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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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精神の奥底
  66 崩れた仮面

 
前書き
また遅くなりましたm(__)m
今回はアクションあります!
 

 
「何の用だい?」
「用?言わなきゃ分かんねぇか?」

彩斗は悪意の正体たちに囲まれながら、その動きを注意を払う。
8人のうち、2人はナイフ、3人がベレッタM92を忍ばせている。
体格を筆頭に服装も髪型もバラバラだが、皆に共通していることは1つだけあった。
彩斗1人に対して、憎しみや恨み、殺意、あらゆる負の感情を向けていることだ。

「お前みたいな奴が楽しそうに女連れてデカイ(ツラ)してんのがムカつくからだよ!」

シンクロを備えた彩斗には目の前の世界が真っ青に見えるほどの悪意が見えた。
理由はどうしようもなくつまらないものだが、中学生や高校生は自分が思っている以上に精神面は未発達だ。
普通の大人なら悪意の理由に成り得ないようなものでも、簡単に人を殺してしまうような悪意へと姿を変える。
彩斗は今まで幾つもこのようなくだらないものを見せつけられてきた。
だからこそ言えた。
言葉で彼らと解決の道を探すのは不可能だと。

「そこをどいてくれ。君たちに関係も用も無い」

無駄だとは分かっているが、一言だけ口にした。
しかし結果はやはりケラケラと笑うばかりで無意味だった。
彩斗はすぐに突入するであろう“事”に備え、こちらの装備を確認する。
腰に隠したトールショット、そしてメンテナンスに出した時計のリューズに仕込んでいたものと、今着けているシーマスターのヘリウムエスケープバルブに仕込んだ麻酔針が合計で2本。
彼らの持つ銃やナイフに比べれば殺傷能力は圧倒的に低いが、扱いやすさではこちらに軍配が上がる。
それに銃やナイフと違い、トールショットは彩斗にしか扱えない上、恐らくニホンの法律における銃刀法には抵触しない。
麻酔針も同様だろう。
仮に警察沙汰になっても、幾分かこちらが有利だ。

「…沢城くん」

他に武器になりそうなものは先程、本を買った時に一緒に買ったボールペンがあるものの、紙袋に入っている為、取り出すことで隙を生むことを考えると諦めた方がいいだろう。
彩斗は武器の面では見切りをつけ、七海を逃がす方法にシフトする。
8人からほぼ全方位を囲まれている以上、こちらの方が難易度としてはかなり高い。
悟られぬように右手をシーマスターに伸ばした。
ベゼルを回転させ、12時位置のポイントを10時位置に持ってくる。
これがヘリウムエスケープバルブに仕込んだ麻酔針のロックを解除する動作だった。

「じゃあオレたちがこの娘らとたっぷり楽しませてもらってもいいんだな?」
「なんだって?」

彩斗が自分たちを相手にしないと決め込んだのを見て、彼らは付け上がった。
同時にバス停の近くの柱の後ろに隠れていた1人が姿を見せた。
それもアイリスとメリーとともに。

「サイトくん……」
「兄さん…ごめんなさい」

目では確認できないが、恐らく両手を何かで縛られて自由が効かないのだろう。
彩斗はその怯えた表情を見た瞬間、一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
つい数分前までの幸せを一瞬で奪われた2人の絶望が彩斗の中に流れ込んできたのだ。
そしてそれは彩斗を彼らと同様の色に染めた。

「お前たち……!」

自分たちよりも弱い者を集団で食い物にするあまりの卑劣さに全身を焼かれるような怒りが彩斗を包んだ。
ミヤの時と同じ、あの怒りだ。
冷静な判断能力を奪うことなく、どう相手を潰すか、狡猾な思考だけを活性化させる特徴的な怒り。
憎しみで頭がいっぱいでパンクしそうなのに、それを通り越して、逆に頭が冴え始めるのだ。
そして七海もその手前まで辿り着く。

