SAO‐戦士達の物語《番外編、コラボ集》
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テーマ短編
ヴァレンタイン番外編:貴方に渡したい物
前書き
どうもです!
さて、本日、2月14日は、言うまでもなくバレンタインデー。
今回は、それをテーマに一編短編をつづろうかと思います。
メインになるのはサチこと、麻野美幸さん。料理上手な彼女のバレンタインはどんな風に過ぎて行くのか、そんな一幕の短編です。
では、どうぞ。
2月4日
「んむふぅ……」
麻野美幸は珍しく、ベッドの上にばふんと音を立てて寝転がりながら、なんとも奇妙な唸り声を上げていた。原因は10日後に発生するとあるイベントのためである。
バレンタインデー。元はローマ帝国において、結婚を禁止された兵士たちを憐れんだとある聖職者が隠れて婚式を行い、自らの信念を貫いた果てに皇帝によって処刑されたことに由来する、西洋における恋人たちの日であるこの日は、日本では少し特殊な形で発展を遂げた。
なんでも、元々は製菓メーカーが考案しただとかで、女性が想い人にチョコレートを贈る日だとされているのだ。
まぁ、今では既に女性男性のくくりなく、好き嫌いの区別なく、日ごろ世話になっている人々に、感謝の気持ちをチョコ(あるいは菓子)という形にして送る、そんな風週になっているのだが……しかし、この少女、麻野美幸にとって、そんな最近のバレンタインの風習はどうでもよい。
重要なのは「想い人にチョコレートを贈る」この一点のみである。
「何作ろう……」」
真上に広げたレシピ本を眺めながら、美幸は考え始めて煮詰まった顔をする。彼女が自分の想い人……桐ケ谷涼人にチョコレートを贈るのは、これが初めてではない。小学生の頃にも何回か手作り(といっても精々簡単なチョコレートケーキ程度のものだが)の物を送ったことはあるし、実を言うと去年も送った。ただ去年はリハビリ中だったのもあって体力が足りずちゃんとした物を作れなかったし、小学生の頃の話を今更自慢げに実績として語れるほど、自分も子供ではない。それに少しは、あの頃よりも成長したと思ってほしいという見栄もある。
「……持ち運び、かぁ」
先ず前提になる条件として、料理として更に乗せて出す者にするか、あるいは持ち運べて直接手渡せる物にするべきかという問題がある。幸い、今年のバレンタインデーは土曜なので、彼を呼び出すことは出来ると思う。しかしおそらく彼にバレンタインデーのプレゼントを渡したい女子は……結構いる。なので、色々考えるとやはり持ち運べる方が良い。
そうなると自動的に、持ち運びによって形が崩れてしまったりするものはあまり望ましくはない。まぁ、彼は多分「食えりゃ同じだろ」と言って普通に食べるのだろうけど、見た目も料理を構成する大事な要素の一つだ。手を抜きたくはない。
「じゃあ、ケーキは無しで……」
フォンダン・ショコラ、ザッハトルテやオペラも彼は好きなのだろうけど、今回は見送りだ。また別の機会に作ってあげよう……とりあえず、誕生日辺りを目標に。
「普通のチョコレートか、チョコレート味の何かにした方が良いかな」
となると整形しなおしたチョコか、あるいはガナッシュ、ブラウニー、変わり種でチョコ餅などもあるか……?悶々と考えながら、ぱらぱらとそれらのレシピをめくる。
「オランジェットとかもあるよね……」
鮮やかな橙色と黒っぽいこげ茶色の対比が美しいチョコレート菓子を眺めながら、しかし何かもう少し決め手はないかと考える。
彼にとってはおそらくいくつももらうウチの一つのようなチョコレートでも、自分にとっては大切な一つだ。何か、そう、彼に対してメッセージというか、伝えたいことが伝わるような、そんな一つにしたいのだ。ただ、ならば何を伝えるか、という話になる。と言っても、自分から彼に対して伝えたい言葉など決まっている。とどのつまり言いたいのはたった一つで……
