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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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共闘

 《オーグマー》。拡張現実などと称されて発売されたソレは、VRと違って身体を動かすことが可能という一点において、主にフィットネス関係から歓迎された。さらに携帯端末にも勝る利便性もあり、瞬く間に世間に受け入れられると、あっという間に《オーグマー》はトップセラーとなった……不思議なほどに。

 さらに不思議なことと問われれば、ベストセラーな商品にはつきものの、売り切れなどという話は全く聞かないところだ。《オーグマー》を求めた客が殺到しているにもかかわらず、未だにどこでも入荷していると、そこまで人気作になると見込んでいたのだろうか。

 そんな入手の容易さも手伝ってか、道場の経営と指導をしている父も、機械オンチだが《オーグマー》を購入せざるを得なかった。しかしそこは母が手取り足取り教えており、決して近づいてはいけないオーラが形成されていた。

 そしてそんな《オーグマー》の売れ行きに一役買っていたのが、先日レインに紹介されたARゲーム《オーディナル・スケール》だった。拡張現実で行われる新感覚のゲームは、若年層からゲーマーまで多くの層を取り込んでいた。

 それはもちろん、自分たちまでも例外ではなく――


「でもまさか、学園側が用意してくれるなんてねー」

 机に頬杖をかいているリズがそう呟きながら、耳に装着している《オーグマー》に視線を向ける。このSAO生還者学校に持ち込まれた《オーグマー》は、なんと生徒たち一人一人に配られることとなったのだ。あのデスゲームにおいて二年間をVR環境で過ごした俺たちは、どうしてもVRにおいては特異な存在らしく、こういう実験台を思わせる扱いは珍しくなかったが……今回は、随分と気前がいい。

「くれるってなら病気以外は貰いたいわけだけど、レポート課題まではいらないわよー……」

「ま、まあまあ……キリトくん?」

 とはいえ代償に大量のレポート課題を貰った上に、ARを使ってのレポート作成を義務づけられているため、いつものようにALOでするわけにもいかずに。こうして学校に残ってやることとなり、遂にリズが課題の山に突っ伏していた。

「ん……ああ」

「なんかテンション低いですよね、キリトさん。新しいゲームって聞いたら飛び跳ねそうですけど」

「確かにこいつはいいガジェットだとは思うけど……俺はVRの方が好きだな」

「ふーん。ショウキは……聞くまでもないわよね」

「え?」

 《オーグマー》を触って苦笑するキリトから、いきなり話題をこちらに突きつけられる。珍しくやる気のないキリトはともかく、他のメンバーよりも俺がこのARゲームに熱中しているのは確かだったが、何かを疑うようにリズはこちらを眺めていた。

「確かに運動はあんたの得意科目だけど、流石に熱中しすぎじゃないのー?

「……あ、レイン」

「露骨に話題逸らしましたね」

 机の上に投影されたARヴィジョンに映るレインの姿に、課題に取り組んでいたメンバーが動きを止める。数人いるバックダンサーの中の一人という扱いだったが、しっかりとアイドルな雰囲気を醸し出している。

「レインさん、頑張ってるみたいね」

「でも、ユナも可愛いですよねぇ……」

 バックダンサーの中央にいるのは、この《オーグマー》ないしARゲーム《オーディナル・スケール》の専属サポーター、と呼ばれるアイドル《ユナ》。アイドルらしい少女に身を包んだ彼女は、なんと世界初のARアイドルという触れ込みの登場だった。

 つまりモンスターなどと同様に、ARのヴィジョンで創られたモノだというのだが、その表情や動きは――明らかに人間的だった。ALOのNPCでもたどり着けないレベルであり、本当は現実世界の人間なのではないかとまことしやかに囁かれている……レインが以前、「あの子のモーションキャプチャーを」などと口を滑らせたのは、聞かなかったことにするとして。

「シリカったら、随分とユナにご執心じゃない?」

「ご執心ってわけじゃ……ただ、歌は好きだしARかどうかは気になりますし……」

「それをご執心って言うんじゃないのか?」

 そんなシリカの姿に苦笑しながら、机の上でダンスを繰り広げているARアイドル《ユナ》の姿を見る。モーションキャプチャーの話はともかくとして、確かにそのクルクルと回る表情は人間のようにしか思えない。

