亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第六十三話 第一特設艦隊
宇宙暦 795年 7月 15日 ハイネセン 宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
七月五日、今回の戦いの論功行賞、そしてそれに伴う人事異動が発表された。ビュコック、ボロディン両大将が元帥に昇進した。当初、二人を昇進させるとシトレと同じ階級になる、後々シトレが遣り辛いのではないかという事で勲章だけで済まそうと言う話が国防委員会で有ったらしい。
だがシトレはそれを一笑に付した。“ビュコック、ボロディンは階級を利用して総司令官の権威を危うくするような人間ではない、心配はいらない”その言葉でビュコック、ボロディン両大将の元帥昇進が決まった。
上手いもんだ、二人を昇進させて恩を売るとともにちゃんと枷を付けた。これであの二人がシトレに逆らうことは無いだろう。おまけに自分の評価も急上昇だ。同盟市民のシトレに対する評価は“将の将たる器”、だそうだ。狸めが良くやるよ!
ウランフ、カールセン、モートン、クブルスリーの四人も大将に昇進した。もっともクブルスリーにとっては素直には喜べない昇進だろう。他の三人が功績を立てたのに対してクブルスリー率いる第一艦隊は明らかに動きが鈍かった。当然働きも良くない。周囲の昇進のおこぼれに預かったようなものだ。
俺、ヤン、ワイドボーンも昇進した、皆二階級昇進だ。そして宇宙艦隊司令部参謀から艦隊司令官へと異動になった。ヤンとワイドボーンは良い、でも俺も艦隊司令官に転出? 亡命者に艦隊を任せるなんて何考えてるんだか……、さっぱり分からん。原作ではメルカッツだって客将だ、ヤンの代理で艦隊は指揮したが司令官では無かった。
俺が艦隊司令官の人事に関与していると文句を言っている連中が居るらしい。本当はトリューニヒトとシトレに言いたいんだろうが二人とも実力者だ。正面切っては言い辛い、そこで俺を非難することで自分達が不満を持っているとアピールしたのだろう。
だがな、トリューニヒトとシトレの方が一枚上手だ。俺達を昇進させて司令部から追い出す、そう見せておいて艦隊司令官に押し込んだ。司令部でふんぞり返っている若造に前線指揮官の苦労を理解させる、そう言われれば反対する人間は居ない。
おかげで艦隊司令官はかなりの異動が有った。ワイドボーンは第一艦隊の司令官になった。そして元第一艦隊司令官のクブルスリーは第十一艦隊司令官に異動だ。こいつはクブルスリーにとっては結構厳しい。昇進はさせる、艦隊司令官としても留任はさせる、但し第一艦隊は任せられない、そういう意味だ。
第一艦隊は首都警備を任務としている。言ってみれば近衛部隊のような物だ。つまりクブルスリーは近衛部隊の指揮官としては失格だと判断された。但し、艦隊司令官としては留任させ名誉挽回のチャンスを与えるとしている。そして近衛部隊である第一艦隊の立て直しはワイドボーンの役目になる。
ワイドボーンは士官学校首席だし、十年来の秀才と言われた男だ。第一艦隊の司令官としては適任だという事だろう。クブルスリーも文句は言えない、艦隊司令官としては留任できるのだから名誉挽回のチャンスは十分にある。それに第一であろうと第十一であろうと宇宙艦隊の正規艦隊の一つであることには違いない。近衛のような物、というのはあくまで意識だけだ。基本的に両者の間には差は無い。
第十一艦隊の旧司令官はスティーブ・カント中将、六十を超えた老人なのだが、あまり体調が良くない。以前から交代を希望していたらしいが適当な人間がいなかったので今日まで留任していたようだ。交代が決まったと知った時にはさぞかし喜んだだろう。そのまま療養生活に入っている。原作でも出てこないわけだよ。
第十一艦隊は原作だとこの時期はウィレム・ホーランドが司令官になって第三次ティアマト会戦で戦死した後だ。艦隊の再建はルグランジュに任されたのだがこちらの世界では第六次イゼルローン要塞攻防戦が殆ど戦いらしい戦いもなく終了した。そのためホーランドは武勲を挙げられず未だに少将のままだ。
