ソードアート・オンライン〜Another story〜
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マザーズ・ロザリオ編
番外編 第2話 『あなたを感じさせて』
前書き
~一言~
少し早めに投稿出来て良かったんですが……、あまりにも長くなりそうだったので 2話構成でしたがまた延長させてしまいました…… すみません……m(__)m
あ、あと 何だか 意味深なタイトルですが そこまで到達出来てないので ここでお詫びをしておきます!!
番外編を3話連続でしてきましたが そろそろマザロザ本編にも…… と考えてる今日この頃なので、もしかしたら 続きはまた後…… となるかもしれませんが ご了承願います。
最後にこの小説読んでくださってありがとうございます。これからも頑張ります!!
じーくw
前話は 色々とあったけれどとりあえず場面をリズの部分に戻そう。
回想を省略して現在。
リズベット武具店では、リズとっておきのミスリル金属素材を金床の上に置き、キーとなるアイテム神秘の秘薬も使って 今まさにハンマーを振り下ろすタイミングだった。そして リズベット武具店には先程まではリズただ1人だったのだが……、今は1人の来客がいた。
いや、正確には客ではないだろう。
「まー、それにしても……。突然現れた時にはビックリしたわよ。アルゴが大袈裟に~って思ってたけど、強ちそうでもなさそうよねー。それより 夜型だったっけ? 猫だから?」
「…………」
通常この時間帯でリズベット武具店を利用するプレイヤーは皆無であり……と言うより、店にクローズの札を立てかけている為、訪れる者など基本いる訳はない。
でも、今はいた。その入店していたのは誰なのかと言うと。
「……興味があったのよ。その武器の事。それに結構なレアらしいじゃない?」
「まっさかー。弓兵なのに、剣の事気になるなんて無いでしょー? ぶっちゃけ性能、と言うより追加効果の方……なんじゃない? 期待しちゃってるの」
「………」
「もー怖い顔しないでってば。クール系美少女が台無しよ? 判った判った。このリズさんに任せなさい。希望にそった武器を提供してあげるから」
「別に美少女なんかじゃないわよ……」
ぷいっ、とそっぽむくと、耳や尻尾もそれに連動して動く。
いつもはどんな状況ででも動じず 氷の様に冷たい視線で戦況を見つめ、最も効果的な部分を射貫く名弓兵。いや――スナイパー。
ここまで言えば、最早語るまでも無いと思えるが……勿論、来客とはシノンである。
「ほんっと、シノンもリュウキ事になると、いつもの冷静さが吹き飛んじゃうんだから。アグレッシブだし。もうちょっといつもの感じを向けたら、何とかなりそうな気がするんだけどねー」
「……私の事言えるの? キリトに第二ラウンドって話は何処に行ったのかしら?」
「うっぐ……、痛いトコついてくるじゃない……。もー あんだけイチャコラされたら中々隙なんか無いのよ! ったく、あの姉妹は色んな意味で最強って事なの!」
色々と共通点がある2人組だからか、この手の話をすると慌てる2人だったのだが 思いの外会話がスムーズだった。そんなスムーズに会話をしつつもリズは、ハンマーにしっかりと念を入れて打ち込む。
いつものであれば、この打ち付ける瞬間は最も集中し、丹精込めて作る所なのだが 今回は内容が内容だから 普通にシノンと会話を続けていた。
「それにしても、シノンもアルゴにこれを訊いたとはね。このバグ武器? みたいなの知ってるのって絶対少ないって思ってたんだけど」
「……偶然よ。リズとアルゴが話してるの見てて気になったから」
「ふーん……」
リズもアルゴとの会話の一言一句を覚えている訳ではない。
会話の内容を思い出し、それを訊かれたとしても……、少し気になる程度で、こんな感じで突撃してくるとは、 とリズは思ってしまうのだが 勿論そんなわけない。