「そういうショウキさんはどうなんです? ユナについて」

「そうだな……」

 アイドルとしてはリズに勧められた神崎エルザ推しだが、そういうことを聞いているわけではあるまい。人間なのかARの産物なのか、もう一度その表情をじっくりと見た。

「……どっかで見たことないか?」

「ショウキもか?」

 あまりシリカからしたら満足いく回答ではなかったようだが、どこかボーッとしていたキリトから答えが返ってきた。どこかで見覚えのあるユナへの既視感は自分だけではなかったらしく、もう一度記憶を掘り起こそうとするものの――

『皆さん! 使えそうな資料まとめてきました!』

「ありがと。キリトったら、いい娘を持って幸せねぇ」

「あー……ARの数少ない長所だな」

「もう、キリトくんったらそんなこと言って」

 ――ユナの歌が流れている机の中央から、今度はALOでの妖精の姿をしたユイが現れるとともに、視界の端にARについての資料が表示されていく。キリトが言うには現実を仮想世界が侵蝕する拡張現実ならば、ユイも現実に姿を現すことも可能らしい。この《オーグマー》に対するキリトの当たりが強いのは、ユイを現実世界に映すという目標を先に叶えられたため、というのは本人に内緒のアスナの弁だ。

「……飲み物買ってくるか。ついでに何がいい?」

「コーヒーお願い」

「オレンジジュースがいいです」

「コーラ」

「私も、一緒に行こうかな」

 机の上に置いてあった飲み物がないことに気づいて椅子を立つと、口々に発せられるリクエストと、一緒に立ったアスナの姿があった。言っておいて財布の中身は大丈夫だったか、と脳内で確認していると、シリカが立ち上がった二人を見てふと呟いた。

「ショウキさんとアスナさんって、なんだか珍しい組み合わせですね」

「言われてみれば……そうだね。それじゃあショウキくん、よろしくね」

「飲み物の買い出しぐらいによろしくも何も」

 ふと髪の毛をクシャクシャと掻きながら、アスナとともに部屋を出て行った。改めていざ問いかけられてみれば、シリカの言う通りに俺とアスナという組み合わせは割と珍しい。あの浮遊城の頃から今に至るまで、友人の友人と言った間柄のままだった。

「ねえ、ショウキくん。ちょっと変なこと聞くようなんだけど」

「内容によるよ」

 とはいえ会話もしないわけではない。隣を歩くアスナから、らしくない問いかけが放たれたかと思えば。

「ショウキくんが《オーディナル・スケール》に熱中してるのって、リズの為だったりするの?」

「――――」

 その問いかけは真実を捉えていた。《オーグマー》ないし《オーディナル・スケール》人気の一因として、そのランキング制というシステムがあった。全てのプレイヤーは稼いだポイントによってランク分けされ、上位のランクによって様々な恩恵を得ることになる。今の自分のランキングでは、牛丼屋の大盛無料という助かるような助からないような物だけだったが、さらに上位になれば――

「やっぱり。そろそろ誕生日だもんね、リズ」

 こちらは何も答えていないにもかかわらず、全てを察したかのようにアスナはクスクスと笑う。実際理由まで全てお見通しともなれば、もはや何の弁解も無意味だと察すると、羞恥に笑顔のアスナを直視できずに目を逸らすのみしか出来なかった。

「もう、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。実は、私もなの」

「私も? ……キリトにか?」

「うん」

 私も――ということは、アスナも誰かに《オーディナル・スケール》を利用した贈り物を考えている、というわけで。アスナが贈り物をする相手と言えば、というこちらからの問いかけには、当然のように答えが返ってきた。

「でもよくわからなくて……出来れば、キリトくんが好きそうなもの、教えて欲しいの」

 もちろん交換条件として、リズの好きなものを教えるからさ――と、アスナの言葉は続けられた。その申し出を断る理由などなく、脳内でキリトが欲しがっていたものがありありと浮かんでいく。

「ナイスな申し出すぎて、こっちから頼みたいぐらいだ」

「交渉成立ね。ふふ、リズったら相談には乗ってくれるのに、自分がプレゼントされるなんて思ってもいないんだから」

 どうやらキリトへの贈り物の中身はリズにも相談しているらしいが、同性の意見も聞きたいのだろう。その気持ちは本当によく分かるが――とまで思ったところで、ふと、あることに気になってしまった。

「なんでキリトにプレゼントを?」

「え……と、秘密だよ?」

「ああ」

 どうせこの共同戦線からして秘密裏のものであり、このまま墓の下まで持ち帰られるべき共闘のため、秘密などというのは今更だ。それでも改めて秘密などというので、頷きながらも何が来るかと身構えてしまう。

