トシサダ戦国浪漫奇譚
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第一章 天下統一編
第十四話 初陣
俺は韮山城の城下にいる。韮山城攻め総大将、織田信雄、は韮山城に到着するまでの間に軍議の時間を取ることは無かった。この判断に他の武将達は異論は無い様子だった。全員が韮山城攻めは楽勝と考えている証拠だろう。
織田信雄の考えを現すように彼は韮山城の大手門正面から延びる一色口に着陣した。彼の率いる軍は一万五千だ。韮山城攻めの総軍勢四万の三分の一を超える兵数だ。百万石を超える大大名の軍だけのことはある。他の武将達も各々韮山城を囲むように軍を配置している。全員やる気十分だ。これが史実通りなのか。俺が秀吉の前で韮山城攻めの重要性を説いたことによる影響かは分からない。
俺は織田信雄軍の側に着陣している。彼の軍と俺の軍では熊と蟻ほどの差があるなとまざまざと実感する。
戦意旺盛な武将達に俺は一抹の不安を覚えた。韮山城に籠もる兵数は三千強。勝てる戦だ。武将達の様子も頷ける。
俺は織田信雄が短期間で韮山城を攻め落とすことを危惧している。それは秀吉の思惑が外れるということだ。秀吉は織田信雄に城攻めを失敗させ総大将の地位を更迭させる腹づもりでいるからだ。もしそうなったら俺は困る。
俺は韮山城を攻め北条氏規を生け捕りにする必要があるからだ。
だが、この緒戦に参加する訳にはいかない。俺の軍は急造でできた軍だ。家臣達の連携が上手く取れないと見ている。韮山城には大量の鉄砲と火薬が運び込まれていると報告を受けている。良い的にされそうだ。
俺の予定では一ヶ月間で俺の軍を連携が取れるように城攻めの仕込みをしつつ調練するつもりでいる。
俺は渋面で織田信雄軍に視線を送る。
「殿、どうなされましたか?」
風魔党から俺に仕官した雪が声をかけてきた。側には玄馬もいる。二人とも俺の仕官する話を二つ返事で了承した。二人は具足を持っていなかった。俺の軍は急造だから具足を持っていない者もいたため貸し具足を用意している。それを二人に貸した。
「味方があまりに戦意旺盛なことが気になっただけだ」
「敵の兵数を考えればそうなるでしょうね」
雪は韮山城を眺めながら俺に答えた。
「北条氏規はどのような人物か知っているか?」
俺は雪と玄馬に聞いた。二人とも北条氏規とは直接の面識は無いようだ。
「伊豆衆をよくまとめ武田軍を蹴散らした実績があります。良将であることは間違いありません」
玄馬が北条氏規について知っていることを教えてくれた。俺の知る情報と相違はない。
韮山城を攻め落とす最善の策は砦を一つずつ落とし天ヶ岳砦を落とすことだ。この砦が落ちれば韮山城は裸城になったに等しい。だが、織田信雄を始めまどろっこしい策を選ぶつもりはない気がする。砦を一つずつ落とす腹づもりなら、武将達は担当割りをしようと考えるはずだ。その様子が一切ない。この城へ最短で向かう経路は大手門を破ることだ。城を囲む水堀は池と見紛うばかりの規模で作られている。この水堀を超えて城に向かうことは無理がある。だが、最短経路だから短い時間で城に向かうことができるということにはならない。
北条氏規が良将なら大手門の守りを強化するはずだ。
「伝令!」
俺が叫ぶと母衣をつけた使番が素早くやってきた。
「我が軍の者達に前へ出過ぎるなと伝えておけ。決して大手門に近づき過ぎるなとな。緒戦は傍観に徹するのだ。岩室坊には大手門を守備する備を観察するように指示せよ」
使番は俺の命令を聞き終わると急いで馬に乗馬して去って行った。
狭い大手門を守るのに鉄砲はうってつけだ。だが、織田信雄も想定の範囲内だろう。
「手柄を見す見す逃されるのですか?」
雪は俺の命令に失望している様子だった。俺が怖じ気づいて二の足を踏んでいると思っているのだろう。俺は雪の反応におかしそうに笑った。
「雪、手柄を急ぐ必要はない。最後に笑うのは私だ」
俺は真剣な表情で雪を見た。ここで兵を無駄に減らすことは馬鹿げている。誰に誹りを受けようと俺は気にしない。最後に勝利したものが正しいのだ。
