| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

トシサダ戦国浪漫奇譚

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一章 天下統一編
  第十五話 使者

 韮山城攻めがはじまり二日が過ぎた。城に籠もる北条軍は豊臣軍の攻撃を防ぎきっている。豊臣軍は北条軍の鉄砲の餌食になり被害が広がっている。
 織田信雄の命令で城の大手門に豊臣軍を集中させている所為だろう。大手門に詰め寄せる豊臣軍の兵士達で蟻の通る隙間もない状態だった。大手門の狭間(はざま)から鉄砲で的を狙う北条軍にとっては格好の的に違いない。狙わなくても撃てば敵に弾が当たる。
 この分では城が落ちるまで被害が出続ける。
 馬鹿の力攻めに付き合いきれない。頭が痛い。
 織田信雄が総大将を罷免されるまで城攻めを放棄したいところだが無理な話だ。
 今度、日和見を決めると織田信雄は俺を軍規違反で処罰する恐れがある。処罰が無くても、最前線に送られすり潰されるかもしれない。
 小身は辛いな。俺は溜め息をついた。
 今日は城攻めに加わり神経が磨り減っているというのに頭が痛いことばかりだ。その上、夜間に大手門に鉄砲を撃ち込まなければならない。俺は一日置きに同時刻に鉄砲を撃ち始め二刻(四時間)ばかりで撤退する。これを一月(ひとつき)続けるつもりでいる。

「殿、内大臣様の使者が参られました。内大臣様が陣所まで来るようにとのことでございます」

 悩む俺に柳生宗矩が織田信雄からの言伝を報告した。

「内大臣様? どういう要件か聞いたか?」

 俺は明日からの日中の城攻めでいかに被害を抑えるかを考えようとしていたため苛立ち気味に言った。

「申し訳ありません。何やら急いでいるようで聞けませんでした」

 柳生宗矩は申し訳なさそうに俺に答えた。柳生宗矩に何も罪はない。悪いのは織田信雄だ。
 こんな夜に呼びつけやがって。ついつい俺は親指の爪を噛んでしまった。

「又右衛門、私が悪かった。少し疲れが貯まって気が立っていた」

 俺は柳生宗矩に謝った。彼は俺が頭を下げると「滅相もございません。お顔をお上げください」と慌てた様子で言った。

「行ってくる。護衛は五郎右衛門だけいい」

 俺は柳生宗章を護衛として伴い織田信雄の陣所に出向いた。





 織田信雄の陣所に到着すると俺は言葉を失った。城攻めに加わっている武将達が勢揃いしていたからだ。

「これはどういうことだ!?」

 俺は驚きのあまり心境を吐露してしまった。何か大変な問題が起こったのか。
 俺は織田信雄から愚痴を言われると思っていたため驚きながら周囲を見回した。

「相模守、山中城が落ちたようだぞ」

 俺が武将達の面子を遠目で確認していると、福島正則が俺に声をかけてきた。その隣には蜂須賀家政がいる。二人とも慌てた様子で俺に前振りなく話しかけてきた。
 この二人とは軍議に同席したくらいで言葉を直に交わしたことはない。でも、二人とも秀吉とは関係が深いため、北政所の甥である俺に対して身内意識を抱いているのかもしれない。その割には今の今まで声をかけてこなかったのは何故だろう。

「山中城が落ちたのですか?」

 俺は動揺することなく福島正則に返事した。韮山城攻めから二日が経過している。時期的に山中城が既に落ちていてもおかしくない。史実で山中城は一日で落ちたと言われている。実際は城攻めから数時間で落ちたらしいから北条方の体勢が一気に崩壊したことは間違い。
 豊臣秀次率いる七万からなる豊臣本隊は、山中城に一日で到着し、翌日には城攻めを開始し、その日の内に城を落としたと見ていい。
 山中城攻めの陣容は史実通りだと思う。だから、史実通りに豊臣秀次の家老、一柳直末、は城攻めで討ち死にしたはずだ。家老が死ぬくらいだ。豊臣秀次は自軍を前面に押し出し城を力攻めで落としたに違いない。山中城は万を超える大軍で籠城できる大規模な城だ。それを半分以下の兵で守れば必ず何処かに綻びができたはずだ。七万の大軍相手にその綻びは致命傷になっただろう。その上、城将が一枚岩じゃ無い。
 山中城は落ちるべくして落ちた。
 しかし、秀吉の古参の武将、一柳直末、を失うとはな。
 惜しい。
 秀次も惜しい人物を失ったと思っているのだろうか。
 だが、これで小田原城への道は確保されたに等しい。大軍を阻むには箱根一体の地形を利用した防衛しか無い。北条の本拠地である相模国への道を守る山中城が落ちたことで、伊豆国にある防衛の要となる城は寸断され連携できずに孤立した状態になったに等しい。