ヤン・ウェンリーは第三艦隊の司令官に親補された。原作でのヤン艦隊のメンバーは集められん。あれは第四、第六の敗残部隊の寄せ集めだからな。まあ副官がフレデリカというのは一緒らしい。仲良くやってくれ。ちなみに前任のルフェーブル中将は同盟軍最高幕僚会議議員に転出だ。段々増えてくるが最高幕僚会議議員って定員って有るのかな、有るとしたら何人なんだろう。大体何をやっているのか分からんという謎の組織だ。そのうち悪だくみとかしなければ良いんだが……。
俺も艦隊司令官になった。驚いたことに俺に用意されたのは新設の艦隊だった。名前は第一特設艦隊……。それを聞いた時には何の冗談だと思ったが、冗談じゃなかった。正規艦隊は十二個しかない。俺を艦隊司令官にしようとすれば誰かを首にするしかないのだが、それでは反発が厳しいと見たらしい。亡命者を正規艦隊の司令官にするとは何事か! そんなところだろう。
そこで艦隊を新設し俺を司令官にした。艦隊の新設なら司令官職のポストが一つ増えるのだからあまり反発は無い、むしろ歓迎されるだろうと言う訳だ。反対するなら十二個の司令官職のどれかに就かせると言われれば反対は出来ない。多少の不満は有っても認めるしかない。
トリューニヒトもシトレも遣り方が上手いよ、連中が反対できないように持っていく。ついでに言えば特設だから正規艦隊ではない、いざとなれば解体も簡単だ。つまり正規艦隊司令官に比べれば艦隊司令官としての格は下という事になる。
俺の艦隊となった第一特設艦隊だが艦艇数は二万隻も有る。普通多くても一万五千隻だから五千隻以上多い。つまり俺は国内最大の武力集団を率いる事になったわけだ。一応理由は有る、帝国軍は俺を集中的に狙うだろうから、兵力を多くしておいた方が効率よく帝国軍を叩けるだろうということだ。
だがトリューニヒト、シトレの狙いはそこではないだろう。例え艦隊司令官の格は下でも国内最大の艦隊を率いさせる、それだけ信頼をしている、そんなところだ。実際に他の艦隊司令官にとって二万隻の艦隊を率いるというのは羨望以外の何物でもないはずだ。
二万隻もの兵力をどこから持ってきたんだとトリューニヒトに訊いたら新造艦と国内の哨戒部隊、各星系の警備隊、星間警備隊から持ってきたと言いやがった。何のことは無い、原作の第十四、第十五艦隊と同じだ。まあ新造艦や哨戒部隊が入っている、原作ほど酷くは無いだろう。
しかしね、艦隊を増やせば当然軍事費は増大する、レベロが嫌な顔をするかと思ったがそうでもなかった。ここ最近同盟は勝ち戦続きだ。戦死者も少なければ艦の損失も少ない。当然だが戦争による費用はレベロの予想よりも少なかった。レベロにしてみれば出来れば金はかけたくないが、元々ある艦と人員を再編成しただけだ。それほど目くじらを立てる事でもない、そう思ったようだ。それにここが勝負どころだと思っているのかもしれない。
第一特設艦隊の陣容は以下の通りだ。
司令官:エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将
副司令官:ワーツ少将
参謀長:チュン少将
副参謀長:ブレツェリ准将
作戦主任参謀:デッシュ大佐
作戦参謀:ラップ少佐
情報主任参謀:ビロライネン准将
情報参謀:ニコルスキー少佐
後方主任参謀:コクラン大佐
後方参謀:ウノ少佐
分艦隊司令官:マスカーニ少将
分艦隊司令官:キャボット少将
分艦隊司令官:ホーランド少将
副官:ミハマ中佐
旗艦艦長:シャルチアン中佐
ローゼンリッター:シェーンコップ准将
他にも二百隻程を率いる分艦隊司令官としてデュドネイ准将、ビューフォート准将、スコット准将、マリネッティ准将がいる。
微妙な面子だ。頼りになる人間とどう受け取って良いか分からない人間が居る。特に酷いのが実際に艦隊を率いる副司令官、分艦隊司令官だ。原作を読む限りどう見ても頼りにならない。過度な期待は禁物だろう。戦術レベルで競い合うような戦いは出来ないし手綱は引き締めておく必要がある。ホーランドとマスカーニなんて自信過剰の馬鹿と間抜けの代名詞に近い。