俺の確信した言葉に雪は俺に考えがあってのことだと察したようだ。だが、納得できない様子だ。
「雪、そんな顔をするな。雪、玄馬。役目を与える。大手門の様子を見てこい。もし、大手門が落ちそうな状況なら私に直ぐに報告しろ」
俺が二人に命令すると雪は喜色の顔を浮かべ俺に頭を下げ去って行った。
「よろしいのですか?」
俺が二人の後ろ姿を見送っていると柳生宗矩が俺に声をかけてきた。新参の胡散臭い二人組に不信感を抱いている様子だった。俺に内通しているとはいえ、風魔党の者を信用し過ぎるのは危険と考えているのだろう。
「主の器の大きさを示すには調度良いだろう。二人が信用できるかを確認する意味でもな」
「だから岩室坊様を前に進められたということですか」
柳生宗矩は俺の言葉に得心した様子だった。柳生宗章は寡黙に大手門の方向を見ていた。
「殿、雪という女はお心をお許しになりすぎることはお止めください」
柳生宗矩は真剣な表情で俺に意見してきた。彼の考えでは女忍者は危険だと考えているのだろう。時には色香や身体で男を誑かし籠絡する手段も厭わないのが女忍者だからな。俺が十二歳の小僧でも心配にもなるのも頷ける。
「分かっている。雪は初対面の私への態度と今の態度に違いがあり過ぎるからな。幾ら私の家臣になることを納得したとはいえ気持ちの切り替えが早すぎる。玄馬の反応の方が自然だ」
俺が淡々と話すと柳生宗矩も安心した様子だった。
「賢明な判断でございます」
「又右衛門、風魔党の人質の反応を見るに彼らは危機感を抱いているように思う。私の無理を飲まざる終えないほどにな」
「風魔党の地盤は箱根権現、大雄山と伝え聞いております。近江中納言様が山中城を落とせば箱根は目と鼻の先にございます」
俺は笑みを浮かべ柳生宗矩に言った。
「風魔党は山中城が早々に落ちると見ているのだろう。だから俺との交渉を早く進めたがっている」
俺は口角を上げた。
「風魔党の見立て通り山中城は直ぐに落ちる」
「殿は確信した物言いにございますね。戦は状況次第でどう転ぶか分かりません」
「必ず直ぐに落ちる。又右衛門、籠城側が一枚岩でなく争っていては長くは持たない。山中城は韮山城と違い豊臣軍の攻撃に備えた城の増強工事が途中だった。防備は万全でない。守将は恭順派と抗戦派で割れている。この状況で八万の大軍で攻められればひとたまりもない。近江中納言様は犠牲など考えず力攻めを行うはずだ」
山中城攻めでは豊臣秀次の家老が戦死している。豊臣秀次は自軍を全面に出して山中城を攻めたに違いない。豊臣秀次の主力は養子入りしていた三好家の家臣団。それに秀吉から付けられた与力達だ。中でも中村一氏は叩き上げの戦上手で山中城陥落に一番貢献したと言われている。秀吉の後継候補というだけあり名だたる武将をつけられている。俺とは雲泥の違いだ。
羨んでも仕方ない。俺はできる範囲で有能な家臣を集めるしかない。
「殿は千里眼でもお持ちのようですね」
柳生宗矩は俺の指摘した内容に感銘している様子だった。俺も十二歳の小僧がこんなことを言っていたら驚くと思う。
「得た情報を元に考えれば自ずと行き着く答えだ。情報が如何に重要かということだ」
「だから殿は長門守様を重用されるのですね」
「そうだ。だが俺は又右衛門のことも買っている」
「柳生家は忍びを抱えておりますが大和の土豪にございます。長門守様のように多くの人材を抱えておりません」
「いないなら。育てればいいだろう。私は又右衛門には組織を作る器量があると思っている。情報を集める集団は一つより二つ。二つより三つと思っている。一つの集団の情報に依存し過ぎると偏った情報になるかもしれないからな。情報が多ければ多いほどいいのだ。普段気に止めない大した情報の中にも有益な情報であることがあるからな」
俺は情報収集の重要性を熱く語った。
「又右衛門、北条征伐が終われば三千石に加増するつもりでいる。情報を集める組織を作ってみよ」
