『八神はやて』は舞い降りた
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第6章 『八神はやて』
第50話 最終兵器はやて
前書き
最終兵器彼女を知っている人は多分少ないんだろうなあ……。
原作キャラが死亡するのでご注意ください。
悲鳴がとどろく。サーゼクスがそこを見やると、青い光の奔流が天を突くように噴出しているではないか。尋常ではない力を感じた。
警戒しつつ観察すると、やがて青い光は一点へと集束していき、少女の形をとった。
(これは……恐れ? 私が恐怖しているとでもいうのか)
思わずサーゼクスは冷や汗がでる。こちらを射抜くように睨みつける少女の瞳は、憎悪で満たされていた。ここまでくればわかる。先ほど倒したエクソシストの娘か何かなのだろう。よくよくみると妹のリアスと変わらないほどの年にみえる。
だから、せめて少女を死なせたくないと思った。いまだサーゼクスは己が優位にあると信じていた。仕方がないことだろう。彼は冥界の、悪魔の頂点なのだから。年端もいかない少女を恐れるほうがおかしいのだ。そう、この震えは罪悪感からくる気のせいなのだろう。
「む? あれは……堕天使だと?」
飛びながら観察をしていると、やにわに少女がこちらへと飛翔してきた。いつの間にか服装も変わっている。白のキャスケットに白と黒を基調としたサーコートを纏う。背中には4つの小さな黒い羽根が生えていた。羽を生やした靴を履いている。こんな状況でなければ、よくできたコスプレだと評価し、セラフォルーに紹介したかもしれない。
黒い羽……まさか、堕天使だったのか。そう思うも、堕天使の気配は感じない。では神器か? それも感じない。気配は無力な人間のものだ。しかし、纏う魔力は計り知れない。まさか、自分より多いことはあるまい。そう、サーゼクスは分析した。
彼も知らない。ジュエルシードというイレギュラーと、八神はやてというイレギュラーが出会ってしまった奇跡を。その結末をうかがい知る物はどこにもいなかった。唯一イレギュラーを知る者はサーゼクスが救助した二人の女性だった。だが、彼女たちは、冥界の病院へと搬送しており、そもそもまだ意識を取り戻していなかった。
「私はサーゼクス・ルシファーという。君の名前を聞かせてくれないかい?」
◆
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
何がいかなかったのだろう。日付が変わった今日は誕生日のはずで、父と一緒にお出かけする予定だったのだ。友達はいないけれども、父が祝ってくれれば十分だった。お祝いしてもらって、誕生日プレゼント――新しい家族をもらうのだ。名前だって決めている。ザフィーラというかっこいい名前だ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
何がいけなかったのだろう。突然悪魔に襲われて……父も●されたのかと思った。けれど、父は無事だった。どこか父と遠いところへ行くのだ。そうしたら、また悪魔がやってきて、おとうさんは、ぼくに隠れるようにいってきて、だからぼくは隠れて。隠れて。隠れたのに――――うっかり外を覗いてしまった。
「あああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
何がいけなかったのだろう。父の言いつけを破ったからだろうか。ぼくの目の前でおとうさんが●んじゃった。そんなはずない。おとうさんが●ぬわけない。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
「ああああああッ!」
叫んで叫んで、泣き叫んでも現実は変わらない。聡いはやては分かっている。この問いかけに意味などないのだと。八神はやてはひたすら自問自答する。思考が空転しても考えはとまらない。
