ソードアート・オンライン〜Another story〜
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マザーズ・ロザリオ編
第243話 譲れない想い
前書き
~一言~
………遅くなってしまいましたが、な、何とか1話分出来ましたので、投稿します……、物語的には、あまり進んでない上に、遅くなってすみませんー……。
不定期になってしまってますが、この小説を読んでくださってありがとうございます。これからも、何とか頑張っていきますので、よろしくお願いします。
じーくw
目の前に広がる光景を目にしたアスナは、唖然としていた。
回廊を埋め尽くす……、とまではいわないが、相当数の人数が集まっていたのだ。
それも平日だというのにも関わらず、僅か1時間と言う短い時間で今の自分達のメンバーの大体5~6倍はいるであろうの人数がそこにはいた。
「な、なに? なんでこんなに??」
レイナも当然ながら、驚いていた。
確かに、リュウキが言っていた様に、情報収集が失敗したから、情報不足だというのは間違いないだろう。ならばと正面突破、玉砕覚悟で突っ走る。それも手の1つだ。だからと言って、これだけの人数を揃えられるとは到底思えなかった。
一番乗りのジュンとユウキも目を丸くさせていた。他のメンバーも同様だ。
そんな中でもアスナは、驚きつつも、冷静になり、落ち着いた仕草でゆっくりと歩を進めた。前にいるメンバー達の殆どが自分達が来た事に当然ながら気付いている様子だが、彼らの顔に驚きや緊張はなかった。……それどころか、展開を楽しんでいるかのようなゆるみが見て取れる。
少なからず、不快感を覚えたが、表情に出す様な事はせず、その集団の最後尾にいるひときわ高価そうな武装をまとったノームの男性プレイヤーにアスナは話しかけた。
「ごめんなさい。わたしたちボスに挑戦したいの。そこを通してくれる?」
アスナの言葉を訊いたノームのプレイヤーは、軽く笑みを見せた。……そこに妙な感覚。何処か、昔……感じた事がある感覚があった。
「悪いな。ここは今閉鎖中だ」
「閉鎖中……?」
「……どういう事?」
アスナの隣にいたレイナも、アスナ自身も、唖然として聞き返していた。
言っている意味が判らない、と言う表情を読み取ったのだろうか、続けて何気ない口調でつづけた。
「これからうちのギルドが挑戦するんでね。いま、その準備中なんだ。しばらく待っていてくれ」
「準備が出来てないのに、何でここにいるの? ここ、迷宮区の一番奥なんだよ?」
「ああ、ギルドのボスの指示でな。最大数のメンバーで攻略するつもりだから、まだ揃っていないんだ」
「揃ってないなら、私達はもう揃ってるんだから。先にやらせてくれたって良いじゃない」
レイナの声がやや大きくなりつつある所で、アスナがレイナの前に出て話を紡いだ。
「メンバーがそろってないのは、判ったわ。それで、しばらくって言ってたけど、それってどのくらい?」
「ああ、まぁ……1時間って所だな」
ここにいたり、漸くアスナとレイナは、彼らの意図を完全に理解した。ボス部屋前で控えていた偵察隊が失敗した事で、強行手段に打って出たのは最初から想像していたのだが、それだけではなかった様だ。
ボス戦をするにあたり、当然だがより長く戦えたパーティーであれば、ボス攻略の可能性が上がる。先程、皆でボス戦をした時は 途中で踵を返すも同然だったとはいえ、それなりに長く戦ってきたのだ。だから、攻略に成功する可能性が比較的高い、と判断されても不思議ではない。
そして、彼らはそんなパーティーが現れたら更に多人数の部隊で今度は物理的に封鎖するという作戦をとっているのだ。
このところ、一部の高レベルギルドによる、狩りポイントの独占が問題になっているといううわさは聞いていたが、よもや、中立域において、こんな露骨な占領行為がまかり通っているとは知らなかった。
そして――、最初に感じた違和感。……感覚に覚えがあった。そう感じた理由もはっきりと分かった。あの世界、旧アインクラッドで専横の限りを尽くした《軍》。あのギルドと全く同じ匂いがしたからだ。