「あなた達……どれだけ卑劣なの!?」
「卑劣?お前らみたいな弱い奴がオレたちみたいな強い奴の言うこと聞くのは当然だろうが!」

七海はその怒りに身を任せ、彼らと口論を始めた。
しかし彩斗はその間にも七海を遠く引き離し、彼らの言葉を聞く度に、辿り着いてはいけない場所を疾走していく。
そして彩斗はメリーの方を見た。

「……」
「!?……」

彩斗の視線を感じ取ったメリーは首を横に振った。
メリーならば、体格の差こそあれど、あの程度の不良を倒すのはそう難しくない。
彩斗同様、メリーもある程度の訓練を受けている。
だが相手が銃とナイフを持っているという悪条件下ではそれが可能かといえば困難だ。
それにアイリスの存在もある。
アイリスは間違いなく戦闘用ネットナビではなく、戦闘用のプログラムもほぼ備えてはいない。
メリー1人ならば自力で窮地を脱することは、十分に可能だろう。
しかし下手に反撃してアイリスを人質に取られるようなことがあればアウトだ。
しかも2人ともネットナビではあるが、現実空間と電脳空間とを自由に行き来できるメリーならともかく、アイリスの身体はコピーロイドだ。
この距離では彩斗のトランサーに逃がすことはできない。
コピーロイドで実体化したネットナビにとってコピーロイドを破壊されることは死に直結する。

「あいつらが死んで安心してたか?」
「なに?」

七海との言い争いから、不意に彩斗の方に矛先が切り替わった。
不良ならではの聞き飽きた脅し文句が飛び出してくるのだろうと、彩斗は経験から予想していた。
隙を伺いながら、聞き流そうとする。
しかし彼らの口から発せられた言葉は聞き流すことは叶わず、彩斗の耳に入ってしまった。

「あいつらが死んでようやくオレたちの時代が来たんだよ。これからはオレたちが“遊んで”やるからよ。これから毎日、無事で帰れると思うなよ」
「!?」

彼らはその一言は彩斗から全ての希望を奪った。
気づいていたが、気づいていないふりをしていたのだ。
悪意は消えない。
悪意を持たない人間などいないのだから。

「……ッ…あぁ…」

彩斗は期待していた。
自分は何人もの人間を傷つけ、何人もの命を奪ってしまった。
しかし結果的に自分は真っ黒に汚れても、それによってミヤや七海のような人たちにとって住みやすい街になってくれることを。

「沢城くん?」

彩斗はずっと自分はデンサンシティという街も住民も大嫌いだと言い聞かせてきた。
住民全員が悪人でないことくらい分かっていた。
だが皆悪人だと決めつけて、理解するのを諦めた方が楽になれたのだ。
自分の味方をしてくれる人間はきっといるはず、そんな期待をする方が胸を締め付けられるような苦しさを覚えた。
何度も殴られ、蹴られ、陰口を叩かれ、時には命を落としかけた。
それでも彩斗はこの街のことが完全には嫌いになりきれなかった。
確かにデンサンシティは発展するとともに、犯罪も増加していった。
まるで太陽が眩しいほどに、影もまたくっきりとその色を濃くするかのように。
だがデンサンシティがここまで発展し、ニホンをリードする都市となったのも、直向きに頑張ってきた人々の努力があってこそだ。
日が暮れて夜の闇に包まれても、太陽は輝き続けている。
夜明けは必ずやってくる。
期待することを諦めていたはずなのに、彩斗の心の何処かにはそんな淡い思いが残されていたのだ。

「……」

それを呆然と自覚したのは、ミヤとの出会いがきっかけだった。
彼女は彩斗の理想に最も近い人間だったのだろう。
彩斗自身も不思議と彼女に惹かれていった。
だからこそ、今まで1人だったら抑えられていた感情が彼女の大怪我によって爆発したのだろう。
しかし彼女との出会いは彩斗の中でこの街にも希望が残っていることを決定付けさせた。
ミヤは助かり、この街から少しでも悪意を減らすことができるなら。
彼女のような直向きな人間が報われるような、住みよい街になれば。
そんな淡い希望がここ数週間の彩斗を動かしていた。
だが現実は違った。

