もう一人の八神
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新暦79年
覇王襲来
memory:26 敗けだよね
-side 悠莉-
毎月恒例となっているイクスの定期診断のために聖王教会を訪れていた。
定期診断といってもバイタルチェックや最近の体調についての問診などでそこまで時間はかからない。
初めの頃こそマリアージュの生成機能がなぜ消えたのか? 何かわかることは? 等といろいろと聞かれていたらしい。
定期健診を受けているイクスとは別れていた私は一つのテーブルを四人で囲っていた。
その話の題目は
「傷害事件ですか?」
チンクさんが言った言葉をオウム返しする。
「まだ事件とまで至ってないんだがな」
詳細を聞けば、なんでも、覇王を名乗る者が格闘系の実力者に該当試合を申し込んでるらしい。
これが最近数を増やしていき、管理局も動こうとするのだが、覇王に挑まれた相手が被害届を出さないために事件には至らず、あぐねているらしい。
「被害届を出さない理由はおそらく自身の恥を表に出したくないのだろう」とチンクさんは言っていた。
「それにしても『覇王』イングヴァルト、ですか? それって確か古代ベルカの……」
「ええ、ベルカ戦乱期…諸王時代の王の名ですね」
「ユーリ、よく知っていましたね」
「まあ、興味があったので。ほんの少しかじった程度ですけど」
コホン、とチンクさんが一つ咳払い。
「その自称覇王ですが、時代が異なるとはいえ、八神家で保護しているイクスヴェリアやヴィヴィオのオリジナルであるオリヴィエ聖王女殿下も無縁とは言えません」
「要は二人に危険が及ぶ可能性があるかもしれない、と?」
少し重くなった空気を感じて、チンクさんは慌てて言葉を付け足した。
「もちろん、かつての王たちと今の二人は別人であるんですが」
「チンクさん、それを理解していない人たちもいるってことでしょ?」
カリムとシャッハ、私もわかってることが伝わったのかチンクさんはホッと息を吐いた。
「とはいえ、『覇王イングヴァルト』は物語にも現れる英傑です。それを気分で名乗ってる可能性も大きいですよ」
「ええ」
「この事件が一段落するまでは注意しておきましょう」
「イクスのことは心配なく。なるべく一緒に行動するなり使い魔を付けるようにしますから」
「お願いしますね、ユーリ。ヴィヴィオについては……」
「それはこちらで。私と妹達がそれとなく」
話しもひと段落した時、タイミングよく通信が届いた。
『騎士カリム、イクスヴェリア陛下の定期健診が終了いたしました』
「ですってよ、ユーリ」
「イクスはヴィヴィオたちといつものところですか?」
『はい。お二方とも中庭でお茶会に』
「ありがとうございます。カリム、シャッハ、チンクさん、お先に失礼します」
三人に一礼し、執務室を出て中庭へと向かった。
中庭に来てみると、イクスとヴィヴィオが楽しそうに談笑していて、その様子を見守ったり世話をしたりするナカジマ家姉妹と教会組、そしてヴィヴィオの後ろには愛機|《デバイス》のクリスがいた。
「ユーリじゃん。カリムたちとの話終わったの?」
その中でもセインがいち早く私に気付いた。
「うん。それに定期診断も終わったって聞いたからイクスを迎えに来たんだよ」
「そっか。ま、立ったままっていうのもアレだし、ユーリも一緒にどう? 準備するよ? それにほら」
セインの視線の先にはディエチさんはディエチさんで手招きしていて、双子ももてなす気満々でいる。
ウェンディはニヤニヤし、ノーヴェさんは諦めろと苦笑いした。
イクスとヴィヴィオはというと、話に夢中で私に気付いていない。
「……それじゃ、お言葉に甘えて」
「はいよ」
椅子を引くのは自分の役目と言わんばかりの自然な動作でオットーが椅子を引き、ディードが慣れた手つきで紅茶を淹れる。
「ノーヴェさん、ディエチさん、ウェンディ、お久しぶりです」
そう挨拶を交わす。
三人と直接会ったのは本当に久しぶりで、一・二年ぶりだろうか? とはいっても、ノーヴェさんは教会に来た時などに会ったりするのでそこまでないけど。
「そういえば、ユーリはうちら姉妹の中であたしとセインだけタメ口っスね」
唐突にウェンディ変なことを聞いてきた。
「そう言われればそだね。なんで?」
セインもウェンディの質問にのかってきた。
周りも興味津々といった様子で口を挟んでくる様子はない。
「なんでと聞かれても特に理由なんてないんだけど……強いて言うなら……」
「「強いて言うなら?」」
「……二人に敬語使ったらなんか敗けだよね」
「「「「ぷっ……!」」」」
残りの姉妹全員が吹いた。
「なんッスかその理由!? これじゃあ、いかにもあたしらがダメっ子みたいっス!」
「そうだそうだ!」
「よく言うよ。―――セイン、セインはシャンテとまたやらかしたらしいじゃん。ダイエット中のシスター・シャッハの隠してたお菓子を美味しくいただいて、シャンテは体重計に細工して大爆笑。最終的に二人してシスター・シャッハ直々に鉄拳制裁喰らったんでしょ?」
「な、なぜそのことを……!?」
「この前シャンテに愚痴聞かされたからね。……まあ、聞いててかなりおもしろかったけど」
シスターシャッハはそういうの気にしなさそうな感じなのにね。
まあ、シスターシャッハも女性だったということか。
