問題児たちが異世界から来るそうですよ? ~無形物を統べるもの~
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一つの日常 託宣者と陰陽師
「いやぁ、すまんなぁ。あくまでも個人的なお客様やから、僕が個人的に持っとるもんしか出せんくって」
「いいえ、どうぞお構いなく。むしろこちらが無理を言ってお邪魔させてもらっているんだもの。出されたものに文句を言うほど、育ちが悪くはないわ」
「そう言ってくれるとこっちとしても助かるわ。・・・いやまあ、こんな純和室で紅茶に洋菓子ってのがミスマッチなのは置いといて、やけど」
「あら、いいじゃない。さっきも言ったようにこれはお互いにとって私的なもの。一々体裁なんて考えるだけ無駄というものよ」
「ま、たしかにそやなぁ。それじゃ、その辺りのことはこれくらいにしとこか」
と、そう言って。体裁を気にするのはここまでだという相図のように正座から胡坐へ移行した男は、自分用に淹れた紅茶で口を湿らしたのちに少女へ問う。
「ほな、本題に入ろか。本日はどういった用向きで?」
「私のギフトに耐えられる・・・あるいは自我なんてものがなく、遠慮なく使い潰せるような式神ってないかしら?」
久遠飛鳥は、安倍清明の問いに対してそう答えた。
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彼女もまた、きっかけは他の二人と変わらない。ただ暇になったから、自分なりにギフトを強化する、あるいはよりよく活用する術を探し始めた。とはいえすでに持っているような火や氷を自在に操る術に用はなく、ディーンやアルマのような形勢をひっくり返しうるだけの戦力もこれ以上は必要ない。となれば、アジ=ダカーハ戦の時のように自らの与える疑似神格をもって戦わせるためだけの戦力を求めた。
もちろん、正史の彼女であれば早々に選ばない選択だろう。道具を使い潰すことにためらいはないが、生き物のように動くものを使い潰せるほど彼女は非情になれない。こちらの彼女だってそうだが・・・一輝と関わったためか、あるいはその戦い方を間近で見てきたせいか。それなりに、悪い影響というものも出ているのだ。
「それにほら、一輝君のやり方を見ている限りあれってある程度は壊れても治るものなのでしょう?」
「あー・・・ま、そやな。致命的な欠損でも出ない限りは、時間こそかかるものの自分で治っていくで」
「だとすれば好都合だもの。元々、魔王との戦いのようにいざというときの戦力になればいいと考えてきましたから」
「なるほどなぁ・・・普段使いにしないって条件で考えると、確かにそこそこいい手や」
ある種の妙案だと。そう判断しつつ、同時に彼はそれだけではないのだろうと察した。
そもそも、本当に理由がそれだけであればわざわざ自分を訪ねずとも一輝に聞けばいい話である。暇に暇を付けて暇をまぶしたくらい暇している一輝なら、それこそ式神の作成から使い方のレクチャーまで、暇つぶしの一環としてやってくれることだろう。彼女も、それが分からないほど短い付き合いではない。となれば・・・
《彼と戦う時、ってのも考えてるんやな》
寸分たがわず、陰陽の神は事実を看破した。その上で、断る理由もないと判断する。
「ええで。作成費諸々必要な費用は請求させてもらうことになるんやけど、それでよければ」
「もちろん、そこはちゃんとお支払いしますので、どうぞよろしくお願いします」
しかし、彼としては彼女のこの口調に違和感しかない。いや、雰囲気としては合っているしそれなりに自然に出るような環境にいたことは知っている。だがしかし、それとこれとは別なのだ。問題児として知られている彼女がこのような口調。頼みに来た立場だからとそうしているのだろうが・・・そろそろこらえるのも限界であった。
「とりあえず、いい加減その口調やめへん?どうこうって言うよりも、違和感で背中がかゆいねん」