「……大好きだよって……」
「言えたらいいのにねぇ」
「な゛―――――――っ!!!!!?」
唐突に本の向こうからした声に反射的にベッドの上で美幸は飛び跳ねて部屋の入り口を見る。見ると、入り口である扉が開いて向こうから母、真理が顔をのぞかせていた。
「お、お母さん!!ノックは!?」
「したわよー?でも美幸全然返事しないんだもん。それで開けてみたら、何か真剣に読んでるでしょう?と思ったら急に、「大好「わ゛――――っ!!わ゛――――ッッ!!!」あ、ちょっと、本投げないの!!」
半狂乱になって手元のレシピ本を投げつける美幸に流石に真理は注意したが、どうやら彼女には聞こえていないようなので、結果として大人しく彼女が落ち着くまで待つ羽目になってしまった。
────
ようやく落ち着いた美幸の隣でベッドに座りながら、真理は少し苦笑して、彼女に問い掛ける。
「それにしても、まだ四日よ?さすがに早すぎるんじゃないの?」
「う……でも、試作品とか作るのに、どれくらい時間がかかるか分からないし……」
「まめな子ねぇ……まぁ、ちゃんとしたまともなものなら、貴女の料理ならきっと涼人は喜んで食べると思うけど」
「でもそれは、りょうがりょうだからだもん……みんなも、同じ……」
どこか真剣な声色で言う美幸に、真理は感心したように聞き返した。
「涼人、そんなにいっぱいチョコもらうの?」
「多分……」
「へえぇ……なーにあの子、何時の間にそんなモテるようになったの……って、でもそう言えば結構いい男、って感じになってたもんねぇ……そっかー、ライバル増えちゃったんだ」
「うぅ……」
言われた事が思いっきり刺さったらしく、顔をうずめて枕を抱き締める娘に、彼女はクスリと笑った。
「そうなるとつまり、涼人がどうこう、っていうよりは、美幸が良いか悪いかってわけね……それじゃあ仕方ない、か……」
「…………」
スッと一度美幸の髪をすくように撫でると、真理は傍ら立ち上がる。
「じゃあ、頑張ってね。あ、でも、それにかまけて夜更かししたりはしないように」
「うん、わかってる」
「ん、あ、それと……」
もう一個と言わんばかりに扉を開けたところで振り向いた真理が、悪戯っぽく笑う。
「そんなにチョコもらうなら、リョウが虫歯になったり、太ったりしないようにちゃんと言ってあげるのよ?あの子ただでさえよく食べるんだから」
「あははは……うん、言っと……く……」
冗談めかして言った真理にクスリと笑い返してそう返す。と、ふとその美幸の表情に、思慕の色が混じった。
「美幸……?」
「あ……そっか!!」
「!?」
いきなり立ち上がった美幸が、即座にクローゼットからクリスマスに贈られたのだというお気に入りのコートを取り出して羽織る。
「ちょっと出かけてくる!」
「え、今から!?もう6時半よ?」
「あんまり遅くならないようにするから!行ってきます!!」
言いながら最小限の荷物だけ持って、飛び出すように家を出ていく娘の後ろ姿を見ながら、真理は軽く肩をすくめた。
「甘酸っぱいわね~」
────
2月14日
「はい涼人くん!!」
「おう、サンクス」
差し出された小箱を美雨の手から軽く礼を言って受け取ると、涼人は彼女がやたらキラキラした目で自分を見つめているのに気が付いた。明らかに目が「開けてみて!」と言っている。
「あー……開けても?」
「うん!どうぞ!」
若干苦笑気味に小箱を指すと、待ってましたと言わんばかりに彼女はコクコクと頷く。言われるがままに小箱を開くと、そこには三つほどの、丸い団子のようなものが入っていた。うっすらと中に、茶色い物体が見えるが……
「これって……大福ですか?」
「お、和人君正解!!天松製菓、生チョコ大福です!!」
