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銀河HP伝説

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突撃!!聞かん自慢。

 
前書き
ハーメルンに投稿しているものと多少違います。 

 
高級士官専用のラウンジのゼー・アドラーでは、諸提督たちが集まって盃を交わしていた。自由惑星同盟を退け、大きな会戦もなく、ほっと一息が付ける休息期間だったのだ。
そんな中、何ともなしに各々の艦隊の話から、その旗艦の話に移っていったのは自然なことであったのかもしれない。なんといっても旗艦はその指揮官とまさに運命を共にする共同体だったからである。
「やはり旗艦はいいな!!」
ビッテンフェルトが例によって大声で叫び散らす。
「ケーニス・ティーゲルはまさに俺好みだ!!あの機動性と火力は俺にぴったりだと思わんか!?それにあのフォルム、すらっとしているようで野性味と威圧を秘めているフォルムは俺は好きだ!!」
隣に座っていたワーレンがうるさそうに顔をしかめ、
「あぁ、まさに卿にふさわしい艦だな。ティーゲル(虎)ではなくエーバー(イノシシ)とでもかえたらどうだ。」
「何だと!?そういう卿の旗艦などはサラマンドルという大層な名前があるが、地味な卿には名前負けしているんじゃないか?!」
「何を!?」
「よさないか!!卿ら!!」
ミッターマイヤーがたしなめた。
「どんな形であれ、閣下がお与えくださった旗艦は、卿らの個性に応じたものであると俺は思う。誰しもが万能である必要はない。それぞれの個性に応じた戦い方をすれば、いいのではないか。」
ロイエンタールが諭すと、ビッテンフェルトもワーレンも怒りを静め、すまなかったなとお互いに言い合って席に座った。
「とはいえ、やはり旗艦を持つとなると、どうしてもアレンジしたくはなりませんか?内装とか。」
「何だって!?」
フィオーナやティアナはともかくとしてその言葉がミュラーから出てきたことに一同は戸惑った。そういえばこの若い提督にはのちの鉄壁ミュラーのほかにもう一つ異名があった。それは物件探しが好きなことから「引っ越しミュラー」と奉られているのである。フィオーナは夫のこの癖についてはある程度認めつつも、二つの条件を付けていた。一つ、絶対に引越ししない本宅を設けること、二つ、引っ越しは最低でも半年我慢すること、である。これを聞いたときティアナは腹を抱えて笑い、イルーナも微笑を浮かべたものだった。
「内装ですよ。そう艦の内装を派手に入れ替えはできませんから、こう、ちょっと気軽に手直しできる部分を直したりしています。もちろん自前です。」
「卿がか?ほう、卿がそういった大工仕事ができるとは意外だったな。」
ルッツが感心したように言う。
「はぁ、何しろ私の家は9人兄弟で貧乏でしたから、家のことは大概自分たちでやっておりました。私はもっぱら料理と大工仕事を任されていましたので。」
なるほど、一人一部屋といかなかった幼少期の反動が今のミュラーの趣味を作り上げたのだなと諸提督は声に出さなかったものの全員が納得した顔だった。
「で、その内装とはどんなものなのだ?」
話題を振ってもらいたそうな顔つきだったので、ミッターマイヤーがミュラーに聞いた。
「そうだ!実際に見ていただいた方が話が早い。きっと皆さまもそれぞれの旗艦に愛着があり、カスタマイズをしているのではないですか?ならば、この際それらを見るための旗艦巡りツアーをしませんか?」
「また卿はとんでもない提案を――。」
ワーレンが顔をしかめたが、その声は「おおっ!」「面白い!」「いいだろう!俺の旗艦のすごさを見せてやろうではないか!」「望むところだ!」などという声にかき消されてしまったのである。


栄えある一番手は誰になるか。喧々諤々の議論の末、くじを引こうということになり、その結果の一番手はアイゼナッハになったのである。


