SAO‐戦士達の物語《番外編、コラボ集》
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テーマ短編
SAO番外編 0kcal(虚構の三膳)
前書き
どうもです!
今回は、テーマに沿って短編を一つ書いていこうと思います。
テーマは、「私の三膳」。
これは以前、電撃文庫から無料で書店にて配布されていた、電撃文庫のオフィシャル作品が全て乗っているという電撃文庫大全みたいな冊子にあった、テーマに沿ってキャラクターに一定文字数以内でしゃべらせる、というものです。
ヘビーオブジェクトのクェンサーが妄想を話してたり、劣等生の美雪が相変わらずお兄様お兄様だったり、キノのキノがクレバーだったり学園キノの木乃が「オイコラ時雨沢」状態だったりホライゾンのホライゾンがちょっと何言ってるかわからないですね、状態だったりまぁなんだか色々カオスでしたが、そんなのを見て、私が所属するとある暁作者&読者が集うline板で、それをテーマに同じように一言、ORそれをテーマに短編を書くという話がありました。
その時書いた短編となります。
では、どうぞ。
「三食だぁ?いやまあ基本食べ逃すって事ねーな、美ゆ……サチが全部作ってくれっから。いやあ、稼いでるのがこっちとはいえありがたいやら申し訳ないやらでな……お陰様で外食とか減った減った。アイツの飯SAOで食うどの外食よりうめーんだもん」
彼女の朝が始まるのは、同居人である青年が起きるより大体ほんの3分ほど前である。一つしか無いため同じ部屋で寝て居るのだが、いまだに隣のベッドに彼が寝ているのを見ると嬉しいやら気恥ずかしいやらで緊張する……と、同時に、ほんの少し安堵する。
自分の支えは、今日も隣に居てくれるのだと。
ここ毎朝起きて始めにやるのは、先ず暖炉に火を入れること。3月もまだ前半だと春というには流石にまだ外気が冷た過ぎる。当然リビングも寒いので、いち早く部屋を温める操作を行う。
次に、顔を洗う。
SAOに新陳代謝は無いので実を言えば必要無い動作では有るのだが、同居人であるとは言えこれから意中の人間と会うのだから身だしなみに気を使わないと言うのは無理だ。
夏場はシャワーで良いのだが、現実世界の癖もあって、冬場の朝に身体を濡らす気にはならない。
顔を洗ってさっぱりしたら、寝間着のパジャマを脱いで、普段着である厚手のシャツの上に、いつものエプロンワンピースを着込む。
ちなみに着替えの際の装備全解除、彼と同居するに当たって一番不安だった部分なのだが、彼にはどうやらそう言う気配にはしっかり気を使えるらしく、これまでの所ばったり鉢合わせ、なんて事はない。
……ちょっとだけ、ほんの少しだけ、残念でも有るのだが。
それはともかく、着替えが済んだなら、次は弁当作りが始まる。
作る弁当は二つ、一つは彼の昼ご飯で、もう一つは緊急時に食べるための夕飯、あるいは夜食用弁当だ。
先ず昼ご飯用の弁当は、なるたけ食べるのに時間が掛からない物がよい。必然的にサンドイッチやおにぎり等の片手で食べられる食品が推奨だが、此処で今日は少しちょっと「ちゃれんじ」してみることにした。
「~♪」
愛らしく澄んだ声で鼻歌を歌いながら、焼いて固めた米をバンズに見立てて、茶色いそれの間に野菜と肉を挟む。所謂、ライスバーガーと言う奴だ。
「(喜んでくれるかな……)」
彼に出すのは初の試みなので少しだけ不安だが、昨日作った試作品はある程度上手くできた。彼の好みにも合っている筈だと自分に言い聞かせ、やや気合いを入れて作る。
そして同時進行で作って居るのが、緊急時用の弁当である。