あの日――アルゴの背後に突如現れたのも 勿論シノンなのだから。
アルゴの独り言をはっきりと聞いたからこそ、突撃を決めたのだから。
ここで、あの日を出来事をまた振り返ってみよう。
アルゴは異様な気配を感じていた。それは 街中なのに感じるのは殺気に近い気配。
それはモンスターなど目じゃない。例え新生アインクラッドの各階層を守護するBOSSモンスターであってもここまでの威圧感を放てるだろうか? と思えてしまう。
恐る恐る振り返ってみると、その場に立っていたのは氷の弓兵シノンだった。
いつも冷静沈着で100発100中を誇るALO内最強の弓使いでもあるシノンだが、今の姿は冷静さなど微塵も無かった。言葉こそ発していないが 明らかに冷静さは欠いている。
そしてその姿を見て、感じてしまった威圧感はアルゴの身体から一気に霧散し消滅した。
確かに弓を構えている訳でもないのに、まるで射貫くかの様な視線、実際の攻撃を錯覚させる程の気迫は大したものだと思えるのだが、シノンと言う凄腕弓使いをよく知っているアルゴにとっては、『ネタ来たコレ!』と思ったとしても不思議ではない。
シノンはあのメンバーの中でも情報が不足している者の1人なのだから。
『おおっ、しののんジャナイカ! 驚かせないでクレヨー。リューかと思ったジャナイカ!』
アルゴは一先ず、その視線がリュウキじゃない事にほっとするのはアルゴ。
別に睨まれる訳じゃない。そして 呆れられる様な訳でもない。……それは ただただ冷たい眼でリュウキに一瞥される。その時の感想は『もう二度と味わいたくナイゾ』とアルゴは強く思った。それ程 相当なものだったから、今回のシノンの眼力に連想させた様だった。
だが、シノンはそんなアルゴの事はおかまいなく、今回のリズに話していたの件の事を根掘り葉掘りだった。
尋問にも近しい追及を受けたアルゴだったが。
『ニッシシ~。まっ こーんなトコだナ。今回の情報に対スル代金ハ また後日請求スルゾ』
『…………』
そんな威圧感などなんのその、暖簾に腕押しである。
アルゴ自身も自分の事を優先に……と強く考えていたフシがあるが、それでも面白い情報が得られる、と判断した様子。
『でも、オレっちダッテしっかりトヤルからナー。しののんやリズっちにばっかり良い思いさせないゾー』
『……そんなんじゃ、無いから』
『ほっほー……? じゃあ リズっちのトコには行かなイ訳ダ??』
『…………』
否定も肯定もしないシノン。
嘘を言わない、言えない性格だと言う事がはっきりと判る。
『アッハハ! 素直じゃ無いナァ!』
『うるさい!』
『おおっとォ! 弓はダメ、構えチャダメだゾ! 流石に怖イ!』
弓を構えようとする仕草をはっきりと見た(気がする)アルゴはしっかりとけん制する。
街中、つまりは圏内だからダメージが入る事は無いが、それでも 弓で射られるのは怖い。剣とは違った恐怖があるのだ。それが何処からでも100発100中な凄腕を前に至近距離ともなれば、恐怖も倍増すると言うもの。
からかうのもこれまでと咄嗟に判断するアルゴ。そう言う嗅覚も時には必要だ。旧アインクラッドを生き抜いてきた者ならではの嗅覚をこの時も遺憾なく発揮。
『じゃあ しののんっ! 結果はマタ教えてクレよー!』
アルゴは鼠の如き敏捷性をもって、更に言えば鼠なのに、まさに脱兎のごとくこの場から逃げ出したのだった。
『リズベット……武具店。確か場所は……』
リズがその武器で何をするのかは、簡単に想像がつく。
シノンは素早く指を動かしてリズベット武具店の場所を再確認した。
『……行くか』
その後ろ姿はまるで、戦場に赴く兵士の様。
あの世界でのシノンの相棒である 自分自身よりもはるかに大きな武器《へカートⅡ》さえもその背中に見える程だ。
……そんな気合ばっちり、寧ろ殺気さえも持ってる? って思うのに。行く場所は武器屋さんだよ? いったい何しに行くの?