翌日、提督たちはさっそくオーディンのドッグの一画に占めているアイゼナッハの旗艦ヴィーザルに赴いた。ヴィーザルはロケットのような形をした珍しいタイプの旗艦であり、前面傾斜装甲による集中火力配備と後尾の8基のエンジンによる安定した推進装置による出力等が自慢の艦である。副官以下がと列して迎える中を提督たちはアイゼナッハの旗艦に乗り込んだ。
「おい、どうしたんだ?奴はどこにいるんだ?」
ビッテンフェルトががらんとした艦橋に立ってあたりを見まわしたが、副官や艦橋要員、従卒たちがいるばかりでこの艦の主はいないのである。その副官たちも平素は無口である。従卒一人であろうと合図一つで動くように訓練されているのである。さすがは沈黙提督の旗艦だと皆は思った。
「ううむ、アイゼナッハはいったいどうしたのだろう?」
ミッターマイヤーが首をかしげる中、ケスラーが何かを見つけた。司令官の席の付近になにやら白い点々が落ちているのに気が付いたのだ。
「なんだこれは?何かの汚れか?」
「クリームかな。従卒が掃除を怠ったせいかもしれん。」
「それにしてもこんなに目立つところに。」
一同が口々に言っているときに、不意に司令官席の後ろのハッチが空き、アイゼナッハがのっそりと姿を現した。そして一同をみると遅れてすまないというように頭を下げ、そしてにっこりして手招きしたのである。それを見たロイエンタールが、
「ついて来いというのか?ほう、司令官の個室に案内するというのか。」
旗艦の中枢たる司令官の個室に足を踏み入れさせるとは、沈黙提督は案外敷居が低いのだなと口々に言いながら一同はアイゼナッハの後を追った。
「妙だな。ここにも白い点々があるぞ。」
ケスラーが先ほどと同じ点々を見つけた。よく見るとその点々はそこかしこに見られる。床の上にも、横の壁にも。
「なんだこれは?」
「さぁ。いったい何なんだろうな。」
「アイゼナッハの奴掃除をしないのか?」
一同が司令官の個室の前に来た時だ。不意にバサバサッ!!という音がして、一同の鼻っ先を黒いものが掠めた。すわ!!敵襲か!!とブラスターを引き抜いた一同の前、その黒いものは舞い降りて主人の肩にとまったのである。
「なんだ鳥か。びっくりさせおって。アイゼナッハ、卿が飼っているのか?こんな狭い部屋で。」
ビッテンフェルトが尋ねると、アイゼナッハは無言で部屋の中を指示し、扉を開けた。すると、その中からキュ~キュ~ガ~ガ~鳴く声がやかましく聞こえてきた。
「うぉっ!!なんだこれは!?」
「たまらんぞ!!」
「うるさいくらいだ!!」
耳を覆った一同の頭上をバサバサッと鳥が飛び去り、何かを落としていった。ベチャッ!という不快な音と気持ちの悪い感触にバーバラが悲鳴を上げた。
「フン、フン、フン!!」
「なによバーバラ、なんだってのよ?鼻息鳴らして。」
と、ティアナ。
「違うわよッ!フ、フン、フンがわ、私の肩に!」
「何をそんな糞ごときで動じることが・・・・うぉっ!!」
ケンプが自分の真上に落ちてきた糞に驚いてよろめく。バーバラとケンプだけではなく、被害は他の提督たちにも及んできた。何しろアイゼナッハの部屋には10羽の鳥たちが鎮座ましましており、それが一斉に飛び出してきているのだ。
「わあっ!これはたまらん!!」
「爆撃されているぞ!!」
「ああくそっ!!俺の軍服に!!なんていう行儀の悪い鳥だ!!許さんぞ!!俺を憤死(フンシ)させたいのか!?」
「誰だ?くだらないシャレを飛ばした奴は?!」
「そんなこと言っている場合じゃ・・・きゃあっ!!」
「駄目だ、駄目だ逃げろ!!」
提督たちは不意に出現した伏兵にうろたえた戦闘中よろしく、皆頭を抱えながら一斉に後退していった。
「いやはやひどい目に遭いましたな。」
メックリンガーがハンケチで盛んに軍服をはたいているが、どう見てもクリーニングに出さなくてはならないひどさだった。
