問題児たちが異世界から来るそうですよ? ~無形物を統べるもの~
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一つの日常 キメラと三頭龍 ①
「ふぅ・・・暇だなぁ」
その日、春日部耀はぶっちゃけ暇であった。
念のために言っておくと、別に彼女がサボっているとか逆に張り切り過ぎて休めと怒られてしまったとかではない。問題児たちは、箱庭という異世界を全力で楽しむ、住み家の食い扶持くらいは稼ぐ、働かざる者食うべからず、といった考えは共通している。それ以上に面白そうだと考えてしまったことがあればその仕事は放棄したりするものの、その時はその時でその新たな面白そうなことに全力を出すのだ。よって、今の耀のようにはっきり心の底から『暇』の文字がわき出てくることは普段であれば稀である。
しかし、今はその『普段』ではない。もう絶対悪の爪痕もなくなっているし、しっかりガッツリ復興も終了したとはいえ、それは下層としてのものでありノーネームとしてのものではない。しかもなぜかリーダーとそのお付きが一緒に消えるというどうしたものかの事態まで発生しているのだ。いくらなんでも、これまで通りというわけにはいかない。
と、いうわけで。問題児四人+黒ウサギ&レティシアの多数決によって暫定リーダーとして一輝が指定され、結構な報酬も入ったこともあり別段急いでやらなければならないこともない。だったらもう休息の期間にしてしまえばいいんじゃね?といわれわざわざ仕事としてやることがなくなり、その時間が開いてしまったのだ。唐突に時間が出来れば、空暇にもなる。
と、長々と語ったが要するにそう言うわけである。これだけ言っておけばノーネームの現状説明全部すんじゃって楽でいいよね。
と、暇な耀。問題児と暇の相性は最悪であり何が起こるか分からない爆弾でしかない。もういっそのこと街に出て大食いでも荒してやろうかと考えだしていたところで・・・ふと、一人の人物が視界に入った。
「ん、あれは・・・?」
普段執事服であるために一瞬誰なのか分からなかったが、彼女の視覚情報はその人物名を弾きだしていた。
褐色肌に黒のオールバック、斜め後ろから故に一瞬だけ見えた目は鋭いツリ目。そんな特徴を備えた人物はこのノーネームに一人しかいない。しかし、やはり服装が違う。というか執事服意外には見たことがないために、はっきりと自信をもって彼であると断言できないのだ。
だからこそ、彼女のなかで興味が勝った。
迷わず靴から羽をはやして屋根を跳び下り、その人物の隣に降り立つ。すぐ隣から見てやはり間違っていなかったと確信した。
「ヤッホー、アジ=ダカーハ」
「ム、確か・・・キメラの」
ムッ、と。さすがにその呼び方はないだろうと思い、迷わず反論する。
「せめて人間扱いを付けたしてほしかった」
「ではキメラ人間か?」
「・・・それはそれで何か嫌だな、うん」
しかし残念、まだ彼は全員の名前をはっきりとは覚えていなかったのである。なんだかんだで頑張ってはいるのだが、こればっかりは生物としての格が違いすぎるのだから仕方ない。彼の今後の頑張りに期待しましょう。
「まあとにかく、春日部耀です。コミュニティの同士として、今後よろしく」
「なんだ改まって、気持ち悪い」
あれ、こんなキャラだったっけ?一輝のせいでなんだか大変な問題が発生していないか?そんなことを察した耀だったが、一瞬でその考えを捨て去った。
それにまあ、うん。思いっきり殺し合った相手に対してこれは確かに気持ち悪いといわれても分からないではないのだ。自分があっちの立場であったとしても気持ち悪い。
「けど名前覚えててもらうにはこれくらいの方がいいかなぁ、って」
「なるほど、確かにインパクトの有無は大きいな」
「そう言うこと。そういう意味合いでも一輝なんかは簡単に覚えられたんじゃないの?」
「私を討ち取った相手のことはさすがに覚えているな」
一応参加していたし覇者の光輪も防いだりしたんだけどなぁ、とか考えながらやはり気にしないことにする。そもそも規格外の存在なんだから細かいこととか気にしてもダメだ。強者=変人。これ箱庭の鉄則。
「ああ、それと一つ」
「うん?」
「一輝から種別を付けられたのだがな」
「種別て」
呼びかた差分のことです。
「人化している間はアジさん、らしい。むやみに本名を出しても面倒事しか起きないのだから、とな」
「あー、そういえばコミュニティ関係者以外には知られてないんだっけ?」