と、訊きたいけど それは愚問である。
と言う訳で場面は元に戻る。
リズはせっせと武器を拵えている間にも会話を続ける。
「でもだいじょーぶなの? これって心に秘めたことを行動に移す剣、なんだよ? 知ってると思うけど」
「うん。そう訊いてる」
シノンは、備え付けられた椅子に腰掛けて武器が出来上がるのを今か今かと待っている。
厳密には シノンはその先まで知っている。アルゴの言葉が正しいのであればの話だが、情報に関しては アルゴの事を信頼できると言う事はシノンもよく知っている。100%とは言えないかもしれないが、極めてそれに近い確率で。
「それで、何を心配してるの?」
「いーやね。もし これでシノンを叩いた日には そう言う行動取っちゃうんだけど……、あの大人し目なレイナでさえ アグレッシブにしてたからねー……、もし シノンだったら押し倒してそのまま色々とシちゃうんじゃないかな? って」
リズは、心配している……と言うよりは興味津々と言った様子だった。
明るく元気ではあるものの、どちらかと言えば恥ずかしがり屋な所の方が大きくウエイトを占めているレイナでさえ、理性が全部飛んで、全てがリュウキ一直線になったのだから。
正直な所 回想シーンではちょっぴり端折ったりしてる。
アスナとリズが止めようとした時、ちょっと……文面で表してしまったら発禁になってしまうかもしれないので。
「っ……。バカな事言わないで。それに自分にする訳無いじゃない。リズはするつもりだったの?」
「さぁ どーだろうねぇー。(一度は私もしちゃってるからなぁ……) でも、シノンはどーすんの? リュウキを叩いてみるの? そんな事したってどーせ いつも通り『レイナが一番~』が繰り返されるだけ……、でもないかな? アイツが心に秘めてる行動、って結構色々とありそうだし。家族愛とか、友愛とか。うーむ どうなるか ちょっと私も気になるかも……」
「……………」
自分の心に正直に、心に秘めた思いを行動に。
リュウキにそれを当てはめてしまえばどうなるのか、正直な所想像がなかなかできなかったりする。
それはシノンだって同じだった。
レイナの事が一番だと言うリュウキの言葉に嘘偽りはないだろう。だが、シノンは思い返す。
リュウキは、震える自分自身の手を掴んでくれた。……幾らでも掴んでやる、と言ってくれた。支えてくれると言ってくれた。
それらも決して嘘偽りじゃない。
――レイナと同系列にとは言わないし、言えない。……だけど その想いに負けない程、同等以上に想ってくれてると信じたい。
誰にも打ち明けていない。これがシノンの嘘偽りない想いだった。
そして、今回の件。
アルゴとリズの話を訊いて、心が強く動いた。
確かに、物に頼るなど卑怯だと思う。幾ら過去の自分を乗り越える事が出来たとはいえ、それでも 朝田詩乃としてではなく シノンとして培ってきた力も真実だ。
自分の力で 強くなりたいと願い、自分自身の力だけで長く戦い続けてきた身としては、中々難しいものがある。
だけど、それを その強い気持ちさえも容易くかき消してしまう。
抱きしめてくれたあの時。
『嫌い、嫌い……あんたなんか、あんたなんか、大嫌い、よ………』
震えを止めてくれた。手を握ってくれた。……抱きしめてくれた。
だと言うのに、口から出た言葉は『嫌い』と言うものだった。
リュウキもそれをそのまま受け取っているとは、シノン自身も思ってない。
だけど、出来る事なら……訂正をしたい。
――叩いた後 暫く覚えていないのなら……。
意識の無い相手に言う様なものだから、本当の意味ではリュウキに聞いて貰うのが一番だとシノンは判っているが、リュウキ本人に直接言うのは正直ハードルや難易度が高い。
GGOの地下ダンジョンなど、目じゃない程。BOSSモンスターをソロ討伐するよりも難しい程だ。
リュウキに伝えたかった。口に出してはっきりと伝えたかった。
