グランバニアは概ね平和……(リュカ伝その3.5えくすとらバージョン)
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第95話:税金を払うのは当然だが、有名税ってのは不本意だ
(グランバニア城・カフェ)
ピエッサSIDE
夕方になりグランバニア城内にあるカフェは人気が少なくなっていた。
そんな店内の端っこの席で壁側を向いて誰とも目を合わせないで済む状態で水割りを煽る私……
今日の仕事も終わったので、本当は真っ直ぐ家に帰れば良かったのだけど、直ぐにでも一杯飲みたくなってしまい、寄り道をしてしまった。
娯楽室では目に涙を浮かべたマリーちゃんが肩を震わせながら私を睨んでいた。
だが私からは一言も話しかけず、ジッとマリーちゃんの言動を待ち続けた。
すると沈黙に堪えかねたマリーちゃんが『アンタもずっと私の事を音痴だと思ってたの!?』と聞いてきたので……
『はい。思ってました』と正直に答えた。
そうしたら『だ、だったら何で言ってくれないのよ!!』と八つ当たりしてきたので、『ずっと言い続けてましたよ。貴女の実力じゃ練習しないと問題になるって』と言い返す。
すると彼女は何かを言おうとしたのだが、何ら言葉が出てこないみたいでパクパク口を動かすだけ。
だから続けて『マリーちゃんが私の意見を聞かないから、ウルフ閣下にも言って貰えるように頼みました。でも全然効果無かったわ……これがその結果です』と追い打ちをかけた。
そうしたら流石に涙を流しちゃって『何よ! 私、音痴じゃないモン!』と泣き叫ぶ。
もう疲れ切ってる私は『そうですね……猛練習すれば音痴じゃなくなりますけど、今のままでは音痴のままです。如何します……練習しますか? しませんか?』って言っちゃって……
すると『するに決まってんでしょ! 猛練習よ! 見返してやるんだから!!』と大宣言。
でも『だけど今日は中止よ! 練習は明日からよ!!』と部屋から出て行ってしまいました。
これは怪しい……本当に練習する気になったのだろうか?
まぁ取り敢えず練習するとは言ったので、明日の練習時間に期待するしか無い。
そう思う事で気分を入れ替えたのだが、ドッと疲れが押し寄せてきてしまい、簡単に娯楽室を片付けてお暇する事にした。
普段は酒なんか飲まない私だが、余りの疲労にアルコールが欲しくなり、買って帰る気力も無くなっていた為、一番近い酒の飲める店に飛び込んだ始末。
唯の自惚れでありたいが、それなりに顔が知れ渡ってるので、誰にも気付かれぬように端の席で壁を向いて飲んでいる……のだが、
「あ、あの……マリー&ピエッサのピエッサさんですよね?」
わざわざ店の奥の端の席にまで来て、顔を覗き込むように確認した上で何者なのかを確認してくる兵士が一人……
「そ、そうですよ……」
正直言うとウンザリなのだが努めて笑顔で質問に答える。
すると話しかけてきた兵士さんの顔が紅潮して、
「や、やっぱりピエッサさんなんですね! あぁ……お、俺……大ファンなんです!」
「あ、ありがとうございます……」
ファンねぇ……私のじゃなくてマリーちゃんのファンでしょ? 私は裏方……ステージに上がってもマリーちゃんの後方でピアノを弾いてるだけなのだから。
「初めてこのカフェで歌を披露した時から、ずーっと大好きでした!」
「そ、それはどうもありがとうございます」
何で『ファンでした』って過去形なの? まぁもう解散するかもしれないから、それも間違いじゃないのだろうけど……
「この間のステージも最高でした!」
「はぁ……ありがとうございます」
あぁ……この兵士さんが騒ぐから、私に気付いてなかった人々も少しずつ近付いてきたわ。
大勢の人達に囲まれる前に、この場所から逃げ出したい……
でも興奮してる兵士さんは一人で勝手に喋り倒してるし、それを無視して立ち去る訳にもいかないわ。如何すれば良いの!?
「こらー一般兵士! 君の仕事は何だ? 憩いの一時を堪能してる女性の邪魔をする事か?!」
「え!?」
突如、私等を遠巻きに眺めてた人集りの中から、一人の男性が抜け出てきて大きな声で興奮してる兵士さんに一喝を入れる。
「こ、これはレクルト軍務大臣秘書官殿!」
軍務大臣秘書官?
って事は、この兵士さんの上司かしら?