「信じられん。アイゼナッハの飼っている鳥はああまで行儀が悪かったのか。それにあの声はなんだ?奴がしゃべらんからその分鳥たちがわめいているのか?とにかくうるさいな。奴の旗艦でうるさいと思うときが来るとは思わなかったぞ。」
ビッテンフェルトがぼやいた。そのオレンジ色の頭にはところどころ白い点がくっついている。
「ああひどい・・・せっかくの軍服がフンだらけ・・・・。」
フィオーナが切なそうにハンカチで拭いている、ミュラーは自分がフンまみれになっているにもかかわらず妻の汚れを拭き取るのを手伝っていた。ロイエンタールとティアナも同様である。
「ウンがなかったわね。アイゼナッハの趣味を事前に知っていたらこうにはならなかったかもしれないわ。」
「お前、上手くまとめたつもりかもしれんが、全然面白くないぞ。」
ダークブラウンの髪に光るものを点々とつけたロイエンタールが仏頂面で言う。
「う、うるさいわね!ちょっとでも空気を和やかにしようと思っただけよ!」
ティアナが顔を赤くした。
「それにしても、アイゼナッハの奴、いったいどこに行ったのだろう?」
ミッターマイヤーが言うと同時に、アイゼナッハが姿を現した。一同の格好を見ると、彼はとてもすまなそうな顔をして頭を下げたのである。
「おい、アイゼナッハ。謝るだけではだめだ。俺や皆の軍服のクリーニング代は払ってもらえるんだろうな?」
ルッツの問いかけに、アイゼナッハは当惑そうにし、跳ね上がった後ろの毛をつまんだその時、バサバサッとまた一羽の鳥がやってきた。一同が身構えたが今度は杞憂だった。その九官鳥はアイゼナッハの肩に留まった。そして九官鳥は一同の質問に主人に代わってこう鳴いたのである。
「ヤ~。」


 その翌日、軍務が終わった提督たちは今度はルッツの旗艦を尋ねることとなった。ルッツの旗艦スキールニルは、フォルセティ級2番艦であり、姉妹艦と比べ推進部の形状が異なっている。4基配置された通常航行用核融合推進機関を強化することにより高い機動性を実現し、フォルセティ級最速を誇る推進力を発揮する。攻撃力も30センチ級主砲(中性子ビーム)を8門装備し、同盟軍の巡航艦程度なら一撃で撃沈することが可能である、ということなのである。
「昨日はアイゼナッハの艦でひどい目にあったが、ルッツは大丈夫だろう。何しろ提督の中でも常識人だからな。」
ミッターマイヤーがそういうと後ろを歩いていたアイゼナッハは申し訳なさそうに姿勢を低くした。彼はクリーニング代を払ったがそれだけでは申し訳ないと、妻の手製のお菓子を持って歩いて回ったのである。もっとも本人の口からは謝罪の言葉はなく、ただジェスチャーがあっただけだったのだが。
「わからんぞ。俺はアイゼナッハが鳥を飼っていることに今まで気づきもしなかった。ルッツの奴が『何か物騒な猛獣』を飼っていたとしても俺は不思議には思わん。」
「口が悪いな!卿も!」
ビッテンフェルトの言葉に顔をしかめながらワーレンがたしなめる。
「第一旗艦にそのような猛獣を積み込めるわけがなかろう。」
「やぁ!ご一同、わざわざお越しくださって恐縮ですな。」
ルッツが颯爽とした姿を艦の乗降口付近に現した。提督たちはルッツの出迎えを受けて、副官たちがと列する中を艦内に案内された。
「卿の旗艦には、いったいどのような趣向がなされているのか興味があるものだ。」
ロイエンタールが言うと、
「いやいや、私の方はそれほど大それたことはできません。こうして個人の旗艦を運用できるだけでもありがたいと思わなくてはなりませんからな。ですが時には私とて趣味に没頭したくはなりますから、その辺りでしょうか、お話しできるとすれば。」
「ほう?卿の趣味とは?」
「あれこれ話す前に、実際にご覧いただいた方がよろしいでしょう。・・・おい!提督方に『あれ。』を持ってくるように!」
『あれ?』
提督たちが一斉に「?」を頭の上に描く。「あれ。」とはいったい何なのだろう。それはほどなくしてわかった。装甲服にも似た、だがとても軽い軽量鎧のようなものが従卒たちの手によって運ばれてきたのである。