心からの想いを伝えたかった。そして、願うなら、叶うのなら――。
――少しの間だけで良いから……。抱きしめてほしい。抱きしめ返したい。心配をしたから、とかじゃない。怖かったから、とかじゃなく。……言い訳を全部 ここに置いて……。自分自身の本心で。
ずっと、シノンは思っていた。
素直じゃない自分がたまに嫌になってしまう事だってあった。
自分には無理だと思う事だってあった。
だけど、叶えてくれるものが 今目の前に出来つつある。
「――ぃ シ――」
出会いがもっと……もっと早ければ、と思った事だってある。
「――らっ! シノ――! 訊いて――!」
あのSAOの世界に……自分もいたら、とだって何度も思った。何度も、何度も。
レイナは本当に良い子だ。彼女の事だって大好きだと言える。
そう思っているからこそ、必要以上にレイナに嫉妬してしまう事だって多かったんだ。
リュウキを支えて、支えて貰って……、そう こうやって肩を強く……。
「こらーー! しののんっ!? 目の前にいる私の事無視するなんてひどいじゃない!」
「っっ!?」
強く、強く肩を掴んでいるのはリュウキではなく リズだった。
恥ずかしながら、今の今までリズの事がすっぽり頭から抜けてしまっていた様だ。
「ご、ごめんリズ。ちょっと考えてて……」
「ったくもー。でも、何だか レイやアスナみたいじゃん? シノンも妄想に浸る事があるのねー。なかなか良いシーンを見れたよこりゃ。自分で自分を叩いて、リュウキに飛びかかったりしてた? 妄想の中じゃ」
「も、妄想!? てか、そんな事しないわよ!」
いや、否定をしてるが、全くをもって違わない事はない。
だが、こういう時シノンは直ぐに冷静になれる。レイナの様に盛大に慌ててしまって更に墓穴を掘ってしまう様な事は殆どない。
「……リズの言う様に、リュウキにその効果があればどうなるのか ちょっと考えてただけよ」
「あぁー、それは 確かにありそうね」
ある程度真剣な表情にすぐに戻すから、それが本当の表情だとリズだって思ってしまう。
表情に出さない様にするのは、シノンは得意だったから。
嘗て他人との殆どの交友を断っていた頃、培ってきたちょっとした特技だった。
それは、正直あまり褒められた事じゃないと今ならはっきりと思えるけど、でも 今はそれも血肉になっているから良しとした。結果が全てとは言わない。それでも自分の為になっていると思えるのなら。
リュウキも…… 他人を拒絶し続けた事があったと訊いている。
誰も信じられなくて、本当の意味で信じられるのは親だけだったと。でも、今は違う。……そう、それは自分自身も同じ。
「それで よそ見ばかりしてるけど、出来たんじゃないの? 金属素材から出る光エフェクトの間隔が短くなってるわよ」
「ん? ああ、流石はシノンね。注意深く よく見えてるわ。鍛冶のシーンなんてなかなか見る機会なんて少ないと思うのに」
「……リズにはよく武器を鍛えて貰ってるからね。それに」
シノンはふっ と笑った。
「真剣な表情で ハンマーを叩くリズの姿は、見てて飽きないから。素敵」
「な、なに変な事いってんのよー! わたしゃ、そっちの趣味はないわよー!」
「馬鹿ね。……ただの褒め言葉」
「ん。ならよろしい。受け取っときましょ」
互いに笑いあった後に、輝きの間隔が更に短くなり、軈て部屋いっぱいに光が広がった。
リズの手元にあった金属素材が形を変えていく。
光の中にある為、まだはっきりと形を見る事は出来ないが……、リズには判った。
間違いなく これは――あの時と同じ……。
~ALO 新生アインクラッド 22層 森の家~
この層は森と湖。
主街区が極めて小さく、フィールドがとにかく広いから 自然だけと言っていいだろう。
広大なフィールドの中に、幾つかのプレイヤーホームがあり それ以外は特に印象の無いエリア。喉かなフィールドで それなりに人気はあるものの更に上層、上層と解放され続ける内に忘れられる。そこまで特徴や際立ったイベント等が無い為 特にこの22層は顕著だ。