「べ、別に邪魔をしてるワケでは「僕から見たら邪魔をしてる様にしか見えないんだよね」
いいえ。秘書官殿の見立て通りです。
私からは言えないので、貴方から宜しくお願いします。
「た、ただ……私はファンでして……」
「グランバニアの兵士が、兵士の格好をしたまま、グウランバニア城内で、誰とも会話したく無さそうな女性にしつこく話しかける事が、ファンであれば許されるというのならば、僕は宰相閣下に掛け合って『兵士が芸能に従事する人々のファンになる事を禁止して欲しい』と陳情するしかない」
「そ、そんな……」
「彼女が座ってる席をよく見なさい。店内では一番端の席で、しかも壁に向かって座っているんだ。何でだと思う?」
「え? え~と……こ、この席が好きだから?」
「では何でこの席が好きなんだと思う?」
「……………解りません」
「本当に解らないのかい?」
「……い、いいえ。この席なら他人に話しかけられる可能性が薄いからです」
「解ってるじゃないか。それなのにファンだからと言うだけで、その可能性を打ち破ってるんだよ。彼女は優しい人だから、君の行為に対して文句の一つも言わないけど、これって凄いストレスだと思わないかい?」
「お、思います……」
「僕も君もグランバニア王家という心臓に毛が生えてる連中と付き合ってるから考えが及ばなくなってるかもしれないけど、普通の人々にこのストレスは拷問になるんだ。それは理解出来るよね?」
「はい……理解出来ます」
「うん。じゃぁ彼女の邪魔をしてはダメだって解るよね?」
凄いわこの人。最初は立場を盾に兵士さんを牽制してたけど、最終的には理詰めで説得し納得させる事に成功した。
「あの……ピエッサさん。邪魔をしてしまって申し訳ございませんでした」
「……こちらこそ何だかすみません」
何だか丸く収まりそうだし、私から否定も肯定も出来ないわ。
「良かったね。僕としても兵士達の趣味を制限するような事したくないから嬉しいよ」
「はっ……では失礼致します」
ションボリした兵士さんを私と共に見送る軍務大臣秘書官さん。
「今日は色々大変だったのに、申し訳なかったね……」
見送りきった軍務大臣秘書官さんは私の方に振り返ると、今日の事を労ってきた。
「……軍務大臣秘書官さんは今日の事ご存じなんですか?」
お偉いさんみたいだけど、軍部の人だし詳しい事を耳にしてるのかしら?
「まぁ……ね。一応他国の王太子と王太子妃が来国するワケだし……しかも相手が元自国の姫様だし」
「なるほど、言われてみれば当然ですね」
そうか……違う意味でインパクトがありすぎるけど、あの方はこの国の姫様だったんだわ。
「あの……今後は兵士やメイドさん達に『城内で芸能従事者に対して、濫りに集らない』って徹底させるよ。ウルフ君に言えば速やかに手配してくれるはずだから」
「お、お気遣いありがとうございます」
宰相閣下に“君”付けで接してるの?
親しいのかしら? 先程も兵士さんに対して掛け合うって脅してたわ。
見た目以上に凄い人なのかしら?
「とは言え、今日はまだ貴女に群がってくる者が居ると思います。城の外まで僕に送らせて貰えますか?」
「え!? そ、そんな……ご迷惑をお掛けする訳には」
そうは言ったが、この城は広いし出る間での間に声をかけられないとは言い切れないわね。
「失礼な言い方になりますが、これ以上城の者が貴女に群がって仕事が疎かになる方が迷惑なんですよ。ですから貴女は心置き無く僕を利用しちゃって下さい。上(王家)があんな感じだから、何でも緩く考える者が多いんです(笑)」
「ふふふっ……確かに凄い方達ですよね、色んな意味で」
軍部の偉い人なのに、凄く気さくで面白い人だわ。
お言葉に甘えちゃいましょう。
「ではお願いします。これ以上この場に居座って、皆様の仕事の邪魔をしては申し訳ありませんから」
「では……」
紳士的な態度で私を出口方向へと促す軍務大臣秘書官さん。
ピエッサSIDE END
(グランバニア城)
レクルトSIDE
僕はこの娘に同情している。
選りに選ってグランバニア史上一番アレな姫君の相方に抜擢された訳だから。
ウルフ君があの姫君の所為で苦労するのは仕方ない……だって、少なくとも彼女の性格以外もを堪能してるワケだし、それ一点に絞れば凄く羨ましいワケだしね。
でもこの娘は違う。
無理矢理押し付けられて、あの姫君のあの性格に付き合わされてるのだから、周囲の人間が少しでも負担を軽くしてあげる必要があると思う。
今回ポピー様がいらっしゃったのも、彼女の負担を軽減させる為なんだと思う。
だけど劇薬すぎて一般人には地獄だったんじゃないかな?
