純血
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第五章
彼は僕にだ。こうも言ってきた。
「あと。部屋に荷物を置いたら村を案内するよ」
「あっ、そこまでしてくれるんだ」
「君は僕の友達で」
それに加えてだというのだ。
「この村の大切なお客さんだからね。案内させてもらうよ」
「悪いね。気を使ってもらって」
「いいよ。ただね」
「ただ?」
「ううん、何でもないよ」
ここでもこう言う彼だった。僕も彼が何かを隠していることに気付いた。そして僕が既にその隠しているものを見ているということも。そうしたことはわかった。
だがそれが具体的に何かはわからずに。それでだった。
僕は夕食の前に彼の案内で村の中を回った。村は見事な田畑が広がり古い、江戸時代を思わせる家が少ないがわりかしあった。
そして田畑では村の人達が農業に携わっていた。その彼等は。
彼の顔を見ると笑顔で手を振る。その村の人達の顔を見て。
ふと思った。多くの人の顔が彼に似ているのだ。彼のお父さんとお母さんにも。
似ている。まるで親子や親戚みたいに。そういうのを見て僕は妙に感じた。その僕に。
彼は村を一緒に歩くその横からだ。こう僕に言ってきた。
「家に帰ったらね」
「何かあるのかな」
「うん、姉さんが帰ってるから」
「姉さん?」
「僕には姉がいるんだ」
彼は前を向いたまま歩いていた。僕の方を見ていない。何かを避ける様にしていた。
そのうえでだ。こう僕に言ってきているのだった。
「村役場で務めていてね」
「へえ、お姉さんがいたんだ」
「うん、それでその姉さんにね」
僕に対してさらに言ってくる。
「君に会って欲しいんだ」
「そうしてくれるんだ」
「うん。そういうことでね」
「悪いね。君のお姉さんまで紹介してくれるなんて」
「いいよ。じゃあ」
何かを隠している感じはそのままだった。そのままでだった。
僕は彼に村の中を案内してもらった。神社もあればお寺もある。来た時に見た学校にあぜ道、川に山の中。そのどれもが昔の日本の田舎だった。
その懐かしささえ感じる田舎を歩き回って僕は思った。日本にはまだこうした田舎がある。三角の屋根の木造の家も見てだ。僕は昔の日本を堪能した気になった。
役場も古かった。明治の頃からある様な。そこだけは明治だった。
そうしたものを見てから僕と彼は彼の屋敷に戻った。玄関を開けて中に入ると。
すぐに彼より幾分か背が低くすらりとした女の人に会った。白いブラウスに青いスカートを着ている。その人が僕に対して挨拶をしてきた。
「はじめまして」
「あっ、はい」
「姉さんだよ」
横から彼が言ってきた。
「僕のね」
「そうなんだ。この人が君の姉さんなんだ」
「そうだよ。それにね」
「それに?」
「いや、いいよ」
彼はまた、だった。これから言おうとしていることを止めた。
「何でもないから」
「そうなんだ」
ここで僕はまたなんだと言いそうになったがそれは止めた。今度は僕が止めた。
「それだといいけれど」
「うん、それでね」
「あっ、晩御飯だね」
「もうそろそろ用意ができている頃だよ」
「ええ。出来ているわよ」
彼のお姉さんから言ってくれた。にこりとして。
その笑顔を見るとだった。髪型は全然違う。お姉さんの髪型は黒のロングヘアだ。
しかし顔は彼に似ていた。彼のお父さんにもお母さんにも。
女性的なものが加わっているがよく似ているその顔を見てだ。僕はまた違和感を感じた。
しかしその違和感がどういったものか気付く前にだった。彼からまた言ってきた。
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