「オイ?聞いてんのか?」

いくら自分を汚してまで戦っても、第二、第三の悪意は絶えることなく増殖し続けるのだ。
まるで一度、害虫の侵入を許せば繁殖を始め、手がつけられなくなるかのように。
その連鎖に気づけば、誰もが前に進むことを諦めざるをえなかった。
時間が進まなければ夜明けが来ないというのに、住民たちは自ら時計の針を止めてしまう。
彩斗は自分が今までしてきたことも自分の存在さえも無意味に思えてしまったのだ。
絶望のあまり彩斗を支えてきたものが音を立てて壊れていくのが分かった。
そして気づけば、彩斗は何故か力の抜けた声で笑い始めていた。

「フッ…ハハッ…ハハハ……」
「オイ?何笑ってんだ?何がおかしい?」
「もう……」
「ハッ?」

「もう…何もかもうんざりだ!!」

彩斗は何かが振り切れたように大声を発してターンすると、真後ろに立っていた不良を殴りつけた。
拳を通じて相手の骨が砕ける感触が伝わってくる。
その場にいた誰もが予想していなかった行動だった。
普段の彩斗を知る者なら、誰も彩斗が大声を上げて、自分から暴力を奮う光景など想像できなかったからだ。
同時にそれが狼煙となる。
周囲を取り囲んでいた不良たちが一斉に彩斗に襲い掛かった。

「サイトくん!!」
「兄さん!!」
「沢城くん!!」

彩斗は初撃をかわすと、時計から引き抜いた麻酔針付きのヘリウムエスケープバルブを首めがけて突き刺す。

「ヤッ!!」
「ウォッ!!」
「死ね!!」
「うっ!?」

しかし引き抜く際にできた僅かな隙に強烈な右ストレートが頬を直撃した。
相手は不良ぶっただけの素人だ。
だが素人だからこそ、加減というものが分からない。
遊び半分のつもりでも、それが子供の喧嘩の恐ろしいところだった。
しかし次の瞬間には彩斗から痛みは消えていた。
例によって脳内ではエンドルフィンを筆頭に大量の脳内麻薬が分泌されている。
それが痛覚を奪い、彩斗を怪物へと変えていた。

「ヤァ!!!」

隙を見せずに腹部に蹴りを入れる。
相手は地面と平行に後方の柱へと押し飛ばされた。
しかしその光景は誰から見ても異常だった。
普通に蹴られて飛ばされるレベルの距離ではない上、口からは尋常ではない量を吐き出している。
恐らく内臓が破裂し、骨の一部もやられている。

「おいおい、嘘だろ……」

痛覚を失ったことで彩斗自身も加減というものを忘れていた。
素人の喧嘩という低レベルなものではない。
完全に相手の生命を奪うための暴力だ。
これまでの数撃だけでも彩斗の異常性を察した残りの5人は彩斗と距離を取った。

「ウゥゥ…ウゥゥ…!!」

しかも彩斗は今朝方、変身したばかりだ。
まだ、その強大な力は身体に残存している。
体格や数の面で彩斗には大きなハンデがあるものの、並の人間では到底太刀打ちできない。

「オイ!殺れ!!」

一瞬だけ場が膠着したが、誰からともなく再び彩斗に襲い掛かる。
しかも今度はナイフを構えている。
だが、その隙にメリーも動き出した。
自分たちを捉えていた不良も予想もしなかった彩斗の反撃に対し、加勢するべく動いたことで、自分たちから注意が逸れた。