「そんなに待っていられないわ! そっちが直ぐに挑戦するって言うのなら別だけど、それが出来ないなら先にやらせてよ!」
「そうだよっ! それに、ブロックなんて完全にマナー違反じゃない!」
「そう言われてもね」
ノームの男は全く悪びれる様子も無かった。その上に、マナー違反を口にしたレイナを嘲る様に言った。
「マナー違反とは心外だな。こっちは先にきて、並んでいるんだぜ? 順番を守るのがマナーってもんじゃないのか」
「何言ってるのっ! どう見てもさっき、リュウキ君の魔法で妨害されちゃったから、実力行使でブロックしてるじゃない! 卑怯だよ!」
「ん? 魔法で妨害?? いったい何のことだ? そんな事一言も聞いてないがなぁ……?」
当然だが、先ほどあった3人組とのやり取りは認める事は無かった。
だが、はっきりとチームぐるみでの仕掛けである、と言う証拠は無いのも確かだ。……とはいえ、はい、そうですか。と黙ってる訳にはいかない。
「認めないのなら、それでも構わないわ。でも、準備が終わっても無いのにずっと独占してるのなんて、理不尽よ」
そこまで言った所で、ノームの男はその大きな身体を揺らせながら、ため息を吐いた。
「だから、そう言われても、オレにはどうしようもないんだよ。上からの命令なんでね。文句があるならギルド本部まで行って交渉してくれよ。イグシティにあるからさ」
「そんなとこまで行ってたら、それこそ1時間経っちゃうよ!」
「そうよ! 判ってて言ってるでしょ!? 絶対っ!」
いつも、冷静でいられる訳じゃない。
以前は、アスナが熱くなった時は、それとなくレイナが落ち着かせてくれたり、その逆もあったりとしていたのだが、今回ばかりは、状況が状況だった故に、2人とも熱くなってしまった様だ。この場にもしも――リュウキがいれば、言い負かしてくれそうな気がするが、あまり依存しすぎるのもはっきり言って、どうかと思う。
……レイナの場合、他の人にリュウキのSっぷりが向くのは……、色んな意味で複雑なのだ。異性であれば、まだ良いんだけど、……同性相手だったら尚更。この場にもちらほら見かけるから。
とりあえず、それは置いといて、はっきりと連中の事が理解出来た。どう交渉しても……この連中は道を譲る気は無い、と言う事が。
悪質な行為をしている連中を退かせるのは、それに見合う見返りが必要だと思える。……だが、現時点でそれを提供する事は不可能だ。ボス攻略でのドロップ品、ユルドを渡したとしても、見返りとしては非常に弱い。攻略の魅力は、アイテムやユルドだけじゃないからだ。スキルアップもそうだし、更に自分達の目的でもある《剣士の碑》に名を遺す、と言う名誉。言わば実体無き褒章だってある。……どう考えても、連中の首を縦に振らす事なんて無理で、八方塞がりだ。
抗議の声を強くしていたアスナとレイナだったが、2人ともが無理である事を認識しつつあった。睨みつけても、暖簾に腕押しで ノームの男はたじろぐ事はなく、一瞥するだけだ。
「ユウ」
「うん」
そんな時。
ユウキとランが意を決した様に、互いに頷きあい、アスナとレイナの前に2人で立った。
「ね、君」
状況は良くない。最悪だ、と言っていい。だけど、ユウキの声はいつも通りの元気な声だった。フレンドリーに接する様な、そんな声だった。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
ノームの男は、視線をアスナ達からユウキに変える。
「つまり、なんだけど。ボク達がこれ以上同お願いしても、そこをどいてくれる気はない、って事なんだよね?」
「はっきりと言ってくれた方が有り難いですよ。言い繕う事なんてしなくていいです」
ユウキ、そして ランの直截な物言いだった。それには流石に、ノームの男も一度、二度と瞬きをしていたが、直ぐに傲慢な態度に戻る。
「―――まぁ、ぶっちゃければそういうことだな。お言葉に甘えてストレートに言わせてもらうな」