サアヤの処遇はちょっと迷った。副官にするか、それとも後方参謀にするか……。情報参謀、作戦参謀でも良かった。彼女は元々情報部だし、戦術シミュレーションも下手じゃないからな。だが結局は副官にした。気心も知れているし、他の奴を新たに副官に任命しても下手に怖がられては仕事にならない。最近俺を怖がる人間が増えて困っている。敵はともかく味方まで怖がるってどういう事だ? 俺は化け物か? 母さんが泣いてるよ、私の可愛いエーリッヒがって。
ローゼンリッターだがシェーンコップが自分で売り込んできた。こいつは准将になったのだから何処かの旅団長になってもおかしくないのだが例の軍法会議での態度が悪かったのが影響したのか連隊長のままだ。周囲も腫れものを扱うような調子で遇するため本人も面白くないのだろう。
俺の見るところこの男は軍人という職業が嫌いなのではない、自分を十二分に使ってくれる人間がいないのが不満なのだ。ついでに言えば自分の予測を超える事をしてくれる上官を望んでいる。驚かせてもらってその実現のために自分の能力を使う、そんなところだな。
“艦隊司令官になった以上、陸戦隊が必要でしょう。我々を使ってくれませんか、閣下を失望させるような事は無いと保証します”
“私のところに来ると亡命者が集まって何を企むかと皆が心配しますよ。ローゼンリッターにとっては後々困った事になりませんか”
“ヴァンフリート、イゼルローン……、我々は閣下に大きな借りが有りますからな、それを返したいんです”
“帝国軍は私を目の敵にして斃しに来る。巻き添えを食う事は無い……”
“それも良いでしょう、所詮人生は一度です。納得できる生き方、死に方ができるか……。貴方なら最高の舞台を用意してくれそうだ”
馬鹿に付ける薬は無いよな、配属を願う馬鹿とそれを受け入れる馬鹿、本当にそう思う、何で受け入れたんだろう。シトレにローゼンリッターの配属を頼むと直ぐに配属が決まった。上層部も連中の処遇には頭を痛めていたようだ。これ幸い、そんなところだな。
多分他にも同盟中の厄介者を第一特設艦隊に集めたのだろう、ポプランだのコーネフなんて言う名前も有ったからな。全部まとめて俺に押し付ける気に違いない。派手に戦死者を出しても何処からも苦情は出なさそうだ、やれやれ。
俺の乗艦だが戦艦ハトホルと決まった、パトロクロス級の一隻だ。ハトホルというのはエジプト神話に出てくる愛と美の女神で喜びの女主人とか呼ばれている。血腥い野郎とか化け物の名前なんてまっぴらだからな、俺はハトホルに十分に満足している。
もう少し後ならトリグラフ級というのも有っただろうが俺自身はパトロクロス級で問題は無い。というよりトリグラフ級は嫌だ。全幅二百十メートルって何だよ、パトロクロス級の三倍は有る。軍港には係留し辛いとか何でそんな艦造ったんだか、さっぱりわからん。同盟も末期で造艦技術者も頭がおかしくなっていたんだろうとしか思えない。
本当はヒューベリオン級が欲しかったが、あれは俺には使いこなせないからな、諦めるしかない……。ヒューベリオン級は一世代前の旧式艦だ。精々数千隻程度の艦隊しか指揮統率できないという欠点を持っている。半個艦隊とはいえ制式艦隊である第十三艦隊の旗艦に就役する際には指揮性能を上げるため急遽改造したらしいがそれでも一万数千隻の指揮は無理だったらしい。
結局第十三艦隊はヒューベリオン単艦による第十三艦隊全体の統括指揮は不可能だったため、分艦隊の機能を強化する事で対応したと読んだことが有る。普通はそんな事をしたら艦隊運用に置いてはマイナスどころか致命的な欠点になるんだが、そのあたりがヤンの凄い所だよな、フィッシャーの艦隊運用能力、アッテンボローの戦術指揮能力にも助けられたんだろうが破綻することなく同盟軍最強の艦隊としてあり続けた。当然だが旗艦であるヒューベリオンも帝国軍にとっては畏怖すべき存在だった……。
