| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六十七話 クーデター計画

帝国暦 486年 8月 1日  オーディン ブラウンシュバイク公爵邸  
オットー・フォン・ブラウンシュバイク



「伯父上、盛況ですな」
「そうだな」
邸内には着飾った夫人、それをエスコートする貴族、軍人達が溢れている。いずれもブラウンシュバイク公爵家に招待された客だ。

「これを見ればリヒテンラーデ侯もブラウンシュバイク公爵家の勢威を思い知るでしょう」
フレーゲルが邸内を見渡し得意げな、満足げな表情をしている。それに相槌を打ちながら内心で溜息を吐いた。有象無象が集まってどうなるというのだ、大事なのは核になる人間が居るかどうかだ……。未だあの男は来ない……。

フレーゲルが何かと話しかけてくる。おそらくは周囲にわしと親密な所を見せつけたいのであろう。それによって自分を重要人物だと認めさせようとしている。適当に相手をしていたがいい加減うんざりした。少し一人にしてくれと言って追い払う。フレーゲルが残念そうな顔をしたが気付かぬふりをした。

先帝フリードリヒ四世が崩御してから二月半、これまでオーディンではパーティや観劇の類は自然と自粛された。代替わりには良くあることだ、三十年前、オトフリート五世が崩御しフリードリヒ四世が皇位に就かれた時も同じだった。

だがあの時とは違う事も有る。帝都オーディンの空気が重い。邸内の空気も何処か鈍重だ、皆笑顔を見せながらも時折不安そうな表情をしている。今日は久々のパーティであり陛下の御臨席も賜る。本来ならもっと華やかに軽やかに会話が弾んでいいのだが、どこか周囲を憚るような雰囲気に包まれている。皆先が読めないことに不安を隠せずにいる。ここに来たのも少なからず周りがどう考えるかを窺いに来たのだろう。

「ブラウンシュバイク公」
名を呼ばれて振り返るとリッテンハイム侯がいた。ようやく来たか……。
「盛会だな、喜ばしい事だ」
「うむ、何よりも卿が来てくれたのは嬉しい事だ」

リッテンハイム侯が笑い出した。
「陛下が見えられるのだ、来ぬわけにもいくまい。違うかな?」
「まあ、それもそうか」
こちらも釣られて笑いが出た。妙な話だが甥であるフレーゲルよりもこの男の前の方が素直になれる。おそらく同じ立場にあることが理由だろう。

「少し公と話がしたいのだがな、場所と時間を用意してもらえんかな」
リッテンハイム侯は顔に笑みは浮かべているが眼は笑っていない。場所と時間か、望むところではある、こちらも侯と話をしたい。

「わしも侯と話したい事が有った。ついて参られよ」
邸内の一室を目指す。皆が我らに注目するのが見えた。もっともこちらが視線を向けると顔を背け知らぬ振りをする。我らが居なくなれば大騒ぎだろう、やれやれだ。

「狭い部屋だが許してほしい」
「いや、構わんよ」
案内したのは十メートル四方ほどの小さな部屋だった。薄暗い部屋で小さな丸いテーブルと椅子が幾つかあるだけだ。主に密談用に使っている、防音装置が施され盗聴器の有無の検査も日々行われている。この部屋には呼ばれるまで誰も入ってこない……。

部屋に置いてあるグラスとワインをテーブルに置いた。ワインをグラスに注ぐ。向き合う形で椅子に座ると早速侯が話しかけてきた。余談無しだ、リッテンハイム侯も追い詰められている……。
「これからの事だが、考えは決まったかな」
「……決めかねている」

「……公は革命が起きると思われるか?」
顔が強張るのが分かった。“馬鹿な”と否定したかったが出来ない。侯の顔も引き攣っているのが分かった。
「リヒテンラーデ侯は馬鹿げたことをしたが、無能とは思わん。その侯が革命を恐れてカストロプ公を利用しようとした……」

わしの言葉にリッテンハイム侯が頷いた。そしてこちらの顔色を見定める様にじっと見詰めた。
「正直に答えて欲しい、公は改革に反対か?」
「いや、ここまできたら何らかの改革をせねばなるまい。ただ……」
「ただ……、ただ何処まで改革を行って良いか決めかねている、か……」

その通りだ、侯の言葉に頷いた。侯も頷いている。お互い未だワインには口を付けていない……。
「侯はカール・ブラッケ、オイゲン・リヒターを知っているか?」
「知っている。改革派として有名だからな」

カール・ブラッケ、オイゲン・リヒター、どちらも元は名前にフォンが付く貴族だった。だが平民達の権利を拡大し社会の不公正を無くすを主張し、改革派として活動を始めた。その時に名前からもフォンの称号を取っている。