「あらそう、では遠慮なく」
真紅のドレスを纏った少女は、何のためらいもなく口調を崩してきた。そんな様子にちょっとホッとしつつ、清明はまず何をすべきなのかリストアップしていく。
「さて、と・・・式神を扱う素質はあるみたいやし、使い方の指導から始めよか」
「ええ、どうぞよろしく」
そう言うと二人は立ち上がり、清明の所有するゲーム盤へと移動した。
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「普通に使えて正直ヒいたわ」
「失礼ね・・・」
数時間後。
清明としては呪力が全くない人間なので一切使えずそのまま終わり、もしくは何かしらの代用手段を考える方針で進める予定だったのだが、なんでかしれっとつかえてしまった。
「それにしても、なんでなんやろな・・・」
「さあ?もともと私は私のギフトのことを『他者に命令する』ものだと思っていたし、その関係じゃないかしら?」
飛鳥のその発言に対し、清明はふむと考えを進めてみる。
ギフト“威光”。その本質は『疑似神格の付与』にあり、与える側の力である。そして当然のことながら、神格を与える側と与えられる側の関係は主人と従者のそれ。
「だとすれば・・・確かに、式神を動かせるだけの理由にはなるんやなぁ」
「何か納得できるだけの理由があったのかしら?」
「正解不正解は分からへんけど、何となくこうなんかなぁ、程度なら」
「そう。まあ興味はないのだけど」
どうやら本質的な部分には全く興味がないらしい。彼女なりに、自分の恩恵がそれなりに複雑なものだと理解しているが故だろう。
「それで、どうなのかしら?式神使いとしてやっていけるだけのモノにはなりそう?」
「んー・・・本職にはその分野では勝てないにせよ、色々織り交ぜながらならなんとでもなるんちゃうかな?」
「なら、これはもらっていくことにします」
「まいど~」
ひとまずと清明が準備した式神の束をギフトカードにしまう飛鳥。正式に商談となったために次はコミュニティの方から和菓子とお茶を引っ張り出してきた二人は、何のためらいもなくそれらを口にしていく。財政管理担当の人が涙目になりそうな光景である。
「それにしても、それだけやれるんやったら妖怪ベースの式神の方が圧倒的に強いと思うんやけどなぁ」
「強かったとしても、使い捨てるには心が痛むのよ。・・・こんなことを言ったらアルマ辺りに怒られそうだけど」
「それで連れてこなかったんやな?」
「お小言ばっかりでめんどくさいのよ」
アルマテイアの扱いが雑である。ドンマイ、アルマ。
「まあでも、確かにそれ考えたわ。全ての分野で強い妖怪はいないでしょうけど、火取り魔のような分野特化を揃えられれば、って」
「あー、火取り魔なぁ・・・」
飛鳥の言ったことは何一つ間違っていない。
アジ=ダカーハとの決戦の際、覇者の光輪を神格を与えられただけで喰らいつくした火取り魔。言葉を媒介とする疑似神格故に出力は下がるだろうが、それでも十二分の働きが期待できるというものだ。
そして、妖怪伝承の中にはそういった○○のみ特化、という存在は多く存在する。その全てがあれだけのことをできるのであれば、と考えるのは自然なことであった。が、しかし。
「んー・・・それは無理やろうなぁ・・・」
「あら、私の疑似神格では出力が足りない?」
「や、そういうことちゃうんや。実際、彼の従えてる火取り魔やったらできるやろうしな」
どこかはっきりしない口調に対して、飛鳥がちょっとイライラし始めている。こういった回りくどい口調は問題児に対してはNGである、ということを察し、再び口を開く。
「んーと、まず彼の檻の中にいる火取り魔の説明なんやけどな」
「あら、伝承とは異なるものなのかしら?」
「いや、伝承のまんまや。ただちょいと本質が異なっとる」
曰く、火取り魔とは局所的な物理現象のようなものである、とのことらしい。
