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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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伝言

「いやー、昨日は大量のポイント貰えたわねぇ。SAOボス様々って感じ」

「でも身体バッキバッキでよぉ、ここがARの欠点って奴だなぁ……」

 新生アインクラッド第22層、キリトとアスナが暮らしているログハウスにて。キリトにアスナ、リズ、ルクスやクラインと和気あいあいと会話していた。もちろん会話の内容は、あの《オーディナル・スケール》――とりわけ、先日行われたレイド戦についてだった。旧SAOボスモンスターを倒したことで、かなりのポイントを手に入れることが出来たのだから。

「運動不足じゃないか?」

「うっせ、珍しく領分だからって調子に乗りやがって。ま、そこのキリト先生よりはマシだけどよ」

「まだARに慣れてないだけだよ……!」

 こちらが珍しく領分であるために調子に乗っている以上に、珍しくキリトがゲームに慣れていなかった。VRの方が好きというのは嘘ではないようで、あまりオーディナル・スケールが好きになれないらしいらしく。

「グウェンもそうみたいで……」

「あー、あの子。リアルだとちっこいもんねぇ」

 ルクスの苦笑いに納得しながら、リズが自分の腰あたりを示す。流石にそこまでは小さくないが、ARが苦手だという者がキリト以外にもう一人いたようだ。

「さて、それじゃあ私はそろそろ失礼するよ。課題が残ってるからね」

「ルクスさん、またね」

「あの課題は手強いわよ?」

 そう言い残してルクスはログアウトしといき、待っているだろうあの課題の量を思い出すと、ご愁傷様と祈っておく。

「それにしても、どういうことなんだろうね……SAOのボスが出て来るなんて」

「ま、気にすることもないんじゃねぇか? 別にデスゲームって訳でもなし」

「それはそうだけど……なんか、気になるわよね」

「それは、な」

 リズの言う通りに、あのゲームの生還者として、気にならないと言えば嘘になる。まさかあの《オーディナル・スケール》がまたデスゲームになるとは思わない……いや、思いたくはないが。

「そこのところ、レインに聞きたいところだが……」

「忙しいわよねぇ……」

 空いているソファーを見て溜め息を吐く。今はユナのバックダンサーとして活動しているレインは、確かに《オーディナル・スケール》の運営に最も近づいている存在かもしれないが、その多忙さからかめっきりALOに顔を見せることはなかった。もはやどこでも姿を見るユナのお付きともなれば、当然のことだろうが。

「で、どうよ? 今日もオーディナル・スケール」

「場所がギリギリまで分かんないからねぇ……足がないあたしたちじゃ、参加は難しいわよ」

「足があればいいのね?」

 まだ《オーディナル・スケール》のレイド戦は大っぴらにはなっておらず、かなりのポイントが貰えていた。旧SAOボスモンスターというのは気になるが、ランキングの為のポイントが欲しいというのも確かだった。とはいえ参加が難しいのもまた確かだったが、そんなアスナの言葉とともに、キリトの身体がピクリと跳ねる。

「ね? キリトくん」


「ご愁傷様……」

 ALOからログアウトするとともに、そんな言葉が口から勝手に出て来ていた。そろそろキリトがバイクを走らせて、アスナを家まで迎えに行っていることだろう。ジャンケンで誰が行くか決めよう、とは言われたものの、そこはアスナに譲って――もとい、アスナ以外が座れる席ではないだろう。

『《オーグマー》へようこそ』

「ん……?」

 とはいえこちらも、リズへのプレゼントという目的のためには、ポイントを多く貰えるイベントに参戦しないわけにもいかず。そろそろ場所が公開される時間かと、《アミュスフィア》を外して枕元に置いてあった《オーグマー》を装着し、ボス戦について調べてみようと思えば――つい先程、携帯にメールが来ていることに気づく。

「……ちょっと出かけてくる!」

 そのメールを読み進めながら、リビングでテレビを見ているだろう母に言付けを残すと、ジャケットを羽織り家を飛び出していく。春になったといえども夜の風は冷たく、ジャケットを強く着直しながら自前の自転車を走らせた。キリトのように二輪車を持っていれば、という後悔を頭から追い出して、《オーグマー》の道案内に誘導されていく。