「キャッ!」
「アイリスさん、下がって!」
「オイ!何して…」
「ハッ!」

すぐさまアイリスの前に半ば突き飛ばすような形で立ち、アイリスの安全を確保する。
そしてローキックを食らわせた。

「クッ!クソアマ!!」
「ッ!!」
「ウォッ!!このっ!!」
「エイッ!!ハッ!!」

相手がナイフで切りかかってきたのを利用し自分の腕を縛る紐を切って両手の自由を確保し、すぐさまみぞおちに一撃を加える。
そして次に襲ってきたナイフの攻撃を左手で防いで止め、右手でナイフを取り上げると、合気道の回転投げの要領で投げ飛ばす。
ただし本来、戦うための格闘技ではない合気道を攻撃用にアレンジしたものを使った為に、当然ながら派手に地面に叩きつけられた相手は頭部を強打し意識を失う。

「アイリスさん、大丈夫!?」
「私は。でもサイトくんが!」

メリーは拾ったナイフでアイリスを腕を縛る紐を切る。
しかしその時には彩斗の周辺は更なる惨状へと変わり果てていた。
そのあまりの凄惨さに身動きが取れずに頭を抱えて蹲る七海のことなど知る由もなく、無慈悲にも彩斗のつま先は不良の顔面を捉えた。
カポエイラとキックボクシングを合わせたリズミカルながらも必殺という言葉を如実に現した一撃は一瞬で戦闘不能に追い込んだ。

「ハァ…ハァ…」

8人いた不良は3人にまで減っている。
周囲に既に倒された5人とナイフ、ベレッタM92が転がっている。
本来、人間は恐怖を抱く為、凶器の方に目が向きやすい。
突然襲われても、凶器の方にばかり注意がいき、犯人の顔をはっきりと覚えていないことがあるというのも大概、これが原因だ。
だが今は凶器よりも倒れている5人に注意が向く。
パリあたりの石畳をイメージしたであろう地面が真っ赤な鮮血で塗ったくられた中に倒れ込んでいる。
それに顔面が潰れている者、骨格が砕けて人間としての原型が崩れている者、全身から出血し痙攣を起こしている者などあまりにグロテスク過ぎる、もはや殺戮現場さながらの光景だった。
それと引き換えに彩斗は一発か二発殴られた程度で向こうに与えたダメージからすれば、虫に刺されたのと同レベルだ。

「いい加減……くたばりやがれぇぇ!!!」
「ゔゔっ!ヤッ!!」

それでも尚、彩斗を襲い続ける彼らの姿は無謀を通り越して哀れに見えた。
本来ならば、群れていなければ1人では何もできない小心者の集団の不良でも不利な状況から逃げずに襲い掛かるという行動を取っている面では成長があったのかもしれない。
しかし、それでも到底、彩斗には及ばなかった。
捨て身の突進で刺しに掛かる。
だがそれに対し、彩斗は近くの柱を蹴って飛び上がる。

「なっ……」
「ハァッ!!!」
「うっ、おぅ!!」
「ヤッ!!」

高飛びの選手さながらの跳躍力を発揮し、空中で1回転を披露すると後方に回り込んで着地する。
そしてそのまま肘で斬りつけるように殴りつけ、腰に一発蹴りを加えてダウンさせた。
だが彩斗の動きはまだ終わらない。
腰に隠していたトールショットを取り出し、背後で狙いを定めていた高校生に向かってトリガーを引く。

「グゥゥゥ!!!ガァァァァ!!!」

目に突き刺さるような閃光がその場にいた誰もに襲い掛かる。
怒れる雷神の怒号が耳を貫く。
しかし実際にその(いかずち)の裁きを受けたのは1人だけだった。
3万ボルトの電撃が全身を駆け巡って意識を奪い、後方へと吹き飛ばす。
その威力の恐ろしさはひと目で分かった。
相手は白目を剥き、口から泡を吹いている。

「オラァ!!」
「クッ!?」

残りは1人、トールショットを使えば一撃でケリはつく。
だが初撃の反動で僅かに銃口を向けるのが遅れた。
右手首に攻撃を受け、トールショットを落としてしまう。
今の彩斗の痛覚はかなり麻痺しているが、それでも僅かに痛みを感じる蹴りだった。
いわゆる前蹴り、空手の技だ。