っと、話が脱線しそうになったな。
「セインは仕方ないっス」
「でしょ?」
後ろから「仕方なくない!」とセインの声が聞こえるがそれは無視する。
「じゃああたしは何なんっスか」
ウェンディは……
「……」
「……」
「……」
「……ユーリ?」
「………アホの子オーラ出してるから?」
「ワケわかんないっス! それに何で疑問形っスか!?」
「だってそれしか思い浮かばないだから仕方ないじゃん」
「それこそ仕方なくないっスよ! ユーリはもう少し年上の女性を敬うべきっス」
敬うねぇ……。
そう思いなからウェンディを、セインを見る。
そしてノーヴェさんとディエチさん、双子を見て、もう一度二人を見る。
「ハッ」
「「鼻で笑われた(っス)!?」」
「はいはいそこまでだ。ユーリも二人をからかうのは程々にしとけ」
「へーい」
ノーヴェさんから注意が入ったのでここまでにしておく。
まだまだ材料はあるからやろうと思えばやれそうなんだけどね。
「ん?」
気付けばイクスたちは話を終えていて、何か言いた気にこっちを見ていた。
「どしたの?」
「悠莉、このあと予定入っていませんでしたよね?」
「ん? うん、入ってないよ」
「だったらさっ!」
イクスとヴィヴィオのお願いということで、ミッドチルダ中央市街地にやって来ていた。
お願いというのはストライクアーツの練習を一緒にしたいということであった。
元々は友達と一緒に練習をする約束をしていたらしいが、昨日教会に私とイクスが定期検診のために訪れることを知り、思いつきで私たちを誘ったらしい。
「楽しみですね」
「楽しみにしてるのはいいけど無茶はするなよ。体力はついてきたとはいえヴィヴィオ程じゃないんだから」
「エクササイズ程度に体を動かすつもりですから」
「それなら大丈夫だ」
「それにしても、ヴィヴィオの友人とはどんな方なんでしょうか」
「なんとなく予想はつくんだけどね」
「……それもそうですね」
そうこうしてると友達と待ち合わせている場所についた。
ヴィヴィオは辺りをキョロキョロと見回した。
「あ! お~い!」
「ヴィヴィオっ!」
どうやら見つけたようで、手を振りながら走っていった。
向こうもヴィヴィオに気付いて名前を呼んだ。
「あれは……」
「イクス? どうしたっスか?」
「いえ、ただ予想通りでしたから」
「なんだ、コロナはともかくかくとして、もう一人の子と知り合いだったのか?」
「私の友達の妹。八神家の道場にたまに来てるんですよ」
「ですのでリオとは仲良くさせていただいているんです」
それから練習着がないことに気付いた。
ノーヴェさんとウェンディにその事を伝えて、イクスと一度着替えを取りに帰宅した。
-side end-
-side other-
「はじめまして! 去年の学期末にヴィヴィオさんとお友達になりました、リオ・ウェズリーです!」
「ああ、ノーヴェ・ナカジマと」
「その妹のウェンディっス♪」
リオはノーヴェとウェンディと初対面のようだ。
コロナがノーヴェの事を紹介するが、コロナの言った「先生」という言葉に顔を赤くするノーヴェにからかうように「お師匠様」と言い換えるウェンディ。
さらに顔を赤くして否定するが、ヴィヴィオ、リオの邪気のない援護に遭った。
結局、にやにや顔のウェンディと尊敬のまなざしで見てくる三人から目をそらし「うっせ」と父親であるゲンヤとそっくりな口調で恥ずかしそうにそうぼやいた。
「ところでさ、さっき言ってた一緒に練習する人たちって誰なの?」
「来てからのお楽しみって言ってたけど……その人たちは?」
「あれ? ホントだ、いない?」
ようやく悠莉とイクスヴェリアがいなくなっていることに気付いたヴィヴィオはさっきまで一緒にいたノーヴェとウェンディに聞いた。
「ノーヴェ、ウェンディ、二人と一緒じゃなかったの?」
「なんでも練習着がないからって裏ワザ使って取りに帰っっスよ」
ウェンディの返事に納得するヴィヴィオだったが、とある言葉に首を傾げる。
「裏ワザ?」
「あんま大きな声で言えないが……転移魔法だよ」
「本人曰く、バレなければ別にいいらしいっス。ユーリらしいと言えばユーリらしいんっスけどね」
「あ、あはは……」
呆れたような笑いを漏らすヴィヴィオ。
何年か前に悠莉から聞いたことのあるもので、影を使った転移魔法らしい。
とはいっても影の転移魔法は悠莉が元いた世界のものなので術式を見てもさっぱりわからない。
「ちょっと待って、参加するのって悠兄ぃだったの!?」
「ということは…もしかしてもう一人はイクス!?」
驚きの声を上げるリオとコロナ。
別に予想していなかったわけではない。
通信の時のヴィヴィオの声は弾んでいて、嬉しそうな声音だった、それもいつも以上に。
こんな風に話す要因となる人物は限られて、学院の生徒ほとんどありえない。
となれば、知り合いの大人組を外していくなどの消去法を使えばある程度は絞ることができるのだから。
「お待たせしました」
後ろから聞きなれた声にハッとして振り向いた。
するとそこには自宅から戻ってきた二人がいた
「「悠兄ぃ(ユーリさん)! イクス!」」
「コロナ、久しぶり」
「リオも一週間ぶりですね」
-side end-
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