以前に何度か彼が、朝方や1日帰って来なかった事があった。連絡があってもサチとしては不安で気が気ではなかったのだが、彼に取っての問題は夕飯が簡素な携帯用食料だった事のようで、帰ってくるなり全力で食事をせがまれた。
そんな彼の為にサチが考案、制作しているのが、通称長持ちバーガーである。ストレージに入れておけば、約二日持つという恐るべき耐久性を持つこのバーガーは、火が通って居るか生野菜なら大抵は挟めるという汎用性の高さも備えている。これを前に持たせた所、その日の夜食に完食してきたばかりか、大好評だったので、今も作り続けていると言うわけだ。
ちなみに、本日の中身は白身魚のフライである。
尚このサンド、食べずに次の日まで持ち越した場合は、暖め直して翌日の朝食の主食になる。
本日も、昨日の焼き鳥(っぽい肉)サンドが朝食のメインだ。
昼食と非常食が仕上げに取りかかる頃には、既に朝食のおかず作りが始まって居る。卵にチーズと葉物の野菜などを混ぜで焼いて、さらに皮が張るまで茹でたウィンナー。焼きと茹でがあがる頃、自分が洗面所に居る間に外に出ていた彼が中に戻ってくる。
「おはよう、リョウ」
「おう、おはようさん、さて、あっさ飯~」
楽しげに弾む声にサチは小さく微笑んで盛り付けに入る。
皿に載せた料理と紅茶を食卓に載せたら、とりあえず一段落だ。
「んじゃま、今日も朝の恵みに感謝して」
「「いただきます」」
大事な大事な、食事の挨拶だ。
――――
「むぐ、この野菜の卵……なんだっけか、ふり……」
「フリッタータ?」
「それな、結構腹に貯まるな、満腹感ある」
言いつつ口に放り込んだそれをモグモグする彼に、サチはどこか嬉しそうに頬を喜色に染める。
「卵とチーズと野菜のバランスが大事なの、ちょっと工夫してみたんだよ?」
「ほほう、んー、美味いな」
ニヤリ笑って美味そうに食を進める彼に、サチも嬉しげに笑みをこぼす。“美味い”の一言がこんなにも嬉しいものなのだと気が付いたのは、彼に料理を振る舞うようになってからの事だ。
――――
「んじゃま、行ってくるわ」
「はい。行ってらっしゃい……気を付けてね?」
「おう」
安心させようとするようにニヤリと余裕有り気な笑みを浮かべて振り返り歩き出す彼の背中を、サチはいつも見えなくなるまで見送ってしまう。何度となく追い掛けたい衝動に駆られた事はある。しかしどう足掻いても彼の居る場所に追い付けはしないと分かっている自分が彼を追い掛けた所で、それは勝手な我が儘で彼を縛り付けようとする事にしかならない。
理性で理解しているそれらが、感情の衝動を押さえ込む。
「……行ってらっしゃい」
――――
さて、昼間の内に家の中の点検やら足りない備品やらをリスト化し終わると、掃除やら服を洗ったりするやらの必要が無いこの世界では段々やることが無くなってくる。
「今日は特にお買い物もないし……」
少しばかり考え込んで、サチは小さく頷くと、台所に歩いていく。
昼食と、おやつを作ることにしたのだ。ちなみに、先に作るのはおやつである。と言うのも……[料理]の応用コマンドの中に[発酵]と言うものがある。この[発酵]コマンド、[短縮発酵]と[通常発酵]に分かれているのだが、すぐに出来てある程度の変化が得られる短縮発酵以上に、一定時間待たなければならない通常発酵した生地の方が食感が軽くなるのだ。
「よいしょ、よいしょ」
ナッツと、ドライフルーツを練り込んだ生地を作っておいておく。今日のおやつは、ドイツのシュトーレンのような……と言えば聞こえは良いが、要は普通のドライフルーツパンになりそうだ。
「(今度はパイとかも良いかな……)」
そう言えば現実の料理にはパイ包み焼きなどいくつかパイ生地を使うものと言うのがあるが、あれらはこの世界でも再現可能なのだろうか?