「シュッ!!シュッ!!」
「グゥ!フッ!」

最後の1人、それは彩斗の予想通りの人間が残っていた。
この集団の中におけるリーダー格、廃工場で自分たちを虐げていた連中が死んだことで調子に乗った他の連中ではない。
むしろ他の連中はこいつに触発されてこのような愚行に走ったのかもしれない。
あの日、偶然にもあの廃工場での惨劇に巻き込まれなかった不良の1人だ。
名前は覚えていないが、小学生の頃から空手をやっていて有段者だと自慢していたのを小耳に挟んだことがある。
拳のスピード、身体のキレも他の連中の比ではない。
徒競走など身体のスピードやキレならば、彩斗に軍配が挙がるのだろうが、この間合においては技のスピードとキレは互角以上かもしれない。
それに、ここまで7人を1人で相手にして多少、消耗したのもあるのだろうが、完全には避けられなかった。
スターダストとしての力も発散されてき、年相応の力へと戻っていくのを感じる。
状況的には不利な方へと傾いていく。
しかし撃ち合う中で徐々に動きが読め始めていた彩斗がナイフを受け止めたことで膠着状態になる。

「ハッ!どんな小細工使ったかは知らねぇが、思ったより大したことねぇな!」
「ふぅ…ふぅ…1対8なんて状況でよく言う……群れなきゃタバコ1つ買えない小物のくせに」
「言ってろ!!やっぱりオレが最強だ……!」
「……」
「そもそもアイツらが幅を利かせてたことがおかしかったんだ。因果応報って言うんだったな、こういうの」
「偶然、殺されずに済んだだけのことで自分が特別だと勘違いするんじゃない……!」
「チッ…やっぱりお前は気に入らねぇ!多少、テストの点が良いからって、そのスカした態度と女見てぇな顔を見てるだけでぶっ殺したくなる!」
「……」

少しでも力を抜けば、ナイフが心臓に突き刺さる。
この膠着状態の中で彩斗は相手が自分への怒りで冷静さを欠き、自ら隙を生み出すのを狙っていた。
幾ら幼少期から空手を齧っていようと、道を踏み外したような奴がここ数年で真剣に取り組んでいたはずがない。
隙さえできてしまえば、こちらのものだ。
彩斗は自分の中で火口で煮え滾るマグマのような殺意をギリギリのところで自制する。
だが次の一言が彩斗の中の火山を噴火させた。

「お前も高垣みてぇに無様に殺してやるよ!!」
「!?……」

彼はミヤの一件にも関わっていた。
その瞬間に彩斗はミヤとともに襲われた時の記憶を鮮明に思い出す。
いきなりのことで不明瞭になっていた部分もあったが、最後のピースが埋められたようだった。
その場に彼もいた。
ミヤを徹底的に痛めつけていた光景が鮮明に浮かんでくる。
無抵抗のミヤに馬乗りになって何度も何度も殴りつけ、笑い声を上げているあの冷酷で残忍な顔。
廃工場で感じた全身にあの冷たい血が流れるあの感覚が再び沸き起こってくる。

「……もう一度言ってみろ」
「ハッ?」
「もう一度、言ってみろ!!!」
「なっ!?」

徐々に何かが戻ってくるを感じた。
全体重が掛けられていたナイフが軽くなっていき、視界も見慣れた“色”へと戻っていく。
周囲の人間には感覚ではなく、目でその異常な変化に気づいた。
特にナイフを突き立てる少年にははっきりと分かった。
徐々に目が澄んだブラウンから全てを見透すようなグリーン、そしてブルーへ。
そして自分の手首を抑える手から青白いオーラのようなものが発せられている。
徐々にオーラが強くなっていくにつれ、自分の手首を抑える力が強くなっていくのが分かった。
これまで空手で手を合わせた相手もここまでの“気”を発している者とは出会ったことが無い。
今まで感じたことの無い程の殺意に背筋に悪寒が走った。