だけど、そんな自然しかないエリアだけど、強い思い入れがある者だって 当然いる。
あの生と死の世界で 安らぎを感じられた場所だったから。
それは兎も角 今日は少々珍しい光景だった。
「よく考えてみると、何だか珍しいな」
「……何が?」
「この家に、オレとシノンだけ って言うのがさ」
「……っ。ま、まぁ そうね。……確かに」
森の家はリュウキとレイナのプレイヤーホームである。
今日は、レイナは家の用事があるとの事でこの場にはいなかった。
他のイベントやMob狩り、アイテム採取等であれば 何度かシノンとタッグを組んだ事は多いが、プレイヤーホームで と言うのは極めてレアだと言えるだろう。
女の子同士で宿題をし合ったり、女子会だったり と言うイベント? で何度かこの家に来た事はあるが……、1人で 1対1で と言われたら……やっぱり無い。絶対無いと言える。
珍しい所の騒ぎではない。
「……それで、レイナはどうしたの? 正直、あの子がいないから 珍しいんだって思ってるんだと思うけど」
「あぁ、今日は家の用事があるそうだ。アスナもALOには今日は来られないらしい。後は――」
指を振ってリュウキはフレンド一覧を確認。
アスナとレイナの2人はログアウト状態になっているのが判る。仲間内で言うなら、今入ってるのはキリトやリズ、クラインくらいだ。
「ああ、ユイもいるな。キリトと一緒みたいだ」
「まぁ キリトがいれば、ユイちゃんも寂しくないでしょ」
「同感だ」
「……勿論、それはリュウキにだって当てはまるわよ。ほんとに……好きなんだから」
「……そう、だな。そうだったら嬉しいよ」
「そうに決まってるでしょ」
私だって、と シノンは思わず言ってしまいそうだった。けれど――まだ口を噤む。
「………っ そ、それより今日はどうしたんだ? 何かオレに聞きたい事があるとかって聞いたが」
リュウキもやっぱり直接的に言われたら恥ずかしいのだろう。
話題を逸らせる様に言う。それを見てシノンは軽く微笑みを浮かべて。
「ん。そうね。弓のスキルについていくつかあるのと、今のスキルスロット内のバランスについてだけど……」
「ああ」
まず最初は ゲーム内の事。
いきなり本題に入ってしまえば 妙な勘ぐりをされてしまうかもしれない。
だが シノンの日ごろの行いが良い為か、或いはリュウキが極端に警戒しているの相手が限定されている事もあるのか 別に直ぐに本題に入った所でまるで問題が無かったのだが…… 慎重を期す事を選んだのはシノンだから仕方がない。
「熟練度も上がってきて、命中補正も結構プラスになってると思うんだけど……」
「ああ、それはシノンには必要ない事だと思う」
「そうなの?」
「ん。命中精度は GGOで言う着弾予測円と似た様なものだからな。補正がプラスになればなる程、伸縮の幅が変わる。そんな所だ。……それで その精度に頼る訳じゃないだろ? シノンは。狙撃するのに」
リュウキが片目をぱちんっ と瞑ってそう言う。
ちょっとしたその仕草でいちいち ドキっ としてしまうのは 2人っきりだからだろうか。……いや リュウキと2人きりだった事は何度かあるけれど、そんな事は無いと思う。
そう、今日は違うから。いつもとは……少し違うから。
「そう、ね。そんなのに頼ったりはしないわよ。……私には、優秀な観測手。優秀な相棒がいるんだから。……そう、でしょ?」
シノンはお返し、と言わんばかりに僅かに頬を赤く染めた表情のままで 同じくウインクをした。
返されたリュウキは、一瞬きょとんとしたが 直ぐに理解して笑みを返した。
「ああ。そうだな。……シノンの背中を任されたんだった」
「そうよ。……ふふ また 向こうの世界で戦ってみたいわ。色々あったけど私にとってはホームみたいなものだし」
「あの大型イベント以来行ってなかったな、確か。誘いがあればオレは乗るよ」