こんど試してみよう、などと考えて練った生地を発酵状態で置いておく。
次は昼ご飯だが、今日はハーブパスタだ。生地から自作したパスタを茹で始めると同時にソースを作る。
現実ならソースがある程度出来てからパスタを茹でるのだろうが、システムの処理時間の関係でこちらでは逆だ。
「うん、こんな感じ……かな」
数分もすると、サチの前には爽やかな緑色のパスタと簡単なスープが並んでいた。飲み物はアイスティだ。
「いただきます」
軽く手合わせ、挨拶の後、一口。
「…………」
食べた瞬間、ハーブの爽やかな風味と程よい塩気が口いっぱいに広がった。食感のアクセントとして入れた松の実……風の木の実もなかなか悪くない。が……
「(リョウならもうちょっと塩気が欲しいって言うかな……?)」
自分はこのくらいでちょうどだが、彼の場合は恐らくそうだろう。だが余り塩気を出し過ぎると香りとのバランスが崩れてしまう。良い案配を探したいところだが……
「要研究、かな」
新しい課題にワクワクしつつ、サチは手を食を進める。なんだかんだで、この世界の料理と言うのは奥深い。プログラム解析を伴わないゲームの仕様分析にも似たそれらは、彼女にとっては十分過ぎる娯楽であると言えた。
――――
「…………」
例のフルーツパンを焼きに入れてから、サチは暖炉前の揺り椅子に座って裁縫をし始めた。裁縫も、最近料理と同じくマスターした生産スキルだ。
サチは攻略組が本来レベリングに使う時間のほぼ全て、あるいはそれ以上の時間を、自身の生産スキル向上に当てていた。材料は殆どの場合彼に買ってきて貰うか、もしくは捕ってきて貰うのだが、最近はその代金を自分の物を売った金で払えるようになり始めていた。
リョウが、最前線よりちょっと手前辺りのPCショップにでサチの商品を売るように鳴り始めたからだ。
布製でありながらどれも高い防御力を誇るサチの作る作品達は、お洒落をするために着込むタイプの物とは違い、常に実用性に重きを置いた物になっている。
それらは精力的に中層攻略を行うプレイヤー達を中心にかなり高い評価を得ていると言うことだが、恐らく彼等はサチがその作者だと知れば相応驚く事になるだろう、「こんなに大人しそうな子が」と言う意味でだ。
まあ、それも無理はない。実を言うと出品している商品は全て、サチが彼の為の装備を作ろうとする過程で出来る、失敗作達なのである。
「……ちく、ちく、ちく……」
布に向けて針をちくちくしながら真面目な顔をしているサチは、これまでの所最高傑作である“翠灰の浴衣”を思い出しながら、真剣に袴を塗っていた。が……
「うーん……」
完成した黒い袴を見て、サチは唸った。
悪くはない。悪くはないが……攻略組である彼の身体を任せるにはスペックが低すぎる。
「難しいなぁ……」
彼女にしては珍しく、やや悔しそうにそんなことを言う。ちょうど焼きあがったフルーツパンを取り出して切り分けつつ、どうにか良い物を作るコツは無いものかと思案してみても、そう容易く良い案が浮かぶ訳もなく……
「(誰か遊びに来たりしないかなぁ)」
仕方がないのでお茶とパンを食べながら、そんなあるわけもない事を考えたりしていた。
ちなみに、この二月後には、毎週のように彼女の菓子目当てにとある少女と小竜がやってくるようになることを、彼女はまだ知らない。
――――
「ちく、ちく、ちく……あれ?」
手元が暗い、そう思って周囲を見渡して、サチはすでに日が大分沈み始めていることに気が付く。どうやら少し没頭しすぎていたようだ。
何事もなければ、だんだん彼も帰ろうかと考え始める時間の筈だ、彼の性質上おそらくもうしばらく遅くはなるだろうが……
「帰ったぜ~」
「ふぇっ!!!?」
早っ!?と言った様子で、サチは飛び上がって驚いた。玄関先にはその様子を面白がるようにニヤリと笑った彼が立っている。