俺の申し出に柳生宗矩は驚きの表情を浮かべた。三千石は大和国柳生庄の知行と同じ石高だ。俺の粋な計らいに柳生宗矩は感動している様子だった。これで彼は困窮している柳生家の者達を呼び寄せることも可能だ。彼は今でも実家に仕送りしているようだからな。
「殿、感謝いたします。御恩に報いるように頑張らせていただきます」
俺は柳生宗矩に「頼むぞ」と声をかけ柳生宗章に声をかけることにした。
「五郎右衛門、そろそろ私の家臣になる気になってくれたか?」
「考えておきます」
柳生宗章は俺の方を向くと短く答えた。俺は笑みを浮かべた。彼は俺からの仕官の話にはいつも「修行中の身であるためお断りさせていただきます」と言って断っていた。それが「考えておきます」に変化した。少しは俺の家臣になる気持ちになってくれたということだろう。
「兄上! いつも。いつも。何故そんなに憮然と答えられるのです」
柳生宗矩は兄、柳生宗章、の態度が気に入らない様子だ。
「又右衛門、気にしなくていい。五郎右衛門は『考えおきます』と言ってくれた。俺を少しは認めてくれたということだろう」
俺は愉快そうに笑った。俺の様子に柳生宗矩は柳生宗章への怒りが萎えたようだった。
「北条氏規のお手並みを拝見させてもらおうとしようじゃないか」
俺は話題を変えて大手門の方を見た。
俺の懸念通り豊臣軍は韮山城に手をこまねいた。北条氏規は俺の想像以上に善戦していた。どういうわけか武将達は細川忠興を除いて大手門に攻めかかっていた。お陰で良い的になっていた。これは北条氏規の用兵が上手く、城兵の気持ちを一つにまとめよく統制が取れているということに他ならない。織田信雄を筆頭に豊臣軍の武将達は力攻めで大手門を破ろうとしたが、豊臣軍の韮山城攻めの緒戦は死傷者を出しただけで終わった。
猛将で知られる福島正則も手酷く被害を受けて怒り心頭で荒れ狂っていた。豊臣軍内は雪辱に怒り震えている。この分だと明日も手酷くやられるだろう。敵を寡兵と侮り冷静さを失うと敵の思う壷だと思う。
今の所俺の計画に狂いは出ていない。
俺は織田信雄に呼びつけられている。もう日が沈んでいる。織田信雄の陣屋に来ると俺は中に通されてた。俺が部屋に入ると織田信雄が既にいた。一目で機嫌が悪そうだ。酒をあおっている。彼の側には小姓が一人いて酌をしていた。
「相模守! そこに座れ!」
織田信雄は俺の姿を確認すると怒鳴り俺に目で座る場所を指示してきた。俺は言われるままに腰を下ろした。織田信雄はご機嫌斜めなようだ。
「右大臣様、お呼びと聞きまかり越しました」
俺は織田信雄に対して頭を下げた。
「貴様、城攻めに参加してなかったそうではないか? 皆が必死に攻めている時に後ろで高みの見物とはいい身分であるな」
織田信雄は酒臭い息を吐きながら俺に本題を切り出していた。俺は城攻めに積極的に参加させず戦況を遠目から観察していた。そのお陰で大手門の守りを知ることができた。大手門に籠もる兵力は百程度と見ていい。百程度でも鉄砲を上手く運用すれば十分に凌ぎきれる。
だが、この守りを北条氏規がどの位の期間維持できるかだ。史実では四ヶ月。その一ヶ月前には北条氏規も落城を意識し腹を括っていたはずだ。
「この戦が初陣と言い訳はいたしません。私の不作法をお許しください」
俺は言い訳をせずに平伏した。織田信雄は業腹そうだったが空の杯を小姓に差し出した。小姓は素早く酒をついだ。杯に酒が注がれると織田信雄は乱暴に杯を口元に運び酒をあおった。
「明日は城攻めに必ず参加するのだぞ」
織田信雄は俺を睨みながら言った。初陣の俺を責めても空しいだけだからな。
「謹んで承りました。右大臣様、一つお許しいただきたいことがございます」
「何だ?」
織田信雄は訝しげな表情で俺を見た。
「今晩より韮山城を攻めることをお許しください」
「今晩?」
織田信雄は目を細め俺のことを見ていた。俺の話に要領得ないようだ。
「深夜に韮山城の大手門に鉄砲を撃ち込もうと思います。夜でも大手門に警備の兵が詰めていると思います。そこに鉄砲を撃ち込めば敵は警戒しましょう。毎晩続ければ敵の指揮も落ちるかもしれません」