それを聞いたユウキとランは、傲慢な態度だというのに、ニコリと笑みを浮かべていた。
その笑みの意図が読めない。……ノームの男は勿論、アスナとレイナも同様だ。
そして、ニコリと笑った後に、短く言った。
「そっか。じゃあ、仕方ないね。戦おう!」
「うん。それが一番無難だと判断します」
ユウキは……、まだ判る。天真爛漫なユウキなら。……だが、お淑やかさがあって、ユウキのストッパー的な立ち位置だったランまでもがまさかの開戦宣言に驚いてしまうアスナとレイナ。
「な………なにィ!?」
それは、ノームの男も同じだ。
だが確かに、その手の決着の付け方は、珍しいものではない。
このALOは、《中立域では他のプレイヤーを無条件に攻撃可能》というハードさが売りだと言える。すべてのプレイヤーには、不満を剣に訴える権利がある、と言う一文がヘルプ内にもきちんと存在するのだ。
だけど、実際にプレイヤーを襲うような行為には、ルールに明文化されている以上のしがらみが色々と付随している。……それが、大規模なギルドのメンバーであれば尚更だ。
その影響は、後々にまで響いてくるのは間違いなく、恨みをゲームの外のネットコミュニティにまで持ち出される事だってないとは言えない。最初から、PKを主体としている者であったとしても、大ギルドには手を出さないのが実情なのだ。
「ちょ、ユウキさんっ!❓ ランさんも……っ、一体なにをっ!」
「ま、まってっ! 2人とも」
熟練者の1人として、アスナとレイナは、必死に言葉を選ぼう、この現状を、その先のリスクを説明しようと口を開いたのだが、上手く纏まらなかった。
そんな慌てる2人とは対照的に、ユウキとランの笑顔は健在だった。その笑顔のまま 2人の方に向く。
「アスナ。レイナ。……ぶつからないと、ぶつからなきゃ伝わらない事だってあるんだよ」
「ええ。……確かに私達の提案は、穏やかではない、と言う事は判ってます。ですが、真剣である事を伝えるのにいは、全力で立ち向かわないといけません。……その結果がどうであったとしても。……伝える事が出来たのなら、私は悔いは残りません」
にこっ、と笑顔を見せた2人に続いて。
「ま、そういうことだな」
「だな。別に珍しい事じゃないしー」
「ギルドの信条でもありますしね?」
背後で、他の皆が……、ジュンが、ノリが、タルケンが、テッチが……全員がそれぞれの武器を握っていた。
「皆……」
「……本気、なんだね」
そこには、曲がる事のない強い意志を、見た気がした。
「それに、此処を封鎖している彼らだって、覚悟は出来ている、と思いますよ。最前線で、ギルドの名を掲げて、守っている以上は。……きっと、最後の1人になっても、この場所を守り続ける。……きっと、そう思ってると思います」
「うん。それが ギルドの誇り、なんだよね。ずっと、このスタイルを貫いてきているのなら」
決して、恰好が良いスタイルとは言えないだろう。
だが、それでも手段は好ましくなくとも、今までの層の攻略をたて続けに成功させてきているのだから。きっと、そこには譲れないプライドだって在る筈だ。
ユウキとラン、2人を筆頭に向けられた視線は真剣そのものだった。……もう、笑顔はそこには無かった。
「そう、ですよね? ノームのお兄さん」
「だよね? そっちのシルフのお兄さんも」
ノームの男が一番前に来ているが、他のメンバー達も集まりつつあった。……何処か、今までにない不穏な気配を察知したのだろう。
そう、今までに無かった展開であるからこそ、定まっていない。
「あ、お、おれたちは………」
まだ、覚悟を決められていないという事は、見て取れる。
集団で、圧倒的な集団で攻めているから、反撃をされるなんて、考えもしなかった様だ。……それは、アスナ達が考えていた通りで、この世界の禁忌、タブーを笑いながら犯そうとする者達なんて、今まで見た事が無かったから。
「さぁ、武器を構えて。……ボク達は ボス攻略をする」