「これからお見せするところにご案内する前に、まずこれを着用していただきたい。」
「なんだこれは?ずいぶんと物々しいな。」
ワーレンが尋ねる。
「まぁ着ていってみればわかる。俺としては卿らをむざむざと死なせたくはないのでな。」
『死ぬ!?』
なにやらイヤな汗が提督たちの背中に流れたが、ここまできて引き返すのも悪い気がして誰もそれ以上言わず、その鎧のような物を身につけた。
「準備はよろしいですな。ではご案内致します。」
ルッツは先頭に立って歩いていたが、徐々にそれは早足になった。まるでずっと我慢していたおもちゃを買ってもらい、一刻も早くそれで遊びたい子供のような様相である。
「?????」
一同は何が何だかわからずにルッツの後に続いた。いくつか廊下を曲がり、階段を下りて、頑丈な扉の前にやってきた。その左右にはなにやら銃のような物が立てかけてある。
「ほう?これは小銃と呼ばれるものか。短銃もあるな。どれも地球時代のものではないか。これは村田式38銃だな。そしてこっちはミュケレット式火縄銃ではないか。」
ズラリとならんだ銃器コレクションの中で正確にそれを言い当てたのはさすがはロイエンタールであった。
「流石はロイエンタール提督、よくご存じだ。皆さんどうかお好きなものを一つ取ってください。間もなく始まります。頭にかぶっている兜のまびさしをおろしてください。」
「なに?何が始まるのだ?」
ミッターマイヤーが突然のことにうろたえる。
「シュミレーションです。この先では最新式のシュミレーションがあり、様々な状況下での戦闘を楽しめるのです。」
「ほう!!そいつはいい!!いいだろう!!格闘戦闘は俺の得意とするところだ!!」
「面白そうだわね。」
「久しぶりに運動するのも悪くはないな。」
「興がありますな。」
などと提督たちも乗り気である。さっそく各々目についた武器を取り上げた。
「準備はいいですか?では、行くとしましょうか。」
ルッツが扉脇のコンソールを操作すると、けたたましいアラーム音が鳴り響き、室内が赤く点滅する。「????なにこれおかしくはないか?」と提督たちの頭にアラートが鳴りだしたとき、それは既に始まっていたのである。
扉が開け放たれ、数歩足を踏みいれた一同に突如としてもろに爆風が吹き付けてきた。提督たちはまるで将棋倒しのように風圧を食らって後ろに倒れる。さすがにロイエンタール、ミッターマイヤー、ティアナ、フィオーナ、バーバラなどは軽々と身をかわしたが。
「始まりました!!行きますぞ!!」
「何?ルッツ、何をすれば・・・うぉぉぉぉ!!!」
ビッテンフェルトが飛び下がったそのすれすれを本物の弓矢が走り抜けていく。扉の中はまさに戦場だった。戦国時代、現代ゲリラ戦、近未来戦闘、ありとあらゆる戦闘がごったまぜになって展開され、その余波がこちらに来るのである。
「なんだこれは!?」
「これはシュミレーションなのか!?本当に!!??」
「リアルものよね!!」
「うぉぉぉぉ!!!危ないぞ!!銃弾が雨あられと!!」
「危ないッ!!ミサイルが!!」
一同はパニック状態になり、もはや体験するどころではなく必死にもと来た出口に団子の様になって一絡げに走り込んでいった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・。ああ~~死ぬかと思った。」
ティアナが息を喘がせながら言う。
「な、なんだったのだ、今のは?どういう仕組みなのだ?」
ワーレンが唖然と扉を凝視している。
「わからんが、これがルッツ提督の鍛錬の一端なのだろう。俺も見習わなくてはならんのかもしれんな。ここの所艦隊指揮ばかりで白兵戦のトレーニングをしていないことの報いだったのかもしれん。」
いや、あれはトレーニングレベルじゃないから、と夫に突っ込もうかどうか悩むティアナであった。

 次はメックリンガーの旗艦クヴァシルである。巡航艦を再設計して、旗艦化したような設計であり、高速戦艦にも似たコンパクトなフォルム、そしてビームコーティングや内蔵型機関等による装甲のコンパクト化が、スマートな外観を演出することに成功していた。