 メールの差出人は件のレイン。内容はいたく単純なもので、メールでは出来ない大切な話があるから、すぐに来て欲しいというもので――大切な話とやらは、旧SAOボスモンスターと、あのARアイドル《ユナ》のことだという。

「ここは……」

 ちょうどこちらでも違和感があると話していた内容であるということと、どこかメールの雰囲気から嫌な予感を感じて。自転車を息切らせて目的地に向かうと、そこには先日と同様に《オーディナル・スケール》のイベント用の交通封鎖が敷かれており、《オーグマー》を付けたプレイヤーたちの姿がそこそこ見て取れる。

「……レイン!」

 用意された駐輪スペースに自転車を停めると、プレイヤーの中にレインの姿がないか探し始める。その立場上、軽い変装はしているかもしれないが、それでもとにかく亜麻色の髪の毛の主を。

「……何やってるの、あんた」

「……グウェン?」

 背後から声をかけられて振り向けば、そこにいたのは髪をツインテールに結んだ小柄な少女で、名前は鶴咲芽衣美――『向こう』ではグウェンと名乗っていた。以前一悶着を起こした元オレンジギルドのSAO帰還者で、今はルクスを通した友人の友人と言った関係だった。もちろん《オーグマー》を装着しており、どうやら彼女もこの《オーディナル・スケール》に参加するプレイヤーの一人のようだ。

「どうして……いや、レインって名前の奴、見なかったか? リアルだと亜麻色のショートカットなんだが……」

「さあね? ま、あんたのお節介な彼女なら見たけど」

「グウェンー。紅茶でいい……って、ショウキ?」

 お節介な彼女――という言葉を租借する前に、缶コーヒーと紅茶のペットボトルを持ったリズが、こちらを驚いた表情で見つめていた。恐らくはこちらも同じような表情をしているだろうが、そんな俺たちを呆れたような表情で見つめたグウェンが、リズの手から紅茶のペットボトルを引ったくっていく。

「リズ?」

「もしかして、あんたもレインに呼ばれたの? 近所だから来たけど……まさか、《オーディナル・スケール》のイベントだなんて」

 文面が紛らわしいのよ――と缶コーヒーを空けながら続けるリズも、どうやらレインに呼ばれてきたらしく、ようやくこの場所がリズの家の近所だということに気づく。そして缶コーヒーを一口飲んだ後、俺に対して携帯を見せつけてきた。

「イベントのために呼んだらしいわよ」

 リズの携帯に表示されていたのは、レインからの「イベントを楽しんでね」という旨のメール……どうやら、レインはこのイベントに参加して貰うために、俺たちにメールを送って来たらしい。

「……なに、あんたら。運営側に知り合いでもいるの?」

「いや……運営側って訳じゃないが」

 ――なら、どうして俺とリズだけにメールを送った? それにイベントに参加して欲しいなら、最初からそう言えばいいだけでは? ……ひとまずレインに事情を教えて貰うように返信を頼むメールを送ると、リズの携帯を背伸びして見てきたグウェンが、紅茶を飲みつつこちらを睨みつけてきていた。

「ふーん……あたしは予想スレに張りついてようやく当てたってのに、なんかあんたらズルくない?」

「……っていうか、グウェン。あんた、ARは嫌いなんじゃなかったの? ちっこいから」

「ちっこい言うな! 確かに嫌いだけど……ちょっとは慣れてないと、ルクスと一緒に遊べないじゃない」

 《オーディナル・スケール》の練習のために、わざわざレイド戦開始場所の予想をして、どうにか先回りして来たらしく。言葉を重ねる度に小声になっていくグウェンが台詞を言い切った直後、缶コーヒーと携帯を俺に預けてきたリズが、力任せにグウェンのことを撫で回し始めた。

「やだもー! ルクスと一緒に遊びたいから練習とか、可愛いとこあんじゃないのー!」

「ちょっと! 離し……離しなさいってば! あんたも見てないで……もう!」

「あいにく両手が塞がっててな」

 どうせこうなれば梃子でも止められまい、というのを分かっていながら、両手が塞がっていることを免罪符に顔を背けた。背後から聞こえてくる悲鳴が断続的に聞こえてきてしばらく、そろそろ満足する頃だろうと振り向けば、ちょうどよくリズがいい笑顔でグウェンから離れていた。