俺には無理だ、そんなことは出来ない。おまけにこの艦隊の分艦隊司令官がどこまで信用できるかはなはだ心もとない……。見栄を張っても仕方ないからな、喜んでパトロクロス級を使わせてもらう。一応改造をしてもらった。指揮性能を上げるためだがアンテナを増設してもらったのだ。旗艦に必要なのは最後まで生き残って指揮を執り続ける事だ。
さて、そろそろ幹部連中を集めて会議を行うとするか……。やらなければならない事はたくさんある。最近勝利続きで浮かれている連中が多いがそんな暇は無いのだ。連中にもそれを徹底しないと……。
宇宙暦 795年 7月 15日 ハイネセン 宇宙艦隊司令部 オーブリー・コクラン
会議室にはコの字型に机が並べられていた。正面に有るヴァレンシュタイン司令官とミハマ中佐の席を除いて第一特設艦隊の幹部が向かい合わせに座っている。皆、緊張しているのだろう、表情が硬い。
七月五日、今回の人事が発令された。それ以前から第一特設艦隊の準備は出来ていたのだろう。十二日には編成を終えた艦隊がハイネセンに集結し最終的な補給及び乗員の乗り組みを待つばかりになっている。
補給作業は順調に進んでいる。後方勤務本部のセレブレッゼ大将が何かと便宜を図ってくれるのだ。大将はヴァンフリートの戦いでヴァレンシュタイン中将と共に戦った、言わば戦友だ。中将を高く評価しているし、信頼もしている。そして中将の艦隊司令官就任をとても喜んでいる。
艦隊の幹部が全員揃うのはこれが二度目だ。最初は人事が発令された翌日、七月六日に召集された。その場では簡単な自己紹介と今後のスケジュールについて説明が有った。七月十日前後に艦隊がハイネセンに集結する事、その後は第一、第三艦隊とともに訓練を行う事、訓練計画はヴァレンシュタイン中将がワイドボーン中将、ヤン中将とともに作成する事……。
誰かが溜息を吐く音が聞こえた。見渡すと分艦隊司令官、ホーランド少将が溜息を吐いている。皆の視線が自分に集中したのが分かったのだろう、多少バツが悪そうな表情をした。
「いや、司令官閣下がなかなか来られないのでな」
「集合は十四時です。十四時までまだ十二分も時間が有りますよ」
チュン参謀長の言葉に皆が頷いた。おっとりした口調だ、パン屋の二代目と言われた人物に相応しい口調だろう。
本当なら笑いが起きてもおかしくないところだが誰も笑わない、黙って頷いている。そして会議室には十五分も前に全員が集まった。ここに居ないのはヴァレンシュタイン司令官とミハマ中佐だけだ。
皆、新司令官を畏れている。用兵家、謀略家としての実力もさることながら皆が畏れているのはその厳しさ、冷徹さに対してだ。無能に対しては容赦が無い、俊秀を謳われたフォーク中佐は病気療養中、ロボス元帥は総司令官職を解任された。ムーア中将、パストーレ中将の更迭にも関与していると言われているがその事を疑う人間は誰も居ない。
そして勝ち戦でも喜び浮かれるという事が無い、周囲が鼻白むほどに冷静だと聞いた事が有る。実際ミハマ中佐もヴァレンシュタイン中将が驚くところを見た事が無いと言っている。
おそらく事実だろう。何度か決裁を貰いに行った事が有るが驚くほど冷静だ。まだ二十歳を超えたばかりの若者が艦隊司令官になったのだ、普通なら何処かで喜びや覇気、気負いを出してもよいのだがそれが無い。十年以上も艦隊司令官を務めているような落ち着きを周囲に見せている……。
十四時五分前、会議室のドアが開きヴァレンシュタイン司令官が入ってきた。後ろにはミハマ中佐が付いている。全員が起立して司令官を迎えた。何処かで大きな音がする、視線を向けるとマスカーニ少将が顔面を紅潮させて立ち上がるところだった。どうやら上手く立てなかったらしい。皆も気付いたはずだが、表情を崩す人間は居なかった。
ヴァレンシュタイン司令官が正面に立つと皆が一斉に敬礼した。司令官が答礼する。司令官が椅子に座るのを見届けてから皆が席に着いた。
「定刻前ですが全員揃っているようです。会議を始めましょう。コクラン大佐、補給の状況は?」
「はっ、明日には作業を完了する予定です」
私の言葉に司令官が頷いた。