「ふふ。期待してる。……レイナは 多分まだ無理だと思うけど」
「あー…… まだ酷ってものだろ。レイナを呼ぶのは」
以前の大型イベントで色んな意味で盛大なトラウマを植え付けられたレイナ。
正直GGOの名前だけでも、結構表情が引き攣っていたりしているから。極自然に接したつもりであっても、からかわれてる とレイナが思って怒ったりしているからまだまだ払拭出来てない。
バッドエンドではなく、ハッピーエンドだったのがせめてもの救いだった様だけど。
「ふふ。ほんと リュウキがイジメたくなる気持ちは判るわよ。あの子、とても可愛いから」
「ぁー まぁ 否定はしないけど あんまりしてやるなよ? レイナが言うには シノンも結構Sらしいから」
「へぇ 言ってくれるじゃない。リュウキには言われたくないわよ」
笑いながら話す2人。
だが、少しばかり妙だと思える。今はリュウキと2人きりだ。シノンにとっては色々とチャンスだと言えるシチュエーションだ。……だと言うのにシノン自身が リュウキの彼女 の話題ばかりを出すのは、シノンにとっては決して良い事とは言えないだろう。
まず間違いなくリズだったら盛大にダメ出ししていると言える。
そして レイナの名を、よくシノンは出していた事にリュウキは違和感を――――覚えたりはしない。する訳ない。
鈍感だからと言う理由もあるけど、それよりリュウキの目には シノンとレイナは本当に仲良しで ずっと前からの友達の様にも見えるから。
勿論 それは間違いではない。色々とあるんだけど、それでも それを差し引いてもレイナ自身もシノン自身も互いに好きだ。
――同じ人を好きになったんだから。
だからこれは シノンにとって。
相手がレイナだからこそ…… ちょっとした贖罪なのかもしれない。
これからする事の……。
暫く談笑している後 話題を変えた。
不自然ではなく、極自然に今日一番のタイミングで……。
「リズから面白い剣が出来たって、前に言われてね。私は弓使いだし、剣にはあまり興味無かったけど リュウキだったら別でしょ? キリトも良いって思ったけど、タイミングが合わなかったし」
「ん? それは興味があるな。リズの作る剣だったら尚更だ」
「でしょ? それに形が笑えるのよ」
掴みは上々。
シノンは心の中で軽くガッツポーズをしつつ、指を振って件の剣を取り出した。淡い光がシノンの手中心に広がると、光の粒が軈て剣の輪郭に広がり、形成していく。
大体の形が整った所で リュウキは二度、三度と瞬きをした。そして 僅かに首を傾ける。
「面白い剣……ね。どちらかと言えば、懐かしい剣だと思うな。懐かしい……けど、それはあまり良い思い出は無いんだが。アルゴが言っていたな。自分で確認した訳じゃないから正確には判ってなかったんだが、間違いはなかった様だ」
やや深いため息を吐くリュウキ。
それはそうだろう。リュウキにとっては 突如クラインに襲われた? と言う曰く憑きの剣だったりする。アルゴが『リュウキは巻き込まれてない』みたいな事を言っていたが、そうでもなかった。今までの巻き込まれ事件と比較してみたら極めて小さいと言えるから、アルゴやリズが判断したのかもしれないけど。
そもそも 男なのに男に迫られるなど、嬉しいと思うのは少数だと思うし、リュウキはそう言う趣味は無いから、幾ら小さいとは言っても……思い返したくはない。記憶の底に封じてしまいたい思い出の1つだと言える。
「やっぱりリュウキは知ってたのね」
「ああ。……昔この剣にはいろいろあったみたいなんだ。オレもある程度の調査は手伝ったが、後に何かのキーとなる訳でもなかった。………一応 頼まれて視てみたが、流石に判る範囲には限度がある。その辺を、まぁ なかなか理解しない連中が多かったな、そう言えば」
「あー……、キリトとか アルゴとかね。特にキリトなんか リュウキの目の事 ずっと言ってたくらいだし」