「そんな大した話じゃないってば! 今度、キリトくんがプレゼントをくれるって言うから、そのお返しってだけ」

「参考までに、キリトが何をプレゼントする気なのか知ってるか?」

 ――本当に、参考までに、気軽に聞いたつもりだった。キリトは恋人にどんなものをプレゼントするのか、ちょっとした意見を聞くつもりだった。それがアスナに見たことのないほどの頬の紅潮をもたらし、垂れてきた前髪によって目が隠れるほどに顔を伏せて沈黙するような、そんな事態になるなんて想像もつかなかった。

「…………指輪」

 ――そして長い沈黙の果てにアスナから答えられたのは、こちらの思考回路をショートさせるに相応しい答えだった。

「ゆ……ゆびっ!?」

「声が大きいってば!」

 声を裏返らせて聞いたことのない高音を出した俺を、アスナもまた見たことのない形相で必死で止めにかかる。お互いに冷静になってキョロキョロと周りを見渡し、誰も話を聞いてないと確認しホッと一息つく。

「指輪ってことは……その、そういうことか?」

「……うん。ショウキくんは、リズに贈らないの?」

 ――いや、さらにアスナから必殺の一撃が放たれた。せき止めようにも思考回路は動き出し、リズに指輪を贈る自分の姿が脳内に映しだされて、熱気が頭に昇ってくる感覚が支配する。そんな妄想を振り払おうとしながら、平静を装いながら返答しようとしたがダメだった。

「いや……いや? いや!?」

「……リズの指輪のサイズ、聞いておいてあげようか?」

「勘弁してください」

 ……こうして、多少なりともからかわれながらも、なんとかアスナとの共同戦線が開かれていた。


「随分と遅くなっちゃったわねぇ……」

「もう暗いですね」

 そしてユイやオーグマーの助けもあって、なんとか課題を終わらせた俺たちを待っていたのは、もうすっかり夜となってしまった景色だった。今日はグウェンと遊ぶ予定があると、ルクスは課題の提出を後日にしていたが、何か手伝ってやろうと決意する。

「……ん?」

 誰しもが少なからず疲労を感じながらも駅に向かって歩いていると、交差点で止まっていたバンからごくごく控え目なクラクションが発せられた。よくよく見てみればその見覚えのあるバンから、ことさら見覚えのある顔が顔を出していた。

「よっ、学生諸君。ご苦労様!」

「クラインさん?」

「どうしたんだ?」

 バンの窓から顔を出すその見慣れた野武士顔に、それぞれが歩みを止めてバンを囲む。割と大きい車だというのに、乗っているのは運転手のクラインのみだ。こちらにヘラヘラと笑いながら手を振る様子に、何か用かと問いかける。

「キリの字からまだ学校だって聞いてよ。実はこれからオーディナル・スケールのイベントがある……って噂があるらしいんだが、ちょっと行ってみねぇか?」

「《風林火山》の人たちは一緒じゃないんですか?」

「アスナさんよー。真偽不明の噂にメンバー連れてけねって、ギルマスとしてはよ。分かるだろ?」

「ちょっと。あたしたちはいいわけ?」

 時刻は既に8時を回っており、イベントがあるにしては随分と遅い時間だった。ただ高難易度イベントともなればランクも上がるだろうと、リズがクラインに突っかかっている隙に、ギルド指揮官経験者として苦笑いしているアスナと目と目があった。

「ま、真だろうが偽だろうが、レディーにゃ送迎サービスぐらいするぜ?」

「ボディーガードの席はあるんだろうな?」

「あらショウキ、やっぱりやる気満々じゃない」

 皮肉に皮肉で返しながらも、駐車している中型バンに真っ先に乗り込んでいく。それからリズも勢いよくこちらの隣に座り込むと、しっかりとアスナも乗り込んでいた。

「うーん……遅くなっちゃいそうですし……キリトさんはどうします?」

「いや、俺は……」

『何言ってるんですか、パパ!』

 残りは悩んでいるシリカに消極的なキリトだったが、キリトの目の前にどこで話を聞いていたのか、突如としてユイが光とともに降ってきた。そのままキリトの態度に業を煮やしたかのように、目の前で指を突きつけた。

『ママはメキメキと力を上げてるんですよ? このままじゃ、夫婦の危機です!』

「分かった、分かったよ!」

「……本当によく出来た娘ね……」

 リズの小さい呟きに心の底から同意しておきながら、説得に根負けしたキリトが助手席に乗り込むのを見た。みんなが行くなら――ということでシリカも乗り込むと、結局バンは全員を収容して夜の町を走り出していく。