「うん、ボス戦までのいい運動になったわね……!」

「ボス戦って言えば、アスナやクラインは来てないのか?」

「……他のとこにもボス現れてるらしいし、そっち言ってんじゃないの!?」

 携帯と缶コーヒーをリズに返しながら、9時に近づく時間を見ながら、残るメンバーがいないことに気づく。ただしその疑問はキレ気味のグウェンによってすぐさま氷解したため、手持ちぶさたになって無意識に《オーグマー》を撫で回していた。

「ごめんごめん、つい……ね?」

「つい、じゃないわよまったく……もう!」

「はいはい、お粗末さま」

 グウェンはそのままの勢いで、飲み終わったらしい紅茶のペットボトルをゴミ箱に投げつけたものの、あいにくとその狙いは大きくズレていた。まるでゴミ箱に入らなかったペットボトルを、リズが自らの缶コーヒーとともに捨てていく。

「ありがと。それに……ごちそうさま」

「いいわよ、どうせ無料クーポンのだし。さて……」

「……始まりか」

 リズの無料クーポンという言葉に、前回のボス戦で貰った牛肉大盛無料クーポンが余っていたな――などと思い返しながら、二人とともに《オーグマー》に付属する端末を取り出した。時刻はほぼ9時、ゲームが開始される時間だった。

『《オーディナル・スケール、起動!』

 音声認識によって世界が塗り替えられていき、先程まで周りに佇んでいたビルがさらに近未来的な代物になっていく。日本刀《銀ノ月》に変質した端末の鞘の手触りを確認していると、ビルを破壊しながら二体の巨人が俺たちの前に現れた。

「今日は二体もいるのね……」

「《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》と《ナト・ザ・カーネルトーラス》……バラン将軍にナト大佐、本当にSAOのボスとはね」

「……グウェン、ボス戦に参加してたのか?」

「まさか」

 二体の二足歩行で立つ雄牛タイプの武装したモンスターを見て、忍刀を武器としたグウェンがそんな呟きをもらした。名前からしてまたも旧SAOボスだろうとは思ったが、ずいぶんと詳しいな――というこちらの問いには、グウェンは小さく首を振った。

「データを見たことがあるだけよ。でもま、死ぬことを心配しないであのSAOのボスと戦えるなんて、いい機会だと思うけど? ……って、なによ。呆けた顔して」

「……いや、そういう考え方もあるんだなって」

 心の底から素直に、グウェンの言葉に感心する。あのデスゲームに関わること故に神経質になっていたのかと、旧SAOボスと戦えるなんていい機会、なんて発想は頭のどこにもなくて。また余計なことばかり考えてしまっていたのか、と日本刀の柄を握っていない方の手で髪を掻く。

「さ、早く行きましょ。ポイント取られちゃうわよ?」

『みんなー! 今日も来てくれてありがとー!』

 ようやく分かったか――と言わんばかりのリズの手が肩にポンと置かれ、気恥ずかしさを顔に出さないようにしながら、強く日本刀《銀ノ月》の柄を握り締める。すると先日のコボルトロード戦の時と同様に、上空のドローンからARアイドル《ユナ》の姿が映し出された。

『それじゃ、ミュージック~スタート!』

「キャー! ユナー! こっち向いてー!」

 そしてユナのライブとともにボス戦が開始され、ポイントとステータスにボーナスが付くスペシャルステージの始まりだ。どんなボーナスかを確認していると、隣から聞いたことのない興奮した言葉が放たれていた。

「ライブがこんな近くで見れるなんて、無理してでも来て良かっ――」

「……グウェン?」

「あ……えと、悪かったわね! ファンなんだから! もう!」

 その高音の歓声の主はリズではなく、当然ながら俺でもなく。ならば残る一人たるグウェンは、俺たちの視線に気づいて咳払いをしつつ、照れ隠しのように忍刀を俺たちに振り回した。

「ストップ、ストップ! 知ってる? 一番活躍したプレイヤーには、ユナからご褒美があるんだって……」

「……それを早く言いなさいよ!」

 リズの起死回生の一言でグウェンの動きはピタリと止まり、ようやく忍刀はトーラスたちへと向き直る。ボーナスというと、先日のボス戦でアスナが受けた頬へのキスのことだったか。