「やけに落ち着いているのだな」

 福島正則は俺の様子を見て訝しんでいた。俺は史実を知っているから当然の事実と受け止めていたが、彼らにしてみれば驚くべきことなのだろう。
 あまりに澄ました態度だったために変な目で見られている。

「山中城攻めの備えは万全でなく、内輪揉めをして籠城戦をできる状態ではありませんでした。早々に山中城は落ちると思っていましたから驚いていません」

 俺は作り笑いをしながら取り繕った。

「相模守、手柄を上げる場所を一つ失ったのだぞ。悔しくないのか!」

 福島正則は憮然とし俺に怒り出した。彼は残念な子を見るような目で俺を見ている。

「韮山城をさっさと落として山中城攻めに加わろうと思っていたのに口惜しい」

 福島正則と蜂須賀家政は心底悔しそうにしていた。俺達が会話をしていると視線を感じた。俺は視線を感じる方向を何気なく見ると織田信雄と目が合った。彼は陣所の最上段に腰掛け不機嫌そうな表情で俺達を凝視していた。俺は咄嗟に視線を逸らす。

「福島様、蜂須賀様。内大臣様がこちらを見ております」

 俺は織田信雄から見えないように右手で口元を隠し小さい声で二人に声をかけた。俺が彼らに声をかけると、彼らは織田信雄の方を向き直ぐに視線を逸らし自分の席にそそくさと移動しはじめた。俺も彼らの後に続き自分の席に座る。俺の席は一番末席だ。この席は織田信雄から一番遠いはずだが、織田信雄の視線を未だに感じる。俺は嫌な予感しかしなかった。





「皆々、よく集まってくれた」

 織田信雄は招集をかけた武将達に声をかける。武将達の表情は優れない。山中城が一日で落ちたことが衝撃だったのだろう。
 俺達は二日経っても韮山城を落とせていない。だから彼らは余計に落ち込んでいるんだろう。明日からの城攻めが心配になってきた。焦って勇み足になる武将が出てこないか心配だ。馬鹿な武将が死のうが一向に構わないが巻き込まれることは迷惑だ。

「我らも悠長に城攻めしている時ではない。明日から今まで以上に発奮し城攻めを行ってくれ!」

 織田信雄は声を大にして武将達に叱咤した。冷静にならないといけない総大将が冷静さを失ってどうする。
 しかし、織田信雄の方針を非難する訳にもいかない。総大将の方針を公然と非難することは戦場において禁止らしい。もし、非難すれば最悪軍規を犯した者として死罪になることもあり得る。
 武将達の一部は織田信雄の方針に反対なような表情を浮かべるが異を唱える素振りは見せない。

「内大臣様」

 俺が諫言するしかない。この場では俺しか織田信雄に意見できそうにないだろう。俺は秀吉から北条氏規を拘束するように動けと直々に命令を受けている。そして、織田信雄は秀吉から俺が北条氏規の件で動くことを容認するように頼まれている。直球で織田信雄を非難できないが北条氏規に絡めれば織田信雄に意見できる。
 俺が発言すると織田信雄は不機嫌そうに俺のことを見た。

「相模守、何だ?」
「この二日の北条方の抵抗は激しかったです。闇雲に」
「だから何だ! 関白殿下に媚びへつらっておった田舎武者如き叩き潰してくれる」

 織田信雄は腹を立て俺が喋り続けることを制止した。彼は人の話を聞くつもりなどない。自分が見下していた相手が想像以上に手こずる相手だったことが許せないのだろう。彼は頭に血が上って冷静さを失っている。この分ではどれ程の被害を出そうと彼は力攻めに固執する予感がしてきた。