上に投げたものがいずれ重力にひかれて落ちてくるような、それと何も変わらない物理現象。特殊な恩恵で持ってそれを自由に操る術は存在するが、基本的にはいかなるものであっても・・・アジ=ダカーハであっても縛られるそれ。
故にこそ、覇者の光輪もまたそれに縛られた。確かに勢いの強い炎なのだろう。世界を焼き尽くす炎なのだろう。しかしそれでも、焼くだけの存在。伝承を『炎』というひな型に抑え込んだために、炎としてあらわれているそれに対して、火取り魔が引き起こす物理現象は致命的であった。
「いかなる炎、光の類であってもその場では消えてしまう・・・?」
「そや。たぶん、元々は灯りがあっても夜道は危険である、っていう教訓の意味合いから作り出された伝承なんやろうけどな。僕らの世界の火取り魔は、生き物ではなく物理現象やった」
初代鬼道はそれを、無理矢理生き物であるという性質を押し付け、力技で封印して見せた。その時点で色々おかしい何やったらそんなことが出来るんだって問題なのだが、目の前の清明も不思議そうにしているので飛鳥はこれ以上聞かないことにした。
「確かにそれだと、私じゃどうしようもないわね。物理現象に疑似神格なんて付与できないもの」
「そう言うことやな。ちなみに箱庭には火取り魔っちゅう生き物としての妖怪もいるわけやけど・・・そっちはあくまでも、火や光をエネルギーとして取り込めるだけの三流妖怪や。覇者の光輪取り込もうとした瞬間に容量オーバーやな」
「・・・まって、箱庭にいる火取り魔とあなたの世界の火取り魔は別のものなの?」
「別のものやで?」
ふと感じた違和感。例えば同じ織田信長という人間が箱庭に召喚されたとしても、性格が全く違う人間であることもあるだろうし、性別が違うなんてこともあるかもしれない。心底あってほしくないが、吸血鬼であるなんてこともあるだろう。・・・あるかな?
まあそれは置いといて、そう考えれば別に、火取り魔の定義が全く異なる世界があったとしてもおかしくはない。だからそれはいい。それはいいのだが・・・考えてみれば、もう少し前にもっとおかしなことを言っていたような気がする。
いや、おかしくない・・・やっぱりおかしい。そしてそう考えると、そもそも湖札の保有するギフトだって矛盾する点が存在するはず。なんでそんな矛盾が、というかこれはどう考えてもおかしすぎる矛盾で・・・
「おーい、久遠飛鳥さーん?」
「あ・・・」
「どないしたん?」
「いえ・・・なんでも、ないわ」
清明に声をかけられ、思考の海から帰還する。明らかな矛盾、あってはならないはずの欠陥。それに気付くことこそできたが、しかしそれまでだ。未知すぎて。分からなさ過ぎて。真実が全く見えなくて。・・・だからこそ、それについてこれ以上考えることが、怖い。
思考を放棄する。考えることをやめる。恐怖から目を逸らすその行為が正しいのか間違っているのか。それすら考えることが怖くて、今はその時じゃないと自らをごまかす。
「今日はどうもありがとう。式神の都合と使い方のレクチャー、助かったわ」
「ああ、うん。別に彼とはそれなりの付き合いやし別にええんやけど・・・ホンマに大丈夫なんか?誰かに送らせよか?」
「大丈夫よ。ちょっとなれないことをして疲れただけだから」
「・・・そう言うんやったら、ええけど・・・」
なおも心配そうに見る清明をよそに、飛鳥はすっと立ち上がりその場を後にする。確かに、これ以上考えることは怖い。つい反射的に思考を放棄したのは彼女自身だ。しかしそれでも・・・鬼道一輝という人間について知るためには、その真実へ手を伸ばすしかない。
「妖怪、魑魅魍魎の類について知るには・・・資料か直接会うか、よね。なら一回アンダーウッドへ・・・」
彼女は未だ、何も気づいていない。まだ真っ白なそれを調べ、考察し、どのような結論を出すのか。何一つ未来は定まっていないが・・・
今最も真実に近づいているのは、彼女である。
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