「そうと決まれば、まずはあの二体、さっさと引き離すわよ!」

 バラン将軍とナト大佐、二体のボスはお互いの動きをカバーしあっており、迂闊に近づいていったプレイヤーをそのシミターで斬り裂いていた。近接プレイヤーを攻撃する隙に銃撃が二体を襲うが、遠距離攻撃の威力が低く設定されているゲームでは、あまり手傷になるには至らない。

「あんた、そのメイスで片方吹っ飛ばしなさい! そうすれば、共闘とか頭にない他の連中も分かるでしょ!」

「オッケー、任しときなさい!」

 あのデスゲームの頃にはあるオレンジギルドの長だっただけあり、ボスに向かって走りながらも自然とグウェンが指示を出す。分断作戦の鍵はリズが文字通り握っており、リズを後衛に俺とグウェンが二体のボスに接敵する。

「あたしたちで気を逸らすから、油断した方を全力でぶん殴りなさい!」

 ともに接敵した俺とグウェンに対し、二体のトーラスの合体攻撃が放たれるが、その頃には俺たちは既に別れていて。右に避けていた俺がバラン将軍、左に避けたグウェンがナト大佐と自然に相対する。

『ヴウゥウオオォォ――!』

 こちらの身体の芯から響き渡る雄叫びとともに、バラン将軍が片手に持ったハンマーで大地を叩く。その衝撃波はフィールドに広がっていくが、まずは様子見の姿勢が功を労し、空中に跳んで避けることに成功する。

「何よ……これっ!」

「グウェン!」

 ただし衝撃波がナト大佐の図体で隠れていた為に避け損ねたグウェンが、正座のし過ぎで身体が痺れてしまったかのように、身体を動かすことが出来ていなかった。あの大地に響き渡る衝撃波は、プレイヤーに麻痺を与える効果があるのだと直感するが、バラン将軍が邪魔してグウェンを助けに行くことは適わない。

「オラ! こっちだ牛ぃ!」

「ヘイヘイ牛さんビビってるぅー!」

 しかしグウェンにナト大佐のシミターが放たれるより早く、大盾を持ったプレイヤー数人が、盾を鳴らしながらナト大佐の前に立ちはだかった。ヘイトをタンクプレイヤーに向けるスキルであり、ナト大佐の凶刃はその大盾持ちプレイヤーに放たれた。

「っおも……!」

「どっ、せーい!」

 とはいえ数人の大盾はナト大佐も突破出来ずに弾かれ、その隙にリズがナト大佐の側面に回り込むと、誇張なく力任せにメイスを振り回した。狙い通りナト大佐は衝撃に耐えることは出来ずに、戦闘エリアギリギリの建物まで吹き飛ばされた。

「今だ!」

「撃て撃て!」

 さらに吹き飛ばされた先の建物が銃撃によって倒壊し、その一瞬前まで建物だった瓦礫によって、ナト大佐はただ蹂躙されていく。あちらはもういいだろうと、あちらの攻撃を避けるだけではなく、攻勢に回るべくバラン将軍の隙を伺っていると。

「ナイスなタンクじゃない!」

「おう……って――」

「させるか!」

 どうやら作戦を立てていたらしく、見知らぬプレイヤーと拳をぶつけ合うリズへ、ナト大佐と合流しようとバラン将軍が走り出す。しかしてそれがこちらの攻勢に回れる隙となり、バラン将軍の足首を斬り裂き転ばせると、標的がこちらに移ったことを示すように睨みつけられた。

「さっきは、よくもねぇ!」

 再びバラン将軍はハンマーを大地に叩きつけて衝撃波を起こすものの、その攻撃は既に見切られている。グウェンが小さくジャンプして衝撃波を避けながら、俺が斬り裂いていた傷口に対して、さらに深々と忍刀を突き刺した。そのまま裂きながら引き抜くことで、バラン将軍の足首に深々とした傷口を残す。

「グウェン!」

「っと!」

 ハンマーを全方位に力任せに振り回す攻撃に、たまらず俺もグウェンもバラン将軍から逃げ出すと、ひとまずは距離を取って攻撃の隙を伺った。無理やり攻められなくもないが、あのハンマーに当たれば一瞬で消し炭だ。