「彼らと内密に会った。そして彼らの考える改革案、その草案を貰ったのだが……。とてもそのまま受け入れる事は出来ん。あっという間に暴動が起きるだろうな」
溜息が出た。あの草案の事は考えたくない、しかし無視することはもっとできない。

「考える事は同じか……」
「?」
「私も彼らに会った。改革案を貰ったよ」
思わずまじまじとリッテンハイム侯の顔を見た。侯は苦笑している。釣られたようにわしも苦笑していたが苦笑していたのは長い時間ではなかった。

「平民達の不満は高まっている、その事に貴族達も苛立っている……」
「平民達は現状に不満を持ち、貴族達は現状を維持しようとしている……、そういう事だな」

わしの言葉をリッテンハイム侯が別な言葉で言い換えた。また溜息が出た。侯も同じように溜息を吐いている。帝国の二大貴族が薄暗い部屋で溜息を吐いて現状を憂いている。ちょっと前なら有り得ないことだった。一体どういう事だろう。

「ブラウンシュバイク公、軍の事、聞かれたかな」
「士気が上がらぬという事か」
リッテンハイム侯が頷いた。こいつも頭の痛い問題だ、軍の士気が上がらない、艦隊の維持が難しいほどに士気が下がっている。

厄介な事になりつつある。軍は艦隊の維持が難しいほど弱体化している。つまり兵達は銀河帝国のために命を捨てる事に疑問を感じ始めている、そういう事だ。帝国は国家としての尊厳と統制力を失いつつある。

そして愚かな事に貴族達の間にはそれを歓迎する空気が有る。軍の力が弱ければ政府の力が弱まる。政府の力が弱まれば貴族達の力を無視し辛くなる、そう見ているのだ。

そしてそれはリヒテンラーデ侯だけではなく、わしやリッテンハイム侯への牽制でもある。自分達を無視することは許さない、そういう事だ。貴族制度の存続も帝国有っての事、帝国が揺らげば貴族制度も揺らぐという事を理解していない。

政権を安定させ、貴族達を抑えるためには軍の協力が要る、精強な軍の協力が……。そのためにはやはり改革が必要となってくる。だがそれをやれば貴族達が反発するのは必至だ。問題は貴族達に勝てるか、という事だ。

軍が今自由に動かせるのはオフレッサー率いる三万隻、ミューゼル中将率いる三万隻、合わせても六万隻だ。ブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家の持つ兵力と合わせても約十二万隻。一方の貴族達は二十万隻は擁するだろう……。

「エーレンベルク、シュタインホフ元帥の話ではオフレッサー元帥率いる艦隊の士気はどうにもならぬらしい。オフレッサーは今回の遠征に全く勝算を持てずにいるようだ。唯一の頼みはミューゼル中将の艦隊らしいが、それが駄目なら遠征を取りやめるかもしれんと言っていた」

「残念だがミューゼル中将の艦隊も当てにはならん。わしの所にいるフェルナー中佐がミューゼル艦隊の分艦隊司令官ミュラー准将と士官学校以来の付き合いでな、准将はどうにもならんとぼやいているそうだ」

リッテンハイム侯が顔を顰めた。そして強く肘掛を叩く、バチンという音が部屋に響いた。
「では遠征は取りやめか……。勝つか負けるかはっきりしてくれれば手の打ちようも有るが、取りやめとは……。一番始末が悪いな」

確かに始末が悪い……。勝てば政権の安定度が増す。つまり今しばらくはリヒテンラーデ侯に政権を委ねておけるだろう。こちらとしては様子見が出来るわけだ。リヒテンラーデ侯に改革の口火を切らせるか、或いは平民達に圧力をかけさせるか、状況を見ながら判断すればよい……。

逆に負ければリヒテンラーデ侯は失脚、いや没落する。多少は平民の不満も晴れるだろう。改革案もお茶を濁すとは言わんが、貴族達にも受け入れやすいものに出来るかもしれん。もっとも戦死者の多寡にもよるだろう。それ次第では平民の不満はさらに高まる可能性は有る……。どうなるかは分からない、だが進むべき方向性は見えてくるはずだった。

コンコンとドアを叩く音がした。視線を向けるとドアが開き、アンスバッハが済まなさそうな顔をして立っていた。
「御要談中の所を申し訳ありません。陛下がお見えになりました、リヒテンラーデ侯も御一緒です」
リッテンハイム侯と顔を見合わせた。侯が不満そうな顔をしている。話を中断されるのが面白くないのだろう。

「我らはもう少しここで話している。適当に繕っていてくれ」
「……承知しました」
アンスバッハが何か言いかけたが、一礼しドアを閉めた。リッテンハイム侯が何処か面白がるような表情をしている。