「無い物強請りだ。キリトだって オレには無いモノを持ってる癖に……」
はぁ とため息を吐くリュウキ。
何度このやり取りをした事か……と、呆れると言うよりは その表情の奥は確かに笑っていた。何だかんだ言いつつ、リュウキの中では間違いなく良い思い出の1つになっているのだろう。例えそれが命がけの世界であったとしても。
そして 話の内容とはキリトと調査をした時の事だ。武器について無理しない範囲で色々と視ていた。イレギュラー性が浮かぶ様な武器ではない事は確かで、その後の展開も特になかったから そのままお蔵入りになった、と言うのが真相である。
それを訊いたシノンは顎に指を当てて考えた後に疑問を口にした。
「でも、確か100層まで登った訳じゃないんでしょ? ……ひょっとしたら、もっと上で何かあったかもしれないわよ。ここじゃ20層台で出てきたんだから。ひょっとしたら、って思わない?」
そう、アインクラッドはその全100層の全貌を全て明らかにした訳ではない。だから、もしかしたらより高い層で使い道があったかもしれない。そして この新生アインクラッドでも。
リュウキはゆっくりと頷いた。
「確かに。それは否定は出来ないな。だが それを考慮したとしても その剣の効果に関しては ゲーム内部から人間の脳をある程度コントロールできる範囲まで及んでいる様だから、安全だとは正直あまり思えないが」
心に秘めた事を実際に行動させる。
つまりは人間から理性と言うものを取ってしまう様なものだ。抑制していた欲求が一気に解放されてしまうと言う事だから。
クラインが秘めていた事って…… と考えたら色々と背筋が寒くなりそうだから 考えない様にキリトやリュウキはしていた。 『だって、キャラによって効果が違うかもしれないから!』 と言う事らしい。無理矢理感が満載だけど。
「……リュウキもこれの効果は怖いって思ってる? その、秘めた事を行動させる事について」
シノンはそう聞いていた。
もし使うとして、躊躇いがあるのか? とも聞きたかった様だ。
「ん? 怖い……とはまた違う感覚かな。まぁ ある事情があったから、気味が悪いとは思っているが。正直、試してみるのも悪くないと感じている自分もいる。……この世界の可能性がまた、見えてくるから」
「……可能性?」
正直思ってもいなかった言葉が返ってきた事にシノンは気になって聞き返した。
「現実には、色々と難解がまだまだ残っている。……医療の分野においては精神疾患もその1つだ。どんなに名医であっても、どんな名医が執刀する手術であったとしても、……心の内は判らない。閉ざしてしまっている心を解き放つ、と言う意味では 可能性が非常に高いと思っているよ。……ここは あの男が作った世界だから。その辺りまで手を伸ばしている事だって有り得る」
そう言うリュウキの目を 思わずシノンは魅入ってしまっていた。
リュウキは 本当に何処まで視ているのだろうか。
この世界は娯楽の世界だ。……ゲームだ。
なのに、その枠を超えて、世界を広い視点で視続けている。
この武器だって スタッフの1人がちょっとしたネタで作った武器なのかもしれないのに。
他人とはまた違った視点を幾つも持っていた。そして 視続けてきたからこそ 今のリュウキがいるんだとシノンは思った。
「ま…… そこまで難しく考える必要も無いかもな」
「って、今更よ。そんな真面目な顔して言っておいて」
そんなリュウキを見て自分が恥ずかしくなってしまいそうだったが、次のリュウキの言葉で思わず吹きそうになるシノン。
今でも十分楽しい。リュウキと2人で他愛のない話をして、笑って 時には怒ったりして。凄く楽しい。
―――だけど、今はそれだけでは全然足りない。
リュウキの事を想い続けてきたから。
シノンはぎゅっ と拳に力を入れた。身体全体にも力を入れた。
「……じゃあ、ほら 物は試しに リュウキも一度くらいは使ってみる? 此処には私しかいないし、1人で試してみるのも……ちょっと危ないかもしれない、でしょ? 抑えてくれる人がいたら、出来るかもしれないわよ」