「黒死病や箱庭の騎士の比にならないレベルであろうからな。隷属以上の縛りにあるとはいえ、それで納得するものでもなかろう」
確かに、絶対悪の魔王。人類最終試練の一角がしれっと下層で生きてるとか。白夜叉みたいにどこかの庇護下にあるわけでもなくただのノーネーム傘下としてだ。これは間違いなく面倒事になる。
「因みに、トカゲの時は?」
「アジ君、だな。三頭龍状態の時はアジ=ダカーハでよい」
一輝の悪ふざけが垣間見えるのだが、やっぱり気にしない。
「さて、それでは本題に入ります」
「ようやくか」
「まあ、うん。ぶっちゃけると、どうしたのその格好?」
ようやく彼女がアジさんの服装に突っ込んでくれたので、彼の装いについて説明していこうと思う。
まず服そのものだが、黒いシャツに淡い色のカーディガン、ジーパン、スニーカーとこの上なくシンプルであるが故に素体そのもののレベルの高さを強調する。シャツのボタンは多めに開けられていてカーディガンも羽織るだけのためにその引き締まった体もはっきりと目に見えている。
その他にもベルトからポケットへ、手首のブレスレット代わりなどにシルバーアクセが入っており、耳にはイヤリングが。
一見チャラそうな男性、がしかし纏っている雰囲気がそんな印象を一切与えてくれないような。ぶっちゃけると近寄りがたくなるような、そんな雰囲気を醸し出している。
「というか、ピアスじゃなくてイヤリングなんだ。結構印象の外側」
「ピアスなどしていたら有事の際耳ごと引きちぎられるであろう」
「何この考え方怖い」
これが一切冗談ではないのが怖いところである。一輝やアジさんがピアスをしている相手と徒手でケンカするとなれば真っ先にピアスをつかんで耳の肉ごと引きちぎる、右手親指人差し指で相手の右耳をつかみ、目を潰しながら引きちぎる等々を迷わず実行する性質であるがための考えなのであろう。けど普通に考えて人化しているとはいえ龍種の体を引きちぎるとか不可能ではなかろうか。
「で、どうしたの?」
「何、一輝から命令・・・のようなものを出されてな」
「命令?」
「『金はやるから遊んで来い』だそうだ」
「・・・・・・・・・」
「『どうせこれから先長いこと箱庭でノーネームの奴隷するんだから、とっとと普通を知って来い』だそうだ」
「普通とはよっぽど程遠い人間が普通とか言ってるよ・・・」
というかノーネームの奴隷って、アジさん的にはそれでいいんだろうか。これでも私たち・・・というか下層のプレイヤー全員がかりで命がけで倒した大魔王なんだけど。何だろうこれ。
「まあそう言うわけでな。遊ぶとなれば私服もいるだろうと、一輝の服を借りたのだ」
「あ、一輝ので着れたんだ。アジさんの方がそこそこ大きいように見えるけど」
「変装用だそうだ」
一回一輝の倉庫の中を探検してみたい。ものすごく面白いものがたくさんありそうな気がする。農場もあるって時点でありえない状態なんだし。太陽とかどうしてるんだろう。
「というわけで、そろそろいいか?私としてもこうして人の視点で見て回るのには興味がある」
「あ、うん。呼び止めてゴメン。もう大丈夫・・・」
と、うん。ここで彼の目的を思い出して、ちょっと大丈夫なのだろうかと思った。というか、うん。
「問題、おこさないよね?」
「・・・規格が違うのだから起こしかねないな」
「その件について一輝は?」
「『今の俺ならそこそこの発言権あるし何とでもなるだろ』と丸投げであったな」
「オーケーとっても一輝らしかった」
わたしとか飛鳥、十六夜、一輝レベルならそれでもいいのかもしれないけど、絶対悪の魔王に対してそれはマズい気がする。というわけで。
「私もついていっていい?」
「かまわないが、よいのか?」
「うん。正直暇だったし・・・一輝の言うとおり、今後も“ノーネーム”の奴隷をするならいい加減なれないとなぁ、って」
正直今でも大丈夫なのかなとは思ってるわけなんだけど、まあそうも言ってられない。私たち三人はやっぱりまだ壁を作ってるわけだし、誰か一人でもその先にいければ何か改善するかもしれない。
あと、魔王の側面と一緒に過ごす側面は案外違ったりするし。ペストとか弄ってると結構楽しかった。
「じゃあ、街に行こうか。何がある、ってわけじゃないけど」
「何もないのか?」
「私の視点では、何か特殊なことはないかな。ゲームくらいは開催してると思うけど、さすがに参加するわけにはいかないし」
私もだけど、それ以上にアジさんが参加するわけにはいかないと思ってる。
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