「皆で……、この世界に降り立った証を残す為。――空から、それを見てもらう為。……私達も譲れません。譲れない想いは、負けません」
真剣味が一段階増した所で、漸くノームの男は始動する事が出来た。
剣先を向けられた事もあっただろう。慌てて大振りの戦斧を腰から外すと、ふらりと構えた。
そして 生憎ではあるが、これは決闘ではない。だから、開始の合図も何もない。互いが武器を構えあったその瞬間が……、始まりである。奇襲を仕掛ける訳でもなく、正々堂々の正面突破。
ユウキのインプ特有の紺色の閃光と、ランのケットシ―の茶色の閃光が、この回廊に瞬いた。
「ぬあっ……!!」
凄まじい剣閃は、ノームの男の身体全体を照らした。
反射的に、撃退をしようと戦斧を振り上げ、打ち下ろしたのだが、ユウキ達の神業とも呼べる剣速を捕らえるのには、正直頼りなさすぎる。
縦横無尽に動くが如く速度で、その戦斧を掻い潜り、2人同時に打ち放つのは、疾風突き。
どすっ! と言う効果音が周囲に響く……。それは、あまりにもシンクロ率が高かったのか、ユウキとランの二撃であるのにも関わらず、1つしか聞こえてこなかった。
「ぐあっっ!!」
明らかにユウキ達の倍はありそうな体躯の男が、その一撃だけで 後方へと吹き飛ばされてしまった。それでも何とか転倒だけは避けた様で、踏みとどまれていたのだが。
「やぁっ!!」
ユウキが、突きの後に上段斬りを放った。
懸命に堪えていたのだが、体勢が崩れた所への追撃だ。防ぐ様な事は出来ないし、どうする事も出来ない。元々減少し続けていたHPが更に派手に削り取られる。
「ぬぐっ、ぬおおおおおおっっ!!」
「ちぃ! こいつらっっ!!」
そこまでされて、流石に怒りに火がついたのか、雄たけびを上げたと同時に、もう1人も加勢に入った。そして、無理な体勢ではあったが、反撃の一撃を振るう。
流石は、高レベルのギルドの先鋒だ。
戦斧は、数ある武器の中でも重武器に分類される物で、その強大な攻撃力と引き換えに、速度は落ちてしまうのが普通だった。……が、このノームの男の攻撃速度もなかなかお目に掛かれない程の速度だった。
だが、それでも『相手が悪い――』と言わざるを得ないだろう。
この男が相手にしているのは、不敗神話を作り上げようとしてきた《絶剣》と《剣聖》だ。
その内の1人――剣聖の連勝記録は、確かに途切れたかもしれない。だが、それでも色あせる事のないインパクトを残している。
この場で彼女達に、彼女達の神速の剣に敵うものなど――。
「うおおおお!!」
いない。
キィンッ! と言う甲高い金属音が響く。
ユウキの身体を飛び越える様に跳躍したランが、華麗な身のこなしで、戦斧を弾いた。
通常であれば、重量の重い武器が打ち勝つ様に出来ているのだが、それを簡単にはじいて見せたのは、恐るべき速度と、正確な剣閃だと言える。そして、何よりも……全て視ている眼。武器の弱点を見極め、最善に打ち取る正確さ。それがあるからこそ、簡単に華奢な細身の剣でも弾けた様に見えてしまうのだ。
何度も見た事があるからこそ――、息をのんで見守っていたレイナやアスナの2人は感じ取る事が出来た。
「ぐはっ……!!」
「ぐぅっ……!!」
2対2になったとしても、止められない。
もし――、彼女達の2人に対抗できる2人がいたとすれば……、アスナとレイナには、この世で一組しか考えられなかった。
そして当然ながら、2人は叩きのめされてしまった。
倒れこんで、現在のHPの残を確認。想像以上に削られている。既にレッドゾーンと言う状態だ。防具も現時点で強力な装備をしている、と言うのに、あの一瞬の間にやられてしまった。その事に驚愕したのと同時に、表情が憤激へと変わった。
「き、きったねぇ……! 不意打ちしやがって……!」
「こ、の……! 卑怯モンが……っ!!」
射殺すかの様な視線を向けつつ、やや的外れ……、いや 完全に的外れな罵りが続く。
その物言いに、思わず首を傾げるユウキとラン。正々堂々正面切っての戦いだった筈だから、意味が判らない様子だった。
――今ののいったいどこが不意打ちなの?