「クラインさん。イベントってどういう噂なんですか?」

「9時にレイドイベントだとか話が出てるんだが、公式からは特に何もなくてよ。でも何つーかな、オレの勘がその情報は正しいってな」

『どうやらその勘は正しいようです』

「ユイ?」

 ユイとともに車の中に現れたのは、《オーグマー》開発会社のSNS。確かに9時から解放されるレイドイベントの情報が出ているが、明らかにその情報の発信は遅い。

「どういうことなんでしょう……?」

「サプライズイベントにでもしたいのかもな。んじゃ、安全運転で飛ばすぜ!」

 その宣言通りにクラインのバンは加速していき、ユイのナビゲーション通りに会場近くの駐車場に停止する。会場近くは交通規制がかけられており、上空にはARシステムをサポートするドローンが多数飛んでおり、どうやらクラインの勘は本当に正しかったらしい。

「ひゃー……さっき発表されたってのに、割といるわねぇ……」

「負けられないね」

 クラインのように噂を確かめに来たプレイヤーか、情報を聞いて駆けつけたプレイヤーかは分からないが、会場にはそこそこの人数のプレイヤーが集まっていた。既に時刻は開始時刻まで秒読みとなっており、それぞれ《オーディナル・スケール》起動のための端末を握り締めた。

『オーディナル・スケール、起動!』

 開始時刻になるとともに、世界は拡張現実によって塗り替えられていく。ビル群にいた筈の俺たちは、あっという間に巨大な洞穴の内部に放り出され、ここが最奥なのか背後以外に逃げる道はない。

「って、いつ見てもあんたのカタナ笑えるわね。……そんなに好きなら、そりゃ鍛冶屋としては嬉しいわけだけど」

 キリトは片手剣、アスナは細剣、クラインは刀、シリカは短剣――のように、それぞれ自らの得意武器が端末に生成される。ピンクを基調とした制服に、もちろんメイスとバックラーをつけたリズが、こちらの腰に帯びられた日本刀《銀ノ月》を見て苦笑する。

「こっちでもありがたく使わせてるよ……ん?」

 そんな洞穴のロケーションにはまるで不釣り合いな、この《オーグマー》の通信状況の緩和の為のドローンが天井近くを飛んでいた。珍しくミスかと首を傾げていると、洞穴の高所に向けてドローンが何かを投影していく。

『みんなー! 元気ー!?』

「アレは……」

 攻撃が届くことはない高所、ドローンから発せられた光の先に現れたのは――

「ユナ! ユナですよ!」

「ユナちゅわぁん!」

 噂のARアイドル、ユナの姿だった。メンバー内でもユナのファンなクラインとシリカも含めて、他のプレイヤーからはちきれんばかりの歓声が湧く。

『今日はこの《オーディナル・スケール》のレイドイベントに来てくれてありがとー! 私も歌って精一杯応募するね!」

「マジかよオイ! ユナのライブ付きイベントってか!」

「クラインうるさい!」

『それじゃミュージック! あーんど、ゲームスタート!』

 そしてライトアップされるユナとともに、《オーディナル・スケール》の宣伝に使われている歌が流れ出していく。しかも応援という言葉は偽りではないようで、ただの歌という訳ではなく、どうやらこちらのステータスにボーナスが加算される代物のようだ。

「ボーナス付きか……」

「来るわよ、ショウキ!」

 流れ出すユナのライブとともに、新たなモノがこの世界に生成され……もちろん生成されるのは、俺たちの武器や防具だけではなく。その武具で倒すべき宿命の獣たちもまた、この世界を侵食するように現れていく。

「あいつは……」

 この世界に現れた産声のように声をあげるのは、猪と鬼をない交ぜにしたような、俗にコボルトと呼ばれる二足歩行のモンスター。雑魚敵などと称されることもあるが、俺たちの前に現れたその個体は、鎧に全身を覆いこちらを踏み潰せるほどの巨躯を誇っていた。その威圧感は雑魚敵などと口が裂けても言えず、本能が警鐘を鳴らし冷や汗が自然と流れていくほどだった。

 ただ――

「……《イルファング・ザ・コボルトロード》!?」

 ――キリトとアスナが発した叫びに反応するように、さらに三体の鎧を着たコボルトが出現する。先の個体より格は低いようで、《ルインコボルト・センチネル》と称されるそれらを見て、俺たち他のメンバーも敵のことを思い出した。