「うあぁぁ!!!」

その声とともに膠着状態は打破された。
全体重を掛けていたナイフを押し返し、バランスが崩す。
しかし次の瞬間には膠着状態であったことなどを忘れ去る程の反撃の嵐がやってきた。

「やぁっ!!はっ!!うらぁぁ!!」
「がっ!ぐぅ!うぅ!!」

顔面、みぞおちと次々に急所を的確に捉えて攻撃を加えていく。
少年に反撃の隙など無く、彩斗の暴力に押されていく。
僅か数秒後にはまるで少年の方が可哀想に見える状況へと変貌を遂げていた。
容赦のない攻撃で既に鼻の骨は折れ、戦意はほぼ喪失寸前まで追い込まれている。
だが最後の力と戦意を振り絞り、当たるかどうかすらも分からぬ状況でナイフを振り回わそうとした。

「うぅ…クッ!」
「あぁ!!ヤァ!!!」

しかし願い叶わず、ナイフは彩斗に呆気なく止められて奪われた。
そしてそのまま捨て身で押し倒される。
その時の音だけでも後頭部と背中から内蔵に響く強烈なダメージがあることが分かった。

「これが……因果応報だ」

戦意を完全に喪失した少年の上に馬乗りになった姿勢で彩斗はそう言い放つ。
目から光が完全に消え失せ、恐怖と苦痛に顔を歪ませる少年の表情はその場の誰もが直視することができなかった。
再びその場が膠着した。
片や戦闘不能で半殺し状態の少年、そして片やナイフを片手に馬乗りになっている少年。
次に起こることは誰もが予想できた。

「おい…もう……止めてくれ……」
「もう後戻りできない……お前たちが変えてしまった……」
「オレたちが悪かったから……」
「お前たちを殺したってもう戻らない……何度繰り返してもお前たちのような奴らは消えない……」
「まさかお前が……助けてくれ!なっ?頼む!!死にたくない!死にたくない!!」
「でも止めらない……僕も後戻りできないんだ……」
「許してくれ!!」

しかしまるで足に根が生えてしまったのではないかという錯覚を覚え、止めに入ることができない。
背筋が凍りつき、全身が震えた。
少年自身もその恐ろしさに今までの態度を豹変させる。
無様にもプライドも意地も何もかも捨て去り、命乞いをした。
彩斗のナイフが今にも振り下ろされようとしている。
アイリスもメリーも次の瞬間に起こるであろう惨劇に目をそらす。
だがそんな状況の中、七海がその恐怖に押し潰されながらも声を絞り出した。

「ダメ…ダメ!!もう止めて!沢城くん!!!」

その声は彩斗の耳に突き刺さった。
脳の奥、更には神経にも響き渡り、彩斗の動きが止まる。

「そんなの……ミヤの好きだった君じゃない!!」

ナイフを握る手に震え、非情に徹していたその仮面が崩れ始める。
本来の穏やかな性格を押し殺して必死に冷徹な人間を演じていた。
徐々に演じていたものから蝕まれていくのが分かった。
それに恐怖に覚えたこともあった。
そうしなければ、立ち向かえなかった。
自分は血が通っていない残酷な人間だと正当化することで、これまで悪人であっても傷つけることを恐れることなく戦いを続けてきたのだ。
だがもう彩斗には自分で生み出したものでありながら、そんな残酷な自分を受け入れることができなくなってしまっていた。
心の中で白い光と黒い光が激しくぶつかり合う。
しかし既に身体(ハード)はもうそんな(ソフト)からのダメージに限界を迎えていた。

「うっ…うぅぅ……」
「……もう止めて…助けて……」

「うわぁぁぁぁ!!!ウァァァァ!!!」

絶叫とともにナイフが振り下ろされる。
再び場が膠着した。
彩斗の絶叫の後、悲鳴の1つも聞こえてこないし、少年も目をパチクリとさせて生きている。
誰もが直前で彩斗が思い留まり、ナイフは刺さっていないものかと思い込んでいた矢先のことだ。
狙いを定めていた心臓ではなく、左腕にナイフはぐさりと刺さっていたのだ。
太い血管が走っている部位ではなかったのか、血が吹き出すこともなくドクドクと流れて石畳を染め上げていく。
その状況に少年も気づいたのか、とうとう悲鳴を上げた。