「メックリンガーの奴、どんな内装を施しているかな?」
ビッテンフェルトがミュラーに尋ねる。
「さぁ、小官にはわかりかねますが、提督のことですから、おそらく芸術に関係したものをおもちになっていらっしゃるのかもしれません。」
「休息の時には音響を良くしたオーディオルームにこもっていらっしゃるのかもしれないわよね。」
と、フィオーナ。
「案外絵に没頭しているのかもしれんな。私もメックリンガー提督の絵を一枚所蔵しているが、前衛芸術と言われる絵はピカソに匹敵するものだと思う。」
レンネンカンプが感慨深そうにうなずいている。
そうこうするうちに、副官一同がと列するなかを、メックリンガーの出迎えを受けた一同は旗艦に乗り込んでいった。
「流石に艦橋は公の場で、そこに自らの趣味を持ち込むというのは感心しませんからな。私のプライベートルームにご案内しましょう。」
そういうとメックリンガーは一同を優雅な素振りで導いた。
「卿、プライベート時には何をしているのだ?」
ミッターマイヤーが尋ねる。
「オーディオルームにこもって音楽を聴きます。あるいは時間が許せば絵をたしなんでおりますな。」
流石は芸術家提督、予想通りだと皆がうなずいている。一行は廊下を曲がり、メックリンガーのプライベートエリアの前までやってきていた。
「ですが、今一番凝っているものはこれでして、ぜひ皆様には体験していただきたいと思っていたのです。良い機会が巡ってきたものだ。」
「?????」
体験という言葉に一同が?マークを浮かべていると、メックリンガーが厳重にロックされたコンソールを操作して扉を開放した。
「さぁ、ご一同どうぞおはいりを。この中にはいまだ皆様方が経験されたことのない未知の領域が待っておりますことを保証します。」
「???????????」
提督たちが❔を浮かべながら部屋の中に入った瞬間、扉が音を立てて閉まり、あたりは真っ暗闇になってしまった。
「きゃあっ!!」
「どうしたこれは!?」
「どういうことだメックリンガー!」
「騒ぐな!騒ぐと余計に混乱するぞ。」
「おちつけ卿ら!」
「落ち着けって・・・ひゃあっ!!だ、誰よ私に触ったのは!?痴漢!!」
「痴漢!?そんな卑怯者がここにいるのか?誰だ、許さんぞ!!」
ロイエンタールが妻の叫び声に怒気鋭く叫んだ瞬間、あたりがぱっと明るくなった。とたんに一同の目の前が何とも言えない異様な空間になっていた。
「これは!?空か!?」
空に飛び出てきたようだ。一面が青空で眼上に雲海が広がっているが、どうも様子がおかしい。一同はガラスの檻に入った格好だった。何もない空間に佇んでいるのである。
「上が下で下が上!?うぉぉぉぉ!!!なんだこれは!?」
ビッテンフェルトがうそ寒くなったように足を踏み鳴らす。
「や、やめてください!!ガラスが割れて空に放り出されでもしたらどうするんですか!!」
高所恐怖症のバーバラが我慢ならないように叫んだ。
「大丈夫よ。ちゃんと足元はしっかりしているわ。バーバラ落ち着いて。」
と、フィオーナ。
「落ち着けと言われても出口はないぞ。進むべき道もない。」
ルッツが周りを見まわしながら言う。
「待ってください。ほら、目の前のところ、何か扉のような物がありませんか?」
フィオーナが指さした方角にはなにやら黒く光るような物が宙に浮いている。一同は恐る恐る足を踏み出しながら、おっかなびっくりで歩き出していた。
「なんとも想像を絶する世界ですな。これがメックリンガー提督のおっしゃる『前衛芸術』というわけでしょうか?」
ミュラーが一人感心している。
「フン、こんなもの、目くらましにすぎんではないか。所詮は戦艦の中だ。艦の内装だと思ってしまえば、こんなものはどうにでも――。」