「あぁ……」
声は枯れ果て、ぽろぽろと涙が、止めどなく流れ続ける。そこで気づく。はやてを青い奔流が取り巻いていることに。いやまて、まだ父が●んだと決まったわけではない。だって、だって、この青い光は奇跡の光。あの宝石の力が、ぼくの力。
イメージするのは最強の自分――近所のお兄ちゃんがそう言っていた。ジュエルシードの力がはやての元へと集束していく。荒れ狂い、暴走するだけだったあのロストロギアを、魔法すら知らない少女が制御しようとしていた。これが、どれほどの奇跡であろうか。
最強の自分をイメージしたら、服装が変わっていた。力が漲ってくる。同時に、先ほどまで感じていた気持ち。怒りと絶望と憎悪がない交ぜになった感情が鎌首をもたげる。暗い感情と焦る気持ちが、激しい衝動となって湧き上がる。
父と会う前に、まずはあの悪魔を成敗しなければならない。邪魔するなら排除しなければならない。そう思ったとき、悪魔に殺されかかった記憶が蘇り、身体がぶるりと震える。
(いや、大丈夫。いまのぼくなら、あんな化け物に負けるわけがない)
震える身体を落ち着けようと深呼吸して、決意した。この奇跡のような力は、きっと神様が与えてくれたに違いない。かつて父が敬虔な信徒だったはやては、そう考えた。
「またおとうさんに会うんだもん」
家族を守りたい。その一心で、立ち向かう。なんとなくだが、力の使い方は感覚でわかる。青い光を纏ったまま、ジュエルシードの魔力で飛翔した。
◆
時は、八神はやてがはぐれ悪魔に襲撃される前日にさかのぼる。
魔王サーゼクス・ルシファーは急いでいた。今、彼が急いでいるわけ、それは、異常な魔力の高まりを感知したからだ。魔力から判断して、ランキングトップ10クラス。天使陣営のミカエルや堕天使陣営のアザゼルが、直々に侵略してきた可能性すらある。
この非常事態に、最高戦力である魔王が動くことになったのだ。
「これは……この女性と少女が異常な魔力の原因なのか?」
現場に到着した彼は、困惑していた。魔力の出現元である小学校の校庭には、クレーターができていた。その中心部に横たわるのは、気絶している妙齢の女性と10才にも満たない少女。
「いや、少女のほうは、すでに亡くなっているな。女性のほうも、ひどく衰弱しているようだ。いずれにせよ、爆発的な魔力の原因は、彼女たちに尋ねるしかない、か」
戦争の勃発という最悪の事態を回避できたことで、安堵する。とりあえず、部下を呼び、支配下の病院まで搬送する。女性のほうからは、人間とは思えないほどの魔力を感じられた。よって、目が覚めるまで、グレイフィアに任せが、冥界で監視することになった。
次の日の夜。間の悪いことに、はぐれ悪魔の出現が知らされる。サーゼクスは、ちょうどすぐに対処できる位置にいた。生真面目な彼は、部下の制止を振り切り、直接討伐に向かう。
その途中だった。住宅街に悲鳴が鳴り響き、現場に急行した。
「なんだ!?この魔力の高まりは……!」
すると、はぐれ悪魔ではなく、臨戦態勢だったエクソシストが迎撃してきた。面を食らうも、サーゼクスとて戦争を生き抜いてきた古強者。すぐに応戦する。
驚いたことに、敵は六式使いだった。空を飛び。目にも止まらなぬ速さで動き。紙のようにひらひらと舞い、鉄のように守りを固める。神器を持たぬ脆弱な人間が辿り着いた、まさに武の極致だった。
これほどの使い手が気づかれずに領地に侵入していたことに戦慄する。だが、確かにエクソシストは手ごわかったが、相手が悪かった。単騎で魔王を倒せる人間は、物語の勇者だけだ。エクソシストは、手負いの虎を思わせる決死の表情を浮かべて挑むも、地力の差はいかんともしがたかった。