「は、早いね、どうしたの……?」
「いや、ちっとしんどいことがあってな、疲れたんで早めに帰ってきた」
「しんどいこと?」
「おう、ま、いろいろとな~」
手をヒラヒラと振って、彼はつい先ほどまで自分が座っていた揺り椅子に座りこむ。「おぉ、ぬくい」などという彼に若干顔が朱くなるのを感じたが、あえて触れずに聞いた。
「その、大丈夫?」
「あ?あぁ、ま、普通に生きてるしな。それよか腹が減って腹が減ってよ……夕飯できるか?」
「うーん、じゃあ……お風呂入ったりして、ちょっと待っててくれる?すぐお夕飯作るから」
「おう、頼むわ」
ふひぃ、などと変な息の付き方をして彼は風呂場のほうへと歩いていく。そんな様子を見てサチは苦笑して作業に取り掛かかった。
今日の夕飯は、蒸し鶏(っぽい肉)のトマトソース掛けに、クラムチャウダーである。
この森の家は、周囲を自然に囲まれた24層の中でもさらに階層の端っこのほうにある。必然的に、帰宅する中途で彼は大分体を冷やしたはずだ。もちろん新陳代謝の簡略されているSAOで体を冷やしたところで特に身体機能に影響は出ないが、それでも「寒い」という感覚は残る。
湯船に浸かって外側から温まった体を、内側からも温めてあげたいと思うのは、彼女のせめてもの心遣いと、後は「少しでも安らいでほしい」という、ほんの少しのわがままだ。
「……うん」
完成したクラムチャウダーの味を見て、サチはコクリとうなづく。今日もおいしい夕飯が出来た。
「リョウ、ごはん……?」
呼びかけて、気が付く。風呂から上がって暖炉の前の揺り椅子に座っていた彼は、いつの間にか静かに寝息を立てていた。
「……もう」
小さく微笑んで、サチは彼に歩み寄っていく。
普段不敵に笑みを浮かべている彼の寝顔は、驚くほど無防備だ。攻略組では彼にもいろいろな逸話があるという話はサチも聞いていたが、この寝顔を見てその話を聞かされても、誰も信じはしないだろう。
「ごはんだよ、リョウ」
「…………ん……」
小さく呼びかけても、軽く身じろぎしただけで目を覚ます気配はない。そんな様子に、なんとなく椅子の傍らに寄り添って、ひじ掛けに両腕を重ねると、頬をそこにおいて寝顔を覗き込む。
「ごはんだよ~」
「……んん……」
頬を人差し指でつんつんとつついてみるが、反応らしい反応はなく、少し唸るだけ。どこか可愛らしくさえあるその反応に、サチはクスリと小さく笑う。
「(あぁ……好きだなぁ……)」
暖かさを増していく胸を自覚しながら、そんな風に心の奥深くが小さく呟く。
ずっとこのままでいたい、そんな風に思いながらたっぷり三十秒も彼の寝顔を堪能して、サチは彼の肩をゆすった。
「リョウ、ごはん出来たよ?」
「ん……?んあ、あ、あぁ……寝てたか、わりぃ」
「いえいえ」
クスクスと笑って、頬を掻いた彼に笑いかけて、食卓に向かう。
「今日はクラムチャウダーを作ってみました」
「お?おぉ、美味そうじゃねぇの。どれ、いただくとしますかぁ」
気を取り直したように、喜色をにじませてニヤリと笑う彼に笑いかけながら、二人は食卓へと座る。
「さて、んじゃまぁ」
「「いただきます」」
二人分の挨拶が、食卓に響いた。
これが、彼女の三膳。
彼のために作る、虚構(0kcal)の食事の記憶。
END
後書き
はい、いかがだったでしょうか。
というわけで、今回の三膳の主人公となったのは本編のヒロイン、サチでした。
彼女がSAO時代リョウを待つ間どんなふうに過ごしていたのか、それを考えて書いた文章となります。
なんとも主婦っぽいといいますか、家を守る彼女の甲斐甲斐しさと、健気さにほっこりしていただければ幸いです。
では。
2016年4月9日 鳩麦
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