「ヤバっ……ショウキ! グウェン! 避けて!」

「え?」

 リズの警告が俺たちに届く。あちらには瀕死のナト大佐がいたはず――と見てみれば、その瀕死のナト大佐が発狂じみた叫びをあげながら暴走していた。リズを守っていた大盾持ちプレイヤーの一人が、ナト大佐のシミターにまるで野球のボールのように弾き飛ばされ、その狂った走行の先には――

「ちょ……ちょっと! 何でこっち来てるのよ!?」

 どうやら狙いはグウェンらしく、辺りに破壊を撒き散らしながらも、正確にこちらへ向かって来ていた。どこかに逃げようにも、俺たちのすぐ背後にはハンマーを振り回し続けているバラン将軍がおり、タイミング悪く発狂したボスに囲まれてしまったらしい。

「もう! ちょっとあんた、何かないの?」

「……ナイスな展開じゃないか。古典的な手だが」

 背後からハンマーを振るう風切り音が近づいて来ており、前からはシミターであらゆるものを破壊する死神が迫ってくる。より鋭敏に気配を探るべく口癖で自らを高揚させると、じっくりとナト大佐の動きを見る。あと何秒、何歩で俺たちを確殺出来る距離まで達するか。

 シミターが破壊した大地の破片が足元に転がり、ハンマーが起こした風圧が髪を凪ぎ――

「今だ!」

 ――二つの攻撃が炸裂する直前に、俺とグウェンは全力で側面に避ける。使い古された手口だったが、その分効果は保証済みとでも言うべきか……突如として攻撃目標を失ったものの二体のボスの勢いは止まらず、ナト大佐のシミターはバラン将軍に、バラン将軍のハンマーはナト大佐に、それぞれ見事に炸裂した。

「……せやっ!」

 さらに素早く突きの体勢に身体を立て直すと、大地を斬って二体のボストーラスへと駆け出した。それはかの《ヴォーパル・ストライク》のように一直線に放たれ、まずは瀕死のナト大佐をやすやすと貫きポリゴン片と化させ、勢いは止まることはなくバラン将軍をも襲う。

 ――ただそこで、バラン将軍の背後にあったビルを割りながら、新たなトーラス型モンスターが現れた。

「なっ……!?」

 完全に予想から外れた新たな登場。黒々とした巨躯に六本のねじれ角、さらに王冠を乗せた新たなトーラスの名は、《アステリオス・ザ・トーラスキング》――その姿と名で俺は悟る。今までのバラン将軍とナト大佐など前座に過ぎず、あのアステリオス王こそが本日のボスなのだと。

「ちょっと……!」

 バラン将軍の腹部に鋭い突きを炸裂させながら、遠くからグウェンの言葉が聞こえるな、と他人事のような思考が流れていた。アステリオス王のビルを割る登場により、辺りに瓦礫の山がバラまかれていき、瓦礫によって充満する煙が、風に吹かれる一瞬前だけその場を支配して視界を奪う。

「よし!」

 しかし煙に惑わされることはなく、バラン将軍のHPゲージはきっちり削り取ってみせると、とにかくこの場から離れようとした瞬間――

「――――ッ!?」

 ――風に吹かれて消えていく煙の隙間から、アステリオス王のハンマーが迫ってきていた。避けられないと確信できる一瞬に、どう生き延びるか思考が過去からあらゆる記憶を導き出していき――

「ショウキッ――――――!」

 ――彼女の悲痛な叫びが、聞こえた。

「このっ!」

 永遠とも思えるような一瞬の思索の後、アステリオス王のハンマーは、見事に俺の身体に炸裂する――ことはなかった。アステリオス王のハンマーと俺の身体の間に日本刀《銀ノ月》を挟み込み、さらに自分から吹き飛ばされるように後方に下がることで、可能な限りダメージを減じてみせた。

「っつぅ……」

「ちょっとあんた! 大丈夫!?」

 それでもHPがギリギリ残った程度にすぎずに、近くにいたグウェンに手を引っ張られながら、なんとかアステリオス王の攻撃の範囲内から逃げだした。落ちていたアイテムボックスから回復アイテムを拾いながら、とりあえずリズと合流しに向かうと――