王家の方々は感覚が麻痺してて気が付かないだろうけど、ポピー様もアレな部類に入ると思うんですよね。
「あのぅ……軍務大臣秘書官さんは、マリーちゃんのご両親の事を存じてるのでしょうか?」
「ええ、まぁ……不本意ですが知っておかないと問題ありますから」
知らなければ絶対に近付きたくない女の子なんだけど……
「はぁ……大変ですね、軍人さんも」
「そうですね。彼女の家庭は凄く特殊で、それでいて凄く奇抜な方々の集団ですから、僕や貴女のような一般人には、凄~く重荷になりますよね(笑)」
「ふふふっ。本当ですね……対応出来る人間って居るんですかね?」
良かった。先刻まで暗い顔をしてたけど、やっと笑顔を見せてくれるようになった。勇気出して、兵士を叱った甲斐があった。
「大きな声じゃ言えませんが、宰相閣下は対応出来てるんです。まぁあの人は普通じゃないですけどね」
「あははははっ! 確かに普通じゃありませんね(大笑)」
僕の言葉にお腹を抱えて笑い出すピエッサさんは、凄く可愛いと思います。
少数だが通り過ぎる城内勤務者等が羨ましそうに視線を向けてきた。
後で皆に何を言われるか解らないけど、彼女の可愛さを目の当たりに出来るのなら、きっと些細な事だと思えるはずだ。
「あら……もう城の出口に着いてしまいましたね。何時もならもっと遠く感じるのに」
「そう言って貰えると嬉しいです。僕と一緒に歩いても殆どの女の子は楽しくないみたいだから……」
“殆ど”と言ったが、ほぼサビーネちゃんだけだ。
「まぁ……そんな感性の低い女の子が存在するんですか? 軍務大臣秘書官さんは凄く楽しい方ですよ」
あぁヤバイ。涙が出てきそうなくらい嬉しい言葉だ。
芸能活動を止めないでほしいなぁ……
「楽しんでもらえたなら幸いです」
「とんでもございません。送って戴いた事も大感謝です、軍務大臣秘書官さん」
どうしよう……女の子とこんなに良い感じになるなんて、給料日直後のキャバ以外ではありえないんだけど(涙)
「あの……本当に感謝して戴けるのなら、一つだけお願いがあるんですが」
「……何でしょうか?」
あ、いかん。今更何か要求されたから、ピエッサさんが凄く警戒してる。
「えーとですね……僕の事はレクルトと呼んで下さい。軍務大臣秘書官ってのは長いし偉そうだし、僕には似合わないんですよね」
「分かりました(ニコ) 何時までも秘書官ってわけでもないでしょうし、お名前で呼ばせて貰います、レクルトさん」
「ありがとうございます。でも出世はしないと思いますよ……僕は軍人向きじゃないのに、軍部に席を置いてる訳だから」
「そんな事ないと思いますよ。軍部のトップに立つには、武断的じゃ無い人の方が適してると、私は思いますから」
はぁ~……本当に良い娘だよぉ。
グランバニア王家の人々と接点を持って、捻曲がった性格になっちゃ大損害だよぉ!
彼女の為にも、あのユニットは早めに解散した方が良いと思う。
「では、この辺で大丈夫ですよレクルトさん」
気が付くとグランバニア城の正面出入り口に到着していた。
どうしよう……まだ彼女と会話していたい。家の近所まで送ると言い出したら、下心を疑われて迷惑がられるかな?
「あ、あの……外は既に夜ですし、その……治安が良いとは言え、ピエッサさんのような可愛い子が一人で歩くのは危険でしょうから、迷惑でなければ近所まで送らせて貰えませんでしょうか? だ、大丈夫……自宅を把握出来ないように、近場まで送ったら直ぐさま帰りますから!」
うわぁ~……何、この言い訳で固めた理屈は?
こんな言い方じゃ絶対に警戒して嫌われちゃうよぉ~……
だってピエッサさん、吃驚して目を見開いてるし。
「あ、あの……お願い出来ますか?」
ほらぁ『お願い』って……………あれ?
い、今……お願いしますって言った?!
「だ、大丈夫ですか!? ぼ、僕が急に襲いかかるかもしれない危険が潜んでますよ!」
「うふふっ、送り狼になる人は、事前に襲う事を示唆しません。レクルトさんは信用出来ますよ」
うわぁ~い! 凄いよ~! 僕にも青春の風が巻き起こってるよぉ!!
「で、では……行きましょうか……」
「はい」
僕の促しの言葉に、ピエッサさんは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた。嫌がってるように見えないのは、僕の勘違いでなければ良いな。
レクルトSIDE END
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