来たのは残酷な答え。
ノートパソコンの和-Ai-は更新されてないけど、たぶん3年経った元の世界の和-Ai-や囲碁AIは今以上に強くなっているだろうという話。
そして桐嶋さん自身も、ずっと強くなってるだろうって彼が疑いもなく信じていること。
桐嶋さんが目指してたのは世界棋戦での優勝。国内タイトルのみならず憧れた女性チェス選手のように昔から世界で活躍することを望んでいた。
女性初のタイトルホルダー(天元位)になった後は、女性初の三大タイトルの挑戦者になるだろう。
彼は彼女が一番に欲しがっていたタイトルは本因坊だと言っていた。
私が本因坊になるなんて言っても誰も信じないだろう。
けど彼は桐嶋さんが、必ず本因坊になると信じている。
「……なんで僕は、あいの隣にいないんだろう」
彼が呟いた独白が私の胸を打つ。
桐嶋和さんが戦っていたのは女は弱いを正当化するのに使われる前例や偏見。
そして私は知ってしまった。
彼は彼女の、桐嶋和さんの囲碁や碁の強さが好きなんじゃない。
彼女の戦う姿が、その志の強さが好きなんだ。
誰も立ったことのない舞台で、自らの可能性を問う戦いを続ける桐嶋和という輝ける存在は――
彼にとってアイドルのような憧れの相手。
憧れと恋なんて碁盤の一路ほどの違いはなくて、とても私を選んで欲しいなんて言える自信はなかった。
たぶん彼が塔矢アキラを贔屓してるのは似たような理由だ。
私たちの世代で塔矢アキラだけが疑いもせず本気でタイトルを目指してるからだ。
名人戦以外の棋戦はすべて下位の予選を勝ち上がっていて復帰した進藤が対戦できないって愚痴ってた。まあ進藤の場合は勝手に休んでたんだから自業自得だけどね。
彼の生きた未来には20代で史上初の7冠を達成した若き棋士がいたらしい。
そういった存在と五冠の父を超えようとする塔矢アキラを重ねているのだと思う。
プロ棋士の人数は400人以上。けどトップの舞台で戦ってる棋士は一割にも満たない。
例えば塔矢アキラが史上最年少のリーグ入りを果たした本因坊リーグの定員は8名。
最終予選の参加者が36名。プロ棋士の大半は最終予選の前に消える。
棋士の大半はタイトルも挑戦者もリーグ入りも何かしらの記録もかかってない場で戦っている。
そこは記録係も観戦記者もいないし棋譜も公表されない場所。
そんな場所を抜け出して輝ける舞台で戦うトッププロは少数。
彼が言った「悪いけど後1年だけは何も言わず自分の好きにさせて欲しい」って――。
1年経って帰れなかったら和-Ai-のノートパソコンは私に譲ってくれるらしい。
彼が言うには、和-Ai-に選ばれたのは私。
彼は「自分はただのトランスポーター(運び屋)」だって言ってた。悲しかった。
私は桐嶋和さんのように輝けるのだろうか。
前例のない道を諦めることなく切り開いていけるのだろうか。
ふと進藤が羨ましいと思った。彼は院生になったとき塔矢アキラのライバルだと言った。
最初は信じられなかったけど、今は疑いもなく二人はライバルなのだろうと思う。
碁は一人では打てないと誰かが言っていた。
あくまでも和-Ai-は私の師匠で競い合う相手ではない。
彼が未来の囲碁AIについて話すときに言っていた。
AIとの対局は対人戦とは違って競い合っているという充実感がない。
人間がゲームを楽しく感じるのは「競い合っている」ときで、だからこそ、どれだけ囲碁AIが強くなっても、対人ゲームの楽しさが損なわれることはないと――。
塔矢アキラに追いつこうと頑張る進藤。
そして追ってくる進藤より、ずっと先へ前へと進もうとする塔矢アキラ。
切磋琢磨する二人。
桐嶋さんにもライバルがいると聞いた。私には同性でライバルと言える相手はいない。
院生には同い年の佐々木麻衣ちゃんがいるけど、彼女は一般採用枠での入段は難しいだろう。
ないものねだりをしても仕方ない。彼が消える前に天元の棋譜を残そう。
私が諦めたらダメだ。私がタイトルを諦めたら彼は消えてしまうだろう。
彼に振り向いてもらえるように私は前を向いて進もう。
――私が挑むのは未来だ。
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