びしっとサムズアップを掲げて、美雨が快活に笑う。中に入っていたのは、やわらかい餅にやはりやわらかい生チョコを包んだ菓子だ、なるほど言われてみれば確かに大福である。
それにしても……
「なんか俺のでかくね?」
「涼人くん生チョコ好きでしょ?」
「あー、まぁな?」
和人のと比べてあからさまに大きい自分の大福を見て尋ねた涼人に、美雨が悪戯っぽく笑って答える。え?それが理由?と言わんばかりに首を傾げると、美雨はにひひ、と笑いかけて考えるように唇に人差し指を充てて行った。
「あとは……うーん、愛情の差かな?」
「……お前なぁ」
「冗談冗談。去年お世話になったからだよ~」
眉を痙攣させる涼人を面白がるように、笑いかけて、美雨はささっと下がっていく。たまにこういう本気か冗談か分からないことを言うため、涼人は若干美雨の扱いに困りつつあった。
美幸の予想通り、バレンタイン当日はダイシーカフェに集まっての男性陣へのチョコレート贈呈会になっていた。各女性陣が順番に男性陣を渡り歩いては、カウンターに座って一個一個やたらありがたそうに受け取るクラインや、その横で紳士的に、時々英語で礼を言ったりするエギル、受け取るたびに直葉の射貫くような視線に耐えながらチョコを受け取る長田少年にチョコを渡したりしている。そんな中、和人と涼人は並んでのんびりと各自からのチョコレートを受け取っている。
「うむむむ……!差を付けられました里香さん!!」
「いやぁ、まぁ珪子も初めてにしては頑張ってたじゃない?天松先輩って和菓子屋でバイトしてるんですよね?」
「そうだよー、お菓子作りなら、それなりに心得があります!」
ふふんとそれなりに大きな胸を張る美雨に、何やら色々な敗北感が漂う顔で珪子が肩を落とすのを、里香が慰めている。ちなみに、珪子は単純に成型しなおしたチョコレートを、里香はチョコレートブラウニーをそれぞれ作ってきていて、実を言うと二人も、里香は和人の分を、珪子は涼人の分をそれぞれ少し大きくしていた。
「さて、それはともかく、そろそろ本命のお二人よ?」
「「むむっ」」
どこか二人をからかうようにリズが片目を閉じると、二人の少女がどこか警戒したように後ろを見る。するとそこに、それぞれ他のメンバーにチョコレートを配り終えた明日奈と美幸が歩いてきていた。
「はい、リョウ」
「キリト、どうぞ」
「おう、ありがとよ」
「あぁ。ありがたくいただきます」
慣れた所作でそれぞれ、明日奈はまず涼人に、美幸は和人へとチョコを手渡す。明日奈は、色鮮やかな半円形のストロベリークランチのチョコレート、美幸は薄くココアパウダーがまぶされた、綺麗な円形のトリュフだ。
そして二人の位置が入れ替わると、まず明日奈が和人に懐から取り出した明らかに大きな箱を手渡す。
「はいっ、キリト君!」
「あぁ。ありがとう……開けていいか?」
「もっちろん!」
むしろ開けて開けて!と言わんばかりに笑顔になる明日奈に微笑み返して、和人は箱を開ける。と
「おわ……」
「へぇ、こりゃすげぇ」
隣を覗き込んでいた涼人からも歓声が上がった。そこに在ったのは、大きなハート型のチョコレートだ。見事なのはその整形で、どんな型を使ったのか、そのまま店で出せそうなレベルの見事なハートマークである。
「実はそれ、二層あるの」
「え?おわ、ほんとだ……!」
ニコリと微笑んで言った明日奈の言葉を確認するように持ち上げて少し横から眺めると、なるほど確かにチョコレートが二層になっている。しかも……
「これ、それぞれ味が?」
「うん!ちょっと大きくしすぎたかなって思って、二層目は三種類に分けてあるの。あんまり一気に食べようと思わなくていいから、ゆっくり食べてね?」
「おぉ……ありがとなアスナ、大事に食うよ」
「ふふっ喜んでもらえたなら嬉しい!」
心底嬉しそうに笑ってそういった明日奈を後ろから見ながら、呆れたように里香が言った。
「もう、あそこまで行くと店で買うのと遜色ないわよねぇ……」