ビッテンフェルトの言葉が突然途切れた。突然彼の足元の空間がなくなったかのように彼は「すぽっ。」と足元から落下していったのだ。とっさにロイエンタール、ルッツ、ワーレンが彼をつかまなかったら、どうなっていたかわからない。
「た、助けて!助けてくれぇッ!!」
ビッテンフェルトが青い顔をして懸命に足をばたつかせ這い上がろうとする。提督たちが必死に彼の身体をつかんでようやくのことで引きずり上げた。
「こ、こ、こ!!これは!?どういうことなのだこれは!?戦艦の床じゃなかったのか?」
ビッテンフェルトが地面にへたり込んだその時、前方の扉が開いて、落ち着いた足取りでメックリンガーがやってくるのが見えた。
「いかがですかな?私の芸術作品は。」
「う、うむ。こうしていると戦艦の内部にいることを忘れてしまいそうになる。現に心なしか寒い風も吹いてきているようだ。まるで本当に空の中にいるような感覚だな。」
と、ケスラーが言う。
「それにしてもどうなっているのだこれは?前回のルッツの時と言い卿の時と言いこれは内装というレベルの話ではないぞ。」
ワーレンの問いかけに、ルッツもメックリンガーもそれは個人の秘密なのだと言い張るだけであった。


その翌日、今度は一同はブリュンヒルトに向かっていた。旗艦巡りごっこを聞きつけたラインハルトが例によって自分の旗艦をぜひ見てほしいと言い出したのだ。上司には逆らえないし、何よりラインハルトが旗艦をどんなふうにカスタマイズしているのか気になっていた一同は喜んで旗艦に上がらせてもらうことにした。
ブリュンヒルトは、防御思想を強化し、磁力場の防御スクリーンで弾くだけでなく、傾斜・湾曲した装甲と表面の特殊コーティング加工によっても逸らす発想は、原作版のイゼルローン要塞に近い。積極的な防御施策により、艦首主砲群も消えた。全砲門は斜面に分散配備されており、普段は格納されて隠れている。
 数々の新技術を取り入れると、当然ながら標準戦艦よりも価格は高まる。配備価格7倍に達し、大きさが2倍になれば建造費は10倍になるものだが、ブリュンヒルトはテスト艦である。コストを度外視した部品が大量に用いられており、それらの開発価格は考慮されていないのが何よりの売りだ。
「いったいどんな趣味を持たれているのだろうな、ローエングラム公は。俺などの武骨者の及ばぬ何か高尚な趣味を持っておられるのかもしれないな。」
ルッツが言う。
「ローエングラム公はこれまでにあまり趣味というものを持たれないと聞いていたのだが。いや、博識や見聞は広い。だが、趣味となるとどういうものをお持ちか、私には想像ができないな。」
と、ケスラー。
「だからこそ気になるのではないか。我らが元帥閣下が一体どのような趣味をお持ちか、部下として当然気になるところではないか。」
「おい、ビッテンフェルト。頼むからローエングラム公の艦内を走り回って、ご趣味の物を壊さんように気を付けてくれよ。」
ミッターマイヤーが心配そうに言う。同僚はともかく、上司の旗艦を傷つけたとあっては冗談事ですまない事態になるだろう。
「そんなことは俺だってわかっている!大丈夫だ。今日は見学だからな。猪突猛進などはせんさ。」
そう話しているうちに、ラインハルトの旗艦の係留場所に到着した一行。その流線型の優美な純白の艦の中、しかも主君のプライベート空間が一体どうなっているのか、知りたいと願う提督たちであった。
早くもラインハルト自らが艦の昇降口に降り立って一同を出迎えていた。
「よく来てくれた。」
ラインハルトは微笑をたたえながら、提督たちを艦内にいざなった。
「ローエングラム公、いったいどんなご趣味をお持ちなのですか?」
ビッテンフェルトが待ちきれないように聞いた。礼儀に反すると一同は思ったが、それでも聞きたかったことを聞いてくれたので、彼の猛進さに感謝していた。
「それは私の部屋に入ってからだ。ここは艦橋だからな。プライベートのものを持ち込む場所ではない。」
流石はラインハルト、きっちり公私の区別をつけているんだわとティアナ、フィオーナ、イルーナらは思った。