「今以上の力攻めとなれば敵味方の被害が一層激しくなります。そうなれば乱戦となりましょう。私は北条氏規を拘束するように関白殿下から命令を受けています。乱戦となれば北条氏規を拘束することが難しくなります」
「では、お前が使者として出向き北条氏規を降伏するように説得せよ」

 織田信雄はこめかみをひくつかせながら俺に命令した。今、誰が使者として城に出向いても降伏させることはできないだろう。そんなことも分からないのか。

「城攻めから二日。我らが優勢であることは変わりませんが、細川様が一部で戦果を上げるだけで全体の戦闘では敗れております。この状況で北条氏規が降伏するとは思えません」
「黙れ!」

 織田信雄は俺に扇子を投げつけてきた。俺は扇子を避けずに頭で受け止めた。俺の額から鈍い痛みを感じる。だが、俺は織田信雄から視線を逸らさない。織田信雄は俺の態度が気に入らないのか睨み付けていた。

「小僧、私の采配が無能と申すか!」

 織田信雄は声を荒げ俺に激昂した。武将達は視線を落とし沈黙していた。お前が無能だから被害が出ているんだろうが。そう言いたい気持ちを押さえた。

「そのようなことは言っていません。乱戦となれば」
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」

 織田信雄は足音を踏みならしながら俺の目の前まで来ると俺を見下ろしながら睨みつけた。

「初陣したてのお前に戦の何が分かる!」

 俺は両手を床につけ頭を少し下げた。

「私の言葉が内大臣様をご不快にさせたのならばお詫び申し上げます。ですが、関白殿下のご意向を無視することも問題にございます。そう考え無礼と承知で意見させていただきました」
「お前に言われずとも忘れてはいない!」

 織田信雄は声を荒げ俺を怒鳴った。完全に切れているようだ。

「北条氏規に最後の機会を与えてやる。お前が使者として城に出向き、『降伏を拒否すれば城を総攻めにして城に籠もる奴らを血祭りにしてやる。女子供だろうと容赦せん』とお前が北条氏規に伝えるのだ。関白殿下も降伏を拒否した者をどうしようと文句は言うまい。総攻めで北条氏規を拘束したいならお前の好きにすればいい。誰も止めはしない。ただし、お前が拘束する前に他の者が北条氏規を槍で串刺しにしているかもしれんがな」

 織田信雄は北条氏規を殺すつもりでいる。
 いずれにしても使者として出向く以外にない。これを拒否したら俺は織田信雄に軍規違反で手打ちにされる可能性がある。織田信雄は俺が北条氏規を降伏させられるとは考えていない。
 織田信雄は北条氏規を殺す大義名分が欲しいんだ。北条氏規へ俺を使者として送り、北条氏規が降伏を拒否すれば直ぐに城攻めに移るはずだ。北条氏規を殺さざるえなかった原因を俺に全部押しつけるつもりでいる。
 だが、感情に流され冷静さを欠く織田信雄では城を落とせないだろう。韮山城には十分な弾薬を調剤する材料と大量の鉄砲が運び込まれている。大手門に兵を集中させる戦術では寄せ手が鉄砲の餌食になり兵が損耗するだけだ。それを理解せず大手門からの集中突破に固執するのは愚策といえる。大手門を落として進軍することには賛成だが、俺の策を織田信雄に献策するつもりはない。
 精々盛大に失態を犯してくれ。俺は心の中で織田信雄を侮蔑した。

「内大臣様、お待ちください」

 静まりかえった陣所で織田信雄に声をかける者がいた。俺が声が聞こえた方向に視線を向けると福島正則が顔を上げてこちらを見ていた。

「左衛門尉、お前も私の意見に不服か?」

 織田信雄は不機嫌そうに福島正則を見た。福島正則は織田信雄の剣幕に怖じ気づく様子はなかった。彼は沈黙しながらも織田信雄を威圧するような目で見ていた。織田信雄は一瞬怯むが睨み返した。