「勝てる気がしません……」
「ほんとだねぇ」
横に居た二人も若干呆れるレベルの手作りチョコである。と……
「[ふあぁ……アスナすごぉい]」
「明日奈さん気合入ってるなぁ……」
「あら、ユウキ?」
不意に、肩にカメラを付けた直葉が彼女達の横に来る。スピーカーから響いてくるのは、絶剣ことユウキの声だ。つい先ほどまでは明日奈の肩に乗っていたはずだが……
「あ、直葉ちゃん!あれ?ユウキさん?いつの間に?」
「[えへへ……アスナが、そろそろキリトに渡しに行く~っていうからさ、邪魔しちゃ悪いじゃない]」
「代わりに、私がユウキさんを預かったってわけです」
「成程ね。ユウキは空気が読める子ね」
「[えっへん!]」
見えはしないが胸を張っているだろう声に、五人の穏やかな笑い声が響く。そんな中もう片方の贈呈が始まろうとしているのを目ざとく美雨が発見した。
「あ、ほら。もう片方も……」
「お、今日こそは行くかしら……?」
「うー!頑張ってくださいサチさん……!」
「りょう兄ちゃんが気づけばもっと簡単なんですけどね……」
「[?]」
何故か意味もなく姿勢を低くして様子を見守る五人の事に気が付いているのは、明日奈と涼人くらいのものか、しかし二人ともあえてそれを無視する。取り込み中だからだ。
「え……えっと……りょう……」
「おう」
「そ、その……これ……チョコ……なんだけ、ど……」
「だろうな、ってぇ……!」
そりゃその為に集まっているのだからそうだろうと言わんばかりにそういったリョウのすねを、笑顔で隣の和人と話す明日奈が蹴り飛ばした。和人と涼人以外だれも気が付いていない、閃光の名に相応しい早業。冷汗を垂らしている和人と談笑するその笑顔が、完全に「黙って受け取れ」と言っている。
「り、りょう……?」
「あぁっ、なん、でもねぇなんでもねぇ……で?」
改めて、美幸の顔を真正面から見ると、熱でもあるのかその顔は真っ赤になっている、少しばかり心配になったが、ここで余計な事をするとまた脛を蹴られそうなので控えた。
「そ、それでね……その、りょう……」
「おう」
「わ、私……りょう……だ……だい……」
ざわっ……と、一瞬にして周囲が静かになる。涼人だけが唐突なその空気の変化に何事かと動揺したが、なぜか全員の目が、さっきの明日奈と同じ目になっていたので、慌てて再び美幸に視線を戻した。相変わらず真っ赤になって震えながら、美幸はゆっくりと、涼人に長方形の小箱を差し出す。ただ差し出し方が微妙なので、受け取ったもんか受け取らざるか判断しにくく……
「だい……!」
「だい?」
「大事に食べてね!!」
「おう、あんがとな」
全周囲の空気が一斉にずっこけた。なんなのだ一体。
「……はあぁ……」
「?なんだお前、人に渡しといてため息付くなよ……」
「えっ?あ、ご、ごめんそんなつもりじゃなくて……」
「ふん?まぁ良いけどよ……で、これ、あけていいのか?」
「あ、うん」
コクリと頷く美幸の後ろで、やたらと非難がましい目で里香たちがこちらを見ている。加えてキリトの前の明日奈がもはや隠そうともせずに冷気交じりの視線を送ってくる。自分が何をしたのかと問いたいのは山々だが、とりあえず頼むから目の前の旦那さんがとんでもなくヒヤヒヤした顔をしてるのに早く気が付いてやってほしい。
「こいつは……トリュフと、なんかか?」
「ふふ、残念、外れ。トリュフじゃないよ」
長方形の小箱をぱかりと開くと、中には綺麗に仕切られた10個のチョコレートが入っていた。少し大きめの正方形のキューブ型のものと、同じく少し大きめの銀紙で包まれた球状のものが、それぞれ五つずつ。二種類に分かれているようだが……
「……?」
「あの……食べても、いいよ?」
「お、そうか?んじゃ遠慮なく……」
言われて、我が意を得たりと言わんばかりに涼人は迷わずキューブ型の方を手に取る、綺麗なキューブ型のそれの表面は黒っぽく、おそらくは使われているのはビターチョコだろうと想像が付いたが……