「大手門に鉄砲を撃ち込むだけか?」
「はい。その通りでございます」
織田信雄は俺の考えを聞き終わると馬鹿にしたような目で俺を見ていた。
「勝手にしろ。夜襲をしようと明日の城攻めには必ず参加にするだぞ」
織田信雄は座った目で俺を見ると俺を凝視した。俺の思惑に織田信雄は理解していないようだ。織田信雄に見抜かれるような計画では北条氏規に見破られるだろうな。
「分かっております。お許しいただきありがとうございました」
俺は丁寧に織田信雄に平伏し頭を下げた。
「玉薬も鉛もただではあるまい。相模守、お前は物好きだな」
織田信雄は呆れた声で言うと、顔を上げた俺に手振りをして「さっさと帰れ」と仕草で返事した。俺は気にせずもう一度頭を下げ去った。帰り際に俺とすれ違った織田信雄の家老らしき中年の大男が「相模守様、ご苦労をかけましたな」と声をかけてきた。
「気にしておりません。悪いのは私です。態々気にかけてくださりありがとうございました」
俺は頭を下げた。しばし中男の男を見ていた。面識のない男だ。俺は彼に名を聞くことにした。
「お名前をお聞かせくださいますか?」
「名乗っておりませんでしたな。織田信雄が家臣。小坂雄吉と申します」
「小坂殿、私は小出相模守俊定と申します。以後お見知りおきください」
小坂雄吉。聞いたことがない名前だ。織田信雄の家臣なら元は織田信長の家臣だろうと思う。ご同輩であった秀吉が今や天下人に登り詰め、主家筋である織田信雄に命令する状況をどう思っているのだろうか。
俺が気にすることではないな。下らない考えを振り払った。
「小坂殿、それでは失礼いたします」
俺は小坂雄吉と別れ自分の陣屋に戻る。
陣屋に戻ると岩室坊勢祐が既に鉄砲組の準備を整えていた。編成された鉄砲組は二十人を一組とした六組、総勢百二十人、で構成されている。俺の軍の兵数の五分の一が鉄砲足軽ということになる。火力重視の編成になってしまっている。今夜の夜襲には俺の旗本衆と与力達も参加している。彼らは俺に文句言わず参加している。
藤林正保は俺が大手門に夜襲をかける間に別行動をする手筈になっている。俺は小姓に手伝わせて具足を身につけると夜襲する兵達が集まっている場所に足を運んだ。
「殿、戻られたのですか。準備はできています」
岩室坊勢祐は俺の姿を確認すると駆け寄ってきた。
「この作戦に参加してくれる者達は集まったか?」
「城井弥五郎とその家臣、五十名、が名乗りを上げました」
岩室坊勢祐は城井堂房の名を上げた。豊前城井氏嫡流が黒田家に粛正され俺の元に身を寄せている。豊前城井氏は元々宇都宮を名乗っていたが豊前国城井谷に土着し城井と名乗るようになった。彼の一族は黒田家によって惨たらしく粛正された。黒田家への憎しみは人一倍強い。彼の話によると甥、城井朝末、が秋月氏に保護されているとのことだ。城井朝末は城井家前当主、城井朝房の息子だ。
城井堂房は俺に城井朝末を召し抱えて欲しいと頼んできた。
「私の真の計画を聞かされていないのに、この計画に乗るか」
俺は笑みを浮かべた。城井堂房は見込みがある。城井朝末の件は聞き届けやる。北条征伐が終われば城井堂房は家老として扱う。
「城井弥五郎はお家再興に必死なのでしょう」
「十河存英も立場は同じだろう。この夜襲が無意味な物で手柄にならないと考えているのだろう」
俺は口元に指をやり漆黒に包まれた空を眺めた。十河氏の家臣団は解体して私の直参として召し抱えるべきだな。力を持たせすぎることは危険だ。この戦で十河氏は戦力になるだろう。だから十河存英は上級武士として扱う。
「赤井直義も参加したいと申していましたが昼間の役目も大事ですのでそちらに回しました」
そうか赤井直義も合格だな。
「赤井直義は内匠助と同じく計画を決行時に参加させてやってくれ。この計画に参画した者達が私の家臣団の中核をなすことになる」
「分かりました」
岩室坊勢祐は俺の考えに深く頷いた。
「それでは行くとするか!」
先方する足軽が松明を掲げて大手門に向かいだした。その後を鉄砲組、俺と旗本衆が付いていく。俺の心は緊張し打ち震えていた。