「あいつって確か……」

「ああ……SAOの、第一層ボスモンスターだ!」

 当時のボス攻略戦に参加していたのはキリトとアスナのみだが、俺たちも攻略後に配布された情報でその存在は知っていた。あの浮遊城で最も早くプレイヤーたちに襲いかかったボス――《イルファング・ザ・コボルトロード》が、あの浮遊城と寸分違わない外見で立っていた。

「ボスのデータを流用したってことでしょうか……?」

「さあな……」

「……オイ」

 他のプレイヤーたちに襲いかかっていく《イルファング・ザ・コボルトロード》を見て、神妙な面持ちでキリトは片手剣となった端末を握り締めていた。コボルトロードの咆哮を聞いていると、クラインが後ろから小さく語りかけてきた。

「あんまキリトやアスナに関わらせねぇで、さっさと倒してやんぞ」

「……よし」

「そうね……先にいくわよ!」

 クラインにリズと小さく短いながら相談を終え、それぞれの武器を構えてコボルトロードに向けて走りだしていく。そんな俺たちに気づいたのか、コボルトロードの臣下たるセンチネルが立ちはだかった。

「邪魔ぁ!」

 全身を刃も通さないほどの堅牢な鎧に覆われたセンチネルだが、鎧の上から直接的に打撃を加えられた結果、何処かへ吹き飛ばされて洞穴の壁に炸裂する。そのまま壁の近くにいたプレイヤーに袋叩きにされるのを最後まで見届けることはなく、センチネルを吹き飛ばしたリズと前衛を交代するようにして、クラインとともにコボルトロードと対面する。

「オラァ!」

 コボルトロードが振るう右手の大斧を紙一重で避けながら、クラインが足の皮を深々と切り裂いた。そんなダメージに構うことはなく、さらにクラインに追撃を加えようとしたコボルトロードだったが、クラインを庇うようにしてその一撃を斬り払う。

「そこ……堅っ!?」

 到着したリズがメイスを振るうが、それはコボルトロードの左のバックラーに防がれてしまう。そして咆哮とともに、コボルトロードは多大な隙をさらしたリズを睨みつける。

「リズ!」

「ヤバっ――」

「せやぁっ!」

 リズに振るわれんとする大斧の軌道を変えようと一撃を加えたが、その巨腕の勢いは止まることはなく。振るわれた大斧とリズの驚愕の声をバックに、その場に《閃光》が炸裂した。初期位置から突進してきたコボルトロードの胸部に、アスナの高速の突きが連打され、たまらずコボルトロードはバックステップして距離を取った。

「《センチネル》、まだ来るよ!」

 細剣を構えるアスナの指示の通りに、コボルトロードの叫びに《センチネル》がさらに三体、空間に飛来するように登場する。アスナに遅れるように合流したシリカとキリトを含めて、メンバーが再集結しつつコボルトロードに立ち向かった。

「……あたしたちのお節介だったみたいね」

「みてーだなぁ……」

 そして戦闘が再開する刹那の間に、リズがアスナには聞こえないようにボソッと呟き、クラインも同意しながら頬をかく。キリトとアスナにSAOのボスとは戦わせない、などと、完全にこちらのお節介だったらしく――むしろ、二人のサポートに回るように陣を組む。

「いくよ!」

 アスナの号令に走り出す。先程のように《センチネル》がコボルトロードを守るように立ちはだかったが、そのうちの一体は足元に放たれたバズーカに転倒した。他のメンバーの援護射撃に感謝しながら、残る二体の《センチネル》と対峙する。

「くっ……!」

「キリトさん!」

 《センチネル》の大剣が襲いかかっていくのを見切ったキリトが、それを逆に弾こうとしたものの、その重量に圧しきられそうになってしまう。ただ隣にいたシリカの力も借りて大剣を弾き飛ばすと、その隙にアスナが《センチネル》の首に正確無比な刺突を放ちポリゴン片としていく。

「キリトくんってば、前より下手になったんじゃないの?」

「……ここからだよ!」

 その言葉の通りに、キリトは残る《センチネル》の大剣を今度は一人で弾いてみせると、またもや《センチネル》は多大な隙を晒す。アスナの見様見真似で首に突きを喰らわせ、コボルトロードへの道が再び開かれた。

「もういっちょ!」

 視界の端で転倒した《センチネル》がリズとクラインにタコ殴りにあっているのを見ながら、コボルトロードが他のプレイヤーたちと戦っているのを確認する。どうやら俺たちが《センチネル》と戦っている間に、コボルトロードへ迂回して戦いに向かったようで、先の援護射撃の感動を返せ――などと考えていると、コボルトロードが大斧をこちらに投げつけてきた。