「ちょっとあんた、どうしたの?」

「え……えっと……」

 ――リズが涙を流しながらへたり込んでいて、俺にその表情を見せないように必死で涙を拭っていた。それでも大地に座り込んだまま立てないようで、いつも気丈なリズが見る影もなく。先程からずっと一緒にいたらしい盾持ちのプレイヤーたちに、どういうことだと殺気を込めた視線で問いかけた。

「い、いや、オレらは何もしてないって!」

「そうそう! アンタがやられるかって時に、悲鳴あげて倒れちゃって……」

「……ちょっと腰が抜けちゃっただけよ! そんなことより、そろそろ時間よ!」

 こちらに顔を背けながらもリズは立ち上がると、残り少ない時間という現実を突きつける。この《オーディナル・スケール》ではボス戦に十分という時間制限があり、実質的に三連戦となったこのトーラス戦に時間の余裕はない。

「グウェン、なにかいい作戦ないか?」

「……もう基本に立ち返るしかないんじゃないかしら」

 ともかく様子のおかしいリズのことを気にかけながらも、ひとまず作戦案を出してくれていたグウェンに問いかけると、冷や汗を流したグウェンが呟いた。銃撃プレイヤーに対して口から放つ雷撃ブレスで反撃し、近づいたプレイヤーにはハンマーで起こした衝撃波で動きを止め、追撃の一撃で沈めるアステリオス王を見て。

「基本?」

「あんたらが防ぐ! あんたらが殴る! ……あたしが隙を作る!」

「お、おう!」

 盾持ちプレイヤーたちに俺とリズ、それぞれに言い残してグウェンは忍刀を構えて、盾持ちプレイヤーの速度に合わせてアステリオス王へと向かう。HPゲージが回復していくのを見ながら、トドメ役に任された俺とリズは後列を走る。

「リズ、大丈夫か?」

「大丈夫だってば。元はといえば、あんたがやられたのが悪いんだからね?」

「そう……言われるとな」

 先程のことなど嘘だったかのように、リズから皮肉たっぷりな答えが返ってくる。どうやら心配いらないようだ、とアステリオス王に視線を集中をさせると、随分とやられた借りを返してやろうと柄を握り締めた。

「せやー……っ!」

 グウェンの忍刀の一撃が炸裂したが、それはアステリオス王の片腕に持っているシミターで防がれてしまい、即座に返す刀がグウェンに襲いかかった。ただしグウェンもその一撃は囮だったらしく、すぐさまバックステップして盾持ちプレイヤーたちと場所を入れ替える。

「衝撃波来るぞ!」

「避けろよ!」

 盾持ちプレイヤーたちの警告が響くが、アステリオス王のシミターの一撃を防いでいる故に、彼らにその衝撃波を避ける術はない。盾持ちプレイヤーの分まで衝撃波を避けると、アステリオス王の胴体を深々と斬り抜けた。

「っせい!」

 その一撃によってアステリオス王の標的は俺に移り、こちらに向けてハンマーを放つが、その隙にリズがメイスの一撃を膝に叩き込んだ。その衝撃がアステリオス王に伝播したためか、ハンマーの位置は俺から大きくズレていく。

「オラッ!」

「転べオラッ!」

「そのハンマー邪魔ぁ!」

 さらに麻痺状態から脱した盾持ちプレイヤーたちのシールドバッシュが膝に炸裂し、逆にアステリオス王がスタンし膝をつく。そこにグウェンが忍刀が届く距離まで落ちてきた腕を切り放し、大地に落下したハンマーがポリゴン片となっていく。

「トドメだ! ……っておい!?」

 両足のスタンと片腕の切り離しと、ダウンしたアステリオス王に続々とラストアタック狙いのプレイヤーが集まってくるが、アステリオス王は片腕で空中に飛び上がってみせた。プレイヤーたちの手が届かない距離まで逃げたアステリオス王は、牙を向いた口に雷撃ブレスを溜める。

 しかしあの浮遊城の頃とは違う。何故なら手が届かない距離だろうと、俺たちには攻撃手段があるのだから。

「撃て撃て!」

「ラストアタックいただきだぁ!」

 虎頭のプレイヤーの指揮を受けて、銃撃プレイヤーたちの一斉射撃が空中のアステリオス王に襲いかかる。全身を針で突き刺さられるような感覚を味わうこととなったアステリオス王に、トドメとなったのは雷撃ブレスを放つ為に開いた口に炸裂した、虎頭のプレイヤーが放ったロケット弾だった。