俺は大手門前近くまでやってきた。大手門には篝火があがり応戦準備が整っているようだ。わざと目立つように松明を掲げて近づいたから北条方は容易に索敵できただろう。
北条方の兵達は大手門の外に出ていない。
「鉄砲の準備をしろ!」
俺は立ち止まり使番を前方に向かわせた。使番は迅速に反応し伝令のために去っていった。鉄砲組が準備をはじまる。足軽達は鉄砲足軽達のために松明を掲げ灯りを作っていた。
「殿、準備が整いました」
岩室坊勢祐が俺に駆け寄ってきた。俺は彼に頷く。
「鉄砲を放て。持ってきた玉薬を全て使い果たして構わない。ある分だけ大手門に向けて打ち込むのだ」
俺は歩きながら鉄砲組の足軽達に声をかけていった。岩室坊勢祐は俺の話が終わると鉄砲組の組頭に指示を出していく。根来衆は雑賀衆と同じく組み撃ち鉄砲で連続打ちを実現している。組み撃ち鉄砲とは五人一組で打ち手・弾込め等で役目を分業し早撃ちを実現する方法だ。この方法で四秒間隔で鉄砲を発射できる。
鉄砲組は組頭の指示で組み撃ちで鉄砲を一斉発射していく。大手門前には鉄砲の火薬の炸裂音が反響しけたたましい音がする。
(長門守、俺が注意を引きつけている間に上手くやってくれよ。一ヶ月あるから急ぐ必要はない)
俺は不適な笑みを浮かべ大手門の様子を窺った。大手門に鉄砲の弾丸が届いているようだが、北条方の兵達は出てくる気配はない。これだけ弾幕を張られては出てくる訳がない。
「無駄弾は撃ってこないか」
鉄砲組が鉄砲を撃ち込み続ける中で俺は大手門を上や固く閉ざされた入り口を見ながら言った。籠城側は物資に限りがある。本気で攻める気のない相手に鉄砲や弓矢を使うわけがない。対抗して打ち込んでくるかもと思っていたが何もする様子はない。
「殿、兵達を進ませないのですか?」
「兵達は大手門から兵が出てきたら鉄砲組が撤退する時間を稼ぐために働いてもらう」
柳生宗矩が俺に声をかけてきたから俺は積極的に攻めるつもりはないことを打ち明けた。
「これは何のためにやっておられるのですか?」
「注意を引きつけるためだ」
俺は口角を上げ意味深な笑みを浮かべた。
「何を引きつけるつもりなのですか?」
「それを教えては意味無いだろう」
「味方にもですか?」
「そうだ。計画を聞いたらお前も危険な役目を担ってもらうことになるぞ」
俺の言葉に柳生宗矩は唾を飲み込んだ。
「それは殿の役に立てるということでしょうか?」
「役に立つ。又右衛門の所にも忍びがいたな。この戦には同行させているか?」
「同行させております」
柳生宗矩は鉄砲の発砲音が五月蠅い中で俺の耳元で囁くように言った。俺の話が本能的に危険な話だと感じたのだろう。柳生宗矩は周囲を忙しなく気にしている様子だった。
「又右衛門も一枚噛むか。この役目をやり遂げることが出来たら目出度くお前も大身の身分になるぞ」
俺は笑みを浮かべ柳生宗矩を見た。
「殿の役に立てるなら、その役目を謹んでお受けいたします」
「そうか。では雪と玄馬どちらかを手引きとして使う必要があるが大丈夫か」
「あの二人をですか」
「どちらでもいい。あの二人は韮山に土地勘があるはずだ。多分、韮山城にも足を運んだことがあるはずだ」
「では玄馬でお願いいたします」
柳生宗矩は即答した。雪を信用していないようだ。俺は雪も玄馬も信用していない。だが、俺の計画の成功率を上げるには多少危険があろうとも二人を使う必要があると考えている。二人の主人である夏が俺の元に戻るまでの猶予は三日だ。既に日を跨いだ頃だろう。明日中に夏が戻らなければ二人を始末する必要がある。柳生宗矩への指示は明後日でいいな。
「又右衛門、分かっていると思うが」
俺は腕組みし鉄砲組達の方に視線をやると、澄ました顔で柳生宗矩を横目で見ながら途中で言葉を切った。その先の言葉を柳生宗矩は理解したのか「承知しております」と囁くように返事した。玄馬が裏切れば始末しろと柳生宗矩に念押しした。
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