「ひゃっ!?」

「シリカ!?」

「だ……大丈夫です」

 飛来した大斧に巻き込まれてしまったようだが、深刻なダメージではないようで胸をなで下ろす。そして疾走しながらも再びコボルトロードに視線を戻すと、大斧を捨てたコボルトロードが、腰に帯びていた刀の柄に手をかけていたところだった。

「あ……だめだ……下がれ! 全力で後ろに跳べ!!」

 その動作が抜刀術を放つものだと気づくのと、キリトの発した警告が空間に響き渡るのは同時だった。大斧を捨ててからの抜刀術の一撃は、近づいているプレイヤーを全て蹴散らすだけの威力を込めているに違いなかった。

「ショウキくん! 足を狙って!」

 ――だが俺の耳には、それと同時にある指示が届いていた。疾走とともに斬撃をコボルトロードの足に喰らわせながら走り抜け、今度こそ放たれた抜刀術の軌道をわずかながらにズラす。そのわずかにも程がある程度のズレは、キリトの警告に従って避けたプレイヤーたちには圧倒的なズレとなり、コボルトロードの抜刀術はただ空を斬った。

「はぁぁぁぁ!」

 そして、その隙を見逃すことはなく、アスナの一撃がコボルトロードに炸裂する。その一撃はコボルトロードをポリゴン片とするのに相応しい一撃であり、クリアとともに周囲の風景が現実のものに戻っていく。

「……ふぅ」

『おめでと~!』

 ボスの撃破とともにユナのライブも終わり、周囲に浮かんでいるマスコットと一緒に、こちらに声援と手を振っている。本当にボス戦は終わったようだと、息を吐くとともに日本刀《銀ノ月》を鞘にしまうと、手に持っていた《オーグマー》の端末に戻る。

「いやぁ、警告ありがとうよ」

「おかげでポイント減らさずに済んだしさぁ」

「あ、いや、俺は……」

 先程の「全力で後ろに跳べ」という指示に助けられたらしいプレイヤーが、キリトを囲んでお礼を言っていた。ラストアタックを決めたアスナも同様のようで、ご愁傷様と思うのと同時に、俺も助けてやったんだぞ――と思わないでもなく。

「ナイスファイト、ショウキ」

「ああ……ん?」

 そんな心が狭いことを考えていることを、全てお見通しだとばかりに肩を叩いてきた彼女に、どうかバレていませんように――と、恐らくは無意味な祈りを込めておきながら。すると何やら騒がしい声が聞こえてきて、そちらを見てみれば。

「あら……ユナじゃない」

 高所で手を振っていた筈のユナが、いつの間にか俺たちと同じ場所を歩いていた。どうやらあの飛行能力を持つマスコットに乗って来たようで、その歩みは迷いなく――アスナに向かっていた。

『今回、一番頑張っていた人にご褒美をあげるね?』

「え……?」 

 アスナの周りにいたプレイヤーもバラバラと散っていき、ユナとアスナの一騎打ちのような風体を見せた。そして怪訝な表情を晒すアスナに、ユナは何の躊躇もなく頬に口づけしていった。

『ふふ。また頑張ってね』

 それだけ言い残してユナは消えていったが、それから数秒後に辺りは野太い歓声で占められていた……どうやらこのレイドイベント、参加者がさらに増しそうでいて、もはやSAOのボスモンスターだろうと関係ないようで。

「いよっしゃぁぁぁぁぁ!」

「俺が気にしすぎなのか……?」

 雄叫びをあげているクラインから離れて他人の振りをしておきながら、不可解なボスに対して癖で髪を掻いてしった時に――

「――――!?」

 その独特の気配を察して、身体が跳ね上がり勝手に戦闘体勢に入る。どうあっても間違いようのない――『殺気』と呼べるあの気配。

「ショウキ、どうしたの?」

 隣に立っていたリズの不審げな表情とともに、こちらの気のせいとばかりに殺気は消え失せていた。少しばかり注意深く探ってみてはみるが、その主は完全に姿を消したようだった……本当にいたならの話だが。

「なんでもない。お疲れ……リズ」

「ふーん……ま、いいけど。ずいぶんポイント貯まったんじゃ――」

 
 

 
後書き
『オーディナル・スケール、起動!』


《エンター・ザ・ゲーム! ライディング・ジ・エンド!》

間違いない、あいつゲーム病だ……(違
 
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