「第一特設艦隊はこれより訓練に入ります。出立は七月二十日、09:00時、目的地はランテマリオ星系となります。ハイネセンへの帰還は三か月半後、十一月初旬になるでしょう」
ハイネセンからランテマリオまでは約一ヶ月かかる。つまり訓練自体は一ヶ月半を想定しているという事か。
「第一艦隊、第三艦隊も我々と前後してハイネセンを出立します。但し、彼らが味方なのはバーラト星系を出るまでです。それ以後は敵となります」
会議室がざわめいた。皆が顔を見合わせている。
「バーラト星系を出た時点から訓練が始まるという事ですか」
チュン参謀長が驚いたような口調で問いかけるとヴァレンシュタイン司令官が頷いた。チュン参謀長は天井に視線を向け何かを考えている。そして司令官が口を開いた。
「ランテマリオ星系には八月二十五日までに着くことが必須条件となります。それまでの間、それぞれ航行中の艦隊を敵と認識し発見次第奇襲攻撃をかける訓練を行います。妨害電波を敵艦隊にかけた時点で奇襲は成功、奇襲を受けた艦隊はその場で二十四時間の待機……」
また会議室がざわめいた。ランテマリオまでの所要日数を三十日とすれば六日の余裕が有る。だが奇襲を受ければその時点で一日ロスする。相手は第一、第三の二個艦隊、それぞれが三回奇襲を成功させればそれだけで六日ロスだ。奇襲を避けようとすれば当然哨戒活動を厳重に行い慎重に進まなければなるまい。だがその事が兵に与える緊張、疲労はどれほどのものになるか……。皆同じことを考えたのだろう、顔面が強張っている。
「閣下、ランテマリオまでの航路はどのルートを」
チュン参謀長が司令官に問いかけた。バーラトからランテマリオに行くにはいくつかのルートが有る。大きく分けてもリオ・ヴェルデ方面とケリム方面に分かれるが一体どのルートを辿るのか……。
「航路は各艦隊で自由に設定して構いません。場合によっては一度も敵と遭遇することなくランテマリオに着く事も有り得るでしょうし、三艦隊が同じルートを選ぶことも有り得ます」
三度、会議室がざわめいた。皆が小声で話している。おそらくどのルートを選ぶのが良いのかを話しているのだろう。
「参謀長、皆と話し合って航路を選定してください。それと哨戒活動、索敵活動をどのように行うのかを決めてください」
「承知しました」
参謀長の答えに司令官が笑みを見せた。珍しい事だ、我々を励まそうとでもいうのだろうか。
「気を付けてくださいよ、第一艦隊は前回の戦いで良い所が有りませんでした。当然ですがその鬱憤を晴らそうとするはずです。そして第三艦隊のヤン中将は用兵家としての力量は私などより遥かに上です。非常勤参謀などと甘く見ていると痛い目を見ますよ」
励ましなどでは無かった、ドジを踏むなという警告だ。皆が表情を強張らせる中ヴァレンシュタイン司令官は席を立った。慌てて起立し司令官の退出を見送る。司令官の退出後、席に着くと彼方此方で溜息が聞こえた。
「八月二十五日までにランテマリオ星系に必着ですか、奇襲さえ受けなければ十分可能だとは思いますが」
「そうでもないぞ、ラップ少佐。考えたくない事だが、迷子になる艦が出るかもしれん。この艦隊が寄せ集めである事を忘れてはいかん」
副参謀長、ブレツェリ准将の言葉に皆がうんざりした表情を見せた。
「哨戒部隊が迷子になどなったりしたら……、考えたく有りませんな」
「迷子の捜索と奇襲への手配、大騒ぎだろう。司令官閣下がどう思うか……」
チュン参謀長とワーツ副司令官の遣り取りに何人かが溜息を吐く、私もその一人だ。
どう見ても我々の艦隊が一番不利だ。第一特設艦隊は艦隊の錬度、まとまりが他の艦隊に比べて圧倒的に低い。おそらくこの訓練はそれを見越してのものなのだろうが訓練は予想以上に厳しいものになりそうだ……。
“司令官閣下が笑顔を見せたら要注意です、碌な事は有りません。震え上がるか、逃げ出したくなるかのどちらかです”
ミハマ中佐の警告を思い出した。貴官の言うとおりだ、ミハマ中佐。逃げ出したくなったよ、私は……。
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