「キャァァァ!!オレの!!オレの腕!!腕!!腕がぁぁぁ!!!」

その悲鳴は彩斗の耳には入らなかった。
ゆっくりとナイフを引き抜くと、立ち上がり振り返った。
そこには彩斗に恐怖の眼差しを向けるアイリスとメリー、そして七海の姿があった。

「あっ…はっ…ウワァァァァ!!!」

再び彩斗は横に振りながら絶叫し、走り去った。

「サイトくん!!」
「兄さん!!」

「沢城くん……」

彩斗はショッピングモールの敷地を抜け、近くの公園へ入った。
普段から人の出入りが少なく、今日に至っては誰ひとりとして来ている者はいない。
木々が生い茂る道を掻き分け、奥へ奥へと進んでいく。
景色はどんどん緑色の世界へと変わっていった。
周囲のビル群も視界から消え失せ、とうとうデンサンタワーすらも自然に飲み込まれる。
そしてとうとう目の前に現れた小川の前で彩斗の足は止まった。

「ハァ…ハァ…ハァ……何…だ…これ」

まだ小川に足も踏み入れていないというのに、身体が沈んでいく感覚に襲われたのだ。
地面の底から引っ張られるような、上から重力のようなもので押し潰されていくような、下へ下へと向かわせる何か。
ゆっくりと彩斗は膝をつき、そのままコスモスが咲き渡る野原に倒れ込んだ。

「もうダメ…か……ホントに…僕って奴は」

身体の限界がやってきたのだと思った。
どのみち長くはないことは知っていたが、その時は思いの外早かった。
意識も徐々に遠のいていく。
だが少しも苦しくはなかった。
柔らかい布に包まれ、安らかに眠りに落ちるような、むしろ気持ちよさすら覚えた。

「こんな街に……ちょっとでも期待なんてするんじゃなかった……」

薄れ行く意識の中で小川の向こう側にミヤの幻を見た。
何かを伝えようとしているようだが、その言葉は届かない。

「ごめんね……僕には何もできなかった……」

その言って意識を失う。
だが最後に言い残したことがあった。
それは心の中で呟いた。

トラッシュ、君は僕に罰を与えに来たんだろうか
守れなかったミヤへの罪滅ぼしに、彼女の代わりの多くの人を助けながら、傷つき、誰にも看取られることなく、1人孤独に死んでいく
結局、この街は変わらなかったし、無駄だったかもしれないけど、こんな僕でも最後くらいは誰かを守れたんだろうか?

空がいきなり暗くなった。
太陽が雲に隠れ、真夏と遜色がなかった炎天下から季節相応の様相へと変貌を遂げる。
嵐がやってくるのを察したように森の鳥たちは一斉に飛び立つ。
まるで彩斗の心が現実までも侵食を始めたようだった。





 
 

 
後書き
初めてメリーもアクションシーンに参加したのと、久々に時計の秘密兵器を登場させることができて個人的には満足しました(o^―^o)
007シリーズや名探偵コナンに登場するような秘密兵器が大好きなので、これまでも何回か登場させてきましたが、やっぱり時計に仕込むタイプの秘密兵器は王道ですよね。


彩斗がわざと以外の戦闘で少し苦戦しました。
最後にはとうとう挫折してしまいましたが、本当は挫折するだけならばアクションを交える必要はなかったのですが......
今まで大の大人を相手に、それも変身して戦うことが多かったので、普通の中学生より少し強い程度の相手を出すことで彩斗の力のレベルを明白にしておきたいな、と思いまして。


次回、倒れた彩斗はどうなるのか?
そしてシドウや熱斗たちは? 
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