「いただく」
「どうぞ」
ぱくり、と口の中にそれを運び、少し転がしつつ軽く食んでみる。すると……
「……ん、あぁ、これ中はホワイトチョコ……ん?」
「?どうしたのリョウ?」
不意に首を傾げた涼人に、明日奈が少し興味を惹かれたように顔を覗き込んできた。
「……あぁ、これ、レモンか?」
「うん、今度は当たり」
「え、レモンピル……?」
「うんっ」
苦めのビターチョコにくるまれてはいっていたのは、ホワイトチョコレートと、それに混ぜられたレモンの皮だ。本来ホワイトチョコだと涼人は若干甘すぎると感じるのだが、レモンの風味とビターチョコの苦味が上手くそれを抑えている。後味もさっぱりとしていて、正直普通に美味い。
「と、すっとこっちはなんだ?」
そうなるともう片方の味も気になり、涼人は銀紙に包まれたチョコレートを取り出して、口の中にほおりこむ。すると……
「ん!ん……?んん」
「あ、気に入った?」
「……ん、あぁ。こいつは林檎……の酒か?」
「うん、また正解」
嬉しそうに笑う美幸に、明日奈が少し驚いたように声を上げる。
「え、アップル・ブランデー……ってじゃあこれ……」
「うん、お母さんが隠してたお酒をちょっとちょうだいって言ってもらったの。林檎が丸ごとは言ってる、カルヴァドス、ってお酒……」
「うわぁ……ってことはさしずめ、カルヴァドスボンボン?」
「そう言うこと、になるのかな?お酒ってあんまり分からないんだけど」
風味が良かったから。と言ってクスリと笑う美幸に、和人が感心したように言った。
「凄いなサチ……ホントに店売りのチョコとそん色ないぞこれ」
「あら、キリト君もこういうのが良かった?」
「いや、そういう意味で言ってるわけじゃなくてさ!」
やや失言だったと感じたのか、慌てて弁解をするキリトだが、つーんと顔を逸らした明日奈の顔がからかうように微笑んでいるのが涼人の位置からは丸見えだ。ちなみに、先ほどまでずっこけていた後ろの女性陣は、何やら自信を無くしたように沈む珪子と美雨を里香と直葉、(あとユウキ)が必死に慰めている。
「うん……普通に両方ともうめぇ……けどなんつーか……」
「?あ、何か、嫌いなもの会った?お酒、駄目だったかな?」
少し顔を陰らせた涼人に、いきなり美幸が慌てた様子に切り替わる。ほっとくと泣くのではないかと心配になるようなその顔に、涼人の方が慌てて手を横に振った。
「あー、ちゃうちゃうちゃう。ただなんつーか、おもったんだけどよ……このチョコ、そんなに甘くねぇな?」
「あ……凄いねリョウ」
「ん?」
「そのチョコね?砂糖を使わないで作ってあるの」
「……うん?」
いや、甘くないと言っても別に全くというわけではないのだが……砂糖使わないと甘くならないだろうと言いかけて横からキリトをからかっていた明日奈が驚いたように言った。
「え!?サチ、そのチョコ全部オーガニックで作ったの!?」
「うんっ、近くであんまり甘くないやつを買ってきて、後は、自分で調整したの」
「…………わかるように説明してくんね?」
オーガニックチョコレートとは、簡単に言えば、「砂糖や食品添加物を全く使用しないで作られたチョコレート」の事だ。カカオ豆の含有率が高く、普段我々が食べているようなチョコに含まれる砂糖やアスパルテームといった人工甘味料も使われていない、天然性の素材のみで作られた、平たくいう所の「体に良いチョコレート」である。
「けど、それじゃあ甘味つかねぇだろ」
「砂糖じゃなくても、甘いものはあるでしょう?ハチミツとか、メイプルシロップとか」
「……あぁ」
なるほど、といった風に、涼人は頷いて改めてチョコを眺める。つまるところ、このチョコは健康に良いようだ。
「オーガニックの食材は、手間がかかるから金額も高いのよ?そんなので作ってくれたんだから、リョウ、ほら、何かいう事あるでしょ」