ゆっくりと剣を向けた。
リュウキに攻撃をする……など、正直な所良いとは言えない。だが 以前にリズが使った時の話を訊いてみると、攻撃する様な勢いじゃなくても、何ら問題ないとの事だった。自分自身を攻撃したリズが言うのだから説得力があった。
「ん………。確かに それもそうだと思うが」
少し迷っているリュウキを見て シノンは更につづけた。
「私は、リュウキ。……あなたをずっと見てるから。……あの時 リュウキが視てくれてた様に。守ってくれた様に、ね」
シノンの意味深な言葉。
それを訊いたリュウキは少し笑った。シノンが言った『あの時』と言う言葉の意味が判ったから。本当の意味での戦いの時の事。GGOのBoBに出たあの時の事を言っているのだと。
だからこそ、少し笑ったのだ。
「はは、少し大袈裟じゃないか? そんな危ないものじゃない、と言う事は確認済みなんだぞ? 色々とオレの方でも調べたが 効果継続時間はムラがあるがそれでも数分~数十分と訊いている」
「うん。でも少しでも興味があって試したいって思ってるなら、私は手伝ってあげる。勿論無理にとは言わないけどね。未知数な面もあるんだし。システム外のスキルを持ってるリュウキなら大丈夫とは思うけど……、それでも 100%なんてありえないから」
少しだけ、意識しない様に心掛けつつもリュウキの事を煽るシノン。
そして、それの効果は……。
「無理をしてる訳じゃないぞ? それに、確かに何事も経験だとはオレも思ってる。……流石に街中でするのはどうかと思うが、ここはシノンしかいないから 元々心配はしてないよ」
少し考えた後にそう答えたリュウキ。
確か、SAOの時代にレイナと共に受けたクエストで想定外の昏睡状態に陥った事があったが、それでも 信頼できるレイナと一緒だったから全く問題なかった。
そして、シノン。
シノンの事もリュウキは最大級に信頼している。共に命を預け合った間柄なのだから。現実でも、仮想世界でも。
「じゃあ、やってみるか? シノンも後でしてみるか?」
「ん? そうね……。リュウキが視ててくれるなら、次にしてみようかな。私の真意。心に秘めた行動なんて、自分でも ちょっとだけ気になるし」
「自分で自分を判らない事だってあるしな。そこまで精度が良い効果かは判らないが……、まぁ 試してみるのも悪くないだろ。……ん。じゃあ よろしく頼む」
きたっ!
と心の中でシノンは盛大にガッツポーズ。
リュウキは軽く目を閉じている。剣での一撃が無ければ効果は得られないから、それに備えているのだとも思える。
そんなに強くしない、とシノンが言ったが、『全部を感じてみたい。眼を閉じる事で……視えるものだってある』と言っていた。
シノンは、その事を訊いて少しだけ また、少しだけ顔が赤くなった。
「(――じゃあ りゅ、リュウキを……。あなたを、感じさせて………? とても、リュウキの事が……ほ、欲しかったから。今日以上は もう……望まないから)」
シノンはゆっくりと剣を持ち上げた。
『じゃあ行くよ?』とリュウキに一言いって 『ああ』と最終確認も済ませた。
ここから先は、何が待っているのだろうか――。
アルゴの情報も確かに精度が高い事で有名だが、それでも今この瞬間に間違いだった、と言う結果が出たとしても、不思議じゃない。それ程までに天文学的な程の確率の 展開なのだから。
でも、そうだとしても、シノンにとっては踏み込むには十分過ぎる事。これ以上なく、ここで逃す訳はない。
シノンは、剣を手に見立てて、リュウキの頭を撫でる様に。
あの時 怖いとその胸に抱き着き 頭を撫でてもらった時の様に、ゆっくりと優しく剣を リュウキの頭に振り下ろしたのだった。
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