『おめでとう~! それじゃ、今日も一番頑張った人にご褒美をあげるね!』

「っしゃラストアタックいただきぃ! ユナちゃ~ん、キスミープリーズ!」

 ボス撃破を示す文字とポイントが加算され、ラストアタックを得たであろう虎頭のプレイヤーが、周囲のプレイヤーに示すように叫び続ける。ライブを終えたユナが手を振ってきたかと思えば、マスコットに乗って地上へと降り立ってきた――俺の前に。

「……え?」

『今回、一番頑張ったのはあなた! 二体も倒したんだから当然でしょ?』

「え~……」

 虎頭のプレイヤーの落胆の声がこちらにも伝わってくるが、混乱しているのは俺も同様だった。そんなこちらの動揺など知ったことではないかのように、ユナの顔が近づいてきて――

「あ……」

 ――ユナのデコピンが、俺の額に炸裂した。もちろんARなので感覚はないが、こちらの呆けた顔を見てユナは面白そうに笑っていた。

『ざぁ~んねん! キスされるかと思った?』

「……別に」

『フフフ。ま、た、ね』

 そんな嘘など見抜いているとばかりの笑みを浮かべ、そう言いながらユナは目の前から消えていく。気づけば隣に立っていた虎頭のプレイヤーに、同情するかのように肩をポンと叩いてきた。それと同時に、リズからの肘打ちが脇腹にも。


「いや~、今日もポイントを稼がせて貰ったわね! グウェンのおかげで連携プレーも出来たし」

「ふ、ふん。ま、まあこれくらいわね」

「……っと、そろそろ時間ね」

 乗ってきた自転車を手で押しながら、ひとまず二人を《オーグマー》の道案内に従って駅まで送ると、ひとまず三人で談笑をしていると。どうやらリズが乗るバスが来たらしく、よりかかっていた壁から立ち上がった。

「それじゃ、今日は楽しかったわ。ショウキはまた明日ね!」

「ああ、また明日」

 そう言ってリズは元気よく手を振って、バスが来る駅のターミナルへと向かっていく。ボス戦の途中で腰が抜けた時は、まったくどうしたかと思ったが。

「……いいの?」

 隣に立ったグウェンから、突如としてそんな問いかけが放たれた。どうやら彼女もまた待っていた電車が来たらしく、駅の中に向かって歩いていく。

「あいつ、倒れてからずっと、あんたから逃げてたけど?」

 駅の中に消えていくグウェンが、振り向きながら最後に言い残していた。それとともに、ポケットの中にしまい込んだ携帯には、レインからの返信が返ってくることはなく――



「勝手な真似をして貰っては困ります、枳殻さん……いや、レインさん」

 まだどことなく少年のような表情を残した青年が、少女のようなデコレーションをしたスマホをしばし操作した後、車を走らせながらそう呟く。その視線の先には後部座席を映すバックミラーがあり、鏡には――レインが横たわっていた。

『たっだいま~! 今日も頑張ってきたよ、エイジ!』

「お帰り、ユナ。お疲れ様」

『えへへ……あれ、レインちゃん? どうしたの?』

 助手席に突如としてユナが現れるが、エイジと呼ばれた青年は特に驚くことはなく車を走らせる。ただ、ユナが後部座席で横たわっているレインに反応したことは、どうやら予想外のことだったようだが。

「レインさんは僕たちに協力してくれなくてね……あの子と、友達だったっていうのに」

『ふーん……よく分からないけど、大丈夫なの?』

「ユナが心配することじゃないさ」

 涙を流して横たわったままのレインに、ユナが涙を拭うように指を添わせた。もちろんARの存在である彼女には、実際に涙を拭うことは出来ないのだが。

『なら歌を歌うわね! 早くレインちゃんが元気になるように!』

 不満げに自らの指を見ていたユナだったが、すぐにその発想へと行き着いた。自分が現実に干渉する手段は、それしかないのだから。

「ああ、そうしてやるといい……」


 
 

 
後書き
グウェンもアリスやユージオ、オベイロン閣下のついでに千年の黄昏とかに出れませんかねぇ。イカジャムやクローバーズの外伝キャラも、レジスタやメモデフには出演して欲しいものです。
 
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