「なんでお前が偉そうなんだよ」
まるで母親かのようにリョウに促すアスナに、リョウは若干うんざりしたように眉を顰める。しかし思うところはあるらしく頭の後ろを掻くと、美幸の前に立ちあがった。
「あー、そのなんだ……手間ぁ、かけたな?」
「えっ!?あ、ううん。そんな事ないよ……」
「そんな事あるわよ」
唐突に、後ろから声がした、里香だ。
「リズ?」
「だってそうでしょうよ。今日リョウがいっぱいチョコレート食べるのは分かってたから、一人くらい身体に良くておいしいもの作ろうとして、美幸は何日も前から頑張ってたんでしょ?」
「えっ!?な、なんで知って……」
「毎日レシピ本とにらめっこしたり図書館行ったりノートに何かガリガリ書いてるの見りゃ、誰だって気が付くわよ」
誰も知らないと思っていたのはどうやら自分だけだったらしいと自覚した途端に、美幸の顔が火を噴きそうに朱くなる。そんな彼女を見ながら、涼人はますます困ったように頬を掻いて……視線の先に居るリズが真っすぐ自分を見ているのをみて、いよいよ逃げ場がない事を知った。いや、こんな事を知ってしまった時点で、そもそも何処にも逃げ場はないし、逃げる気もないのだが。
「あー、美幸」
「は、はいっ……」
名前をよぶと跳ねるように自分の方を見る彼女の目を、真っすぐに見る。期待と不安が入り混じったそんな目を見て少し苦笑してから、涼人は素直に言った。
「その、なんだ……ありがとうよ。やっぱ、お前にメシ頼んでるときは、安心だわ」
「えっ……」
「俺はその、よく食うからな。これの事だけじゃなく……SAO時代のお前のメシも含めて、感謝してる」
「…………」
ぽろりと、小さく、透明な滴がこぼれた。
自分の目尻からこぼれたそれを慌ててぬぐうが、それが後から後からこぼれて止まらなくなる。
「あ、あれ……おかしいな……あれ……?」
「お、おい、美幸?」
「その……ごめっ、ごめんねっ……普段、そんな風に思ってくれてるなんて、おもってなくてっ……!ちょと、嬉しくって……!」
「あ、あぁ……」
どう対応したらいいのか分からずに、珍しくしどろもどろとなった涼人の前で、少女の小さな鼻をすする音が響く。店中が静かにそれを聞いているのを見て、これまた珍しく慌てたように、涼人が言った。
「おいこら!見せもんじゃねぇよ!!」
「えー?なにー?女の子を泣かしたのが見られたくないのー?」
「リョウさん、女の子を泣かしたら責任取らなきゃいけないんですよ?」
「なんの話だっつう!!?」
そんな事を言っている内に、少し落ち着いたらしい美幸が、リョウの方に何とか向き直る。
「あ、あのっ、りょう!」
「だからうるっせ……!あ?あぁ、なんだ?」
「あの、ね……私も……感謝してるの!だから、これはそのお礼……!」
「……おう」
すんっ、と鼻を少しだけすすって美幸は息をすう。それからいつものような、ちょっと晴れた目ではにかむように笑って、言った。
「いつもありがとう、りょう!」
どうか素直な感謝と好意を伝えられる日でありますように。
Happy Valentine.
後書き
はい、いかがでしたか!?
世間では製菓メーカーの陰謀だとかなんだとか、色々な事がささやかれている昨今ですが、日ごろお世話になっている人に対して、あるいは本当に好意を持っている人に対して、気持ちを形として、あるいは今日の糧として伝えるこのような日は、一年に一回くらいあってもいいのではないかなと個人的には思っています。
今日、そんなチョコレートに関わる予定がある方も、無い方も。同かよいバレンタインデーをお過ごしいただけますようにお祈りいたします。
え?私ですか?今日は家族でチョコレートケーキ食べます(笑)
ではっ!
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