やがて、サーゼクスが勝つ。とはいえ、彼に消滅の魔力を使わせたエクソシストは、やはり傑物だっただろう。本来ならこれで終わるはずだった――――そう、消滅していくエクソシストをその娘が目撃していなければ。
悲鳴が響くと、突如として、莫大な魔力が出現し、青い光が天を貫いた。
◆
「私はサーゼクス・ルシファーという。君の名前を聞かせてくれないかい?」
いまさら何をいっているのだろう、こいつは。はやては訳が分からなかった。まあいい。これから死にゆく悪魔のことなどどうでもいい。いまは、さっさとこいつを倒して父と再会せねばなるまい。
サーゼクスは、危険と分かっていつつも、少女と対話を試みようとした。やはりリアスと変わらない少女を手にかけるのは抵抗がある。もし、彼女の父が生存していれば、その望みは叶ったかもしれない。しかし、いまとなっては、すべてが手遅れだった。
問われた少女は、無言で手をかざす。そこに魔力が集中していき――――
「死んじゃえ」
「ッ!?」
――――攻撃で応えた。対話を断念したサーゼクスは、仕方なく戦闘に入った。試しに、消滅の魔力を放つが、青い物体は、びくともせずはじいてしまう。突然の攻撃に身をすくめた姿は、ただの無力な少女にしか見えなかった。
やはり、事情は分からない。死体の跡からみて、はぐれ悪魔を倒したのは、おそらく彼女だろう。血に濡れた姿から、襲われて怪我でもしたのかも知れない。先ほどの攻撃、様子見だろうにその威力は上級悪魔並だった。これは、放っておけば破壊をまき散らしかねない。と、サークスは、判断した。
「待ってほしい! 今我々が戦えば、駒王町は廃墟になる! どうか話を聞いてくないだろうか!」
「……」
サーゼクスの必死の呼びかけに対し、はやてが何事かつぶやくと、辺りに魔力が広がっていった。人影がなくなり、景色が色あせていく。
「これは、結界? 馬鹿な……次元をずらしたというのか」
「これでいいでしょ? だから早く死ね」
激しい攻防が始まった。サーゼクスは、遠くから消滅の魔力を放つも、すべて厚い魔力装甲により弾かれる。一方、はやては、魔力砲を乱発するが、戦闘経験がないので当てることができない。しかし、戦闘時間が進むにつれて、その狙いが正確になっていった。急速に戦闘経験を積みつつある。
(なんという戦闘センスだろうか。戦いと無縁だった少女が、たったこれだけの時間でここまで強くなるとは)
時間がたつほど、サーゼクスは不利になる。ここでサーゼクスは勝負にでた。魔力弾を連打し、驚いたはやての隙をついて、一気に接近する。そして、消滅の魔力を至近距離から放った。
しばらく、つばぜり合いが続くが、徐々にサーゼクスが押し負けていく。勝負に出たサーゼクスの無様な姿に、哄笑をあげるはやての瞳に映る感情は、憎悪一色。
だが、その油断を百戦錬磨の魔王が見逃すはずはなかった。抑えていた消滅の魔力を解放し、本来の姿に戻る。出力を最大にした消滅の魔力は、隙をついて一気に少女へと吸い込まれていき――――
(勝ったぞ!)
――――ジュエルシードが暴走し、勝利を確信したサーゼクスもろとも、駒王町は消滅した。
◆
「これは、結界? 馬鹿な……次元をずらしたというのか」
悪魔を倒そう。だが、悪魔のいう通り、駒王町に被害が出てはいけない。きっと、父が悲しむから。はやてにとっては、駒王町がどうなろうと構わなかったが、父の悲しむ姿はみたくなかった。
そして、難なく封時結界を張る。驚くべき彼女の魔法センスだった。
「これでいいでしょ? だから早く死ね」
魔王サーゼクス・ルシファーに挑みかかった。激しい戦いが続く。敵の攻撃はこちらに通じないが、こちらの攻撃も敵に当たらない。だが、徐々に徐々に戦闘センスが磨かれていく。もう少しで、直撃できそうだ。
そう、内心喜んだところで、一気にサーゼクスが勝負に出た。消滅の魔力がこちらに迫ってくるが、こちらも全力で応戦する。徐々に、こちらが押していく。
(やった、これで勝てる!)