不意の相手に襲い掛かる事が不意打ちだ。だしぬけに相手の予期しない事……と言う意味もあったと思えるが、確かに2人の超絶的な動きは、予期できない、と思えるが 極めて正々堂々だと言える。武器を構える事まで催促したのだから。
完全な負け惜しみ、と思って 思わず口にしかけたが、直ぐに噤んだ。
2人の男が倒された事を目の当たりにした、他の前衛メンバー達が完全に戦闘モードに切り替えたからだ。固まっていたのが、ばらばらと回廊いっぱいに広がって、次々と武器を抜いた。
「お姉ちゃん……!」
「うんっ……!」
アスナとレイナも、少しばかり遅れたが、皆の心に従った。
先程の2人の言葉。
『ぶつからないと伝わらない事もある』
『全力で立ち向かえば、悔いは無い』
この言葉は、きっとその場だけのセリフではない。
あの辻デュエルの時から、2人はそうやって剣をたくさんの人達と交えて……、そして 心を通わせてきた。触れ合わせてきた。彼女達の容姿も勿論あるかもしれないけれど、きっとそれは二の次だ。2人の強さ、真剣さ、真っすぐさを目の当たりにしたからこそ、2人の周囲には、沢山の輪が生まれたんだと思う。
――そう、だよね。うん。その通り。
心から伝わった。
対人戦のしがらみ、そして その事からの報復。それらを気にして引き下がってばかりいるのなら、そもそもVRMMOをプレイする意味なんかない。腰にある剣は、装飾品でも、重石でもない。決して。
さっきまで、重かった身体が嘘の様に軽くなった。
軽い足取りで、アスナとレイナは、ユウキとランの隣に立った。
「ふぅ……、駄目だなぁ。私。リュウキ君なら、きっとユウキさんやランさんの隣にすぐにたった、って思うよー。あはは。いや 寧ろ2人よりも早くに攻撃してたかもしれない、かな?」
レイナは、少々苦笑いをしつつ、腰の剣に手を添えた。
今はこの場にはいないレイナの最愛の人であれば、リスクだの、しがらみだの、報復だの……、全部笑って乗り越えようとするだろう。自分の心に従って――行動をする筈だ。
そんな、彼の隣にずっといたのだから。自分も負けてなんかいられない。
「ふふ。きっとそうだね。私も同じ。……キリト君も、渋い顔をしていても、心ではワクワクさせてる、って思うかな。リュウキくんと一緒に、ね」
2人の姿を思い浮かべる。
そして、あの時……、あのSAOの世界で言っていたリュウキの言葉が、頭の中で再生された。
――オレ達なら、何でもできる。
そうだ。なんだって出来る。不可能なんて何もないんだ。
2人の笑みを見たほかのメンバー達も同じく笑顔になった。
圧倒的不利な状況だというのに、笑っている。……たった、9人。その笑みが 人数で圧倒的に勝っている敵勢が揃って1歩下がっていた。
戦場で笑える者は、強い。臆する事無く、最後まで戦える者だ。
それを、彼らは知っている様だった。
だが――、臆しかけたその士気も、払拭される事になった。何故なら、背後から殺到してくる無数の靴音が、回廊に響いていたのだから。それを聞き、何より見たからこそ、ユウキとランに打倒されたノームの戦士がにやりと勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
「ぁ……!」
こんなタイミングで、敵の増援が来てしまった。恐らくは、上限ギリギリで挑もうとしていた筈だから、それが全て揃ったとすれば、60を超えるであろう戦力だ。
幾ら皆の強さが一線を凌駕していたとしても、10倍近い戦力差を、それも前後からの挟撃。魔法や弓矢と言った遠距離攻撃も織り交ぜられたら、どうやってもHPが削られてしまうだろう。
「……くよくよ、迷っちゃったから……」
レイナはぐっ……、と拳に力を入れた。
もう少し、あと少しだけ速く、決断をしていたのなら、前の連中を蹴散らして、ボス部屋に入れたかもしれない。……ボス部屋に入ってしまえば、プレイヤー同士争ってる暇なんかない。圧倒的な敵が眼前にいるから……、また 違った道を切り開けたかもしれないのだ。
アスナも、レイナと同じ気持ちだ。ぎりっ、と歯を食いしばっていた。
そんな2人の手を 優しく握るのは、ユウキとラン。
「ごめんなさい。私達の無鉄砲さに、お二人を巻き込んでしまって」
「ボクも、やっぱり短気だったよ。うーん、短気は悪い事だーって、いつも姉ちゃんに言われてたのにねー」
2人は苦笑いをしながらそう言っていた。でも、その表情は何処か晴れやかだ。
「でも、私は後悔はしてませんよ。……それに とても、良い笑顔です。レイナさん。アスナさん。……今のお二人は……太陽、みたいです。光り輝いているみたいです」