「内大臣様、不服はございません。韮山城へ相模守を使者として出向かせるというならば、私も付き添いとして同行させてください」
「ならん」

 織田信雄は福島正則の頼みを一蹴した。織田信雄は俺に嫌がらせをしたいのだろう。孤立した敵陣で一人で敵と交渉する。並の大人でも不安な役目だ。交渉できずに敵に見せしめとして殺される可能性もある。
 北条氏規が使者を害する過激な行動に出るとは思えないが、城中の侍が暴走して俺を殺すことはあり得る。俺は、それを十分に理解していた上で、この役目を引き受けるつもりでいる。俺の策で城を落とす前に、俺の策の勝率を上げるため、北条氏規に会っておく必要がある。これを逃せば北条氏規に会う機会は城を落とす時になる。それでは遅い。

「左衛門尉様、お心遣いありがとうございます。ですが、心配はご無用にございます。私は役目をしっかりと果たします」
「相模守、お前は使者の役目がどんなものか分かっているのか?」

 福島正則は厳しい表情で俺を見据えていた。その様子から俺のことを本当に心配しているように見えた。

「分かっています。使者として単身出向くことも、戦場にて槍を振るうも命掛けです。戦場に家臣達を送り出す私が使者の役目を拒否することなどできましょうか。関白殿下から役目を申しつけられた時に覚悟はできています」

 俺は落ちついた面持ちで福島正則に答えると、福島正則は黙り俺のことをただ見た。
 俺は秀吉と命の駆け引きをした時に死にかもしれないことを覚悟した。だから、織田信雄の命令を拒否するつもりはない。ここで役目を放棄して何もせずに全てを放棄をするつもりはない。秀吉が何で俺に失敗したら腹を切れと言ったか今なら分かる。命をかけるべき場所でかけることができない者は立身など夢のまた夢だからだ。秀吉が俺のことを想ってやったことか分からない。でも、そう受け取っておこうと思う。今、俺は自分の死を恐れること無く使者の役目を受けることができているのだから。

「覚悟はできているのだな」

 福島正則は目で「頑張って役目を果たせ」と言っているような気がした。

「相模守、その心意気大義である。使者の役目を申しつける。期日は明日一日のみとする。よいな」

 織田信雄は勝ち誇ったように意地の悪い笑みを浮かべると俺を睥睨した。

「かしこまりました」

 俺は平伏し織田信雄の命令を受けた。





 翌日の朝、俺は豊臣軍が周囲を囲む中を掻き分け、一人大手門前まで進み出た。俺は武器を一切持っていない。俺が大手門の側近くまで進み出ると北条方から鉄砲が撃ち込まれた。鉄砲の弾が地面を抉り砂埃が舞う。俺は驚き身体を硬直させるが自分を発奮すると、俺は勢いよく息を吸い込み、口を大きく開いた。

「豊臣家家臣、小出相模守俊定と申す! 城主と話がしたくまかり越した次第。城主にお取り次ぎ願いたい!」

 俺は大手門前で必死に大きな声を出し自分が使者であると北条方に伝えた。大手門の扉は何も反応がなかった。俺は再び先程言った口上を繰り返した。喉が枯れるほど叫んだ頃、大手門の扉が開き一人の具足に身を包んだ侍が現れた。その侍は右手に抜き身の刀を持っていた。

「私は、北条家家臣、清水新五郎吉久と申す者。城主がお会いになられると申しております。武器を持たずにゆっくりとこちらに参られよ」

 清水吉久と名乗る男は年の頃は五十過ぎに見えた。俺は両手を挙げ武器を持っていないことを相手に伝えた。

「武器は持っておりません」

 俺が清水吉久に言うと俺はゆっくりとした足取りで歩き出した。彼の側近くまで来ると彼は俺の具足を検めだし俺が暗器などを隠し持っていないことを確認していた。

「武器は持っていないようですな。失礼した」

 清水吉久は俺に謝罪した。

「お気になさらないでください。私が同じ立場なら同じことをしたでしょう」
「かたじけない」

 清水吉久はそう言うと具足の脇から布を取り出した。

「しばし不自由をおかけしますが、これで目隠しをさせていただきます」

 目隠しをされた俺は清水吉久に手を繋がれ足下が覚束ない状態で何処か分からない場所を進んで行く。清水吉久は俺に時折「足下に段差があります。お気を付けください」と声かけして俺の歩調に合わせてくれた。おかげで足下を踏み外して転けるようなことは無かった。
 随分と歩いたと思った頃、清水吉久の動きが止まる。俺も清水吉久に倣い歩くのを止める。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