だが、ここに来て経験のなさが露呈した。まだ止めを刺す前なのにもかかわらず、肩の力を抜いてしまう。
その隙を見計らったように、サーゼクスの力が急に何十倍にも増した。虚を突かれたハヤテは、完全にフリーズしてしまう。
「えっ?」
放出していた力が押し返され、光に包まれる。全身を焼き尽くすような痛みの中、気力を振り絞って、抵抗する。
「そんな、ぼくは負けない、負けるわけない!」
―――だって、
「神様がぼくにこの力をくれたんだもん! おとうさんを助けるんだもん! だからッ」
――――負けるわけにはいかない!
歯を食いしばって、耐える。なけなしの力を振り絞って、押し返そうとする。だが、現実は非常だった。身を守る青い光は、徐々に削られていく。
「いやだ、いやだよぉ! ぼくが負けたら、おとうさんが死んじゃう。もう会えなくなっちゃう! そんなの、いやだ。いやだよぉっ!!」
スパークする視界の中、必死に叫ぶ。負けるわけにはいかないと、己を叱咤する。激痛に堪え、絶望的な状況でもあきらめない。彼女の願いはただ一つ。もう一度、あの幸せな日々に戻ること。
けれども、たった9才の幼子が、どんなに健気に抗おうとしても。偶然手に入れた魔法の力に縋る様に願いを込めても。再び奇跡が起きることはなかった。
「うああああぁああ!!」
徐々に崩壊していく身体。摩耗していく精神。流れる血も、流す涙も、とうに尽き果てた。既に、身体の感覚はなく、視界も閉ざされている。それでも、最後の最後まで、彼女は、諦めなかった。
「―――ッ!」
ただ家族との日常が欲しかっただけの少女。だがしかし、身体のすべて、魂の一片まで、消滅の魔力に浸食されたことで、家族を案じる余裕はなくなっていく。
――――お前たちだけは、絶対に……絶対に許さない!!
最期に、呪詛を残し、哀れな少女は、この世から消滅した。周囲に目撃者は皆無。彼女が生きた証を知るのは、相対したサーゼクスのみ――のはずだった。しかしながら、少女と同化したジュエルシードは、消える寸前になって再び奇跡を起こした。
苦痛と憎悪に支配された彼女が最期に願ったのもの。奇跡を願い、奇跡は起きた。けれども、その願いは――――破壊だった。
少女が、本当に欲しかったものは、何一つ与えてくれなかったのに。
――――その日、駒王町が一夜にして消滅したというニュースが世界を駆け巡った。
サーゼクス・ルシファーが死亡したことで、三大勢力のバランスは完全に崩れた。堕天使と天使は悪魔領へと攻め込み、全面戦争が勃発する。しかし、クリスマスまでには終わるだろう、という楽観的な予測は外れ、血で血を洗う総力戦となった。
冥界も天界も破壊されつくし、三大勢力は破滅するのだった。
救いのヒーローはどこにもいない。
◆
駒王町のとある家にて、すやすやと昼寝をしていた幼子を、青い光が包み込んだ。彼女の様子を見ていた父親は、慌てて近寄るも。特に異常は見当たらない。
「あの光はなんだったんだ? 神器ではないようだし、悪影響もなさそうだが。ひょっとして、うちの子には、秘められた力が宿っているのかもな!」
のんきに独り言ちる父親は、にこにことしながら、愛しの娘に視線を向けた。これ以降、一人娘は、大人びた言動が増えていくことになる。普通ならば、奇妙に思うかもしれない。
しかし、彼女の親は、普通ではなかった。
「うちの子は、天才かもしれない!」
いわゆる、親ばかだった。そんなどこにでもある一般家庭。温かな家で暮らす、お気楽幼女の名前は――八神はやて。
――――ジュエルシードの中で少女は嗤った。
後書き
・駒王町消滅にともない原作キャラ軒並み死亡。
・伏線は次回でほとんどすべて回収します。
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