ランの微笑み。どちらかと言えば、太陽の形容はランこそに相応しい、と2人は思っていた。
「うん、ボクも思ったっ! 出会ってから一番だねっ! きっと!」
ユウキも思うところがあった様だ。ランにも皆にも負けない程、笑顔を輝かせていた。
「……うん。そう、だね。ごめんね! でも、次は……次は絶対にいけるからっ!」
「うん。たとえ、この層が無理だったとしても、次こそは皆で倒そう。絶対に!」
皆の意思は1つになった。
この場にいる皆が想いを1つにし、其々の武器を抜いている。
だが、それは敵側も同じだった様だ。全員が状況を判っている様で、後方にいる敵全員が剣を抜いている。
「でも――、確かに無理かもしれないけど、私は諦めないから。最後の最後まで、全力で……。皆と、皆と頑張るから……っ!」
レイナは、大きく息を吸い込んだ。
美しい歌声が奏でるのは、皆を鼓舞する戦士を慈しむ歌。
《戦いの歌》
敵味方を問わずに魅了する、と言われている歌(リズ&シリカ談)であっても、攻撃を受けた血気盛んな敵を魅惑する事は出来ないだろう。とアスナは何処か軽く笑った。
そして、細剣の前にワンドを手に持って、攻撃魔法を唱え始めた。
――レイが頑張るんだったら、私も頑張らない訳にはいかないよね。
アスナは、レイナの姿を目に焼き付ける。
色んな困難がレイナにはあった。それでも、全部 乗り越えて、……今も乗り越えようと頑張っているんだ。そして、ここでもきっと全ては繋がっていると思えるから。だからこそ、アスナの心も強くなる事が出来たのだ。大切な妹が、自慢の妹が傍にいてくれるから。
そして、その様子が、圧倒的な戦力差でも戦うのだ、と言う事が判った様だ。
「往生際悪ぃン……」
肉食獣めいた笑みを浮かべて叫んでいるのだろう。
だけど、その勝ち誇ったかの様なセリフが、最後まで発せられるよりも早く。またしても、アスナとレイナ、そしてこの場に集うプレイヤー全員の想像を遥か置き去りにする事象が起きた。
「あっ、あれは……!?」
最初にそれに気づいたのは、暗視能力に長けたスプリガンのノリだった。そして、1秒もしない内に、全員が気付く事になった。
後方から迫ってきている敵勢たちの上空を――、飛んでいる? 様な鮮やかな影が見えたのだ。真っすぐではなく、右へ、左へ……、縦横無尽に空中を駆けている。太陽と月の恩恵を得られないダンジョンでは、翅が使えないから、翅を使って飛び回っているのはあり得ない。だけど、あの影は 自在に飛び回っているのだ。
そして、その僅か後ろに……、もう1つ黒い影が生まれていた。回廊のゆるく湾曲する壁面上を、何かが……疾駆している。
共通するのは、どちらもあまりの速さ故に、人影が黒くかすんでいる、と言う事だった。
コンマ数秒後に、あの事象が何なのか、理解する事が出来た。ダンジョンの空中を自在に駆け巡っているのは、軽量級妖精の共通の体術スキル《疾空》。二段以上のジャンプが可能になる空中疾走のスキル。そして、あの湾曲している壁面を走っているのは同じくスキルの《壁走り》。
スキルで説明出来る事……ではあるものの、疾空のスキルのジャンプ出来る回数は精々3~4回。そして 壁走りのスキルで移動できる距離は精々10m。そのあたりが限界だというのが通説だ。
だというのに――、もう目の前の影達は、その倍。……いや、3倍、4倍は超えている。
そんな型破りな事をするのは―――。
「……随分とまぁ、勇ましいんだな? たった9人相手にその人数とはな」
空中を駆ける彼が――、皆の前に降り立った。
「確かに。だけど、オレは最高に恰好悪いと思うぜ」
壁を自在に駆け抜ける彼も――、皆の前に降り立った。
彼らは、其々、彼らを象徴する、と言える色を身に纏っていた。
白銀と漆黒、そして、其々の手に持つ剣には《リズベット武具店》のエンブレムが象られている。アスナとレイナ、2人の無二の親友のリズが、作った会心の二振りだ。
異様なオーラを身に纏った2人組の姿に気圧されたのだろうか、全員が一斉に足を止めていた。
それを確認した2人は、不敵な笑みを浮かべた。漆黒の剣士が更に一歩前に出る。
「悪いな。ここは通行止めだ」
剣を前に、地面に突き刺した。境界線を示しているかの様に。
「押し通ってみるか? ……なら、覚悟して通るんだな。……ここから先は、安くは無い」
白銀の剣士が、剣をくるりと回し、肩に添えた。
――リュウキ君。
――キリト君。
それは、彼女達にとって、この世界で唯一無二の存在。
そして 彼女達にとっての絶対の2人――。最愛の2人が、来てくれたのだった。
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