「よろしいのかな、ブラウンシュバイク公。屋敷の主が陛下を御出迎えせぬとは……。不敬罪を問われかねぬが」
「構わんよ。あの老人の所為でえらい迷惑だ。少しぐらい嫌がらせをしたからと言ってなんだというのだ。それより、侯と話さねばならんことが有る。こちらの方が大事だ」

リッテンハイム侯の顔が引き締まった。ここからが本番だ。
「遠征が取りやめとなれば、もっと厄介な事が起きるかもしれん」
「?」
「オフレッサーがクーデター紛いの事をする可能性が有る」
「……」
リッテンハイム侯の顔が蒼褪めた。

「イゼルローン要塞に六万隻の艦隊が集まる。指揮官達は皆兵の士気の低下を危ぶんでいるのだ。士気を回復し軍を維持するには改革を実行するしかない。それを実施しようとしない政府、貴族達に不満を持っている」
「……しかし、だからと言ってクーデターなど……」
リッテンハイム侯が肘掛を強く握っている。震えを帯びた声だ。

「戦場に出て戦うのは彼らだ。戦っている最中に兵達が逃亡したらどうなる? 逃亡ならまだ良い、反乱を起こしたら……」
「……」
「碌に戦うことも出来ずに死ぬことになる。最前線の指揮官達はそれを恐れているのだ。改革の実施を求めてイゼルローンからオーディンへ進軍する。改革のために戦うとなれば兵は従うだろう、貴族達が敵対するかもしれんが反乱軍と戦うより勝算はある」

「……勝算と言っても貴族達は二十万隻は動かす、三倍以上の敵を相手に勝てると考えているのか」
呆れた様な声と表情だ。
「オフレッサーは装甲擲弾兵総監だ。部隊を動かしてオーディンを制圧すればどうだ。貴族達の身柄を拘束すれば動かせる兵力はぐんと減る」

リッテンハイム侯が呻いた。額には汗が浮いている。わしの掌も汗で濡れている。おそらく侯も同様だろう。
「それに、我らがそこに加わればどうだ。兵力は十万隻を超えるだろう。それでも勝算は無いかな?」

気が付けば囁くような声になっていた。喉がひりつく様に渇く、グラスを一息に呷った。リッテンハイム侯も同様だ。グラスが二つ、空になった。ワインを注ぐ。味など分からなかったが喉の渇きは止まった。

「まさか、ブラウンシュバイク公、……公は、……」
「フェルナーがミュラー准将と連絡を取っている。正確には向こうから接触してきた。ミューゼル中将の考えだそうだ。どうかな、リッテンハイム侯、手を組まぬか」

「手を組む?」
「このままでは貴族と平民の間で身動きが取れん、周りに流されていくだけだろう。それは余りにも危険すぎる」
「だからと言って……」
リッテンハイム侯が胸を喘がせている。侯がまたグラスを呷った。カチカチと歯とグラスのぶつかる音が聞こえた。空になったグラスにまたワインを注いだ。

「貴族達の機嫌を取っても帝国は安定するまい。連中は図に乗り平民達は不満を募らせるだけだ」
「……」
「このあたりで貴族たちを一度強く叩くべきだとわしは思う。連中と共に自滅するつもりなら別だが」

リッテンハイム侯が激しく首を振った。
「それは出来ぬ。我らは帝室の藩屏として存在してきた、他の貴族達とは違うのだ! 我らが滅びるという事はゴールデンバウム王朝そのものが危機に瀕するという事であろう、そのようなことは出来ぬ!」

「ならば協力してくれるか、侯が味方に付いてくれれば心強い」
「……信じられるのか、ミューゼル中将を。危険ではないのか、あの男は……」
「野心家だというのだな、そして我らを敵視していると」
リッテンハイム侯が頷いた。確かに危険はあるだろう、否定はできない。

「場合によっては始末するか、或いは取り込むかだな」
「取り込む?」
「我らには娘しかおらん、婿の決まっていない娘しかな」
侯の目が大きく見開かれた。そして囁くように問い掛けてきた、

「本気か? 爵位も持たぬ小僧だぞ、それを婿にするというのか」
「軍の中では有力者になりつつある。下手に有力貴族から婿を決めるよりも良かろう、平民達を刺激せずに済む。それに……」
「それに?」
「娘を守る番犬だと思えば腹も立たぬさ」

思わず笑い声が出た、低い嘲笑うかのような笑い声だ。自分で言っていて自分で嘲笑っている、馬鹿げた話だ。リッテンハイム侯がわしを呆れた様な顔で見ていた。その顔が可笑しかった、また笑い声が出た。

そろそろ会場に戻らねばなるまい、リヒテンラーデ侯が待っているだろう……。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