一同待ちきれない様子で、廊下を通り、プライベート区画へと歩を進めた、が、どうしたことか、一番早足になっているのは他ならぬラインハルトなのだ。それもだんだんとペースをあげていくので、おかげでしまいには一同は駆け足にならざるを得なかった。
「急げ急げ!」
「どういうことだこれは?」
「なんで旗艦の中で駆け足なのかしら?」
「というかマラソンが趣味なわけ?」
「そんなわけないでしょ?」
「じゃあこれはどういうことなのだ?」
一同がしゃべりながらラインハルトの後を追って、ようやく一つの扉の前にたどり着いた。
「間に合ったか!いや、すまなかった。こうでもしなければ、卿らに堪能してもらえないのでな。」
「???」
?マークが頭の上についている一同をしりめに、ラインハルトは扉を開けた。眩しい光があたりに満ち満ちて、思わず目を庇った一同。ほどなくして目の前に現れたのは――。

なんとも言えない摩訶不思議なにおいが立ち上る厨房だったのだ。
「こ、こ、これは?!」
ケンプがのけぞる。厨房の上には何とも形容しがたいスライムのような物が鎮座しており、一面色とりどりの粘着質のような物体が血の様に飛び散っている。だが、その中にあって唯一完成形を保っているのが、デコレーションケーキだった。
「閣下、これはケーキなのですか?」
フィオーナはいつになく間抜けな質問をした。そりゃそうだろ、どう見てもケーキだろ、という言葉が提督たちの脳裏によぎる。
「そうだ、ケーキだ。苦労したのだぞ。卿らの旗艦巡りを知ってから私も日頃の趣味を実演して見せたくてな、こうして一晩がかりで試作を繰り返し、やっと完成したのだ。姉上のケーキには及ばないがな。」
「しかし、また、どうしてケーキを?」
ワーレンが恐る恐る聞いた。
「いや、ケーキはたまたまだ。小さいころによく姉上にお菓子を作っていただいたのでな、いつかは恩返しのつもりで作ろうと決意して、こうして練習していたのだ。だが、スイーツはいいぞ!!食べるのもいいが、作るのはもっといい!!こんなものが世の中に存在しているとは、まさしく奇跡というべきだろう!!」
得意げにいうラインハルトと、唖然とする提督一同。
ラインハルト・フォン・ローエングラム公がケーキづくり?宇宙の覇者がお菓子作り!?常勝の英雄がスイーツにはまる!?!?
言葉は違っても一同の頭の中には「違和感」と「シスコン」という二つの言葉が点灯していた。
「さぁ!!食べるぞ!!そこに皿とフォークがある。隅にはテーブルがあるぞ。大丈夫だ、そんな顔をするな。私がすでに味見をしてある。心配はいらない。」
いや、ワーレンのスイーツカレーをおいしいと言ったあなただから・・・あぁ、そうか!!だから甘いものには絶対の自信があるんだ、と一斉に思った提督たちであった。
「わかりました。さっそく手伝いま――。」
しょうといいかけたロイエンタールが絶句した。そこにかけられていたのは大きな肖像画だった。等身大のアンネローゼの肖像がけぶるような美しい微笑みを浮かべていたのである。
「そうだ、姉上だ。これはいいものだぞ。宇宙一の菓子作りの達人に背後から見られながらスイーツを作るプレッシャーがどんなものか、卿らには想像もできんだろう。」
想像すらできない、と提督たちは思う。いや、プレッシャー云々以前に、ラインハルトがエプロンを付けて、ボウルの中にあるクリームを泡立てている姿などどう想像せよというのだ!!
「そりゃ想像もできんわよ。」
ティアナが小声でフィオーナとロイエンタールに話しかけた。
「シッ!」
期せずして二人が同時に小声でティアナに注意した。

こうして、ラインハルトは「スイーツマニア」と「シスコン」という華麗な天才児には似合わない異名をひそかに提督たちから奉られることになったのである。彼の作ったケーキがどんな味だったのか、後世に伝えられる歴史書は何も語ってはくれない・・・。
 
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